写真

2006年5月25日 (木)

薔薇の悲しみ?

世に「プリザーブドフラワー」と呼ばれるものに挑戦。
溶液に漬けて脱色、さらに別の溶液に漬けて着色、さらに別の・・という工程。
先日の強風に薔薇がやられてしまい、花がボトボト落ちていくのを見ていられずの作業。

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この花束のコンセプトは (そんなもんあるんか)
薔薇は薔薇の悲しみのために花となり青き枝葉のかげに悩める 若山牧水

とゆーか、
薔薇は薔薇は~♪に、かの『ベルサイユのばら』のアニメ版主題歌(ここ)を連想してしまふといふヨコシマなわたし・・(殴

実は作りすぎて巨大になってしまい、用意していた容器にはいらなくなってしまったというお約束のオチつき^^;

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母にプレゼントするつもり。よろこんでくれるかなあ。

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2006年5月 6日 (土)

初夏見つけ♪

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太陽は眼で直視できないけれど、木漏れ日のうつくしさは、なにものにもかえ難い・・

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マンションのお庭の鈴蘭。
たんぽぽ。
木漏れ日の光のかけらのよう。

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ミヅキ。
この花を見るたび水木しげるという名前を思い出してしまう。
名は態をあらわすというけれど、むむむ。
(名を聞くより、やがて面影は推しはからるる心地するを、見る時は、また、かねて思ひつるままの顔したる人こそなけれ。
徒然草71)
・・徒然草の作者ってば、こんな文を書くにいたるどんな体験があったっていうんだろう。

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2006年5月 1日 (月)

今年最初の薔薇

ようやくこの春最初の薔薇がさいてくれた。うれしい。

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定住の家を持たねば朝に夜にシシリイの薔薇やマジョルカの花 斎藤 史

定住の家を持たねば・・
という事情ではないけれど、
・・家を出てこのマンションに入ってはじめての薔薇。

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子供のころの手遊びに、ひらいたひらいた。何の花がひらいた。というのがあった。→ここ
開いたと思ったらいつのまにかつぼんだ・・
歌いながらてんでに手でつくった花は、たしかに、祈りのかたちをしていたように思う・・

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2006年4月29日 (土)

旅先で逢った桜

父との旅行からかえってきた母に電話してみたところ、母は旅先で見た桜のことばかりしゃべっている。

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・・一歩的なのは昔からだが、あまりふかくものごとにこだわったりしないひとなのに、なにゆえのにわか風流・とってつけたような桜狂いなのかと不思議。
それでその桜というのも母が言うにはぼーっとした緑色をしていて、咲ききったらピンクになってて、ぼやぼやって白くって、とにかくすごいねん・・
ってまったくなんだかとりとめがない(画像ナシ^^;)
なにかの夢のようやね、とあきれ気味に言うと、
そう、夢のようやった・・と。

その温泉地はむかし一度行った所で、そのときその場所にその桜はなかった、と母。
え?いつのこと?と聞くと、20年ほど前のことらしい。
・・母は早起きのひとで、いつも夜明け前から活動しているというひとだが、旅先でも朝がはやい習慣はそのままで、いつものように起きだして父を置いて散歩していたら、霧の中、桜が咲いていた。
いつの間に誰が植えたんだろうと思いながら足をとめて観ていると、近くの家から女の人がでてきたので、話しかけてみた。
・・関西のおばちゃんのものすごいところは^^;、はじめて会った見ず知らずのお人となんということのない世間話が普通にできることで^^;、あんのじょうその方こそ、桜を植えたひとだと知れた。

そうですか。以前ここに来られたことがあるんですか。
おっしゃるとおり、そのときは桜はなかったです。
・・さびれた温泉地で、近所の○○温泉なら人気はあるんですけどね、こっちはダメなままで・・空き地ができるとずっとそのままで。
そういうことでだれも気に留めず放置されてたこの場所に、あるとき思い立って何本か苗をうえてみたわけです。
それからのことです。
そう、もう20年になりますか・・

静かな夜明けの頃、ひそひそとかわされた会話。
土地のひとと旅人と、桜が結んだ縁。
主婦の朝ははやい。あわただしいなか、花を見上げながらのほんのひとときだったらしいが。

百年の椿となりぬ植ゑし者このくれなゐに逢はで過ぎにき 稲葉 京子

ずっと生き続ける印象のある木のなかで、桜は案外寿命が短く、里桜では100年ぐらい、山桜では150年ほど。中には 樹齢1000年を越すというものもあるらしいけれど・・

抱(いだ)かれてこの世の初めに見たる白 花極まりし桜なりしか 稲葉 京子

花とならむ花とならむと渾身にかかげしものをいのちもて見つ 稲葉 京子

ソメイヨシノの寿命は5~60年というところらしい。
人生50年。
・・そんなところも、人がこの花にわが身をかさね、心ひかれてやまない理由なのかしらん、と。


追加:

緑色の桜だが・・

御衣香(ぎょいこう)という桜ではないだろうか。
最初は淡い緑で、次にクリーム色になり、最後に淡いピンクに変わるのだとか。
ほー。

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2006年4月20日 (木)

引きこもり短歌?

もうそろそろ桜もおしまい・・のころ。
花のさかりのころの写真に心をなぐさめてみたりする。

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この春、外に出る気力体力がなかなかなくって、花を見ることもなく季節を無駄にすごしてしまった。

(藤原よるかの朝臣心ちそこなひてわつらひける時に、風にあたらしとておろしこめてのみ侍けるあひたに、おれる桜のちりかたになれりけるを見てよめる)
たれこめて春の行ゑもしらぬまにまちし桜もうつろひにけり  藤原 因香(よるか)

藤原紀香ならぬ因香(よるか)、って名前もなかなかナイスwだけれど。
・・「心ちそこなひてわつらひける時に」って現代風にこれって引きこもり、って解釈もできるかも、ということで微妙にナイスw

実は近くに小じゃれたマンションがあって・・
でもその名前が「ニート」って名前なの。メゾン・ド・ニート@仮名/笑
あ、いえ、素敵なマンションなんですよ!
春駘蕩のころ、高等遊民って言葉もはるかなり、ってことでw

+

出かけている間に雨が降り、部屋に帰ってきたら窓から虹がふたつもみえた。
いそいで写真に撮ろうとしている間に、みるみるうちに消えてしまい・・

写真に撮っておくと映像は永遠に消えないという気もするけれど、
さっきの古今集収録引きこもり和歌wじゃないけど、千年、感動を共有できる詩歌ってものも、なかなか、って思うのであります。

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2006年4月15日 (土)

甲子園

吹奏楽という文化部の王道?まっしぐらな高校生の次男だが、なにか思うことがあったのか、ぼくも甲子園をめざす!と宣言してきたものだからさあ大変。
なんのこと?と尋ねてみると、開会式の音楽の演奏とか入場行進とか、そんなので参加してみたいとのこと。
もちろん厳しいオーデションがあるわけだが、すべてを賭けても挑戦してみたいとか。
ほー。

今まで通学に一時間はかかっているところにいたけれど、この春、わけあって学校の近くに引越ししたことでもあり、楽器の運搬や練習も可能になった。
がんばって挑戦してみたら、と言ってやる。

次男の楽器はホルン。
すぐやめるだろうとタカをくくっていたが、もう三年も?続いている。
学校から与えられたのは骨董的すごいシロモノなので、あたらしいのを買ってやりたいと思い続けてきたが・・

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お城のお堀にて。これは鷺かしら。

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この寒さのため桜は満開のまま、時がとまっている。
雨あがりの桜って、すごくなまなましいというか、なにか別世界のモノのように、濃い感じになる。

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2006年4月14日 (金)

暗い淵から

・・この町にやってきてはやひと月。
電気代の請求が届いて、その数字を見ながらしみじみ、うれしくって (笑

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水面にうかぶ花びらの絵って、千代紙かなにかのよう。

・・水の下には大きな目をした黒い鯉がいて、暗い淵を覗き込むひとをじっと、淵の奥から覗き返している。

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花筏が川をくだりて届くごとわれを罵る風説とどく みほ
村棲みのあはれを思へば捨ててきたる過去茫々と対岸の花 みほ

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・・昨年は小学校のPTA役員をしていて、子供はこの春卒業したのだけれど、引継ぎやら春の総会やらのための打ち合わせがあって、時々家に戻らなくてはならない。
というわけで、春爛漫の候でありながら、なにやら風雲!なお城の写真など (笑

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2006年4月12日 (水)

青の夜の人

嵐にも負けなかった桜。

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・・花びらが散るころは、水辺など、そのまま歩けてしまいそうな気持ちになることがある。
おろしたての晴れ着を泥水で汚すのを嫌った娘が、パンを踏んで水溜りをやりすごそうとしてそのまま地獄におちるというおはなしを子供のころに読んだことがあったが・・

水の上に散る花びらを踏んだらどんな地獄が待っているというのだろう。
・・なんてね。

・・ということで湖をわたるイエスというおはなしだが、実はガラリア湖に張った氷の上を渡ったのだという。 
まさにキリスト教的「御渡り」 気象異常は神の奇跡をも生み出す、ということか。→ここ

+

神はあらね摂理はあると影のごとふと隣人の呟きにけり  葛原 妙子
キリストは青の夜の人 種(しゅ)を遺さざる青の変化(へんげ)者  葛原 妙子
かの背中(うしろ)のうつくしきを知るはわれひとりキリストは茫々とものを忘れあゆむ  葛原 妙子

二首目の「青の夜の人」って意味が昔からよくわからなかったが・・
水上を歩く姿を見られて弟子たちに「幽霊だ」って騒がれるほどだもの。
まさに「変化(へんげ)」というか、するすると鬼火が渡るように水上をやってくるイエス、って絵柄もかなりこわいけど、ばしばし氷を踏んでというのも、気迫というか意思の強さってのがかなり怖かったりもするし。
・・それでもって、わたしとしてはイエスに、このにっぽんの桜のはなびらの上を歩いてほしかったりもする。

+

参考:マルコによる福音書 第6章 より

・・(45)それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸のベトサイダへ先に行かせ、その間に御自分は群衆を解散させられた。(46)群衆と別れてから、祈るために山へ行かれた。(47)夕方になると、舟は湖の真ん中に出ていたが、イエスだけは陸地におられた。(48)ところが、逆風のために弟子たちが漕ぎ悩んでいるのを見て、夜が明けるころ、湖の上を歩いて弟子たちのところに行き、そばを通り過ぎようとされた。(49)弟子たちは、イエスが湖上を歩いておられるのを見て、幽霊だと思い、大声で叫んだ。(50)皆はイエスを見ておびえたのである。しかし、イエスはすぐ彼らと話し始めて、「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われた。(51)イエスが舟に乗り込まれると、風は静まり、弟子たちは心の中で非常に驚いた。

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2006年4月11日 (火)

雨の中出かけることがあり、お城のまわりを歩いてきた。

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霧氷のごとさくらしづまる古き町入水をいざなふ憂ひを育てき 葛原 妙子
あさあけに川ありてながすうすざくらすなはち微量の銀ながす川 葛原 妙子

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おびただしき紙を切りたるゆふぐれにうすべに差して桜咲きたり 葛原 妙子

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さくらの木蕾おもたく垂れたる夜そらに真白きこゑもつれたり 葛原 妙子

幻視の女王こと葛原妙子は桜をあまりうたわないと「よく言われる」のだそうだ。
それでもって、数少ないそれらの歌も「やや生彩に乏しいように思う」とされているらしいが。
(結城 文『葛原妙子 歌への奔情』)

・・なんか、かっこいい (笑

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2006年4月10日 (月)

初登校

新学期恒例の行事といえば・・

・・検尿。(笑

「毎年いる奴。やたら色の濃いの」 だの。
「容器にいっぱいいっぱいいれてくる奴」 だの。
「食卓に検体をうけるコップを置き忘れて、お母さんにリンチされる奴」 だの。
今朝は雨だったから子供たちを車で送っていったが・・
「おっと、多すぎる。捨てるからお母さん、窓をあけて」 だの。
やりたいほうだいしながら高校生兄弟たち、中学生の末っ子を連れて無事登校 (へとへと

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・・末っ子のお部屋の窓から見える桜。
今頃どうしてるかなあ・・って、幼稚園・小学校の初登校のときよりちょっとドキドキしている母だったりする。

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黄砂でしばらく曇っていたが、この雨で空気もすっきりすることだろう。
ベランダから見える山も、花であちこち染まっている。

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2006年3月19日 (日)

スキーに行ったよ

子供の冬のお楽しみといえば雪遊びだが・・
スキーに連れて行くことを約束していながら、なんやかやで後回しになってしまってついにお彼岸目前。
あわてて車で二時間ほどのところのスキー場につれていく。

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(なにげに末っ子)

・・なにしろ思い立ってのこと、板やウェアーなど用意などする暇もなかったから子供たち、普通のズボンに普通のジャンバーというすごい格好でも文句もいわず滑る、すべる。

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途中雨が降り始め・・(泣
ほとんど豪雨。でもシーズンももうおわりだし、せっかく来たんだからというわけですごい吹きさらし、雨ざらしに耐えながらリフトに乗り・・(拷問
でも楽しくって、ぜんぜん寒くなかったって。
親夫婦はあまりの寒さにレストハウスで昼間から熱燗なんぞオツに楽しんでましたがw

なんだか今年の冬は耐えるのみで?楽しむことが少なかったなぁ、と反省しきり。
もう春だけど、子供たちをもう一度ぐらい連れていってあげたいなあ、スキー。

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2006年3月17日 (金)

泥棒猫

・・子供たちが通ってるがっこのある町に隠れ?住んでます。
梅の咲いてる城に降る雪は花びらが舞い落ちるようです。

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城下町特有の迷路に似た路地にも段々慣れてきました。
雪すらなにやら匂いやかな春です。

お留守番の薔薇と亀が心配なので、世話をしに家にはちょくちょく戻っています。
家人に顔をあわせたりしないようにこっそりと、庭石を踏む音にすらおびえながら・・
まるで泥棒猫(笑

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気が付けばなんやかやで10万HIT。
ほったらかしにしていてごめんなさい。
だれがいつ、踏んでくれてたんだろう・・

みなさんありがとう。

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2006年3月12日 (日)

夜明け

しばらく旅にでかけます。さがさないでください。かしこ。
なるせりふって誰もが知ってて、でもめったにつかうことないというものだけど・・

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春はあけぼの。
せんねん前に誰かが言ってたせりふだけど、これってほんとうだなーってしみじみ思う。
きょうもいちにちがんばれればいいな、って(ちょっとだけ真剣に)お日様に祈る。

はい。どたばたしながらがんばって暮らしてます。
更新してませんが、しばらくしたらまたリフレッシュしてもどってきますので、よろしく。

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2006年3月 2日 (木)

昨日は一日じゅう雨だったが、それが朝になったら凍っていた。

これは駐車してた通りすがりの車の表面。
アイス・ブルーそのもの。

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模様をはっきりさせたくって、加工してみた。
氷の表面に張った、きれいな羽根模様。

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2006年2月22日 (水)

雛の家

お引越ししたい、と願いつつなかなか思いがかなわない日々、それでも季節がめぐってくるのはやはりうれしくって、雛人形などを飾ってみる。

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結婚してすぐ自分用に買ったお雛様。お気に入りだったが、今は亡きお姑さんの目に遠慮して、箱にしまったまま今の家に飾ったことは一度もなかった。
それから幾星霜、そういえば去年のこと、お引越しの荷造りのいっとう最初にしたのがこのお人形だった。
そういえばこのお人形だけでなく、じゅうすうねん今のお家に住んでいながら、また出て行くことを願い解かなかった荷物がいくつか、あった。
うしろの屏風はいいかげんだし毛氈もないからそのかわりにきれいなハンカチでも、と思うが、仮のやどりのどたばたにこういうのもいいか、と。

草の戸も住替る代ぞひなの家 『奥の細道』より

ここ には
「こちらが初案であろう。」として
草の戸も住み替る世や雛の家があげられているが・・

「世」から「代」へ変更は「世帯」から「時代」への時代の変化を意味しているのであろう。「や」と「ぞ」で句勢がまったく異なってくる。

とのこと。

芭蕉にけちつける気はないけれど、初案のあまり勢いのなさそな句もなかなかいいかも、なんて思う弱気なこのごろ。

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今のお家はわたしの家ではないから、けっして心を置かないようにしよう、馴染まないようにしようとばかり思っていたが・・
こんなかたくななわたしでもこの蝋梅だけは大好きで、咲く時期を心待ちにしていたものだった。

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2006年2月21日 (火)

布団を着る

昨日は一日寒くって、雨が降ったり霰がふったり雪になったり大忙しだった。

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暦ではもう春だというのに、あたたかいお布団から離れられない頃・・
「布団を着る」という表現があることを知って、ちょっとびっくり。
でもミョーに納得。
身体に巻きつけてぬくぬく固まってるのって、案外「掛ける」より「着る」っていう言い方があってるかも。

宵さむく家にかへれば燈(ひ)のもとに妻子らの著(き)る蒲団(ふとん)うつくし 佐藤佐太郎『立房』(S20)

よくわからないけど、これはまんま、寒さをしのいで蒲団を身体に巻きつけてる、ってかんじかなあ。
混乱期、暖房なんて余裕もなかったろうし・・
燈のもとで、そんな格好でお父さんの帰りを待ってた家族たち。
寒々しいというより、あたたかさが心に伝わってくるなぁ・・

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2006年2月17日 (金)

標識

先日雨の中を歩き回ってすこし体調をくずした。

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これはむかしの道路標識。
やけにリアルな手の形をした矢印があったりして、「くらい 三日月」という地名が読み取れる。
これと相当する地名はたしかにあるけれど、ここの道だったっけ・・としばらく悩んでから、古い街道を指し示してるんだと気が付いて納得。

標識占い  こちら

わたしは「とまれ」だった。
ちょっと立ち止まって春の気配でも探してみよう、ということか。

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2006年2月15日 (水)

カエルの声

昨日は春めいた雨の一日だった。

図書室まで、借りていた本を持って歩いていく。

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本をいろいろ借りて帰る。
ここのシステムは手書きの図書カード。
いい本だ・・誰か読んだひと、いるのかしらと思ってチェックする、というひそかな楽しみがまだ生きている世界。

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・・ここらあたりはむかし酒造業がさかんで、たくさんの工場があったらしい。
でもぜんぶ廃れてしまい、煙突だけが残っている。

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・・先日の夜、ここの川の橋を渡っていてカエルの声を聞いた。
こんなに寒いのに、なぜ? 空耳?
驚いて車を道路わきに停め、窓をあけて聞き入った。
りろりろ。りりりりり。
カジカかもしれないが、
・・本当にカエルの声だった。

寒い寒い季節なのに、毎年今頃この橋の上でカエルの声を聞く。
・・でもいつもはゲコゲコ系だったはずなのに。
不思議。

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2006年2月13日 (月)

凍蝶(いてちょう)

水仙はさいたけど、まだ春は遠い今日このごろ。

お客さまがみえて、お見送りに外にでたところ道の傍にきいろい蝶を見つけて・・
でもそれは死んでいるものだった。

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凍蝶の己が魂追うて飛ぶ 高浜虚子
凍蝶に待ち針ほどの顔ありき みつはしちかこ
 こちら

・・早春の花の花びらに似た黄色はまだみずみずしく、とてもきれいで。
さきがけとなるべきものは早く散るというけれど。
・・胸が痛んだ。

・・それにしてもみつはしちかこ、って、あのマンガ家の・・?ってことだけど。
そういえばよく作中によく、俳句らしきものがでてたけど、そうだったのか。検索エンジンに登録されてるほどのエライ人だったのね。
なんだか感動。(無知

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蝶が横たわっていたかたわらに蝋梅が枝をひろげていて、たくさんのつぼみがふくらみはじめた。
提灯のようにまるいつぼみから、とてもいい匂いがしてくる。


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春が来る前に花の下で死んでたちょうちょ。
せめてこの蝋梅を見てくれていたかしら・・

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2006年2月10日 (金)

さざんか

夜の間に雪が降ったのだろうか。遠い山がうっすら白くなっている・・と思ったら、お庭の霜もすごい。

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霜柱なんかもぼんぼんできているようだが、それを踏んで遊ぶってことにも飽きたのだろうか。
子供たちは集まるとすぐに学校にでかけてしまった。

冬はキライ。寒いのは嫌。
でも雪や霜は好き。

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2006年2月 8日 (水)

雪の日の忘れ物

暗くなったと思ったらいきなり吹雪きだし、あたりの光景は、あっという間に白く塗りつぶされていった。

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いつも使っている襟巻きも手袋も家に忘れていった長男。
寒いだろうなあ。

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この雪が花にかわるのはいつだろう。

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2006年2月 7日 (火)

迷惑メール ふたたび

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(うちの近隣)

さてと^^;、昨日の続き。
ある日突然伊藤晶子なる既婚者の女性から送られてきた迷惑メール。
とにかく会ってくれの一点張りで、しまいにはお金も用意しよう。いや現に約束の場所に置いてきたからぜひ受け取って欲しいという不思議な展開に戸惑うわたし・・というようなあらすじでした。

2/6 夜20時45分 件名:受け取ってもらえましたか?

明日になってしまうと掃除されてしまうかもしれないので…それに明日からは私から連絡が出来なくなってしまいますからどうしても今日中にはお金を確認してほしいんです!

たしかお金はビニール袋の中に封筒を入れて、その中に20万円入っているということだった。
役所の脇道の生け垣のところ・・らしいが、大雪だし。
オリンピックは近いしトリノでのテロ警戒は厳しいらしい。というわけでなにかの罠かもしれないし (マジ
ついうっかり取りにいって、○いおいけいさつ(←○おいけいさつ、ではない)のお世話になっても困るし。
(えっと。うちの近辺はちょっとややこしくって、みっつの市町のなかで仲良く司法・行政・警察が分散してるんです。だからうちの村でなにかあったら隣の市の警察がやってくる、らしいんです。詳しいことはスルーしてくらさい)
・・というわけで当然無視。だいたいこの大雪のなか、外になんぞ行けるか。せっかくの「西遊記」見逃すかもしれんじゃん。

2/7 00時 件名:取りにきてくれないんですか?本当に時間が限られた出会いになってしまったので…

どうかお願いします。少しでも良いんです…役所の方に見に行ったのですけどまだ残っていたので連絡しに会社に戻りました。 今日無理なら明日一日役所で待ちますが、何も連絡が出来ない状態でお会いできる可能性は極めて低いと思うので… ヤフーでの連絡は無理でも携帯なら大丈夫ですから最後に(略)にかいた連絡先でお待ちしています。

・・見に行ったのか。零時に。この大雪に。
もうノリは丑の刻参り。やっぱこわいわ、晶子さん。

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(左端の建物は古い祠です^^;)

2/7 朝3時 件名:無理なんでしょうか…今日が最後のお願いなんです!お願い…

メールだけでは私の事も私の気持ちも伝え切れません…会って何を言われても良いんです!たとえそれがどんなに酷い言葉だったとしても… 先に振り込んだ方が良いのでしたら明日の午前中には振込みをします。その時振込み人名義のところに私の電話番号を記入して振り込みます。携帯アドレスでも構いません。なので振込先を教えてください…

ヤフーメールは誰かに送られたウイルスで受信が出来ません。そのせいでヤフーメールから追放されてしまうわけです…本当に悲しい事なんです。そのせいであなたと会えなくなってしまうなんて耐えられません!
今日お金を持って待っていますので来て頂けるならそれが一番嬉しいですけど、先に全額500万円を振り込んでも構いません。それで信用して会ってもらえる方が後悔がないですからどうかお願いします。

(略)唯一の私が受信できる連絡手段になってしまいますので…くれぐれもHPアドレスを間違えて関係のない所に飛ばされてしまわないようにログインする時は必ずHPアドレスを確認してから進んで下さいね。

このメールは届いているんでしょうか…何もかも信じられなくなってしまいそうです。一目でも会ってください。それが私の最後のお願いです。

「それが私の最後のお願いです」とのことですが・・

以前120万円提示され仰天したのもつかの間、今度は一気に500万円!ときました。
このお金があれば・・とつい考えてしまう私もあさましいのですが。
もしも・・もしもですよ。このわたしがゴルゴ31、間違えた。ゴルゴ13でスイス銀行に口座を持ってて『用件を聞こうか』だったとしたら、
さしもの伊藤晶子さんもびっくりさせることができてチョー楽しいとは思うのですが。
(ついでにダンナを殺してくれってか?)

せめて・・せめて子供の学費口座にいれてやりたい・・500万円・・(涙

2/7 朝 8時  件名:今日振り込みます。

午前中忙しかったもので今からだと電信扱いで確認できるのが明日になってしまいますけど…そしたら会ってくれますか? 振込先の連絡だけ頂ければ振り込みますので(略)無料作成掲示板にを見て連絡先にお願いします。

だ~か~ら~。
お金を貰ってくれって拝み倒されても・・
勝手に振り込んどいて、融資したから高利込みで払わんせ♪ って筋書きになるのかもしれないし・・

でもでも朝8時なのに「午前中忙しかったもので今からだと電信扱い」という文も変だし、誤字脱字のあまりないひとなのにここにきて「無料作成掲示板にを見て」なんてミスしてるし・・
壊れはじめたのか、アキコ?
どうした、しっかりしろ! アキコねえちゃん!(飛雄馬風に

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かきくらし雪ふりしきり降りしづみ我は真実を生きたかりけり 高安国世

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2006年2月 4日 (土)

立春の朝

立春の朝、雪雲もないのにちらちらと雪が舞っている。
空の色はもう春なのに。

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ここ二日間でPTAの会合3件。こんなときにまたぞろ風邪。しかたなくうち一件キャンセル。ひー。

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昨夜、子供たちだけで節分の豆まきをさせていたら、家中豆だらけになってしまった。
ふんわり綿帽子をかぶった灯篭のうえに、集めたお豆さんを置く。
小鳥、食べてくれるかなあ。

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・・節分の鬼も雪で白かろう。
といっても鬼じゃないです。

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2006年2月 1日 (水)

冬の五線譜

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家の裏に柿の木があって、鳥がたくさん食べに来る。

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五線譜だとしたら、超ムヅ。

愛妻家協会

地球平和は家庭から。地球温暖化対策もいいけれど、まずは我が家の家庭寒冷化現象対策にいそしみませう。ということか。
微妙にナイス。

不倫は文化ならぬ、愛妻は日本が世界に誇る伝統文化・・というわけで、アイ・サイ(1/31)を愛妻の日とさだめ、世のご亭主どのはきそってまっすぐおうちにかえって奥方さまに日ごろの感謝と愛の心を伝えませう、おのおのがたご覚悟めされい、ってプロジェクトというかミッションが決行されたらしゅい。こちら

ロイターなんかでも配信されたって。ほー。

ということでお昼すぎ。夫から電話があったのをチャンスとばかり聞いてみる。
昨日いちがつ31日、何の日かしってる?
えっとー。けっこんきねんび、かな?

・・だめだこりゃ。

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2006年1月27日 (金)

さむぞら

雪が降ったあとの夕焼けはきれいだ。
天も地も、塩のようにきれいで、けれどもつめたい雪の結晶でごしごし、洗いぬかれたようなすがすがしさがある。

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・・冬は田舎棲みのものにとってはちょっとタイヘンなシーズンで、というのは、ネズミさんなどの小動物が寒さよけに家屋に避難してくることがあるからで。
「とんど」がおわったあたりがちょっとした恐怖のピーク。とんどのために蓄えていた藁などをいっせいに燃やしてしまったあと、そこに住んでいた小動物が行き場を失い、必然的に家にやってくる。
・・ネズミさんてば、ハムスターに似ててやっぱりかわいいんだけど・・やっぱりご遠慮してもらいたい。

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・・この写真のあたりは毎年夏になると麦の畑になる。
今はまだみんな霜の下。

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2006年1月26日 (木)

うちの校区は集団登校をするので、学校を休むときは学校だけでなく、いっしょに行く子供たちにも伝達をしておかなければならない。
昨日、三男が風邪をひいてしまったらしく、学校をやすませることにした。学校ならば電話一本で事がおわるが、子供たちはそうはいかない。先に行っておいて、とただその一言を言わんがため、通学路の傍らで子供たちがやってくるのをじっと待つ。ところが霧に閉ざされた道のむこうに姿は見えど、子供たちはなぜかその場でひょろひょろ踊ったりお弁当の袋でぼかぼか殴りあったり、とにかくいつまでものろのろしていているばかりでなかなかこちらに近づいてこない。
この年齢でもうオトナびてしまう女の子とちがって、男の子たちはいつまでもガキんちょだから、通学路といってもまっすぐ歩いてくるわけではない。女の子たちが横もみないでさっさと歩いていってしまうそのかたわら、男の子たちは気が散ったら散るままに、先日おおきな交通事故があって、車が一台亀のように天地返しにひっくり返っていた十字路をわたるときだけはさすがに思い立ってちょっと走ってみたりするけれど、朝の光にみちた道をくねくねと、大名行列よりゆっくりとこちらにやってくる。
「おはようございます」ってあいさつして、タケちゃんはきょうはやすみますから、ごめんね。先にいってください。なんて六年生の先頭さんのコウちゃんに言って、しばらく遊びに来ないと思っていたら眼鏡をかけてるのね。おとうさんそっくりになって・・なんて言ったりして家に戻った。

霜にあって地面に近く、低く低くその身をかがめている葉っぱたち。

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耐えるべきときに耐えているその姿はうつくしい。

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2006年1月25日 (水)

倉敷3

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これも骨董屋さんの、これは屋根。
戌年、とゆうことで・・(笑

これはどうやら映画館。
今は貴重な手描きの看板。いいですな~。

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藤純子キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!

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2006年1月24日 (火)

倉敷2

倉敷の骨董屋さんにいったとき、店主のおじさんがストーブにかがみこんで葛湯をかき回しているのがとてもおいしそうだった。
帰宅して棚をさがしてみると吉野葛があった。お砂糖も生姜もいれず薄いのを練ってみる。あついのをいただいていると、
・・骨董屋さんの店内にあった西洋アンティークのたんすの鏡や小物、鹿が秋の野で遊んでいる図柄が彫りこんであるランプのあかりがやわらかくってきれいだったことや、むかしの文官が儀礼のときにさしたというサーベルが暗いところで光っていたこと、前にいた店番の女の子が結婚して出産して、でも産後の肥立ちがわるくって、などと店主のおじさんと夫が話していたことなんかを思い出したりした。
お店番ですかあ、とあいづちをうっていると、店番は好きですか?とふいに尋ねられ、
はい。やってみたいです。
なんて答えたり、した。
夫は勝手知ったる様子で店の奥にずんずん入ってしまい、その迷路のような店内を、躓いたりひっかけたりしないように、わたしも追いかけて歩き回った。

宥されてわれ は生みたし 硝子・貝・時計のやうに響きあふ子ら 水原紫苑

・・硝子も時計も、お店の迷路のなかにあった。貝殻は古い時計のロカイユ(貝殻)模様のなかに光っていた。
だからどうだってはなしでもないけれど。

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古い町の迷路は心がなごむ。
心の迷路をたどっている気持ちになれるからだろうか。

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2006年1月23日 (月)

あしあと

昨日は短歌人会の新年会だった。
三男が塾友の家に泊りがけで遊びに行き、そのかわりのように次男の友人が遊びにきたりしたものだから、どうにもこうにも動きがとれず、珍しくよく晴れた青空をみながら、
このまま東京に行きたいにゃー
なんて思ったりした。
次男のお友達をお迎えしての晩ごはんはトンカツとエビフライ。スパゲティー。サラダ。スープ。などなど^^;
ぜんぶ大皿に盛って、みんなでわあわあ、にぎやかに食べた。
食後のコーヒーに添えるお菓子には、せんじつ宝塚にいったときに買ったお土産、左側の通称「ベルばらまんじゅう」を出した。

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・・思い出といっしょに大切に大切に一個づつ数えながら食べていたが、もう残りがあと一個になってしまった。
とてもさびしい。

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今朝、雪が降っていた。
夜明け前、タヌキが家のまえを歩いていた。
たぶん、そのあしあと。

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2006年1月21日 (土)

倉敷

夫が骨董屋めぐりをしたいというので、思い立って倉敷について行きました。

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夫が観光地区の裏の細道や路地をどんどん歩いていくのに、必死になってついていきました。
はいりこんだ路地のひとつで黄梅の匂いがしたので、さそわれて分け入ってみると、すごい株が満開になっていました・・

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お茶会の帰りでしょうか。すてきな和服姿の方たちに出会いました・・

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さて夫の戦利品ですが・・
戦前の朝鮮銀行券を50枚ばかりゲットできたそうですが。
・・それって何なの?(笑

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2006年1月13日 (金)

水仙

庭の一角で水仙が咲いた。春はまだ遠いのに。

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太宰治の『水仙』を読む。ここ
ものがなしい、けれど水仙の香のようなすがすがしい印象もある小品。

ダザイ、を変換したら「堕罪」になった。

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さわやかな匂いがPCではお伝えできないのが、ザンネン。

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2006年1月10日 (火)

なんだか・・

大晦日ごろからこっち体調が悪くて、大掃除なんかもぜんぜんできなかった埋め合わせということにもならないけれど、子供たちが新学期で出払ったのを機会にこまごま、片付けのようなことをする。
日当たりのよいところにおいていた薔薇たちも、思い切ってぜんぶすっぱり切って、ガラスの花瓶に入れてしまう。
身軽な姿でこのまま春までうつらうつら、窓辺ですごしてもらうというわけ。

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夜、なんとなくテレビを見ていたら泉ピン子と安住紳一郎アナの海外ロケ番組をやっており、どうでもいいけどフランスはベルサイユ近辺でピン子がマリー・アントワネットを、安住アナがオスカルの格好で歌ったり踊ったりしている。

・・奇怪なること限りなし。
安住アナがいくらかっこよくっても・・やっぱり宝塚の方が見栄えがいい。

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とはいえ。
どうしたんだろう。ピン子ってば、ロココの女王なすがたがやけに似合ってる気がしたぞ。
治ったとおもってた風邪がぶりかえしたのだろーか。

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2006年1月 9日 (月)

凧揚げ

子供たちが凧をあげた。
きれいな冬の青空。鳥をあやつるようにあげていた。

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三男が電柱にひっかけた。
電力会社に知らせてとってもらったが・・
このごろは凧あげする子供も少ないでしょう、というと、昼から一軒、行きましたかね、と若い作業員の方が答えてくださった。

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ご苦労様。そして、すみません。

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2006年1月 5日 (木)

葉牡丹

冬。固く凛と締まった葉牡丹の色彩の渦をみていると、このままどこかにいってしまいそうな気分になって、いつもちょっとだけどきどきする。

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春になると葉がほぐれ、中心から花芽がでてきて、それはいいことだろうけれど、葉っぱが乱れててんで勝手にぼうぼうとなっているのをみるのは、ちょっと興ざめな気持ちになる。

冬はなにもかもが固く、身をひそめていて、生き物なども知恵の限り耐えて、寒さをやりすごしている。そんな姿をみていると、しんと澄んだ気持ちになる。

ささやかな家庭内不安に悩む。
昨年のクリスマスのころ、わたしが丹精して咲かせていた薔薇をお舅さんが「手入れのため」として全部つみとってしまいまして云々、という事件の後日談というか逆襲というか。
・・まあ、あのままただですむとはおもっていなかったけどね。
夫、お舅さんによびだされ、いろいろ不機嫌になることを言われたらしい。
とついでじゅうすうねん。婚家の名前を名乗り、子供も生み、そだててきてもなお、そんなふうに一方的に言われまくる嫁の立場って、いったいなんなんだろう、としんそこ思う。
私なら、息子の嫁なんてただひたすらありがたいだけで、文句なんか言ったりしたら舌が腐るというか、きっとバチがあたるとしかおもえないけどね。
・・暗い、暗い一日。

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2005年12月28日 (水)

もうすぐ新春

クリスマスのころの雪がなにかの夢のように思えるこのごろ。

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とはいえ、うちの家の前の畑の雪はまだしぶとく消えのこっていたりする。
消え残った雪のあいだから草の緑色がみえたりすると、なんだかとてもさわやかな気持ちになってしまう。
・・まだ新春じゃないのに。
まじめに生きていこう、なんて思ってしまう。
・・はずれた生き方ができるほど、しゃれた人間じゃない癖に。

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・・うちの家の前の写真じゃないっす。小学校の校区内だけど。

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2005年12月24日 (土)

つ・ら・ら

雪が毎日降っては融け、降っては融けている。

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ちっちゃなちっちゃなつらら。
つらら、というより、つ・ら・ら♪

冬なのにまだ薔薇は咲いてくれていて、今度めでたく離婚して村を出てった友人に「よかったね」ってその薔薇をブーケにしてプレゼントしようと思っていたら、お舅さんにピンクのをまるまる、全部むしりとられてしまった。
なんでこんなことをするのか。やめてください。
そういったら、親切に手入れしてやっているのに何だ。だいたいおまえは、ということになり以下省略。

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あー。どこか行きたい。行ってしまいたい。
薔薇はまだ残っており、白いのはまだ14輪、咲いてくれているからそれなりにブーケはつくれるけれど。
でも雪のせいで道路が凍ってしまい、誰にも会えない。どこにも行けない。

なんか、OCNのメンテナンスの都合とかで画面、崩れてるみたいです。
ごめんなさい。

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2005年12月22日 (木)

雪!

上の兄ちゃんふたりを送り出した直後がら、すごい雪が。
本当は今日から泊りがけで出かける予定だったが、これでは車が出せない。

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昼から晴れてきた。
きらきらと雪が輝いている。

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2005年12月21日 (水)

通学路

子供をねらう犯罪が物騒な昨今、三男のかよう小学校も対策を、ということだろう。引渡しカード、なるものの提出を求められた。
保護者は子供を迎えにくる人物なりをあらかじめ学校に届けておき、学校側はそれ以外の者には子供を渡さない、というシステムらしい。

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通学路の脇の山。今日も雪が降った。

そんな、保護者が迎えにいかなければ子供を返してもらえない云々などという事態は、のべ18年実年11年ほどの小学生の母の経験からして、
通学路にお猿が出るから気をつけませう。あ。イノシシなんかも。
というお触れが出たような気がしたことがあった以外記憶がない、というのはさておき。
こんな山里でも? 私自身、金属バットをふりまわして駐車中の車などをぼこぼこに殴りつけている人に行き会ってしまった、という経験はあり、
・・まだ幼かった三男を連れて、逃げも隠れもできない田んぼのなかの一本道でのこと。それはそれはおそろしい経験でした・・
今なら警察に届けたりもしただろうけど、
「あーこわかった^^;」 
忘れよ。
で済ましていたのって、なんだったんだろう。

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2005年12月20日 (火)

魔法の帽子

もうすぐクリスマスということで、こんなところに、星。
むかしの軍隊の帽子と肩章らしい。
赤穂のお城の前にある骨董屋さんでみつけたもの。

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星のマークは弾除けの意味があったとか。
兵へのおもいやりってことなんだろうか・・
近代日本の軍隊って、結局魔法がかったまじないだのみだったのか、というか。
でも却って狙われたときの目標になりそう。弾除けの意味なしw

白い服の日本兵のはなしを読んだことがある。柳田國男『遠野物語』。
日露戦争のとき陣地に突撃してくる日本兵のうち、--黒いの(普通の兵士)は撃たれれば倒れて動かなくなるが、白い日本兵は、何度撃ち倒しても立ち上がって攻めてきたという。
当時白い軍服を着た日本兵などいなかったはずなのになんなんだ奴らは、というはなしなんだが。
やっぱりこんな帽子、かぶってたのかな。

五芒星と陰陽師と軍隊など
ここ
ここ

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2005年12月18日 (日)

雪の日

初雪。

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雪で車を走らせるのはちょっとこわい朝。
今日は神戸で吹奏楽部の発表会。
次男は夜明け前に家を出て、雪道を駅まで走っていった。

あとで三男を送っていく途中みてみると、
雪の道を次男の足跡が駅までずっと、続いているのがよくわかって、おかしかった。

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吹奏楽の発表会は電車で見に行った。
車窓からの一枚。夕日がとてもきれいだった・・

・・夕方帰宅。雪国にもどる。

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2005年12月14日 (水)

寒い~

風邪がどうも長続きしているみたいで、心身ともにしゃんとしないから困る。
この日曜日は最悪だった・・ひさしぶりに片道三時間かけて京都に行き、短歌の講演会に行ったのに、どうにもこうにも咳がとまらず途中退席。二度目の退席のときは、外の薬局でドリンクを買い、咳をおさえつつ扉に張り付いて講演を聴いた。

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友人に貰った唐辛子。
子供のころ、靴の中にいれたら足元があったかいよ、といわれて、試してみたことがある。
唐辛子というより、とんがらし。ビタミンレッドが元気のもとになりそう。

使い捨てカイロなんかない時代で、「白金カイロ」にベンジンをとくとく、って自分でいれて、自分で刺繍したふくろにいれて学校に持っていった。
そんな小学生だったなあ、と。
(※当初、ベンジンではなく灯油をいれて、と記入してました。すみません^^;)

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2005年12月 9日 (金)

柘榴

むかし村の入り口、半鐘の櫓があったところがそのまま空き地になっていて、柘榴なんぞが植わっている。
明るい季節の間じゅう壮んに赤い花を咲かせていた樹は、暗い季節になって葉をすっかり落とし、誰もとらない実ばかりが重く、なっている。

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遠いギリシアの国に女神がいて、娘をたいそう、かわいがっていた。ところが死の国、黄泉の神が少女に魅入り、さらっていってしまった。
少女はけなげにも、その意にしたがうことを飲まず食わずで抵抗する。しかしながらついに救出というそのときになって、ついかじってしまった柘榴の実。
・・いちど黄泉の国の食物を口にしたものは、黄泉の国のおきてに縛られてしまう。
少女は地上にもどるが、女神の娘とはいえそのおきてから逃れることはできず、
柘榴のルビー色の粒。
その粒の月の数だけ地下の黄泉の国に戻らなければならなくなってしまう・・
また、心をいれかえるまで、人間の子供をさらっては殺して食べていた鬼子母神は、柘榴を手にするとも聞くが、
・・わたしはそんな物語などを読んでは、意味なくおびえていたような子供だった。
おさないころから町住みで、柘榴などを食べる機会などなかったが、もし出されたとしても、決して口にはできなかっただろうと思う。

柘榴の粒幾百食はば寂しさ消ゆ 橋本多佳子

子供がさらわれるというニュースに騒然となっている昨今、柘榴もまた洋の東西を問わずこういった子取りの伝説にまつわる樹木といえばいえるわけで、その理由はなぜかということはさておき。
・・繰り返された悲劇を思いながら柘榴をもいで、食べた。
その甘みがかなしかった。

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2005年12月 8日 (木)

集団登校

初霜。

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我が家のガレージが集落の子供たちの登校の集合地になっている。みなが集まったら六年生が黄色い旗を持ち、下級生たちを学校に連れて行く。
とはいえ遅刻する子もいたりして、そんな子達はひとりで必死になって走っていく。

今日はなんだか出発が遅いなあ、と思っていると、先生を待っているという。
どうやら先生方が遠方の子供たちを拾いがてら、学校までついて行ってくれるらしい。
先生方も大変だなあ、と思う。
この不穏な昨今、先生方の苦悩は深い。

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2005年12月 7日 (水)

プロジェクトXとか

夜の間に雨が降っていたら翌朝は雪になっているかも、と思っていたが、山頂はうっすら、白くなっていたようだ。

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・・住んでいるところのすぐ近くの光景。
木の葉が落ち、稜線が厳しくなっていくこの季節。

三男が調理実習の用意をわすれていたので、スーパーが開くのをまって買いととのえて学校に届けにいった。
やはり昨今の不穏な事件の影響のためか、校門は錠で閉ざされ、駐車場に入るところも鎖が渡されている。
とはいえ入れるところから入っていくと、玄関口でふらふらしながらひとりで待っていた。
こんなとこで一人でいたりすると悪いやつに捕まるぞ~、あははうふふ、とおっかけっこしてるところに、先生登場。
荷物を渡し、帰宅。

+

このブログで古くはこの7月ごろから「ベルばらは今度はプロジェクトX進出だよな。でもXじゃなくってきっと(×ペケ)だろな」
なんて書きまくってた予見あたりまくり、
夜、いよいよNHKプロジェクトX。ベルばら上演で廃れかかっていた宝塚は復活したというおはなし。ここ
というか、演出の植田紳爾のひとり勝ち功績自慢タラタラ大会だけだった気もw
なにしろ30年も前のことだもんね。紳じぃ見てると、つまり生き残ったモン勝ちって言葉が浮かぶわ (無表情で

冒頭、
♪風のなかのす~ばるぅ~
の曲にバスティーユの場の群舞をあわせているのに仰天。あいすぎw
昔々の週刊マーガレット、ならびに昭和の宝塚の舞台に感涙。
それと長谷川一夫の映像のうつくしさに目が吸いつけられた。すごいわこのひと。バケモノだわ (褒めてる
原作だが、アップに耐えられない場面ばかり映している気がした (アランとブイエのファンはうれしいだろーがw
原作ファンが女優に(女優じゃなくって、宝塚は「生徒」、だったような気が)かみそりの刃を次々に送った・・
なんてイメージ映像、あんなにしつこく、何度も流す必要あったんだろうか。
怖すぎ。だから「ベ」ファンは怖い・・って深夜なんかに「BSマンガ夜話」あたりで言われるんだ、と (ぼそっ

宝塚衰退の原因をテレビの普及とするのはさておき・・
初演時の1974年をふくめ、NHKともあろうものが少女たちがこの物語や舞台に熱狂した時代や背景に、ぜんぜん触れていないのは片手落ちだと思う。
ときは沖縄返還のころ。たったひとりで「ベ」の舞台をみるため「日本」にやってきた少女たちの執念とか、むかし、聞いたことがある。
とにかくそんな(異常な)人気というか、熱狂ぶりだった。

正直いって、スタッフならびにスタジオ側は理解していないな、とゆっかー、ドン引き。とゆーよーな違和感をかんじました。
まあ、進行というか案内係に、宝塚といったら必ずといっていいほどでてくる葛西聖司アナをつれてこなかったのは大失敗ですね。
場を盛り上げようということでしょうか、ショーちゃんこと榛名由梨の苦労ばなしというかおしゃべりがなんとも痛々しかった。
プロジェクトXは、関西風の笑かしではだめなのよ。
涙。泣かしてなんぼ。がこの番組なんだから。
「ベ」の舞台に立ちたくて難関を突破して宝塚に入ってくるって生徒はたくさんいて、そんなひとたち中心に稽古場はもうわんわん、感動しまくりで泣きっぱなしだってはなしもよく聞く。
そんなはなしを流さなきゃぁ。泣かせどころはここですよ、いつかかみそりは送ってこられなくなりました、なんかじゃないんですよNHKさん。
ということで、アントワネット役(の女優!)の舞台稽古での映像、感極まってのうっすら涙、にちら、と不覚にももらい泣きしつつ。
終盤のテレビ番組って、ま、こんなもんでしょう、ということで、おしまい。

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2005年12月 5日 (月)

一角獣

(「冬の薔薇」を再編集しました)

今朝、足元に張った氷に滑りそうになった。

もう冬だ。
秋の間咲きつづけた薔薇たちはまだ花を重たく掲げてくれているけれど、そろそろ屋内に入れてあげなければならない。

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ぐんぐん伸びてわたしの背より高くなってしまったブルームーン。夜ひかる薔薇たちはどうしよう。

・・子供のころから花や木を育てるのが大好きで、でもここにお引越ししてからはすっかりやめてしまっていた。
でもそろそろここにきて十年にもなった去年のこと。ここから逃げ出すことしか考えず、けっして根付こうとしなかったわたしがおそるおそる、鉢で薔薇を育て始めたのは、鉢ならばいつでも抱いて逃げられると思ったからだ。
盆栽のなかにひとは小宇宙を創りだすということだけれど。
鉢の薔薇のなかにのみ、わたしは息づいていた。
薔薇星雲というのはオリオン座の東、一角獣座にあるという。
一角獣は少女だけを愛し、少女にのみ、その化生の心をひらく。
・・もう少女ではなく夫も子供たちもいるわたしは、幻の一角獣としか遊ぶことはできない。

+

さきほど広島にいる夫から電話。・・もう雪が降っているらしい。
広島の女の子につづき、栃木で雪・・有希という女の子が死んでしまった。
少女しか愛せない一角獣は、少女をその角で殺してしまったというのだろうか。
・・悲しみは雪のように凍えた心に降り積もる。

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2005年12月 4日 (日)

夜の錦

短歌の会に行くこともなく過ごしていたが、昨日は龍野で眩の米口實先生の講演が聴けるというので出かける。
うつくしい紅葉つらなる山道を車で快走する。
播州は藤原定家の一族と縁が深いようだが、俊成卿の女(むすめ)も龍野に晩年をすごしていたと知り驚く。

風かよふねざめの袖の花の香にかをる枕の春の夜の夢 俊成卿女

高校生のころ、こんな一首に心ひかれたことなど思い出す。
・・もし俊成卿女が生きていたら日に夜に通って和歌のこと、・・短歌のこと、教えて貰いにいけるものを。

短歌人会の吉岡生夫さんにご挨拶できてよかった。
日が短いこともありそうそうに帰宅。
あんなにうつくしかった紅葉の山が、日が暮れて真っ暗になっている。去年の水害時に崩れたままの峠を通る。
真っ暗な山道。ライトに照らされているところだけが赤い。古今集、五、秋、下「見る人もなくてちりぬる奥山の紅葉はよるのにしきなりけり」や漢書、項羽傳「如衣錦夜行」を思い出す。

DSCF0657これはうちのお台所の裏の眺め。

夜の錦ならぬ夕方の錦。って、ぜんぜんダメですな。

+

今朝はそうそうに氷雨のようにつめたい雨の降るなか小学校PTAの再生資源回収。犬小屋の近くに保管していた新聞紙もあったのだろうか、集めた新聞紙を車に詰め込むとひどく匂い、くしゃみに苦しむ。呼吸できない気分になる。
むかし古新聞を集めていて全身にアレルギーが出て困ったこともある。
こういう活動に文句を言ったら非国民扱いをされるってもんだが、子供たちの卒業と同時に親もPTA活動から卒業できる。みんなで力をあわせると結構楽しいけど、やっぱりつらい再生資源回収もいよいよこれで最後。万歳、というか感慨無量。

本当は今日は昼から大阪で短歌人会の会合があったが、出席できなくなる。
今年も会いたい方たちに会えない一年だった。
この季節にこの気候。滅入る。

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2005年11月29日 (火)

秋の薔薇2

白い薔薇なのかしら、と思い、深く考えずに買ってきたら、だんだん赤くなっていってしまった。

この薔薇の名前は
「ジュピレドゥ・プリンセス・ドゥ・モナコ」
薔薇をたそがれは逢魔の刻に買うとこんなことになるということか。

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これはまだ白が勝ったほう。
もっと全体が赤くなってしまっている花もある。
深い赤色は今の時期にふさわしい。

うつむいて咲く薔薇、モナコの姫の顔を持ち上げても恥ずかしがるだけだから、そのままで撮影する。

だんだん寒くなる。
冬の薔薇は色が濃く、長く咲いてくれるのがうれしいが、どうも悲壮な印象がある。

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2005年11月25日 (金)

空が・・

この春、思い切ってお引越しをしようとして、そのまま夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬になろうとしている。

もしあのお部屋に住んでいたら・・と今も思う。
・・たぶん今の自分とはぜんぜん違う自分になっていただろうに、と。

さいしょは同じ自分だったはずなのに、お部屋に住んでいるわたしはどんどん違うわたしになっていき、
仕事をしたり花を育てたり。子供たちと毎日いきいきとたのしくしている。
お部屋に住んでいるわたしは毎日が忙しく、すこし磨り減りながらもきっと、こんなことを思っているわたしのことを思いやりもしないだろう。
ここではできないお勉強だってきっとしていることだろう。
あちこちに出かけ、いろんな人に会って、ものを見たり、聞いたり、感じたり・・

・・ここでぎゅっと目をつぶり、目の前をまっくらにして、はあっ、と息をつく。
どんなに思ってもあのお部屋には誰も住んではいないし、わたしはわたしのままなのだ。

今すんでいるところは霧がつめたく、静かで空気がひんやりとしている。
それはそれで悪くはないのだが。

・・こういう想像はきっといけないことだと思う。

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ここはどこだろうと思えそうな映像だが・・
お部屋のバルコニーからの眺め。
空が、広い。

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秋の薔薇

朝晩つめたい霧がでて、じき霜がおりるころだというのに、秋の薔薇はまだ元気に咲いてくれている。

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この薔薇は窓辺においていたら、去年の冬の間もずっと咲いてくれていた。
本当はかわいい、あわいピンク色なのだが、今は紅葉のころだからか、色が濃く、悲壮なかんじがする。

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これはこの秋に買った「ゴールデン・ボーダー」。
強健、強香種。という薔薇初心者にはうれしい品種。
房咲きで、オールドローズ(古い品種の薔薇)の風情があり、風にそよぐ姿がなんともいえない。
つぼみのころは山吹色で、正直、「すげー色」とあわてたが、さきはじめるとあわくなり、おわりころになると白くなっていった。
画面ではわかりにくいが、新しい花と古い花の色が異なり、遠目で見ると、まるで金と銀の混合のようにもなる。
これもまた紅葉のころのためか、花びらのふちに赤色が透けはじめた。
どこまでうつくしい薔薇なのか、と驚嘆する毎日。

季節のおわりを予感しながら、それでも咲いている薔薇を手入れしているときが、一番たのしい。

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2005年10月27日 (木)

阪神負けた・・

阪神が負けた・・

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なぜだろうと考える。
・・それは禁をやぶり、子供たちといっしょにテレビで観戦してしまったからだ。

自分が観戦してると阪神は負ける。
そう公言して、熱狂的なファンのくせに甲子園に足をふみいれなかったり、テレビ中継を見たりしないファンは多いようだ。
負けそうになるとあわててテレビのチャンネルをかえる。
そして、
あかん。俺がじっくりみてると緊張して、阪神は負けるんや・・とつぶやく。
翌朝のニュースで、逆転などして勝っていれば「あのとき俺がテレビをかえたからや」と思い、
負けていれば
「やっぱり・・テレビで応援してたからや」と落ち込む。
阪神が勝つのも巻けるのも自分の責任。意味不明な一体化w

強い阪神は好きだ。
今年なんか異常に強かった。
今日もけっこうつらいこととかあったけど、阪神が勝ってくれたら、それだけでいい。
なんてこともあったっけ。
でも・・

いくらなんでもあんまりな4連敗。
がっくりくる気持ちはあるけれど、でもやっぱり、
ここぞというとききっちり負けてくれる阪神が好きだったりする、と気づいたりなんかする。
壇ノ浦で負けた平家さながらの滅びの美。
平気で男を裏切ってもなお愛してやまぬ、たちの悪い女よりもさらにたちの悪い、
ここ一番の大舞台で恥もプライドもかなぐりすてた、ああなんとすばらしいこの負けっぷり。
やっぱり阪神はいい!
やっぱり阪神は俺が応援しつづけな、あかんのや!

・・なんてああ、ややこしい文章。
まあ、くねくね屈折してるのが許されるってのも、阪神ファンのいいところだろう、ということで・・

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2005年10月20日 (木)

なよたけのかぐや姫

復活したテレビ番組『日本昔ばなし』を子供たちと観た。第一話は「花もほころぶかぐや姫~♪」の歌にもある「かぐや姫」。
昨今のアニメの流行をかたくなに拒否したようなかわいげのない^^;絵柄、そして語り口。
このごろは満月で、月がきれいだが・・
このリバイバルは、一度隠れた月がまたよみがえったようで、
先日観た満月を思ったら、ひときわ味わいふかい「かぐや姫」だった。

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そういえばかつて不動の人気を誇っていたこの怪物番組の視聴率を奪ったのは、たしか『セーラームーン』だったと思う。
「月にかわっておしおきよ」の決めせりふの月の国のプリンセス・セレニティーが、かぐや姫~♪の凋落を招いたというのも、なんだかなあ、と。

かぐや姫、といえば思い出すSFがある。
「月夢」星野之宣(『妖女伝説』所収)・・

月面での活動中に宇宙飛行士がが突然暴走をはじめてしまう。
呼び止めようとする仲間たちを振り払い走り続ける、その日系人サカキの正体。そしてその目的とは・・

というおはなし。
短編ながら、強烈なインパクトがあり、むかし最初読んだとき、途中から完全に号泣モードにはいってしまったものだった・・
こちら

映画『春の雪』の原作は、長編『豊饒の海』のシリーズの第一巻だが・・
豊饒の海というのは、そもそもが月面の地形につけられた名前。
月は死と再生を繰り返す不死の象徴。
・・最終巻を書きあげたのち三島が死んだというのも
なにか関連がありそうで、そんなことを思い出してしまう、このごろの月のあやしい明るさで・・

抱く髪抱かるる髪くらぐらとたちくる死者を春と呼びにし 永井陽子『なよたけ拾遺』

そういえばかぐや姫ことなよたけのかぐや姫から題を得た『なよたけ拾遺』のもうひとつのテーマは、作者の父の死であった。
歌集で繰り返し描かれる死のイメージは息苦しいが、それは再生を待つ月への祈りでもあったということかもしれない。

いさよひの月掻きいだく手のなかにひとのやうなる影あるばかり 永井陽子『なよたけ拾遺』
月明の竹林にねむる 否、ビルのましたにねむる夭きこころは 永井陽子『なよたけ拾遺』

現代の夜はあかるくなってしまい、月のことなど誰も見ていないと思われがちだが、
こんなふうに月はさまざまに姿をかえて、今も夜空に輝いているということなのだろうか。
人の心に夜あるかぎり。
否、人の心が夜を求めるかぎり。

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2005年10月19日 (水)

ホトトギスとかこたつとか

ホトトギスの花が見たいなあ、とおもってあちこちさがしてたら、うちの庭に咲いてた。
鳥は鳥でも、幸せの青い鳥じゃないんだけど、なんだかちいさな幸せを見つけた気分。
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寒くなってきたからそろそろコタツかな、というわけで、
小学校からかえってきた三男が探し出し、さっさと組み立てて、首まで入っている。
ごんた盛りの子供たちで、テーブルに跳ね上がったりして、いままで何台も壊してきた。
むかし、内部に赤いランプがついていたコタツを使っていた。
子供たちがからだじゅうもぐりこんで、そのランプをじいぃ、と見ていたことを思い出す。

次男もコタツが好き。学校からかえってくるとさっそくもぐりこみ、なべ奉行ならぬコタツ奉行、コタツの守(かみ)をもって任じている。
子供たちが亀が甲羅から顔を出すように、コタツから顔をだした「コタツ亀」になっているときって・・
幸せそうで、ほんとハラがたつ(笑

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2005年10月14日 (金)

月の影

昨日は三男の小学校の修学旅行の説明会があった。奈良京都がメイン。大阪城、奈良公園、春日大社、若草山、二月堂、三月堂、東大寺、大仏殿、薬師寺、法隆寺、清水寺、二条城、金閣寺、東映太秦映画村、ついでに南禅寺の座禅を検討してますよ♪ってスケジュール。これだけを一泊二日でこなして約2万3千円。
バカざかりの田舎もんのガキどもを思いっきり疲れさせて、ホテルとかで暴れたりしないようにさせようってか、せんせい?w
おこづかいは4千円まで。
「かばんの底に隠しとき、とかっておばあちゃんとかがわたしたとしても、ぜったいに、もってこないように」
ううう、せんせいってば。もしかして人間通?w

わたしの時は伊勢に行った。「修学旅行列車」というのがあった時代だ。
沿道に並んで、ちょうど通りかかった昭和天皇の車に手を振った。
後日、修学旅行の思い出、とかいう絵日記に、そのときの絵をかいたものだった。

夜、三笠の山にいでし月かも・・なんて歌を思い出しながら、山に沈んでいく月を見た。
山の端に茂っている木のシルエットがくっきりとうかび、入り組む梢の影が黒いレースになって月をいろどっていた。

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夏ごろきちきちに刈り込んでしまったからだろう、今年の萩は花がすくない。
秋は白い花が好き。

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2005年10月11日 (火)

ススキ

連休さいごの日、砥峰高原に行った。
ここにはこの春、来たことがある。福知渓谷というところにキャンプにでかけ、帰り道になんとなく迷い込んだのがここだった。
春のころで、湿原に芽生えははじまっていたが、『嵐が丘』なんかにでてくるヒースの荒れ野さながらひろびろとした、というよりもむしろ茫漠とした眺めに驚いたものだったが。
季節はかわり、秋の眺めはぽわぽわしたススキがどこまでも風にそよいでいた。
ゆるやかな起伏にそって渡してある板の道をひたすら歩く。
なにやら肌寒く、山は霧をかむっていた。ほつほつと水滴が肌にあたったが、霧の結んだものだった。
そんななか、ススキの野で出会った小学生くらいの姉妹は、そっくり同じ顔をした、いまどきめずらしい昔風のおかっぱあたま。
ざわざわとススキをかきわけてあらわれるや、そのままわたしを追い越していったが、ススキの穂の間を見え隠れしながら去っていく姉妹のお尻には、案外ぽわぽわのしっぽがはえてるんじゃないかしらなどと、ついまじまじ見てしまった。

これはうちの庭のススキ。
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砥峰高原のススキ。また見に行きたい。


ps:
砥峰高原のススキ。とてもよかったんだけど、案内所ったら夏の浜辺のように音楽ガンガンかけててうるさいの。
もちろんサザンとかじゃなくって、女子十二楽坊とか東儀秀樹とかなんだけどね。
興ざめだなーって思いながらひたすら歩いてたんだけど。
考えてみりゃ、道は渡してあっても一種の迷路だから。
子供とかだったら、ススキの野原の真ん中で迷ってしまうかもしれない。
音楽ってのはきっと、方角を知らせるためなのねん、などと思ったりしたが。
やっぱり邪魔^^;

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2005年10月 6日 (木)

栗と柿

昨夕は霧がものすごかったが・・

霧にまぎれてうちの家の軒下に栗と柿を山ほど置いて帰った方、どなたですか。

「この柿は村にない品種だ。だから近所の人のではない」、とお舅さんは言ってますが。

どなたか存じませんがありがとうございます。
お礼もいわないで頂いてます。栗は朝から栗ご飯にしてます。

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こんな栗とこんな柿。ありがとございます。

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2005年10月 3日 (月)

眠れぬ夜のために

寝つきはいいほうだし、眠ったらさいご、ひたすらぐっすり、というタイプなのに、なぜか昨夜は目が覚めてから眠れなくて困った。

季節は秋。しんしんと鳴く虫の音を聞きながら、考えることしかできないから、いろんなことを考えた。

それでも黙って目をつぶっていたら、いろんな夢が降り始めてきた。
うとうとしているうちに夢をみてはふっと目がさめ、これは夢だったと思い、やがてこの夢はずっとむかし見たことがある夢の続きだ、などと思ったりする。
眠っては夢をみて、またさめて、また夢の続きをみて、またさめて・・

これは「病草子」の不眠症の女の図。
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(クリックしたら拡大されます)

・・おおむかしの絵のなかに、自分が描かれている不思議さ。

朝、家族を見送りがてら外に出ると、花がきらきらと露にかがやいている。
夜のうちに時雨が降ったらしい。

DSCF0610
朝、これはお台所の横のお勝手から撮った写真。
・・昨夜のこの霧のせいであんな夜になったんだろうか。

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2005年9月30日 (金)

白い彼岸花2

白い彼岸花というのはなかなかめずらしい花だということだが、近所の土手の花をよく見てみると、軽く黄色というか緑色がかった白と、ピンクがかった白があるようだ。
たそがれは逢魔ヶ刻に見つけたものだが、写真でよく見分けがつくだろうか。
DSCF0585

dscf05851

・・一応、上がピンクで、下が黄色です(たぶん

みえないものが写真に写るってことはよくあるらしいが、
はっきり見えたものが写真には写ってないってのも、ちと困るんですがそうですか。

道の辺の壱師(いちし)の花のいちしろく人皆知りぬわが恋妻は 柿本人麻呂 万葉集巻十一 2480 
(『歌意』道ばたに咲く壱師(いちし)の花のように、はっきりとみんなに知れ渡ってしまったことだ。私が心より愛する妻への気持ちのことが…。)
この「いちし・壱師」の花こそが彼岸花だという。ここ
いちしろく、とあるけれど、白い色ではなく、よく目立つ色というほどの意味らしいが。
うーん。白い彼岸花って花をみせられたあかつきには、そう思ってしまいたい気持ちも。
もちろん、白く咲いても赤く咲いても彼岸花のイメージの妖しさにかわりはないけれど、万葉の時代はどんなイメージだったんだろう、この花は。
ちなみに「いちしの花」のうたわれた例はこれ一首らしい。てのも、謎。

神仏はひがんしがんと人間を分別するがよく間違える 松木 秀 『5メートルほどの果てしなさ』

彼岸の人が見えるという親族がいる、というはなしを先日、次男のPTAの役員さんのお食事会で聞いてきたばかりだ。
「彼岸の人」はどこか透明でふわふわたよりなく影がうすく、こちら側の岸の人と間違えるかといえばこれが間違えない。あっちへ行けといえばすぅっ、とばかりむこうに行くという話であったが本当だろうか。だってそんなひと、どこにでもいそうだから。
というわけで、彼岸花が咲いているこのシーズン、よく思い出した歌。

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2005年9月29日 (木)

刈り取りのあと

田んぼの稲が刈り取られた今の時期、ごろんごろんと俵のようなものがよく転がっている。
日の光をあびて、金色に輝く藁の束をみていると、ほこほこした気持ちになる。
DSCF0580

なにかというと、これが近所の牧場の牛さんなんかの餌や敷き藁になるのだ。
藁のかわりに糞ですな、こんなふうにきれいに藁をまとめてもっていってくださって、しかもお礼に堆肥のもとになるものをたんと配ってくださるというしくみ。ギブあんどテイク。

本当は秋のお祭りやお正月のとんど用の藁も横にのけておくのだけれど、今年、うちはお葬式をだしたので、そういう村の神事ごとは遠慮させていただいているようだ。

右にちょっと見えるが、刈り取られたあと、稲の株から芽生えがはじまっている。
秋なのに青々として、それどころか冬ちかく二度目のみのりまで見せるような田んぼがあるが、こんな田んぼを「ひつじ田」という。

ひつじ田のことは去年書いた。
「短歌人」の掲示板の書き込みで教えられたが、「穭田」と書くらしい。

・・たった一年前のことだというのに、去年の文を読み返すと、ずいぶんと昔のことのように思われる。

今日のこの写真が「ブログ人いちおしフォト」に選んでいただいているようで、うれしいです。
読んでいただいてありがとうございます。

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2005年9月27日 (火)

白い彼岸花

今年も白い彼岸花が咲き始めた。
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場所はこんなとこ。駅の裏の川の土手。
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上から見たら雪の結晶のようだ。
DSCF0582

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2005年9月22日 (木)

カエル

昨日はうちの田んぼの稲刈りだった。

昨日こそ 早苗とりしか いつの間に 稲葉そよぎて 秋風の吹く 古今集 読み人知らず

筝曲「秋の曲」の歌いだしにもなっている、この歌。
もともと練習熱心ではなかったしどうにもならないほど下手だったから未練がないというのは本当だが、ここにきてから琴にはぜんぜん触れていない。
楽譜を開いては頭のなかでおさらいする、ということもしなくなってしまっている。

庭の片隅にキウイの棚があって、変な表現だが蝉の苗床のようになっているらしく、夏は蝉の抜け殻がたくさんあたりの木のこずえで風にそよいだりしているが、地面のあちこちにも蝉の抜け出た穴が残っていたりする。
その穴は変に深くて、蟻がのぞいていたり、こんなふうにカエルが家にしていたりする。
DSCF0551

この写真は昨夕とったものだが、今朝もおなじ穴に首までもぐって、目だけだしてこちらを見ていた。
・・朝夕だんだん冷やっこくなってきた。カエルが地面にかえる時は近い。

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2005年9月20日 (火)

赤穂の洋館

赤穂にはあまり人にしられていないちいさな洋館があります。

秋の窓。
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これは通用門。
_040

玄関をはいったところのホール。
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むかし栄えた塩田関連の建物で、今は郷土の資料館として使われているようです。
ちょっと不便な郊外にあるのですが、静かな雰囲気が大好きで、ときどき見に行きます。
忠臣蔵オンリーの赤穂のなかの異色スポット。
以前みたときはたしか農機具やふるい新聞やだれかの勲章やらが置いてあったりして・・観光地スレしてないといえば聞こえはいいのですが、ちょっともったいないかしらというような。
たとえばゆったり時間をすごせるような、紅茶とかがいただける施設があればいいのですが、それもナシ。

塩で建てられた洋館。
結晶のように透き通った時間のあとから
さらさらと風が通り過ぎる。

全体図↓
1
詳しくはこちらを、どぞ。

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2005年9月16日 (金)

ヤマネコ宅急便

郵政民営化論はさておき・・
宅配便だが、近所に黒猫大和(仮名w)の出張所ができたのでよく利用する。

それがまあ、ちょっと街道からそれた山にはいったところにあるってもんで、地元民のわたしでもときどき迷ってしまう。
ちょっとしたマイナー好みv
黒猫どころか、もはやヤマネコ。ヤマネコ便w

ちょっとはなれた裏手はこんなの。
・・ヤマネコ便はこぎつねが木の葉でつつんだどんぐりをもってくるそーです。はんこは手型だそーです。
ぺた。

・・しずかなしずかな里の秋。
DSCF0548

月がきれい。鹿が鳴いてました。大急ぎで帰らなきゃ。
DSCF0549

こんな月でした。
tuki

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2005年9月14日 (水)

ちいさい秋


霧が濃い朝の駅。
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もうそろそろ秋なんですね。
ちいさい秋み~つけた~♪
ってことでしょうか。彼岸花です。
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白いのもありました。まだつぼみ。
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ちなみにこんなとこに群生してます。駅裏の川の土手。
_056

ここに来てどうしても自分が周囲と結びついているという実感を得ることができなかったとき、
むかし読んだ図鑑で覚えた名前を、ひとつひとつ、
野の草や花で確認していったものだった。
そのとき覚えた花や草の名前は、たんなる名前だけでなく、わたしを周囲と結び付ける呪文だった。
名前は単に名前だけではない。
人の名前を覚えることで人間関係がひろがっていくのはよくあることだが、
地に生える草や風にそよぐ花の名前を覚えることで、
わたしは自分自身と地や風との関係を広げようとしていたのだとおもう。

こんなのも咲いてます。きれい。
名前は忘れた。
_043

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2005年9月13日 (火)

夏の写真

もう川辺はそろそろすずしくなって彼岸花でも咲いているかしらとおもうのだけれど、この暑さでいつまでも外に」出るのが億劫になってしまっている。
彼岸花は赤いものだと相場が決まっているようだが、そこでは白い花が咲く。

夏の旅行の写真のいくつか。
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暗い路地のすぐむこうは海だというのに。
明るい海を見るためでかけた旅だったはずなのに。

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風の止まった街。
古い酒屋さんがあって、そこでお酒を買った。
大吟醸。
闇夜に海から出てきたお魚さんが貝殻でお酒を買うため歩いていそうな、街。

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マッチ擦る つかのま海に 霧ふかし 身捨つるほどの 祖国はありや 寺山修司

を思い出し、撮影したもの。

浜田幸一氏:TVで小池百合子氏に暴言「うすらバカ」・・

東京10区で当選した小池百合子環境相は12日、テレビ朝日の情報番組「ワイド!スクランブル」に中継で出演。スタジオにいたゲストの元衆院議員・浜田幸一氏とバトルを繰り広げた。

浜田氏が、イラクへの自衛隊派遣問題について小池氏に質問、満足な答えではなかったのか「うすらバカ」と暴言。小池氏が気色ばんで「何と言ったのですか。もう一度言ってください」と聞いたところ、浜田氏は「うすらバカって言ったんだよ」。これには小池氏も苦笑いを浮かべるだけだった。  ここ

この現場、テレビで見ていた。
戦争は環境破壊の最たるもの。環境相としてイラクへの自衛隊派遣問題をどうおもうか、という問いに対するやりとりのなかでのことだった。
続きは「テレビタックル」で、ということで観るのを楽しみにしていたが・・
PTAの会合で見れず。このうすらばか、と毒づいてしまった。

祖国に身を捨てる、ということはさておき。
マッチ擦る つかのま海に 霧ふかし ・・
選挙騒ぎも過ぎてみればマッチを擦るつかのまの出来事のようでありましたっけ・・

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2005年9月10日 (土)

あやしい写真

・・短歌について語るひとならば「写生」ということの大切さを繰り返しいうものだけれど、
だったら「写生」というのがどういうことなのか、これがなかなかむずかしい。

たとえばこの、お盆にでかけたとき海で撮った一枚。
2005_08150079

いちおう主題は「鳥」だったりします。
aho-3

これですね。
海にむけて三羽。
あとで短歌のネタにつかお。
おもいっきり暗い、写実的な歌をつくろ。そうおもいながらシャッターを切りましたよ。

ところが、できあがった写真を見て、びつくり。
偶然写りこんでいたんです。
・・窓に、手が。
aho

ちょいと拡大。
aho

なにしてるのかなあ。
想定されるのはお雑巾で窓を拭いてるんだろうけど・・お盆に?
まさか足袋をつけた足なんかじゃ、ないですよね・・それはそれでちょいとばかしこわいけど?

・・思い出のためにせっかく撮ったいちまいなのに、どっちみちこれじゃエセ心霊写真じゃないの、って、プンプン。

でもね。
絵だったらこんなことなんないよね。
海と空と鳥と建物。それだけ。
窓に足袋をつけた足が・・なんか描いたりしない (たぶん
写真だったらただしいことすべてが写るにしても。
全体的に変な具合になってしまうことがある。

「だから『写生』って大切なんだわ」
なんてね。つくづく、この没写真を見ながらわかった気分になってしまったわ。
・・なんてね (ウソ

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2005年9月 9日 (金)

案山子2

映画がシリーズ化されて、その二作目の題ってのにはいろんなパターンがあって。
お題のしっぽに「2」をつけるもの。
お題のあたまに「新」をつけるもの。
副題のようなのをつけるものやリーターンズや逆襲やドッカーン!や (なにそれ
・・

すみません。実は昨日の案山子さんは三体おりまして。
三位一体。三連星。三角関係・・
まあ、なんとでも言ってやってください・・
なんとなくめんどくさくってアップしなかったんですが、残してても仕方ないので
どぞ。
2005_08150024

芸のないアップの仕方ですみません^^;

・・碧眼白皙の美形です。笠、かぶってます。

・・ご近所の幼稚園児たちはみな笠地蔵のおはなしば知っとるとです。
夜中になにかを引きずってる音がしたって、ぜったい外を見ちゃなんねえとです。お地蔵さまたちがご恩返しにくるからとです。
だからよい子ははやく寝るとです。

ちなみにこちらの美形案山子戦隊wが見れるのは、うちの村の役場のすぐ裏。
ちょっとした名所ですv
ちなみに期間限定ざんすw

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2005年9月 8日 (木)

案山子

養老孟司の「バカの壁」は面白くてわかりやすいなどという割にははわかりにくいところがあり、たとえば
「基本的に都市に住んでいるということは、すなわち意識の世界に住んでいる、ということです」p116
なるくだりなんぞ、だったら
-田舎は無意識の世界そのもの、つうか、具現
というお話になるのかと思いきやそうでもなく、話題はドンドンフロイトやら熟睡する学生やらホームレス問題、働かなくても食える問題やらに移っていき。
まあ、結論。わたしくんだりが読んだってわかんないってのは、わかった。

だったらというわけで?田舎でみつけた無意識のおそろしさの小ネタ。

被害甚大たる台風14号が駆け抜けても平気だったわが村の田んぼ。
こがねのみのりはもうすぐです・・
というわけでなにげなく案山子。
2005_08150013

なにげなく拡大
kakudai

別バージョン
2005_081500142

うちの子たちがすずめの子ぐらいちっちゃかったころによくおびえていた案山子くんたち。
・・悪いことしたら、あの案山子がすごいスピードで追いかけてくるよ
なーんていってさんざん脅かしては泣かしてやったもんだが (をい

ありがとう案山子くんたち。君たちのおかげで今年も豊作だよ、きっと。

台風のあとのすばらしい夕空。
2005_08150020

・・そしてすばらしい月。
2005_08150011

2、もあります。どぞ。→ここ

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2005年9月 5日 (月)

まぼろしの椅子

ながいあいだ椅子をさがしていた。いつでもどっしりと抱きとめてくれやさしく抱きかかえてくれる、そんな椅子。

椅子はたぶん、人間が使う家具のなかでもいちばん人間的な存在だろうということだ。
アーム(腕)、脚、背。そんな部品の名前からして、ただの道具ではない、心さわがせるものがある。
田舎に住んでいるから家具屋さんなんかに行く機会はない。行ってもたぶんわたしが欲しい椅子はないだろう。
そう思っているうちに、だんだんと、
わたしがほしいのは椅子ではなく、自分の居場所であり、抱きかかえてくれる腕(アーム)であり、ささえてくれるおおきな背であり、しっかりふんばって立ってくれる脚ではないか。
そう思い始めてきた。

かたはらにおく幻の椅子一つあくがれて待つ夜もなし今は 大西民子「まぼろしの椅子」

・・あるオークションで一脚の椅子を見つけた。
クラシカルな風情、やわらかな曲線、花の彫刻・・
困った。わたしの欲しいタイプではない。
しかもぜんぜん実用的ではない。
「神戸までとりに来ていただける人を優先します」
とのこと。

なんだか気になってしまったので入札した。

落札はできなかった。締め切りの日が丁度旅行中だったから。
そういうことはよくある。
楽しみにしていたのに、PTAの会合があって競ることができなかったとき。
あのときのキャビネットは残念だった。思い出すたびに今もくやしい。

ある日、メールが届いた。
落札者の方が取りにこれないのを理由に辞退されました。よろしければどうぞ。
とのこと。
大雨の中、取りに行った。

思っていた以上にすてきな椅子だった。
神戸のお医者さんの持ち物の、4脚あったなかの2脚。お礼をいって持って帰った。
クラシカルな風情、やわらかな曲線、花の彫刻・・
いつでもどっしりと抱きとめてくれやさしく抱きかかえてくれる、あこがれの、まぼろしの椅子ではないけれど。
この世におなじ椅子がまだふたつあることを思いながら
「かたはらにおく幻の椅子一つあくがれて待つ夜・・」
なんて歌を思い出したりしていた。

すると今度はまた、残った2脚をどうか、というメールをいただいてしまった。

空椅子は夕風のなか旅立ちか遁走か羽化したるか不明 齊藤史 「風翩翻」

・・うちに来た2脚と残った2脚と。
椅子たちは呼び合って、そろってうちに来ることに決めたのだろうか。
医院に置かれていたものなので、椅子は消毒薬の匂いだろう、刺激臭が匂ったりする。
夜など特に・・これはこの椅子のものか、
それとも神戸に残った椅子の幻が実はひそかにここにやってきていて、その残り香かと危ぶんだりしていたが。
ああどうぞ。こうなったら仕方がない。みんなまとめてうちにおいで、と決めた。
「旅立ちか遁走か羽化したるか不明」
・・台風が通り過ぎたらみんな引き取りに行く。

冬の浪牙の如くに光りたる海が見えゐつ吾の椅子より 岡部文夫

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神戸の海は遠いけど。
座面は冬の海の青。
そんなお椅子の物語。

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2005年8月 6日 (土)

今日はどこまで

次男が出かけるとき世話をたのんでいったのが、この亀だった。
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夜店かどこかの屋台の亀つりで釣ってきた亀だということだ。
どうせ長生きしないだろうと思っていたら、もう冬を二回越した。
育ちがいいのか悪いのか、けっして人に馴れることがなく、
誰かが見ていると餌をたべようとしなかったが、
ようやくこの夏ごろから、口をあけて餌を食べるようになった。

名前はない。
今までたくさんの生き物を飼ってきたが、
名前をつけて可愛がっていたいきものが死ぬのを見るのはかなしい。
それでこの亀には名前をつけなかった。
金魚も結局、名前をつけなかったのだけが生き残ってくれている。
我が家では、「名前はまだない」というのが決まりになっていきそうだ。

・・一昨日、関空で思いっきり手を振って、次男も両手を振ってこたえてくれた。
サンフランシスコ行きの飛行機にのるためゲートをくぐって、エレベーターに乗って。
リュックサックを背負って、手を振って手を振って。
向こうについたら電話しろメールを送れとあれだけ言い聞かせたのに、
それっきり何の連絡もくれていない。
たよりがないのはよいたより
というけれど・・

亀を置いて今日はどこまで行ったやら、である。

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2005年8月 3日 (水)

ふるさと

ちょっとだけドライブして、次男といっしょにご近所の写真を撮る。
ホストファミリーに見せるためのものだ。
アメリカへの、次男の出発はあした。

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こんな草深いところからいったい、どこへ行けるというのだろう。

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白い夏

酷暑のさかりだというのに、薔薇が
咲きまくってる
という感じで咲いてくれている。

深草の 野辺の桜し 心あらば 今年ばかりは 墨染めに咲け 上野岑雄

この歌にかぎらず、
桜には心がない。
わたしはそうおもっていた。
『ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ』
(日の光がのどかにさしている春の日に、落ち着いた心がないので、桜の花が散っているのであろう)
心がないからこそ桜なのだ。桜とはそういう花だ。

ところが、お気に入りの薔薇のブルームーンは本当は青紫色だが、
この夏の暑さのためか、とてもすずしげな薄赤、薄紫、むしろ白色になってしまっている。
まるで喪の色。
・・あわいあわい、墨染めの色。

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PCの具合がわるいようだが、本当の色はもっともっと薄い。

・・さいごのおわかれのとき、庭にいるかたに頼んで花を摘んでもらった。
その、摘んでもらった薄青い薔薇を子供たちに渡した。
亡き人ははっきりした色調が好きで、だからわたしのこの薔薇を褒めてくれたことはなかったけれど、
白くなっててもまだ、かすかに色づいているのを恥じるかのように咲いている、夏の薔薇たち。
子供たちからささげられたなら、きっと気に入ってくれるだろうと、思った。

・・自宅葬なんて現代人のやることじゃないとかねがね思ってきていたが、
・・いつもの座敷。いつもの風。いつもの庭の花。
そういうお別れっていいもんだなあ、と思った。

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2005年8月 2日 (火)

夏祭り

またひとり顔なき男あらはれて暗き踊りの輪をひろげゆく       岡野弘彦

死者との交流をみているようなこの歌の寂寥感が好きだったが。
踊りの輪をひろげるのはいいけれど・・
一方で誰にも詠われることなくひっそりと、踊りの輪から抜けていくひとの行方について、思った。
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2005年7月31日 (日)

花火

今日は初七日で、朝から豪雨だったが・・

雨はすぐにやみ、村を流れる川べりを夕方には夜店がならび、星空に花火があがった。
風向きが今年は悪く、花火のひらくなかに煙がかかったが、それでもやはり見ていると心がさわいだ。
喪の家の者はたやすくこんなところに出歩いてはいけないだろうが・・
亡き人は花火が好きだったことを偲んで出かけることにした。

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・・ながいながい祭りがおわってあしたから普通の日に戻る。
戻らなくてはならない。

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2005年7月12日 (火)

毎日、雨

毎日雨ばかりで。
でもそんなときにも短いいのちを楽しむいきものがいる。

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・・ほんのちょっと晴れた間をねらって、大急ぎで洗濯をする。
トンボがとまりにやってきた。
こんなに雨ばかりでは、せっかくのトンボのいのちもつらかろう。

朝夕、ヒグラシが鳴いている。
ながいセミの一生のあいだの、最後のさいごのときが雨の時期なんて。
仕方ないとはいえ、ちょっと心に切ないものを感じてしまう。

おれがガキの頃には
ヘイ ホウ 風吹き 雨が降る
悪さも大目にみてくれた
来る日も来る日も雨が降る

おれが大人になって
ヘイ ホウ 風吹き 雨が降る
悪さをしたら監獄へ
来る日も来る日も雨が降る

おれが嫁をもらって
ヘイ ホウ 風吹き 雨が降る
威張ってみてもかかあの天下
来る日も来る日も雨が降る

おれが年老いて
ヘイ ホウ 風吹き 雨が降る
飯を食うのもままならない
来る日も来る日も雨が降る

おれが死んでしまって
ヘイ ホウ 風吹き 雨が降る
それでもなにも変わらない
来る日も来る日も雨が降る

原詩:ウィリアム・シェイクスピア 『十二夜』の「道化の歌」より
ここ

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2005年7月 7日 (木)

七夕の朝

今夜は七夕。

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これは昨日の朝の写真。
仮面になりそうなほどおおきな芋のはっぱに、夜のあいだに降った雨粒がたまっている。
きらきらひかる粒で墨をすり、字を書いたら字が上手になると聞いたけれど、わたしの悪筆でも直るかしら。

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+

これは昨日の近所の川辺の夕焼け。
車のなかから撮った。
きりとられた、一瞬。
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2005年7月 5日 (火)

雨の中で、散歩

大雨のなか、PTAからの再生資源回収のお礼のプリントを配って回る。136枚。
このプリントも棄てずにまた回収にご協力くださいというわけか。
なんか、変。

今の時期、日盛りは暑いけれど雨のなかだから平気。
光だってまぶしくって困るけれど、雨だからよく目をあけてものが見える。

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水の中の道。

田んぼの中にはおたまじゃくしがたくさんいる。
道はぴょんぴょん、カエルが跳ねている。

+

大雨の中、川の脇の木の下にある水道栓のところででざぶざぶ、レインコートをきたひとがなすびを洗っている。
おばあさんだったが、なんか変だと思ってよく見ると、透明なレインコートの下はハダカで、服を着ていない。
大雨の中、川沿いの木の下で。
そんななりで洗っていたのだ、たくさんのなすびを。
おばあさんが、ひとりで。

・・。
びつくりした。逃げるようにその場をあとにした。

・・。
大雨の中でわたしはなにかの妖怪変化にであってしまったのだろうか。

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今日は晴れた。

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2005年7月 2日 (土)

雨の散歩

雨の中を歩くのが楽しいとおもうことがある。

梅雨のシーズンになって、ぽわぽわのふわふわだった猫じゃらしも雨の中。
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ほそみちうねうねも雨の中。
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2005年6月24日 (金)

不思議ちゃんな歌 2

なんだか夏至のころだからか、やたらちっちゃな小人さんが気になって・・(笑

昨日書いた鴎外のあの不思議ちゃんな短歌のせいです。
「この女の正体は」
って内容のメールがきた夢をみました。
・・まさか夢にまででてくるとは。
女の正体って・・正体って・・
ああこわい。ちょっと疲れているようです(笑)

書(ふみ)の上に寸ばかりなる女(をみな)来てわが読みて行く字の上にゐる 森鴎外

菫程な小さき人に生まれたし 夏目漱石 (明治三十年)

麦藁の家に小人の夫婦住み 芥川龍之介

ってわけで教科書でおなじみの明治の文豪たちでどんじゃらほい♪
(検索による抜書きです)

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もじずり。

芝の上やお庭のすみっこにつん、って立ってるこの草を見てると、なんだかちっちゃな人が立ってるような気がする。
螺旋階段のようについてるちっちゃなお花を見てると、ぐるぐる。目が回ってくる。

もじずりの「もじ」が「文字(もじ)」という意味なのかどうかは知らないが・・
鴎外の「わが読みて行く字の上に」・・「字」つながりで、例のごとく、無理やりな写真(^^;)

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今朝剪った薔薇。
このごろ手入れをおこたってた。

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2005年6月22日 (水)

真夏の夜の夢

近所を見たが麦はあらかた刈られてしまった。
ばらばらと穂が落ちている。

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今しばし麦うごかしてゐる風を追憶を吹く風とおもひし 佐藤佐太郎

そして麦の穂は落ち、
あのとき吹いていた風はどこへ行ってしまったというのだろう。

+

シェイクスピアの「真夏の夜の夢」ではないが、夏至の頃は一年中でもっとも精霊や妖精のたぐいの活動が活発になり、まさに跳梁跋扈、怪異も横行するのだそうな。
だからいまごろ畑では、拾った麦の穂にまたがって、小さいひとたちがたのしく輪になって踊っているかもしれない、なんて昨夜、思った。
朝になって知ったが、夜のうちに雨が降っていたらしい。
・・いたずらな通り雨に大笑いしながら、そのままみんなどこかへ行ってしまったことだろう。

したたる空の 青の六月 荒草の鋭きひかり風をはしらす 加藤克巳

+

追記
過去の記事ですが・・
看板」って記事で引用してた短歌をさしかえてます。
葛原妙子のです。 まるでこの記事のためにこの歌をつくってくれたみたいにしっくり、なじんでます  (をぃ

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2005年6月18日 (土)

ガーデニア

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ガーデニアのやわらかい、あたたかな白色が好き。

月も星もない暗い夜なんかにお庭を歩いていて、まわりがあまりよく見えなくって困ったとき、
このお花のにおいで自分のいる場所のめぼしをつける、ということが
今の季節、よくある。

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もうすぐ6万ヒットです。
みなさんありがとう。

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2005年6月16日 (木)

とげとげ

麦の刈り取りがすすんでいる。
田植えが済んで緑一色になってしまった農地のあちこちを、金色の麦畑を求めて車で走る。
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梅雨になり紫陽花やらなにやら、寒色系のお花が咲き始め、その色はけっして嫌いではないのだけれど、どうにもこうにもしんとした湿っぽい眺めばかりで、そんななか麦畑の実りの乾いた金色は、なにやらしんそこ、ほっとする色だとおもう。

麦のとげとげ。足をきってしまった。すこし痛かった。
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薔薇の季節がおわり、思いっきり刈り込んでおいたら、また咲き始めた。

謗(そし)られてをらむわたくしがぬけぬけと薔薇きりてゐる明るき速度 生方たつゑ

ご近所のひとがしているという、わたしに関するささやかなうわさを聞いた。
「プチ引越し」について。まあ、想定範囲内のこと。
薔薇の枝をざくざくと伐った。

これはスウィート・ムーン。
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これはブルー・ムーン。
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ブルー・ムーンは月夜に光る薔薇だ。

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2005年6月15日 (水)

青いサルビア

神話なんかを見ていると、たとえばペルセポネーが冥界で柘榴を食べてしまうという物語が西洋にもあるように、黄泉平坂の麓に桃の木がはえている物語が古事記にもある。柘榴にしても桃にしても、ともに豊饒をシンボルとする果物で、むかしのひとの生死観にたいする考え方がわかるような気がする。

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うちの庭には今、青いサルビアが咲いている。
写真ではさわやかな青色にみえるが(^^;)本当はもっと暗い、群青に近いような深い青色である。
わたしは青色が好きだが、わたしにはこの青色は気持ちを沈静化するというよりむしろ不安で落ち着かせなくさせる。
今の時期から秋の終わりごろまで、このお花がお庭のあちこちで溢れかえるように繁茂する。
怪物が棲むという、深い淵の色。地底の地獄の空の色。神の創った光ではない、亡者の掲げるあかりのいろ。
なんだかそんなまがまがしいことばかり連想させるのはなぜ。

サルヴィヤの白き花群巷より死界へ通ふ陥穽隠す 富小路禎子

この歌、「死界へ通ふ陥穽」などというきつい歌い方をしているが・・
白いサルヴィヤが隠す、と歌っておきながらむしろ花が不吉なものの存在を際立たせているのは当然だろう。
富小路さん。白いサルヴィヤってのもなかなかですけど、青いサルビアだってなかなかすごいもん隠していそうなんですよ、なんてつぶやきながら、
ああ、どんなに苦手な花だって、 刈り取ること、できんのだよな。
このまんま、秋のおわりごろまで元気よく咲き続けるのに耐え続けていかねばならないんだよな。
・・わたしが陥穽、つうか、落とし穴にはまってしまいそーだよ。
・・なんてね。

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2005年6月12日 (日)

学園祭 / 村

昨日は上の子ふたりの学校の学園祭。例のごとく今年も役員になっていたりしていたものだから、バザーのお手伝いに行く。
開店前から二十人ばかり並んでいたりしてお客さんの気合十分。ものすごい熱気におされっぱなしで、熱気当番交代のあとめまいがおきた。
吹奏楽の演奏。次男、唇に血豆ができるほどホルンを練習していたが、なんとか終了。
horunn2

学園祭のあとは学校も街も父兄すらほとんど黙認の無礼講。塾帰りの三男をつれて帰る道でぞろぞろ、列なして歩いていた一団に遭遇。よく見ると先頭にこの次男がおり、今から食事に行きたいがいいかと聞いてきたのが夜の9時。なんじゃらほいとは思うものの、とびっきりさわやかな笑顔で先輩やら後輩やらがつぎつぎに挨拶してくるので、ま、いいか、と。
結局帰ってきたのが夜11時すぎ。
・・・。

次の日、つまり今日。遊びほうけてくたくたの子供たち、「つらー」と愚痴りながら登校。わたしも疲れがとれず、ふらふら。

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うちから車で一時間もかからないところにある村。
八塔寺というところで、むかし風のかやぶき屋根の農家が点在する光景が美しい。
今に語られる津山30人殺しの舞台が同じ岡山県だからか、このモチーフを使っているとして有名な「八つ墓村」の映画やらテレビやらのロケによくつかわれる。最近では2004年(平成16年) のテレビ番組、金曜エンタテイメント10周年記念「八つ墓村」の舞台になっていたらしいが、こんなまがまがしい作品vばかりでなく、もっと別の使い方もあるだろうにと思う。
むかし来たときここのみやげモノ屋さんで買った大福餅というのがおいしかったので、ひさしぶりに食べて元気でもだそうかと思って来てみたところ、お店もなにもなくなってしまっていた。
スイカヅラやショウブなんかの花の咲いててもきれいだったはずなのに、これもなくなっていた。
かやぶきの、無人の資料館から撮影。

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廃校の写真。この村に、こんな学校があって、子供たちがたくさん通っていたんだなんて。
とても不思議な気持ちになる。

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2005年6月 9日 (木)

絵馬/麦畑

あんまり暑いから道端の神社の境内の木蔭にはいって休むことにしました。
ちいさな祠に絵馬が飾ってありました。

村のだれそれの先祖らしき名前で、昭和6年。伊勢神宮参拝の記念というか、無事参拝を終えた感謝のしるしとして奉納された絵馬らしい。
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・・なぜ虎退治なのかは不明v

帰宅したところ、次男あてに分厚い書類のはいった封筒が届いていました。
どうやらホームステイの審査に合格したらしい。
・・いまどきそんなのは珍しくないと思うが。
わたしたちにとっては昭和6年当時の村のお伊勢さん参りぐらいの気合というか覚悟というか。
・・お百度でも踏んで旅の無事を祈りたいくらいです。

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麦畑。
そろそろ熟れてきた。

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2005年6月 6日 (月)

廃品回収/ポプリポット

小学校にとって年二回の再生資源回収は、行政から補助金をいただくための重大な行事。
学校給食も学童保育もない地域ってのは、保護者の負担だけはタイヘンですこと。
おほほほほ。
・・なーんて みんなでぶーたれながら 笑顔(^^;)でご奉仕身体でご奉仕、もとい力仕事にはげむ。
青空の下、ダンボールの山によじのぼってぼんぼん、力まかせの放り投げ作業ってのをする。

午後から楽しみにしていた歌会が神戸であったが、家族の予定がかさなり参加できなかった。
若い頃は身体も心も無理がきいたものだが。
・・時計をうらめしく見上げてはため息をつく。

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うちの薔薇の季節はそろそろおわりになる。
咲いた薔薇は乾燥させてポプリにしている。
李朝の椅子、というふれこみの椅子の座面は今、ポプリつくりの作業場と化している。
写真のガラスのうつわは通いのアンティークショップで買ったもの。
もとは何のためにつかうのか知らないが、かたちの面白さに買ってしまった。
ポプリポットとしてはこの春二代目のこのうつわも、これではあっという間にいっぱいになってしまうだろう。

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2005年6月 4日 (土)

田植え

田植えシーズン。
たいがいは農協(今もそう呼んでいる)から買うらしいが、今も春から庭先で育てていた苗を植える農家は多い。
そんな苗を自転車の荷台にのせて田んぼまで届けたりする。
日差しがきつい折は、はやく届けないと苗が弱ってしまう。
農協のトラックが荷台にいっぱい、天までとどくかというように苗箱を何段も積み上げて道路をびゅんびゅん、走っていく。
先触れとしてツバメが何度も道路を横切っている。

suidenn

田植えがすんだばかりの田んぼの水に映った夕焼け空。
写真の上の黒いところは、山がさかさまになって映り込んでいるから。
田植えがすんだばかりの田んぼが好きだ。
風はすずしく、植えられたばかりの苗をそよがせ、さざなみが影をちりぢりにする。

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2005年5月28日 (土)

あぜ道

・・海軍記念日(5月27日)あたりにフィリピンはミンダナオ島発旧日本兵の消息のニュースが舞い込んだというのも不思議なおはなしで。
というか、首相の靖国参拝問題が話題にならない日はない昨今、この絶妙なタイミングってなんだろうと思ってみたりもするのだが。

・・むかしの切手・消印が好きな夫のつきあいで戦時中の兵隊さんの手紙を何十通も読んだことがあるけど・・
遠い異国の戦場から、季節の行事、とくに田植えのことを家族に指示したり案じたりする手紙をよく見たものだった。
・・ジャングルのひとたちに、日本の四季をみせてあげたいなあ。
こんな眺め、どれほど見たかっただろう、なんて、思った。

ということで、田植えの前のうちの田んぼと、あぜ道。
このまま歩いていて、どこかにいけるだろうか。

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あかあかと一本の道とほりたりたまきはる我が命なりけり 斉藤茂吉

・・って引用、ちょっと変すぎ。
緑色だってばw

というわけで、まだコンタクトがとれてない兵隊さんたちがいっしょにいると伝えられたりもした、モロ族の写真 ここ

つうか、モロの君のお写真w ここ 

・・かんがえてみりゃあ、宮崎駿のアニメ『もののけ姫』の「モロの君」ってのも、山岳ゲリラだといえればいえるわけで(しかもかなり兇悪/凶暴w)

・・1900年代にアメリカはフィリピンに出兵。そこでモロ族と戦闘するも、38口径の拳銃が用を成さなかったとか。
(モロ族戦士は射撃されても死ぬどころか十分に戦えたそうな)
この為コルトSAA(45コルト)が採用されたとか。ここ

・・モロの君たちと暮らしていたもののけ姫は、また山に戻ってしまいましたとさ、ってことになったりもしたけど。

このたびのニュース、うまくおさまることを祈らずにおれない。

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2005年5月26日 (木)

麦畑

麦の秋風、という言葉があるらしい。
麦のみのりの頃に吹く風のことをいうんだそうな。

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近所の麦畑。
さわ・さわ・さわ・・
風が心地よかった。

空があかるくって青くって。
写真を撮るためしゃがんでると、かくれんぼしているような気持ちになった。

ひとの一生かくれんぼ
あたしはいつも鬼ばかり 
ここ

かくれんぼの鬼とかれざるまま老いて誰をさがしにくる村祭り  寺山修司

麦の秋風の時期だから・・
秋風だったら秋祭り、って路線もありかなあ、ってw(無理

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2005年5月24日 (火)

テイカカズラ

このごろは月が満月で、ぼんやり空なんぞながめていた昨夜、今年はじめてのホトトギスの声をきいた。

月があかるい夜は鳥がさわぐものだが、とりわけてホトトギスの声は夜の深さをきわだたせるようで、聞いていると不思議な気持ちになる。

ほととぎすそのかみ山の旅枕ほのかたらひし空ぞわすれぬ 式子内親王

式子、といっても、これではない〈笑
くわしくはこちらなど、どぞ。→「プリンセス式子

その式子に若い頃からつかえ、長年心ひそかに愛していたと伝えられるのが、かの歌人・藤原定家。

たとえばこの本あたりから不釣合いとバカにされよーがありえねーよとののしられよーが、嘘でもなんでもやっぱりそうゆー設定ってさ、さーやさまと某クロちゃんじゃないけどみんな大好きなのね、きっと〈笑
たとえば謡曲「定家」にはこのはかなくもはげしい、身分違いの恋が語られている。
定家はその死後、葛となって内親王の墓に絡みつき、がんじがらめのようにしてしまったというのだからすさまじい。

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というわけでこの定家葛こと「テイカカズラ」。 説明はこちら

・・駅に急ぐ道を歩いていて、近所の高校の生垣あたりでものすごい花のにおいに驚いて、なんだろうと思ってさがしてみたところ、むらがって咲いてた。
もちろんやんごとなき姫君が眠る墓がそこらにあるわけではない。
同じように花にからまれていても、いばら姫、といったメルヘン性はなく、ひたすらおどろで暑苦しく、カンベンしてよ、といいたくなるような愛の妄執を描いた物語「定家」だが。
・・フィクションだとわかっててもなにやらゆかしく、花の群れて咲いてるあたりをさぐってみたくなったのも、事実。
まあ、高校の生垣を覗いてたりしてたら、このご時世、あやしまれるのは必定だけどね。

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2005年5月23日 (月)

一番花

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母の日に子供たちに買ってもらった薔薇。
なんというか、花にそえてあった写真と全然ちがってて、微妙な花の形。
ドフトゴールド、というような名前があるらしいが、けっこうぶちゃいくさんだったりするので期待はずれだったというか、仕方なしに「獅子頭」とかゆーあだ名をつける。
まあ、第一番目の花はこんなもんか。
木もまだ若いと花も暴れるというものかもしれない。花も咲かせるのに慣れてくると、かたちも整い始めるかもしれない。

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2005年5月20日 (金)

草の実

うちの子たちも祭りで踊った神社の境内も新緑で染まっている。
蛇イチゴかな。発見。花は黄色い。
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そこらへんに多く咲いてるケシ。ナガミヒナゲシって名まえなのかしら。よくわからない。
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・・こくりこ、という花があった。 
ああ皐月〈さつき〉 仏蘭西〈フランス〉の野は火の色す 君も雛罌粟〈コクリコ〉 われも雛罌粟〈コクリコ〉 
与謝野晶子
 『歌集・夏より秋へ』より
1912年、明治四十五(大正元)年五月五日。晶子は夫鉄幹を追ってパリへ向けて出発した。ここ
 
シベリア鉄道経由で晶子がパリに着いたのは、五月十九日。
って、きのうじゃんか。ほー。
写真をさがしてみた。
もしかしたらこんな眺めだったんだろうか。ここ

DSCF0300

写真をとってたらパチパチと音がする。
カラスノエンドウかカタバミの実がはぜてるのだ。
パチパチパチ・・
光は降り、しずかに草の実がはぜてるひるさがり。

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2005年5月18日 (水)

お城

お庭の水盤でカエル発見。
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駅まで車で夫を送り、そのあと子供たちを送り、ばたばたしているうちにカエルはどこかへ行ってしまった。

お部屋のお掃除に行く。
窓を開けて風をいれ、ワックスをかける。
ワックスがかわく間、持ってきたほうじ茶を飲み、蜂蜜を塗ってたパンを食べる。
ベランダからお城を見る。

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出かける前に、高校生だったころ夢中になって読んだ塩野七生の
「ルネサンスの女たち」を拾い読みしたため、
お城、ときたらどうも「騎士」のイメージになってしまうのがおかしい。

・・愚痴はさらっとにっこりと、とゆーことだろーが。
この本も〈いつものことだが〉お舅さん・お姑さんが整理した、わたしの書棚にあった本だ。そんなことも気づかないお間抜けさんなわたし@ダメ嫁 は、それこそそんなこととは夢にも思わず死に物狂いで探したもんだが、先日、このたびの荷物整理で蔵のなかにあったのをそのほかの本といっしょにめでたくハッケーン、十何年ぶりかの涙の再会をはたし、おわりよければすべてよし。
・・ごめんね。もうはなさないよルクレチア〈誰のことやねん〉。なんて本にむかって言い聞かせたりしたもんだった。いとうれし。

騎士があらわれぬまま床磨き終了。
・・麦畑の続く道を帰る。
麦はまだ青い。あぜ道に矢車草が咲いていたりするのが、とてもきれいだ。

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2005年5月 8日 (日)

いちめんのなのはな

五月闇の雨のあと、あかるい朝がきました。
朝の薔薇たち。

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いちめんのなのはな。〈詩はこちら
菜の花畑は家から車で5分ほどのところにある。

菜の花の暗さあかるさ振り返り追憶の中に常見失ふ道  河野 裕子

しんきらりと鬼は見たりし菜の花の間〈あはひ〉に蒼きにんげんの耳  河野 裕子

夕闇はげんげ畑より拡がりて鬼ゐる菜畑なかなか昏れぬ  河野 裕子

鬼なることのひとり鬼待つことのひとりしんしんと菜の花畑なのはなのはな  河野 裕子

歌集『ひるがほ』はこれらの歌群により、わたしにはどうしても「菜の花」のイメージがつよい。

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菜の花畑にはひとをくらくらさせる匂いがある。
鬼ごっこなんかしてると、なんというか、においといっしょにそのまま異界に迷い込んでしまいそうになるというか・・
たとえばあの世・・冥界のことを「黄泉」というが
その黄色って、菜の花の黄色だったんじゃないかなあ。
というようなたぐいの種類の、きけんな匂い。

匂いがあるぶん、桜なんかよりもずっと罪業が深い気がする、春の黄色。

PS:
「菜の花の香りには2-フェニルエタノールやフェニルアセトニトリルなど5種類の
モンシロチョウが好む匂いの含まれている」 ここ
・・とか。
「♪ちょうちょ~」の歌の蝶は、モンシロチョウだったのかなあ。

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2005年5月 7日 (土)

連休明け

連休あけの、雨の朝。
暗い、暗い朝。
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子供たちは傘をもって学校へ行く。
靴も濡れてしまい、かわいそう。

今朝咲いた薔薇。
雨のなか、かわいそう。
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久しぶりの学校に疲れたのか、帰宅後、みんなぐったり。
次男なんか、電車のなかで爆眠してしまい、気がついたら隣の県に着いてたそうな。
といっても、もともと家は県境にあるようなもんだから、降り損ねたらそうなるんだけど、
もっともっと遠くまで行って帰ってきたそうだ。
ちょっとした小旅行気分(違

というわけで、今、ボクはどこにいるのかしらん・・
「・・シラン!」というお約束のギャグで、
「シラン(紫蘭)」の花。
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2005年5月 4日 (水)

花占いのようなもの

藤を見に出かけた。
兵庫県の山崎というところにある「千年藤」。
これは去年も出かけて見に行った。
わたしは藤が大好きなのだ。

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学生時代、習っていた筝曲の発表会の出番待ちのわずかな時間。
グループの中の唯一の男の子でリーダーだった友人が、なんのついでか知らないが、その場にいあわせた女の子たちを片っ端から花にたとえていったことがあった。
あんたはしっかりして凛としたかんじだから、梅。
あんたは明るくって前向きだから、ひまわり。
まるで大昔の吉屋信子描く少女小説みたようなはなしだが。
・・出番待ちの緊張をほぐすには格好の、そんな他愛ないひととき。
ねえねえ、わたしは?
みんなできゃあきゃあその子を囲み、占いの結果でも聞くように聞き入ったりしたものだった。

そこでわたしがいわれたのが、なぜか「藤」、だった。

DSCF0268

でも当時のわたしはなにしろ生意気ざかりで。
ありがと。うれしい、なんていうものかは。
ふ~ん。
藤ってなんだか自分ひとりで生えてなくって、ほかの木に巻きついたりからまったりしてて、つまり自立ってもんができなくってそれで花もぶら~ん、って垂れてるし。
害虫ってもんがあるけれど、木にまきついたら木が枯れるし山も荒れるし、そういう意味で困った植物だし。
わたしってそんな女なんだ。
・・なんて言い返してしまった。

返らぬ少女の日に ゆめに咲きし花の かずかずを いとしき君達へ おくる
(吉屋信子「花物語」第1巻のはじめより)

ああ、なんて嫌な女。
今のわたしなら、たとえブタクサにたとえられても花は花、って感激してしまうだろうに・・
少女ってもんは、本当に傲慢でどうしようもなく罰当たりな存在なもんである。

自立してなくても、ぶらぶらたよりない花しか咲かせられなくっても。
山のなかなどでは、見つけられたらかたっぱしから鉈で伐られる困った植物でしかなくっても。
・・本当はそれ以来、藤が好きになってしまっているわたし@夢みる永遠の少女 (ホラー である。

蜂などのゐる寂(しづ)けさやまのあたり藤は垂直に光を吊す ☆上田三四二
ちる花は數かぎりなしことごとく光をひきて谷にゆくかも☆上田三四二

後者の歌は桜を歌ったものだが・・
今の季節の花というのはまったく、どんな花でも光の化身のようなものだ。

sakura

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2005年5月 1日 (日)

藤棚・ミズキ

朝から大雨。

今日もお掃除に行く。
あたらしいお部屋の窓からは藤棚が見える。
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こちらはベランダから。
古いマンションだからか、玄関やベランダのガーデニングがすばらしい。
季節がらどのお宅も庭のうつくしさを競ってらっしゃるようで、みているだけで楽しくなってしまう。
(ミズキです)
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夕方帰宅。
スーパーで金魚をもらう。
さむい道を金魚をいれたふくろをさげて帰る。

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2005年4月27日 (水)

金亀子(コガネムシ)

薔薇の花にもぐりこんでいるコガネムシを発見。
むんずとつかみ、遠くに投げた。

金亀子擲つ闇の深さかな   高浜虚子

金亀子って書いてコガネムシってよむのね。
真昼だろうがいつだろうが、ある瞬間に光がうせ周囲は闇にとざされる、なんてコトもあるって、思った。

koganemusi

この薔薇の花の奥に、いた。
引き剥がそうとしたが、においと花粉にまみれ気を失っているようだった。

金亀子死はかがやきて居りしかな 河原枇杷男

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庭に咲いてる菊桃。


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三男とその友人たち。

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2005年4月22日 (金)

そっくりさん

ANALOGIA とゆー海外サイトで、なんと!
あなたは海外スターのだれにそっくりさん!?(ええかげんな翻訳)
という遊びをしてみました。

なんだかよくわかりませんが、顔写真を分析してそのポイントが共通している有名人をさがす、って企画なんかもしれません・・って本当によくわからないんですけれど。

必要なのは本人の写真。
というわけで、いつもやってる無理やりな占いより本格的・・むむむ。

ここを開いて、写真をアップして・・
英文の指示通り右目やら左目の位置をクリックで確認させて・・
男か女かチェックして・・
その他いろいろ・・なにがあったっけ(笑

さて、どきどきの判定です。

じゃーん!!


3


どうです、みなさん、この結果。
このわたしってば、トリ・スペリングとリンダ・エヴァンジェリンとティファニー・アンバー・ティーセンのそっくりさんだった、でっせ。
ビバリーヒルズ青春白書とスーパーモデルでっせ。わお!


聞こえる・・
画面のむこうで爆笑しているかたがたの笑い声が・・


とゆーか。


ぜんぜん似てませんから~ 

<ザンネン!

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2005年4月16日 (土)

いつもありがとう

これ、お気に入りのオールド・ノリタケのミルクいれとかシュガー入れとか。

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岡山の西大寺の骨董市で入手。
傷物なんで、保管に気を使ってる。





今、庭で咲いてる薔薇。
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近々おかげさまで5万HITが出る予感がします。
いつもみなさん、読んでくださってありがとう。
みなさまをいつも一輪の薔薇が守ってくださいますことを。

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2005年4月14日 (木)

こんな花見

タバコは(たぶん)ここ3年ほどすってなかった。
ところが荷物をまとめていて、引き出しの奥に残っていたひと箱を見つけてしまった。
それでも一ヶ月はさわらなかった。
わたしはもう吸わないんだから。
自分のことぐらいコントロールできなくてどうする、と。

とはいうもののこのごろは、桜が咲いてる水辺に行って、
いい年して体育すわりなんかして。
マッチ擦るつかのま手のひらあたたかく。
水面をサカナがやたらはねてるのを見たり。
そのまま道端の端からずっと街灯のあかりが点いていくありさま、見たり。
むかし父がタバコをすうとき、ぽかりと真ん丸い輪っかを作ってみせてくれてうれしかったことなんか思い出したり。
たったひとりでそんなふうにたそがれてみたりする。

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女が夕暮れ、こんなところでたったひとり、桜を見てたりするってのは不穏そのものの光景だと思うけど(しかもタバコ、持ってるし/笑




桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命(いのち)をかけてわが眺(なが)めたり (岡本かの子 「」)


かの子さんには悪いけど、桜ってたぶん、「いのち一ぱいに咲く」からわたしは苦手なんだ。

もちろん花は、どんな花だっていのちいっぱい咲くモンだよ。
でもね桜ってのは、なんていうのかなぁ・・、ごにょごにょごにょ・・

「丹花(たんくわ)を口に銜みて巷を行けば、畢竟、惧れはあらじ」(「花は勁し」)って小説で
かの子さん、こんなこと、書いてる。
そりゃあ、怖いもんナシだわ。
どんな花がワーって咲いてても、「生命をかけてわが眺めたり」なんてことだって、できる。
ついてけないよー。

(※「丹花(たんくわ)を口に銜みて巷を行けば、畢竟、惧れはあらじ」
 これは女学校友達の女流文学者K――女史が、桂子の講習所を開くとき掛額に書いて呉れた詞句だ。講習所の娘たちの間に、これを読んで、「丹花の呪禁(まじなひ)」だといつて、活け剰りの花を口に銜へ、腰に手を当てゝ、映画に出て来るジヨルヂユ・サンドのやうな気取つた恰好で濶歩するのが一時流行つて、やがて廃れたが――。
岡本かの子「花は勁し」)

+

でもスポーツでもなんでも、がんばる人を見てるとつい感動して応援してみたくなるように。
桜が咲いてるところに寄ってはみんなで花を見て、がんばるエネルギーをもらいたくなるのかもね。
わかる、わかる。これはわかるよ。

・・だからわたしはちょっとはなれて桜を見る。
それぐらいがわたしにはちょうどいいんだ。

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2005年4月 6日 (水)

宵藍木蓮

朝方は寒くって、でもお昼からは暑くなって、
ぼー
ってしてました。

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夕方ようやく人心地ついてお庭に出てみたら、木蓮が満開でした。



透き通ったお空に、木蓮のお花の白い肌が透けて、それはそれはきれいなものでした。

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ちなみに「宵藍」は
(シャオラン)
と読むらしいです・・
本当かどうか知りませんが(^^;)



椿です。
地面にも花がいっぱい落ちています。
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これは「寒のあやめ」
大好きな花です。




夜、なんだか寒くなったので、先日訪れた龍野のお土産に買った甘酒をあたためていただきました・・
龍野は薄口しょうゆで有名な町です。
だからでしょうか、麹をつかっての甘酒はやわらかい甘さで、ほんのりあたたまってしまいました。



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今咲いてる薔薇。
花びらのオモテが白でなかが赤というもの。
丈夫で冬でもよく咲いてくれて、花もちもいい、というしっかりさん。




ありがとう。お庭のお花たち。ようやく春になったよ。

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2005年1月10日 (月)

とんど焼き

昨日設営したばかりのとんどに、今朝8時から点火。
竹がはぜる音が周囲にばちばちひびきわたります。
この村にきて最初にこの音をきいたとき、何事かとおどろいたものでした。
話によれば、いくさの銃声ににた響きをするのを嫌われて、この行事をはばかる地区もあるのだとか。
春を待つ日々の中にあって、竹のはぜる音は、いかにも、なにか心をふかくさわがせるものがあります。

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竹のさきに書道の清書をはって、火にかざします。
自分の書いた文字が灰になって、高く高く、冬の青空にとんでいきます。

火が収まると炭をひろってきてお餅をやきます。
家族や仲のいいひとたちがあつまって火を囲み、おいしく御餅をいただきます。
三男の親友のこおちゃんのおかあさんは、砂糖しょうゆ、黄な粉、海苔、小豆のたいたの・・
いろんなものを持ってきてました。

あたたかな日向で、思い思いに御餅をいただきます。
ご近所のかたがたとお正月の挨拶をしたり、話をしたりするのも楽しみです。

火は自然に消えるのを待つのが基本です。
太い丸太とかもあって、火を守るのも大変です。

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晴れた朝で、霜がびっしりとおりていました。
朝日にきらきらと輝いています。

緊急追加:「短歌人」小池光さんがブログをはじめられた。歌壇をゆるがせるショック。こちら

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2005年1月 5日 (水)

初詣(赤穂・大石神社)

日付はかわってしまいましたが・・(^^;) 1月4日、少々遅くなりましたが、赤穂の大石神社に初詣にいきました。

この神社の名物はというと中国の兵馬俑さながらにずらりと並んだ忠臣蔵でおなじみの面々、赤穂浪士の像です。
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写真は「四十七人目の浪士」でがぜんブレイクした寺坂吉右衛門さばです・・
てんでに打ちものを構え持ったほかの浪士たちとちがい、寺坂吉右衛門が手にしているのは、がん灯です。


足軽という低い身分ゆえ、浪士たちといっしょに死ぬことをゆるされず、生き延びることを宿命付けられたという寺坂吉右衛門・・
つつましく一番端にひかえ、明かりを持つ彼の姿は、そのまま黙して歴史の闇のかなたに消えたというその生涯の謎とともに、心にのこります。

DSCF0209毎年大石神社に来たら、水に溶けやすい紙に悩み事などを書き、水に流してきます。
書くのは一字だけ。

嫁・姑・舅などと書くことができるはずもなく 
どう書けばいいのかわからなかったので、ずるいと思いましたが「悩」とだけ書き、水に流してきました。
次男が一生懸命、母の「悩」を水に流してくれました。

子供たちがおみくじをひきました。
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三男だけが大吉でした。
いつも「らくっこ☆ぴこりん」を読んでくださる方々に、大吉のおすそわけ。
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2005年1月 3日 (月)

お正月のお道具など

お正月のあいだずっと実家に戻っていました。
やさしい父と母、そしてかわいい甥や姪、弟夫婦といっしょにたのしくにぎやかにしゃべったり、ご馳走をいただいたり。
とてもうれしい、ありがたいひとときでした。
もっとゆっくりしたかったのですが、ホームセンターの初荷で金魚が売り出されるというので次男が大騒ぎ、さきほど帰ってきました。

DSCF0200お正月用にだしてきた火鉢です。螺鈿の花がかわいらしいです。


DSCF0205これはわたしのおばあちゃんがむかしつくってくれた手毬です。母の家にもありました。水害に会ったおばの家でも、飾っているそうです。
おばあちゃんはとても手先の器用な人で、わたしのためになんでもつくってくれました。(ここ)


レイハルさんこと玲はる名さんが12月の角川「短歌」収録のわたしの短歌8首のなかでひいてくれた

「祖母かがる手毬のやうにいろどられ地球は永遠(とは)に宇宙のひとりご」 

はこの手毬の思い出を詠んだものです。

昨年は自分ひとりのなかに閉じこもることが多く、短歌も今ひとつでしたが、ことしはきちんとした仕事をしたいものです。

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見えにくいですが、これは別の火鉢の模様をアップにして撮ったもの。
銅製の火鉢で六歌仙が浮き彫りにしてあるものですが、これは小野小町と在原業平だと思います。
いい歌がつくれますように。
そういう願いをこめて道具屋さんから買った「歌仙もの」のひとつです。



雪が庇からおちてきます。
あんなにしろくてきれいで静かな雪なのに、屋根からおちてくるときは激しい音をたてるのでびっくりします。

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