アート・文化

文化・芸術

2009年12月30日 (水)

人生初トピ

実は某掲示板でこんなトピ立てをしては遊んでいたりした。
こんなアホトピなのに結構続いたというか・・
実生活ではちょっときついことが続いていたんでいい気分転換になったっていうか。
間違った表記とかアドバイスとかしまくってたけど基本面白くって。
源氏物語や枕草子について付け焼刃で勉強しなおした。それがまたすごく面白くって。

源氏物語の国からの小町。
もうスレはとまった・・のかな。もっと書きたいけど・・
なんかもっと勉強したいなっていうか、自分でいうのもなんだけどこういう切り口で読む源氏物語って、面白い・・!

ひとはむかし牛車の窓ゆ差しいりし小枝を香る袖にとらへき  大辻 隆弘

この歌、すき。
枕草子の一節だね。
たぶん源氏ではこうはいかないよね・・

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2009年5月 6日 (水)

新橋色

なんとなくテレビで某『相棒season6』を観てたら主人が上京するときのお楽しみ、新橋かいわいの新橋某スタンプコイン屋さんがドドーンと画面に。なんとそこで主人公の杉下右京こと水谷豊さんやらが聞き込みを。きゃー。
もちろん店名とか出てたりしてないけど、そりゃもうおなじみさんにはすぐにわかるってことで。しっかしなにげに本当のコイン屋でロケしてるんだな、と。さすが『相棒』、気合が違うとあらためてしみじみ感心。
「応対してる店員役は俳優さんだな。うしろにいるのが本物」と夫。
おおお。『相棒』にエキストラ出演ですか。すごいすごい。おばちゃんとおじさんと従業員さんらしき方々、帳簿かコインブックかなにげなく手にしながら演技してるぞ、と。
「黙示録」っておはなしで、おおきな展開につながる重大な場面なんですけど、そんなことそっちのけで騒ぐ騒ぐ。

ってわけで[切手趣味週間]1971年鏑木清方画「築地明石町」 の切手をばw 
いえビミョーにスタンプ(切手)~新橋つながりでv

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リビングを照らす灯りに仄浮かぶ新橋色の切子細工か 村田馨『疾風の囁き』 

ちなみに新橋色ってばこんな色。↓ 
Shinbashis

新橋とは東京の新橋のことですが、明治時代のおわりごろ新橋の芸者がこの色の着物を愛用して、それが世間にも流行したことから色名としてこう呼ばれるようになりました。緑みのある青ですが、従来の天然染料ではなく、欧米から導入された化学染料によって染められたこともあって、そのハイカラな感覚が当時の人にはとても新鮮に感じられたようです。
ここ

ほー。
「築地明石町」のひとの着物の色かな。
にしてもきれいな色だ。

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2006年11月20日 (月)

与謝野寛・晶子展に行ったよ

先日、お天気の良かった日、修理した自転車漕いでH市文学館に行った。
与謝野寛・晶子展v こちら

晶子遺愛の品々。歌をすそに書き込んだ着物。
写真、原稿、短冊。パリから子供たちに送った絵葉書。
なんやかやで500円也。高いのか安いのか。

ずっと見たいとおもってた「百首屏風」は大迫力だった。
金屏風に散らし書きにされた晶子の歌、歌、歌・・
紅葉照るころや夜韻清雨の夜など、屏風に書かれた歌がざわめきそうで、こ・わ・いv

そんな「偉大」な晶子像がふとほころびを見せたのが寛死後の詩、「半分以上」。
子供たちにあてた詩らしいが思わずメモにとった。
以下メモからの抜粋(写し間違いがあったらごめんなさい)

(略)
何があるものですか未来に、
そんな世界がねえ。
私はよく知ってゐた。
あれからの私は寂しかった。
でもそればかりではなかった。
私は詩を描いてゐたからねえ、
生活のおよそ半分を、
詩で塗って来ましたよ。
この期に臨んでも、
私は描いてゐます詩を、
詩を半分以上。
それでは行きますよ。
(略)

晶子の「生活のおよそ半分を、詩で塗って来ましたよ。」の半分って・・
偉大すぎw

お昼時に行ったもので、いっしょに展示されてた高村光太郎の「ビフテキの皿」って詩におなかがグーと鳴るw

ナイフ、フォオクの並んで載った
 さても美しいビフテキの皿よ

さてもさても。
先日晶子にまつわる講演会にも参加したが、こちら
短歌関係者の姿をみかけなかった。
というか単にわたしが浦島太郎なだけか。

というのも山川登美子の写真の前で「とみこ、とみこ」って連呼してたおばさんの一団。
どちらのとみこさんを言ってるのかとおもったら、宮尾登美子のことらしい。
って、だからなによv

+

夫の横から見ていたヤフオクで晶子の色紙なるものはっけん。
ずっと見ていたら23000也で落札されてた。
安いのか高いのか。
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2006年9月 5日 (火)

蝶のごと

・・夏休みの宿題をまだやってる三男にキレまくり九月4日午前一時 みほ自由律俳句

ということで・・なんだったんだろうこの夏は、と振り返ってみますれば。

overQさまんちで教えてもらった往年のテレビ番組「怪奇大作戦」。
わたしはソレ、SRI(Science Research Institute 、エスアールアイ←警察の捜査では解決不可能になった怪奇事件を、独自に開発した機械等を駆使して科学捜査を行うとかいう民間組織)の所長・的矢忠(まとや ただし ←元警視庁鑑識課長だったらしい。底抜けに費用がかかりそうなSRIを自費で運営しているみたいな実は大金持ち?)の渋い!お姿ばっかり目で追って愛でておりました。
俳優は原保美
だって美貌のアララギ派の女流歌人原阿佐緒の息子なんだもん。
というわけで、ハンカチ王子に熱中するかたわら、
原保美。通称(ヤスミン)←嘘 マンセーの夏でありました。ヽ(´ー`)ノ

なにしろSRIは「仏像の瞬間移動」だのなんだの、とにかく警察でもお手上げなトンデモな事件にばっかりかかわってて・・
だからその「科学的な」解説も、母阿佐緒の昔の恋人だった科学者石原純をなにやら彷彿と・・
しないか(笑

追加:前掲原保美のウィキペディアでは「父は画家・物理学博士の石原純」とありますけど、石原純はヤスミンのお父さんじゃなかったハズです。ヽ(´ー`)ノ)

・・とにかく物語のなかの、古きよき昭和の空気がたまりません。
設定では高級住宅地にある暖炉のある由緒ありげなお宅に和服の美人の奥様と半ズボンのかわいいお坊ちゃまと住み、高級そうな葉巻を常にくゆらし、でも葉巻をくわえててもせりふはきちんと聞こえるのよね。さすがヤスミン。

かといえば一般庶民ともきちんとお付き合いでき、個性的なSRIのメンバーや警察のお歴々とのやりとりもとってもなごやか。「太陽にほえろ!」のボスを先行、あるいはしのいでる?

第19話「こうもり男」では吸血蝙蝠の大群に襲われ、茶室で毒を盛られ、新聞に訃報がのりお葬式まで出され(本人は半死半生)、そのあと乗ってる車ごとプレス機にかけられ・・って30分まるごとすごいいじめられっぷりが、
・・ハァハァなんですぅ(笑

・・このはなしには作中繰り返し強調される数字「119」 (911ではない) にちなむちょっとした因縁話があり、
まず第19話。
放送されたのが1969.01.19。
なによりも原保美本人がなくなったのが1997年11月19日午後0時19分という・・
「関係ないと言ってしまえばそれまでだが,不思議な話」という・・ここ

それはさておき。
ヤフーで動画が無料で見れる企画があったんがうれしくって、
これを機会にヤスミンの活躍ざんまい、もっと見たかったんだけど・・
ソレ、この夏はいろいろわたしも大変だったでしょ・・(たそがれ

あっという間にヤフーの無料視聴期間がすぎてしまい、あはれ残りを見ることが出来ず・・

あー。秋になってしまったのね。

+

生きながら針に貫かれし蝶のごと悶へつつなほ飛ばむとぞする 原阿佐緒
吾がために死なむと言ひし男らのみなならがへぬおもしろきかな 原阿佐緒

(ちょっと本が手元になくって、あちこちWEBから孫引きスマソ)

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2006年5月25日 (木)

薔薇の悲しみ?

世に「プリザーブドフラワー」と呼ばれるものに挑戦。
溶液に漬けて脱色、さらに別の溶液に漬けて着色、さらに別の・・という工程。
先日の強風に薔薇がやられてしまい、花がボトボト落ちていくのを見ていられずの作業。

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この花束のコンセプトは (そんなもんあるんか)
薔薇は薔薇の悲しみのために花となり青き枝葉のかげに悩める 若山牧水

とゆーか、
薔薇は薔薇は~♪に、かの『ベルサイユのばら』のアニメ版主題歌(ここ)を連想してしまふといふヨコシマなわたし・・(殴

実は作りすぎて巨大になってしまい、用意していた容器にはいらなくなってしまったというお約束のオチつき^^;

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母にプレゼントするつもり。よろこんでくれるかなあ。

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2006年4月17日 (月)

絵の下から・・

アンティークの刺繍とかが好きでお店やバザールなんかでも可愛いのがあったりするとつい見入ってしまうが、最近買った額の表装がどうも正しい寸法ではないようだと気がついたらもうどうにも仕立て直したくなってたまらなくなった。それで思い立って裏返し、蜘蛛の巣さながらバチバチかがってた糸をバチバチ切ってみた。思っていたとおり以前折り返してあったところからきれいな刺繍の文様がでてきたから、アイロンでもかけてオリジナルの大きさにして仕立て直したらよかんべということで一件落着。
さて残る問題は裏打ちされてたボール紙の正体である。実はもくろみがあった・・たとえば悪名高い「四畳半襖の下張」なんてのは絶対に嫌だけど、へそくりの金貨とか(笑 アメリカ独立宣言の草稿とか(笑 アラスカ割譲についてのロシア王室の密約文書とか(笑 そんなのがでてきたりしたら一攫千金なのになあ、と・・(をい
でも出てきたのは大昔の、ぼやっとした山と川が描いてある意味不明な絵の印刷物。ま、そんなもんだけど。
それにしてもなんでこんな変な仕立てをしたんだろう。理由あってのことだろうが、ということで意図は謎のまんま。

作業のあと鏡を見て仰天。目が真っ赤になっている。そんなにまで欲に目がくらんで血走ったか (笑

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2006年3月 1日 (水)

宝塚・再見!(雪組ベルばらを観たよ)

行ってきました、宝塚。
こちらの更新ほっぽっぽにしていたのは、遠足前に子供が興奮しすぎて熱をだしたりするのとおなじ理由かとw

演目は雪組公演「ベルサイユのばら」でございました。
さすが宝塚の忠臣蔵と呼ばれるだけあって平日ながら座席は満員、すごい人出でした。
とはいえ団体さんとかも多く、中学校かなあ、修学旅行生みたいなのも来てて、見るからに所在なげな男の子たちとかがつるんでて、でも初宝塚でベルばらかよ。お前ら一生ダチに自慢できるかも、とか (大げさ

今回の雪組さんのベルばらは、なんだか妙な脚本で妙な演出てんこもりって前評判でしたから・・
心配してたんです。ほれ、子供って正直だから・・要所要所で情け容赦なく指でもさしながら大笑いしたりするんじゃないかしらと気が気じゃなかったんです。
でも心配は杞憂でした。もちろんアチャーなところはありましたが^^;、耐えるんだこんな場面すぐおわる、と(笑
ぷるぷる耐えながら、お待ちかねの名場面ではうるうる涙ぐんだりして。
今回の見ものだというクレーン車、紫と白と銀のロココな迷彩の装甲車というか、無駄にすごすぎの象さん、もしくは大亀だの。
人間は平等です。愛し合うのに男と女はありませんというイナバウアー級の理屈に加え、五人のオスカルさまに囲まれてイヤンな暴走妄想機関車ロザリーだの。
ふつうの大佐のダグーより近衛の少佐のおまえはそんなに偉いのか、やたらエラソーな口をきいてたジェロッち@縦巻きロール 軍がこれじゃ革命だっておきるわな、だの。
まあ、あれだけ謎な脚本をあれだけの名舞台にできるんだから、すごいわな、と。恐るべし宝塚。なんだかんだいいながらもラストきっちり泣かせてくれた腕前はさすが (ほめてる

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えっとー。テレビ中継ではなくってやはり劇場に足を運ぶ醍醐味はというとですねー。
団体さんの反応の正直さに救われるというか、ファンはある程度馴れ合いとまでいきませんけど、ま。こーゆーもん、って目で見ますけどね。楽しまなきゃ損、ソン、つうか。こちとら30年以上同じ演目の舞台を見続けてんですからね、いまさらあらすじ知ってるどころじゃないし変なせりふにだって驚かないし (じゃあ、なぜまた見に行くんだ
うしろのねー、老人会っぽいかたがたの素直すぎる反応がうるさくってねーw
ま、お年よりは敬してうやまいますけどね。出陣のところでなんかやたらと興奮しはじめて、アンドレ戦死~バスティーユのところとかさー、てんでにわぁわぁ、「あ。撃たれた」とか「かわいそうに、死んでしもうた」とかうるさいのなんの。
わしの若いころ参加した南京城攻略では、とかいきなり言い出すんじゃないかって、気が気じゃなかったわw

帰りしな、余韻にひたりすぎてどうかしたか、三宮駅で乗り換えにしっぱい、気が付いたら目前にニワトリが。
なぜ?

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2006年1月10日 (火)

なんだか・・

大晦日ごろからこっち体調が悪くて、大掃除なんかもぜんぜんできなかった埋め合わせということにもならないけれど、子供たちが新学期で出払ったのを機会にこまごま、片付けのようなことをする。
日当たりのよいところにおいていた薔薇たちも、思い切ってぜんぶすっぱり切って、ガラスの花瓶に入れてしまう。
身軽な姿でこのまま春までうつらうつら、窓辺ですごしてもらうというわけ。

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夜、なんとなくテレビを見ていたら泉ピン子と安住紳一郎アナの海外ロケ番組をやっており、どうでもいいけどフランスはベルサイユ近辺でピン子がマリー・アントワネットを、安住アナがオスカルの格好で歌ったり踊ったりしている。

・・奇怪なること限りなし。
安住アナがいくらかっこよくっても・・やっぱり宝塚の方が見栄えがいい。

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とはいえ。
どうしたんだろう。ピン子ってば、ロココの女王なすがたがやけに似合ってる気がしたぞ。
治ったとおもってた風邪がぶりかえしたのだろーか。

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2006年1月 3日 (火)

宝塚に行ったよ(ネタばれあり)

昨年末某NHKの、宝塚の「ベルばら」を昭和からの版をふくめてぶっとおしで放送しまくる・・という無謀な企画に他愛なくはまってしまい、焼けぼっくいになんとやら、新年そうそう、片道三時間もなにものかは、宝塚星組公演を観にいってしまう。
宝塚のベルばらにはいろんなバージョンがあり、それぞれフェルゼンとマリーアントワネット篇、フェルゼン篇、アンドレとオスカル篇、オスカルとアンドレ篇、オスカル篇・・とインフルエンザの突然変異体か魑魅魍魎さながらの種類があるものなのだけれど、お題をきいただけで舞台の見せ場だのあらすじだのがわかってしまうのがファンのおそろしさというもので・・今回のはフェルゼンとマリーアントワネット篇。わりとオーソドックスつまりマニアにはちとものたりないけど、まあ新春だし仕方ないかもというおはなしのバージョンで。

なにがおどろいたかといって、全国ツアー版であれほど叩かれていたのにもかかわらず、ほとんど完璧で、つっこみどころがないのに驚いた。
うわ。プロローグでフェルゼンとオスカルが並んで立って火花バチッってかんじの絡みがあってひえ~だけど(意味不明でごめんなさい
そんでもってアンドレの出番がぜんぜんなくってどひゃ~だけど(ああ・・それは仕方ないかも。平民だし
わたし、ひどい風邪で、薬を大量に飲みすぎてたってこともあるかもしれないけど・・
総じて演出・脚本の植田紳爾てばいい仕事してるじゃん。と。
まさか死期がちかいのでは ←褒めてる

もちろん仮面舞踏会の場面とか「わたくしは、ふらんすの、じょおおぅ・・なのですから」の場がないのは痛かった。
アンドレがオスカルにむかって「ただの近衛隊長のくせに」という大暴言を吐いたり^^
「天下国家を論じていながら小石に躓くなんて」という大軽口をたたいたり^^
・・こんなさわやか系なアンドレなんか、アンドレじゃないわっ!と^^;

フェルゼンが歌いながら躓いたり、
わたしは愛の巡礼♪の歌の「見知らぬ国を」の部分が妙にあかるく編曲されてたり、
バスティーユの場がジェローデル少佐の回想シーンで語られるのはともかく・・
いわゆる「今宵一夜」の場を勝手に回想するなよ、と。だいいち、原作では優雅で退廃的な貴族の象徴みたいだったジェローデルさんてば、宝塚版ではいつも働き者でフットワークがめちゃ軽い愛国者として描かれるのって不思議すぎ。とか。

ああ、でもよかった。よかった、よかった~~♪
プロローグはお盆の上の燭台ぐるぐる (それだけでわかるひとは、わかる
カメオの絵も、むかしは手書きでなかなか味わい深いものがありましたが^^;
平成の御世になって原作絵を拡大してるのね。そこんとこも、ああ、時代がかわったのねえ・・と。

お正月で、宝塚で、ベルばらで。もうしあわせでした。
この勢いで来月のオスカル篇も観にいくぞ~!
・・ということで。

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2005年11月 9日 (水)

あかつきの森

あかつきの森坐すごとしメトロポリタンゆ還り来たりし梅若六郎 水原紫苑『客人』
能楽堂の見えぬ青空へ少年のこゑ弾みゆく「ろくろうせんせい」 水原紫苑『客人』

梅若六郎:公開予定の新作能(漫画『ガラスの仮面』劇中劇)『紅天女』のシテ
・・その記者発表の様子・・?(中国語版ですみません) こちら

『風姿花伝』の冒頭の「年来稽古条々」というのを昔読んだとき。
ズバリ
「三十四、五才。この年代になっても評判にもならず、声価も思うほどでない人は、たとえどんなに技術的に優れていても、まだ本当の「花-魅力」という事のわかっていない人だ。
この年代までに「花」を含む本当の「能」がわかっていない人は、四十を過ぎると能が下手になる。これが本当の能がわかっていたかどうか、後でわかる証拠だ。」  参照こちら

というようなことを書いてあったのを見て、
これは「能」にかぎらず人生一般のことだろうか(わたしもがんばらなくっちゃ♪
と思ったりしたものだったが。

気がつけば・・
今までせいいっぱい子供さんにん育てて舅・姑に仕えて不便な田舎で生きてきたつもりだけれど・・
結局わたしなんかそれだけの人間なんだけど・・
風姿花伝読んでて、なんか、むちゃくちゃ泣きそうになってきた。

ごめんなさい。ちょっとだけ泣いてても、いいですか (殴


(原文)
ー 三十四、五より(『風姿花伝』より)
 此比の能、盛りの極めなり。
 ここにて、この条々を極め悟りて、堪能になれば、
 定て、天下に許され、名望を得べし。
 若、此時分に、天下の許されも不足に、名望も思ふ程なくば、
 いかなる上手なりとも、未だまことの花を極めぬ為手と知るべし。
 もし極めずは、四十より能は下るべし。それ、後の証拠なるべし。
 さる程に、上るは三十四、五までの比、下るは四十以来なり。
 返々(かへすがへす)、此比天下の許されを得ずは、
 能を極めたるとは思ふべからず。ここにて猶慎しむべし。

ところで『紅天女』だが・・
かの植田紳爾脚本ということだったら、
あの『ベルばら』の(アンドレとオスカル篇)でファンを仰天させたあのはずかしすぎるあのラスト、
ガラスの馬車に乗って盛装したアンドレが両手をひろげてオスカルを迎えにくる~
の場面さながら、
(梅の精を迎えに空飛ぶ牛車がやってくる)
になるであろうことに20トリビア (誤

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