アート・文化

2009年5月 6日 (水)

新橋色

なんとなくテレビで某『相棒season6』を観てたら主人が上京するときのお楽しみ、新橋かいわいの新橋某スタンプコイン屋さんがドドーンと画面に。なんとそこで主人公の杉下右京こと水谷豊さんやらが聞き込みを。きゃー。
もちろん店名とか出てたりしてないけど、そりゃもうおなじみさんにはすぐにわかるってことで。しっかしなにげに本当のコイン屋でロケしてるんだな、と。さすが『相棒』、気合が違うとあらためてしみじみ感心。
「応対してる店員役は俳優さんだな。うしろにいるのが本物」と夫。
おおお。『相棒』にエキストラ出演ですか。すごいすごい。おばちゃんとおじさんと従業員さんらしき方々、帳簿かコインブックかなにげなく手にしながら演技してるぞ、と。
「黙示録」っておはなしで、おおきな展開につながる重大な場面なんですけど、そんなことそっちのけで騒ぐ騒ぐ。

ってわけで[切手趣味週間]1971年鏑木清方画「築地明石町」 の切手をばw 
いえビミョーにスタンプ(切手)~新橋つながりでv

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リビングを照らす灯りに仄浮かぶ新橋色の切子細工か 村田馨『疾風の囁き』 

ちなみに新橋色ってばこんな色。↓ 
Shinbashis

新橋とは東京の新橋のことですが、明治時代のおわりごろ新橋の芸者がこの色の着物を愛用して、それが世間にも流行したことから色名としてこう呼ばれるようになりました。緑みのある青ですが、従来の天然染料ではなく、欧米から導入された化学染料によって染められたこともあって、そのハイカラな感覚が当時の人にはとても新鮮に感じられたようです。
ここ

ほー。
「築地明石町」のひとの着物の色かな。
にしてもきれいな色だ。

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2006年11月20日 (月)

与謝野寛・晶子展に行ったよ

先日、お天気の良かった日、修理した自転車漕いでH市文学館に行った。
与謝野寛・晶子展v こちら

晶子遺愛の品々。歌をすそに書き込んだ着物。
写真、原稿、短冊。パリから子供たちに送った絵葉書。
なんやかやで500円也。高いのか安いのか。

ずっと見たいとおもってた「百首屏風」は大迫力だった。
金屏風に散らし書きにされた晶子の歌、歌、歌・・
紅葉照るころや夜韻清雨の夜など、屏風に書かれた歌がざわめきそうで、こ・わ・いv

そんな「偉大」な晶子像がふとほころびを見せたのが寛死後の詩、「半分以上」。
子供たちにあてた詩らしいが思わずメモにとった。
以下メモからの抜粋(写し間違いがあったらごめんなさい)

(略)
何があるものですか未来に、
そんな世界がねえ。
私はよく知ってゐた。
あれからの私は寂しかった。
でもそればかりではなかった。
私は詩を描いてゐたからねえ、
生活のおよそ半分を、
詩で塗って来ましたよ。
この期に臨んでも、
私は描いてゐます詩を、
詩を半分以上。
それでは行きますよ。
(略)

晶子の「生活のおよそ半分を、詩で塗って来ましたよ。」の半分って・・
偉大すぎw

お昼時に行ったもので、いっしょに展示されてた高村光太郎の「ビフテキの皿」って詩におなかがグーと鳴るw

ナイフ、フォオクの並んで載った
 さても美しいビフテキの皿よ

さてもさても。
先日晶子にまつわる講演会にも参加したが、こちら
短歌関係者の姿をみかけなかった。
というか単にわたしが浦島太郎なだけか。

というのも山川登美子の写真の前で「とみこ、とみこ」って連呼してたおばさんの一団。
どちらのとみこさんを言ってるのかとおもったら、宮尾登美子のことらしい。
って、だからなによv

+

夫の横から見ていたヤフオクで晶子の色紙なるものはっけん。
ずっと見ていたら23000也で落札されてた。
安いのか高いのか。
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2006年9月 5日 (火)

蝶のごと

・・夏休みの宿題をまだやってる三男にキレまくり九月4日午前一時 みほ自由律俳句

ということで・・なんだったんだろうこの夏は、と振り返ってみますれば。

overQさまんちで教えてもらった往年のテレビ番組「怪奇大作戦」。
わたしはソレ、SRI(Science Research Institute 、エスアールアイ←警察の捜査では解決不可能になった怪奇事件を、独自に開発した機械等を駆使して科学捜査を行うとかいう民間組織)の所長・的矢忠(まとや ただし ←元警視庁鑑識課長だったらしい。底抜けに費用がかかりそうなSRIを自費で運営しているみたいな実は大金持ち?)の渋い!お姿ばっかり目で追って愛でておりました。
俳優は原保美
だって美貌のアララギ派の女流歌人原阿佐緒の息子なんだもん。
というわけで、ハンカチ王子に熱中するかたわら、
原保美。通称(ヤスミン)←嘘 マンセーの夏でありました。ヽ(´ー`)ノ

なにしろSRIは「仏像の瞬間移動」だのなんだの、とにかく警察でもお手上げなトンデモな事件にばっかりかかわってて・・
だからその「科学的な」解説も、母阿佐緒の昔の恋人だった科学者石原純をなにやら彷彿と・・
しないか(笑

追加:前掲原保美のウィキペディアでは「父は画家・物理学博士の石原純」とありますけど、石原純はヤスミンのお父さんじゃなかったハズです。ヽ(´ー`)ノ)

・・とにかく物語のなかの、古きよき昭和の空気がたまりません。
設定では高級住宅地にある暖炉のある由緒ありげなお宅に和服の美人の奥様と半ズボンのかわいいお坊ちゃまと住み、高級そうな葉巻を常にくゆらし、でも葉巻をくわえててもせりふはきちんと聞こえるのよね。さすがヤスミン。

かといえば一般庶民ともきちんとお付き合いでき、個性的なSRIのメンバーや警察のお歴々とのやりとりもとってもなごやか。「太陽にほえろ!」のボスを先行、あるいはしのいでる?

第19話「こうもり男」では吸血蝙蝠の大群に襲われ、茶室で毒を盛られ、新聞に訃報がのりお葬式まで出され(本人は半死半生)、そのあと乗ってる車ごとプレス機にかけられ・・って30分まるごとすごいいじめられっぷりが、
・・ハァハァなんですぅ(笑

・・このはなしには作中繰り返し強調される数字「119」 (911ではない) にちなむちょっとした因縁話があり、
まず第19話。
放送されたのが1969.01.19。
なによりも原保美本人がなくなったのが1997年11月19日午後0時19分という・・
「関係ないと言ってしまえばそれまでだが,不思議な話」という・・ここ

それはさておき。
ヤフーで動画が無料で見れる企画があったんがうれしくって、
これを機会にヤスミンの活躍ざんまい、もっと見たかったんだけど・・
ソレ、この夏はいろいろわたしも大変だったでしょ・・(たそがれ

あっという間にヤフーの無料視聴期間がすぎてしまい、あはれ残りを見ることが出来ず・・

あー。秋になってしまったのね。

+

生きながら針に貫かれし蝶のごと悶へつつなほ飛ばむとぞする 原阿佐緒
吾がために死なむと言ひし男らのみなならがへぬおもしろきかな 原阿佐緒

(ちょっと本が手元になくって、あちこちWEBから孫引きスマソ)

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2006年5月25日 (木)

薔薇の悲しみ?

世に「プリザーブドフラワー」と呼ばれるものに挑戦。
溶液に漬けて脱色、さらに別の溶液に漬けて着色、さらに別の・・という工程。
先日の強風に薔薇がやられてしまい、花がボトボト落ちていくのを見ていられずの作業。

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この花束のコンセプトは (そんなもんあるんか)
薔薇は薔薇の悲しみのために花となり青き枝葉のかげに悩める 若山牧水

とゆーか、
薔薇は薔薇は~♪に、かの『ベルサイユのばら』のアニメ版主題歌(ここ)を連想してしまふといふヨコシマなわたし・・(殴

実は作りすぎて巨大になってしまい、用意していた容器にはいらなくなってしまったというお約束のオチつき^^;

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母にプレゼントするつもり。よろこんでくれるかなあ。

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2006年4月17日 (月)

絵の下から・・

アンティークの刺繍とかが好きでお店やバザールなんかでも可愛いのがあったりするとつい見入ってしまうが、最近買った額の表装がどうも正しい寸法ではないようだと気がついたらもうどうにも仕立て直したくなってたまらなくなった。それで思い立って裏返し、蜘蛛の巣さながらバチバチかがってた糸をバチバチ切ってみた。思っていたとおり以前折り返してあったところからきれいな刺繍の文様がでてきたから、アイロンでもかけてオリジナルの大きさにして仕立て直したらよかんべということで一件落着。
さて残る問題は裏打ちされてたボール紙の正体である。実はもくろみがあった・・たとえば悪名高い「四畳半襖の下張」なんてのは絶対に嫌だけど、へそくりの金貨とか(笑 アメリカ独立宣言の草稿とか(笑 アラスカ割譲についてのロシア王室の密約文書とか(笑 そんなのがでてきたりしたら一攫千金なのになあ、と・・(をい
でも出てきたのは大昔の、ぼやっとした山と川が描いてある意味不明な絵の印刷物。ま、そんなもんだけど。
それにしてもなんでこんな変な仕立てをしたんだろう。理由あってのことだろうが、ということで意図は謎のまんま。

作業のあと鏡を見て仰天。目が真っ赤になっている。そんなにまで欲に目がくらんで血走ったか (笑

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2006年3月 1日 (水)

宝塚・再見!(雪組ベルばらを観たよ)

行ってきました、宝塚。
こちらの更新ほっぽっぽにしていたのは、遠足前に子供が興奮しすぎて熱をだしたりするのとおなじ理由かとw

演目は雪組公演「ベルサイユのばら」でございました。
さすが宝塚の忠臣蔵と呼ばれるだけあって平日ながら座席は満員、すごい人出でした。
とはいえ団体さんとかも多く、中学校かなあ、修学旅行生みたいなのも来てて、見るからに所在なげな男の子たちとかがつるんでて、でも初宝塚でベルばらかよ。お前ら一生ダチに自慢できるかも、とか (大げさ

今回の雪組さんのベルばらは、なんだか妙な脚本で妙な演出てんこもりって前評判でしたから・・
心配してたんです。ほれ、子供って正直だから・・要所要所で情け容赦なく指でもさしながら大笑いしたりするんじゃないかしらと気が気じゃなかったんです。
でも心配は杞憂でした。もちろんアチャーなところはありましたが^^;、耐えるんだこんな場面すぐおわる、と(笑
ぷるぷる耐えながら、お待ちかねの名場面ではうるうる涙ぐんだりして。
今回の見ものだというクレーン車、紫と白と銀のロココな迷彩の装甲車というか、無駄にすごすぎの象さん、もしくは大亀だの。
人間は平等です。愛し合うのに男と女はありませんというイナバウアー級の理屈に加え、五人のオスカルさまに囲まれてイヤンな暴走妄想機関車ロザリーだの。
ふつうの大佐のダグーより近衛の少佐のおまえはそんなに偉いのか、やたらエラソーな口をきいてたジェロッち@縦巻きロール 軍がこれじゃ革命だっておきるわな、だの。
まあ、あれだけ謎な脚本をあれだけの名舞台にできるんだから、すごいわな、と。恐るべし宝塚。なんだかんだいいながらもラストきっちり泣かせてくれた腕前はさすが (ほめてる

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えっとー。テレビ中継ではなくってやはり劇場に足を運ぶ醍醐味はというとですねー。
団体さんの反応の正直さに救われるというか、ファンはある程度馴れ合いとまでいきませんけど、ま。こーゆーもん、って目で見ますけどね。楽しまなきゃ損、ソン、つうか。こちとら30年以上同じ演目の舞台を見続けてんですからね、いまさらあらすじ知ってるどころじゃないし変なせりふにだって驚かないし (じゃあ、なぜまた見に行くんだ
うしろのねー、老人会っぽいかたがたの素直すぎる反応がうるさくってねーw
ま、お年よりは敬してうやまいますけどね。出陣のところでなんかやたらと興奮しはじめて、アンドレ戦死~バスティーユのところとかさー、てんでにわぁわぁ、「あ。撃たれた」とか「かわいそうに、死んでしもうた」とかうるさいのなんの。
わしの若いころ参加した南京城攻略では、とかいきなり言い出すんじゃないかって、気が気じゃなかったわw

帰りしな、余韻にひたりすぎてどうかしたか、三宮駅で乗り換えにしっぱい、気が付いたら目前にニワトリが。
なぜ?

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2006年1月10日 (火)

なんだか・・

大晦日ごろからこっち体調が悪くて、大掃除なんかもぜんぜんできなかった埋め合わせということにもならないけれど、子供たちが新学期で出払ったのを機会にこまごま、片付けのようなことをする。
日当たりのよいところにおいていた薔薇たちも、思い切ってぜんぶすっぱり切って、ガラスの花瓶に入れてしまう。
身軽な姿でこのまま春までうつらうつら、窓辺ですごしてもらうというわけ。

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夜、なんとなくテレビを見ていたら泉ピン子と安住紳一郎アナの海外ロケ番組をやっており、どうでもいいけどフランスはベルサイユ近辺でピン子がマリー・アントワネットを、安住アナがオスカルの格好で歌ったり踊ったりしている。

・・奇怪なること限りなし。
安住アナがいくらかっこよくっても・・やっぱり宝塚の方が見栄えがいい。

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とはいえ。
どうしたんだろう。ピン子ってば、ロココの女王なすがたがやけに似合ってる気がしたぞ。
治ったとおもってた風邪がぶりかえしたのだろーか。

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2006年1月 3日 (火)

宝塚に行ったよ(ネタばれあり)

昨年末某NHKの、宝塚の「ベルばら」を昭和からの版をふくめてぶっとおしで放送しまくる・・という無謀な企画に他愛なくはまってしまい、焼けぼっくいになんとやら、新年そうそう、片道三時間もなにものかは、宝塚星組公演を観にいってしまう。
宝塚のベルばらにはいろんなバージョンがあり、それぞれフェルゼンとマリーアントワネット篇、フェルゼン篇、アンドレとオスカル篇、オスカルとアンドレ篇、オスカル篇・・とインフルエンザの突然変異体か魑魅魍魎さながらの種類があるものなのだけれど、お題をきいただけで舞台の見せ場だのあらすじだのがわかってしまうのがファンのおそろしさというもので・・今回のはフェルゼンとマリーアントワネット篇。わりとオーソドックスつまりマニアにはちとものたりないけど、まあ新春だし仕方ないかもというおはなしのバージョンで。

なにがおどろいたかといって、全国ツアー版であれほど叩かれていたのにもかかわらず、ほとんど完璧で、つっこみどころがないのに驚いた。
うわ。プロローグでフェルゼンとオスカルが並んで立って火花バチッってかんじの絡みがあってひえ~だけど(意味不明でごめんなさい
そんでもってアンドレの出番がぜんぜんなくってどひゃ~だけど(ああ・・それは仕方ないかも。平民だし
わたし、ひどい風邪で、薬を大量に飲みすぎてたってこともあるかもしれないけど・・
総じて演出・脚本の植田紳爾てばいい仕事してるじゃん。と。
まさか死期がちかいのでは ←褒めてる

もちろん仮面舞踏会の場面とか「わたくしは、ふらんすの、じょおおぅ・・なのですから」の場がないのは痛かった。
アンドレがオスカルにむかって「ただの近衛隊長のくせに」という大暴言を吐いたり^^
「天下国家を論じていながら小石に躓くなんて」という大軽口をたたいたり^^
・・こんなさわやか系なアンドレなんか、アンドレじゃないわっ!と^^;

フェルゼンが歌いながら躓いたり、
わたしは愛の巡礼♪の歌の「見知らぬ国を」の部分が妙にあかるく編曲されてたり、
バスティーユの場がジェローデル少佐の回想シーンで語られるのはともかく・・
いわゆる「今宵一夜」の場を勝手に回想するなよ、と。だいいち、原作では優雅で退廃的な貴族の象徴みたいだったジェローデルさんてば、宝塚版ではいつも働き者でフットワークがめちゃ軽い愛国者として描かれるのって不思議すぎ。とか。

ああ、でもよかった。よかった、よかった~~♪
プロローグはお盆の上の燭台ぐるぐる (それだけでわかるひとは、わかる
カメオの絵も、むかしは手書きでなかなか味わい深いものがありましたが^^;
平成の御世になって原作絵を拡大してるのね。そこんとこも、ああ、時代がかわったのねえ・・と。

お正月で、宝塚で、ベルばらで。もうしあわせでした。
この勢いで来月のオスカル篇も観にいくぞ~!
・・ということで。

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2005年11月 9日 (水)

あかつきの森

あかつきの森坐すごとしメトロポリタンゆ還り来たりし梅若六郎 水原紫苑『客人』
能楽堂の見えぬ青空へ少年のこゑ弾みゆく「ろくろうせんせい」 水原紫苑『客人』

梅若六郎:公開予定の新作能(漫画『ガラスの仮面』劇中劇)『紅天女』のシテ
・・その記者発表の様子・・?(中国語版ですみません) こちら

『風姿花伝』の冒頭の「年来稽古条々」というのを昔読んだとき。
ズバリ
「三十四、五才。この年代になっても評判にもならず、声価も思うほどでない人は、たとえどんなに技術的に優れていても、まだ本当の「花-魅力」という事のわかっていない人だ。
この年代までに「花」を含む本当の「能」がわかっていない人は、四十を過ぎると能が下手になる。これが本当の能がわかっていたかどうか、後でわかる証拠だ。」  参照こちら

というようなことを書いてあったのを見て、
これは「能」にかぎらず人生一般のことだろうか(わたしもがんばらなくっちゃ♪
と思ったりしたものだったが。

気がつけば・・
今までせいいっぱい子供さんにん育てて舅・姑に仕えて不便な田舎で生きてきたつもりだけれど・・
結局わたしなんかそれだけの人間なんだけど・・
風姿花伝読んでて、なんか、むちゃくちゃ泣きそうになってきた。

ごめんなさい。ちょっとだけ泣いてても、いいですか (殴


(原文)
ー 三十四、五より(『風姿花伝』より)
 此比の能、盛りの極めなり。
 ここにて、この条々を極め悟りて、堪能になれば、
 定て、天下に許され、名望を得べし。
 若、此時分に、天下の許されも不足に、名望も思ふ程なくば、
 いかなる上手なりとも、未だまことの花を極めぬ為手と知るべし。
 もし極めずは、四十より能は下るべし。それ、後の証拠なるべし。
 さる程に、上るは三十四、五までの比、下るは四十以来なり。
 返々(かへすがへす)、此比天下の許されを得ずは、
 能を極めたるとは思ふべからず。ここにて猶慎しむべし。

ところで『紅天女』だが・・
かの植田紳爾脚本ということだったら、
あの『ベルばら』の(アンドレとオスカル篇)でファンを仰天させたあのはずかしすぎるあのラスト、
ガラスの馬車に乗って盛装したアンドレが両手をひろげてオスカルを迎えにくる~
の場面さながら、
(梅の精を迎えに空飛ぶ牛車がやってくる)
になるであろうことに20トリビア (誤

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2005年11月 6日 (日)

ジャズと狂言

昨日もPTAで会合。
PTAのつきあいというのが非常に疲れる理由というのは、たぶん、自分の責任で発言したり行動したりできないからだろう。
委細省略。

夜、映画「スウィングガールズ」を観る。
次男が吹奏楽部で、ジャズなんかも演奏しているから、余計に気合を入れてみてしまう。

この映画のモデルが「県立高砂高校ジャズバンド部」だってことは、地域の新聞などから読んで知っていた。というか、信じていた。(スウィングガールズ熱演 映画モデルの高砂高  →ここ)

ところが地元兵庫県は高砂くんだりは、映画のようにまさかイノシシとかはでてきても、あんな豪雪の状況とかはない。
だったらモデルってどういうこと?って思って調べてみたら、ほかにも長野県は北佐久郡立科町の県立蓼科高校吹奏楽クラブというのがあり、(「スウィングガールズ」のモデルは蓼科高 →ここ

さらには東京都ICU高校ってのも、モデルだという・・ ここ

本家家元を主張するのは、お弁当業界か狂言の世界かと思ってたけど
・・もうなにがなんだか(笑

狂言といえば、節子ママとの連携プレーもあざやかな「空中元彌チョップ」4連打w 
まさか勝つとは思わなかったが・・
ニュース、新作狂言というか、あたらしい狂言の演目を観ているのではないかと思った。
つまり、腕自慢の歴戦のあずまえびすが、どうみてもひ弱で柔弱なタイプの男にやっつけられてしまったってことでしょ?
口上からはじまって、言葉の応酬があって果し合いがあって、思いもよらない結末が待ち受けてて。
流れとしてはあまりにもみごとに狂言の型を踏んでいる気もする。
・・無力でひよわな太郎冠者が、知恵と狂言力?で芸達者な鬼武者をやっつけるというような、
つまりわたしたちはそれとは知らず、現実にそんな演目を観てしまったってことなのだろうか・・?

試合、観てみたかったなあ。
いえ、プロレスとしてではなくて、古典芸能として。
もともと狂言というのは、大衆向けの芸能のはずだったんだけど、いつか敷居が高くなってしまった。
このたびの試合、ニュースでも文化扱いはされず、スポーツニュースなんかでもキワモノ扱いされているみたいだけど・・
なんかうまくいえないけど、ものすごい画期的なはなしじゃないかなあ、って思う。

・・むかしは節子、といえば原節子だったし、
「なんで蛍、すぐ死んでしまうん?」って言っていた『火垂るの墓』の節子だった。
死んでいくしかない節子を描いたこの映画で流れていたのは「ホーム・スィート・ホーム」。これもまたジャズで・・
『スウィング・ガールズ』の屈託のない作中に流れるジャズに聞き入りながら、
ちりゆく木の葉のごとくとめもなく、秋の夜はふけていったのでありました。

追加

狂言、といえば能・・ということで、こちらも新作能。
漫画「ガラスの仮面」より『紅天女』  ここ

国立能楽堂委嘱作品・初演で、 (シテ・紅天女) はマヤでも亜弓さんでもどちらでもなく年齢的には月影先生な梅若六郎、ということなんだけど。

宝塚の『ベルばら』の脚本・演出であまりに悪名高い、あの植田紳爾 脚本
って、どゆことですか。
おそろしすぎる展開に、もう、めまいがします。

いえいえ、しんじぃさまにはこれを好機に、どうか新作の紅天女に没頭していただいてベルばらからはしばらく手をひいていただきたいものでしゅ・・とゆーことで (ぼそっ

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2005年10月20日 (木)

博物館で、お泊り

こんな夜美術館の前に佇(た)ってゐると背後より大山猫が来るぞ  永井陽子『ふしぎな楽器』

こんな記事を見つけた。

大英博物館でお泊り合宿 ここ

世界の子育て:イギリス~大英博物館の宿泊イベント

土曜日の夜、博物館が閉館した午後6時過ぎから親子250人が寝袋を抱えて集まり、まずそれぞれが寝る場所を決めた。宿泊スポットは古代エジプト王朝やアッシリア帝国のギャラリー。古代エジプト王の銅像や彫刻のそばなど、どこでも好きなところを選べばよい。
(略)
この「宿泊イベント」は同博物館が毎年4回、実施している。とても人気が高く、毎回すぐに定員いっぱいになるそうだ。これまでに展示物破損などの事故は一度も起きたことがないという。参加費用はひとり27・5ポンド(約5500円)である。

いいなー。
わたしだったらどこで寝るだろう。
・・なんて考えてしまった。

神戸の震災のとき、図書館を開放して、そこに避難者が一時住みついていたこと、あったけど・・

メトロポリタン美術館に住みついてしまった家出姉弟のおはなし、読んだことがある。
『クローディアの秘密』。こちら

インテリによる悪童小説とでもいおうか。
トム・ソーヤーとハックルベリー・フィンに、頭のよさとシニカルさと如才なさをくわえたような姉弟。そう、天下無敵のコンビw
子供むけのおはなしでありながらブッキッシュで、それでいて関西風のボケとツッコミがきいてるような、ふしぎなおはなしだった。
悪童小説には宝探しがつきものだけれど・・
だから当然、お宝もでてくる。だって舞台はメトロポリタンだもん。

こんな物語を子供のころに読んでいたら、わたしもきっとマネしたいと思ったとおもう。
じゃあどこに行く?といったら、よくわかんないんだけど。

この物語、『クローディアと貴婦人』という映画にもなってるらしい。
おおお、うるわしのイングリッド・バーグマンさまも出演とな。観てみたいなあ。ここ

まんま、『メトロポリタン美術館』、という曲を知っている。
大好きな曲だった。
著作権の問題は、ちょっとご容赦いただくとして・・

「メトロポリタン美術館」 大貫妙子作詞・作曲

大理石の 台の上で
天使の像 ささやいた
夜になると ここは冷える
君の服を 貸してくれる?
タイムトラベルは 楽し
メトロポリタン ミュージアム
赤い靴下で よければ
かたっぽあげる

エジプトでは ファラオ眠る
石の布団に くるまって
呼んでみても 五千年の
夢を今も 見続けてる
タイムトラベルは 楽し
メトロポリタン ミュージアム
目覚し時計 ここに
かけておくから

ヴァイオリンのケース
トランペットのケース
トランク代わりにして
出発だ!

タイムトラベルは 楽し
メトロポリタン ミュージアム
大好きな絵の中に
閉じ込められた

・・もしもしそこなお嬢さん。
はやく絵からでてらっしゃいな。もう百年たちましたよ・・
なんてね。

水族館 美術館 科学館 博物館 飾らるるとは真に寂しき 永井陽子『小さなヴァイオリンが欲しくて』

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2005年10月 7日 (金)

赤穂段通

あしたから赤穂の田淵記念館というところで 『赤穂緞通Ⅱ』展という企画が開催されますが・・
なぜかうちの家にある段通も5枚ほど、出展させていただいているようです。

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段通、っていうとペルシャやなんかを連想してしまいますが、むかしは日本でも織られていたそうです。
赤穂段通は、明治ごろから昭和のはじめごろにかけて、塩田なんかの男衆の家族が、おもに織っていたらしい。
素材は主に木綿。染料は自然系。
当時の技術の高さのためか、あまりいたんでいないようなのはさすがです。

子供なんかも手伝っていたそうです。

先日、学芸員さんが運送会社の方たちをお連れになってお見えになりました。
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資料と照らし合わせながらなんども点検なさるのを、見ていて緊張しました。
きちんと荷だしができてほっとしました。

最初から家にあったとかいうのではありません。
夫が、よく行く骨董屋でであってひとめぼれ、なんともいえないその魅力にひかれ、知識のないままいちまい、手に入れたのが最初でした。
それ以来あちこち探し続けて、やがていつのまにか集まったというか。
あまりよく知られていないためか、新品のラグを買うより安く手に入ったのもあり、そういうことでわたしなんか、古臭いばかりで値打ちがあるなんて思わなかったので、粗末に日常使いしてて・・

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これ、「角川」って呼んでたんです。
こんなふうに勝手になまえをつけたりしてました・・

これなんか子供たち、ミニカーをはしらす路線図かわりにしてたのに・・^^;
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別のお店で買ってみたら、同じ柄があったり、ってことも。
こういうのはきれいなほうだけ出展してますので、二枚そろっているのを見れるのはこのブログだけ?!^^
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なんともいえず深い味わいの、素朴でありながらモダンで、おりから海外で流行していたアールデコ様式などの影響もはなやかな、赤穂段通。
ご興味をもたれた方は、どうぞ。

田淵記念館:秋季企画展     『赤穂緞通Ⅱ』展 期間:10月8日(土)~12月26日(月)

赤穂緞通は,木綿織の絨毯で、佐賀の鍋島緞通、大阪の堺緞通と並んで、日本三緞通と称されています。
明治から昭和初期にかけて赤穂の地で盛んに生産されていました。
本展は,平成15年度の『赤穂緞通展』に続く第2弾として開催し、市内に所蔵されている明治から昭和初期に織られたさまざまな文様の赤穂緞通約50点と関連資料を展示します。


    問い合わせ 同館 TEL 0791―42―0520(FAX兼用)

場所などは・・こちら

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2005年10月 3日 (月)

眠れぬ夜のために

寝つきはいいほうだし、眠ったらさいご、ひたすらぐっすり、というタイプなのに、なぜか昨夜は目が覚めてから眠れなくて困った。

季節は秋。しんしんと鳴く虫の音を聞きながら、考えることしかできないから、いろんなことを考えた。

それでも黙って目をつぶっていたら、いろんな夢が降り始めてきた。
うとうとしているうちに夢をみてはふっと目がさめ、これは夢だったと思い、やがてこの夢はずっとむかし見たことがある夢の続きだ、などと思ったりする。
眠っては夢をみて、またさめて、また夢の続きをみて、またさめて・・

これは「病草子」の不眠症の女の図。
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(クリックしたら拡大されます)

・・おおむかしの絵のなかに、自分が描かれている不思議さ。

朝、家族を見送りがてら外に出ると、花がきらきらと露にかがやいている。
夜のうちに時雨が降ったらしい。

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朝、これはお台所の横のお勝手から撮った写真。
・・昨夜のこの霧のせいであんな夜になったんだろうか。

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2005年7月 4日 (月)

不思議ちゃんな歌3 /おたく度チェック

えっと、この前からなぜかしきりに

書(ふみ)の上に寸ばかりなる女(をみな)来てわが読みて行く字の上にゐる 森鴎外

って短歌に心うばわれ、いそいそしてる割にはろくに調べもしないでグータラしてるわけですが・・

なんかこれってもしかして元ネタ?ってのがありました。
17世紀後半に書かれた蒲松齢の中国の短編怪奇小説集『聊斎志異』の【37】愛書狂 です。

玉桂は本が好きで、20才を過ぎても結婚を考えず、本の中から好い人が迎えに来ると考えては暮らしていた。そんなある日、本を開くとそこから美人の描かれたしおりが出てきた。男はそれを眺めているうちに、彼女が話しかけてきた。そして二人は囲碁や将棋をして遊んだが、そのうち両者の間に子供が出来た。うわさを聞いた知事も玉桂の妻を見たいと思ったが、女が恐れて姿を隠したため、知事は怒って男の家の書物を焼き払ってしまった。

「本の中から好い人が迎えに来る」
・・こんなむかしから二次元妄想ヲタクってのはいて、かんがえることっておなじだったのねん。その相手の美人との間に赤ちゃんが、というくだりもなぜかほのぼの (でもどうやって? 

とゆーわけで
●当サイトへのリンクはフリーです。
事前の確認や事後の通知は不要です。
とゆーお言葉に甘えて、「書(ふみ)の上に寸ばかりなる女(をみな)来てわが読みて行く字の上にゐる」な挿絵もお借りします。見えにくかったらポップアップしてください。

ryo37

見えますか? 
ええ、そこ。本の上にゐますよゐます。
わが読みて行く字の上にゐますってば。あはは。
寸ばかりなる、どころか、大きさ的にいえばフィギャーってかんじだけど・・
鴎外んとこにやってくるんだったら、このとおり格調たかげな天女さまスタイルぐらいにしなきゃあ。
いかな妖精さんだってメイド服やら女給服やらおハダカじゃあ、ダメよね (をい
確証はないけど、きっとこんなんが元ネタじゃないかなって思うのよ、うん (ほんまか?

話し戻って・・
ラストの「知事は怒って男の家の書物を焼き払ってしまった。」ですが・・
オタクってのはたいがいものすごい試練に見舞われるものだけど・・
いきなり焚書ですかそーですか。
玉桂くん、泣いただろうなあ。
でもオタクの心情にまるで理解を示さないこの知事の偏狭性も、ある意味、ナイス。
鴎外はというと、玉桂くんみたいにならなくって現実世界でも家庭をもって、出世しまくり文豪の名をほしいままにしまくりで、これまたナイス。

+

あなたのおたく度チェック

質問:自分の趣味、好きなことに一ヶ月の内、どれくらいのお金を費やしますか?

・・短歌の本って高いのよね~。結社やらいろんな会の会費とかもあるし。主婦だし、そこんとここまるのよね。
なんてつぶやきながら、やってみました。

質問【9】 あなたの前をひとりの「おたく」が歩いてきました……
目を合わせないようにする
石を投げる
「同志よ!」と心の中で思う

・・ってゆっかー。
老人大学とかでしてるってひと以外、短歌つくってます♪ってひとじたい、村にはいないしねえ。
あ、それから。ザンネンですけど夏の大会、行けそうにないです。「短歌人」のお友達のみなさん、ごめんね。

自分の好きな話をはじめると止まらない
愛するキャラを自分のデフォルメで書いてばかりいる
脳内が常に愛するキャラに汚染されている

・・?
自分の好きな歌人の話をはじめると止まらない
はともかく・・
愛する歌人の短歌を自分のデフォルメで書いてばかりいる。脳内が常に愛する歌人に汚染されている。
なんか、短歌やってるひとなら当然な気も(^^;)

とゆーことで、わたしの結果。

あなたのおたくタイプは【妄想倒錯型】に分類されました。おたく度数は【120%】ぐらいです。

自分の妄想の世界に没頭する傾向が非常に強いあなたは、まごうことなき「おたく」と言えそうです。
あなたの興味方向はおもに二次元世界に向けられ、特殊な美的センス、特殊な嗜好傾向が既に確立されていることでしょう。
残念ながら重度のおたく症候群を患っているため、現実社会に戻るすべはないのかも知れません。
諦めて、これからも「おたく道」をまっしぐらに歩んでいってください。

あなたにぴったりのおたく称号:おたくの真髄
二次元妄想度  100%
自己顕示創作度  25%
強迫性知識欲望度  59%
客観的冷静度  39%

・・なぜ? 普通に市民生活してるよ、わたし?(笑

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2005年6月23日 (木)

不思議ちゃんな歌 1

夏至のころにはちいさいひとたちがどんじゃらほい♪、なんて前の記事で書いてしまったが・・

書(ふみ)の上に寸ばかりなる女(をみな)来てわが読みて行く字の上にゐる 森鴎外

・・。
・・いくら作者が文豪でもいきなり目の前にこんな歌を置かれると、読者はきっとものすごく困ると思うんだけどな。

どいてください。
はいはい、そんな目で(どんな目だ)こっち見ないで。
だめでしょ。ヘンなことしないの。
この前は着物だった。
その前はメイド服だった。
そして今は・・あぁ。
・・なんてね。

この女(をみな)、なにもの?(←ぢぶんで調べろよ、とツッコミ

中央公論「日本の詩歌」29『短歌集』の冒頭近くにいきなりこんな歌があって、わたしの不勉強と読解力の欠如はさておき(^^;)
この歌を読むたびにこの人のこといろいろ想像して、なんかおかしな気持ちになる。
鴎外といえば正倉院御物拝観のおりの作の
勅封(ちょくふう)の笋(かたんな)の皮切りほどく剪刀(かみそり)の音の寒きあかつき
が有名だけど、わたし的にはこっちの不思議ちゃんな歌の方が好き。
この歌がのってるからこの『短歌集』が好き。
この本をひらくたびにこの歌が読める。だから好き。

写真とる。一つ目小僧こはしちふ。鳩(はと)など出だす。いよよこはしちふ。 森鴎外

これも不思議ちゃん。
っとゆっかー、「こはしちふ」って、なになん?(・・

この本の鴎外担当は佐佐木幸綱だけど・・
わたしがバカなのはわかるけど、ほんとわかりにくいと思うからちゃんと解説とか、書いててよ。

+

シェイクスピアつながりといえば、「十二夜」を原作とした「エピファニー」という作品が宝塚で演じられたとき(1999年宝塚歌劇 星組 バウホール公演)、文士毛利林太郎とその令嬢・毛利鞠、なるそのまんまな名まえで
森鴎外・森茉莉の親子が出てたらしい(わたしは観てない)。
妃里梨江演じた森茉莉の役どころは「十二夜」のオリヴィアで、歌舞伎役者の兄の身代わりになってた男装の少女をそれと知らず一目ぼれしてしまう・・なんて感じだったとか。うはは。『ドッキリチャンネル』の作者たる森茉莉が観たらどう書いただろう。
ちなみにパッパ(鴎外)のお茉莉は大正8年に16歳で結婚して24歳で離婚してる。かっこいいぞ。

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2005年4月28日 (木)

メールを読む女

未曾有の、とされるこのたびの電車事故。
携帯に何度も電話したのに連絡がない。という、憔悴しきった被害者のご家族の方の証言もあれば、
事故現場にはいってみたところ、何人分もの携帯の呼び出し音が鳴り響いていて・・という救急隊員の証言もあり。

「これがあの子が生前のこした最後のメールになってしまった」
そんな言葉とともに画面にうつされた文字列を覗き込んでいる自分がいる。

一瞬のうちに断ち切られるいのちだったとは知らず、どれもさりげない、けれど生き生きとしたひととなりをあらわす文ばかり。
文字ばかりじゃない。
おはよう。ごちそうさま。ありがとう。いってきます。
そんな言葉をのこして逝ってしまったひとたち。
風に輝く若葉の頃の、朝の別れ。
いたましくて仕方がない。

+

「窓辺で手紙を読む若い女」にあなたからの手紙をメールで募集します。
という企画を新聞で見た。

Vermeer

◆賞  品  応募いただいた作品の中から、神戸新聞社で選考の上、優秀作1編に賞金5万円、佳作5編に賞金1万円を贈呈します。
◆締め切り  2005年5月10日(火)
詳しい応募要領は→神戸新聞ここ

いわずとしれたフェルメールの名画に描かれた手紙の内容を推測するというもの。

恋文か。請求書か。子供の成績表か、ダイレクトメール、健康診断の数値、はたまた短歌の添削か(笑
窓辺の女は語らず、数百年の年月をただ、一心不乱に読み続けている。

おまけ。

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「メールを読む女」ホルべイン社ここ
『芸術新潮』1月号 2004年1月1日発行/新潮社に掲載された広告より


名画のパロディといえば、むかし教科書にのってた黒田清輝の「湖畔」に描かれた女の人が持つ団扇に落書きしたこと、あったっけ。それからうしろの湖にネッシー描いたり、泳いでる人を描いてみたり。
あと夢二の「黒船屋」の黒猫を、抱いてる女の人より大きく塗りつぶして描いてみたりとか(ブラック

kohan20

+

書かれた言葉は残る。思いもまた、残る。
思いを伝えることの大切さ。
受け止めることの大切さ。
あらためてそんなことを思ったりした。

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2005年1月24日 (月)

自虐と孤高

自虐こそ終(つい)の文学的動機なるか真夏の犬とヒロシと (藤原龍一郎)「題詠マラソン2004」より

+++

いつも読んでいるサイトさんで爆笑する。

さて、最近久しぶりに尾崎放哉の句を読み返してみた私は、そのトーンがなにかに似ていることに気づいた。

 ヒロシである。

咳をしても一人 ヒロシです。

 おお、なんだかぴったりくる。  「サイコドクター あばれ ぶらり 旅」より 「尾崎です

なるほど~
となると、藤原さんの「自虐こそ終(つい)の文学的動機なるか真夏の犬とヒロシと」と 
「犬よちぎれる程尾をふつてくれる(尾崎放哉)」
が微妙にリンクしてくる気になるのは不思議です♪ (´∇` )

+++

というわけでわたしもマネしてみましたw  テキスト:尾崎放哉選句集 他

烏がだまつてとんで行つた  ヒロシです (@尾崎放哉)
昼ふかぶか木魚ふいてやるはげてゐる  ヒロシです (@尾崎放哉)
妹と夫婦めく秋草  ヒロシです (@尾崎放哉)
酔のさめかけの星が出てゐる  ヒロシです (@尾崎放哉)
すばらしい乳房だ蚊が居る  ヒロシです (@尾崎放哉)
あるものみな着てしまひ風邪ひいてゐる  ヒロシです  ヒロシです ヒロシです (@尾崎放哉)

うう~ん、どうですか?

自虐と孤高は紙一重、ということだろうか。

というサイコドクターさんのコメントは正しいと思いますが(^^

+++

山頭火でもやってみた。 テキスト:ようこそ種田山頭火の世界へ 他

どうしょもないわたしが歩いている  ヒロシです (@山頭火)
波音のお念佛がきこえる ヒロシです (@山頭火)
晴れきった空はふるさと  ヒロシです (@山頭火)
何を求める風の中ゆく ヒロシです (@山頭火)
分け入つても分け入つても青い山 ヒロシです (@山頭火)
けさは猫の食べのこしを食べた ヒロシです (@山頭火)
うしろすがたのしぐれてゆくか ヒロシです (@山頭火)
歩かない日はさみしい ヒロシです (@山頭火)
こんなにうまい水があふれてゐる ヒロシです (@山頭火)
酔いざめの星がまたたく ヒロシです (@山頭火)

・・なんかやっぱり放哉と山頭火とは違うなあ、と、あらためて(^^

+++

おまけ:
てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った。 ヒロシです (@安西冬衛)

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2005年1月22日 (土)

ゴースト/パトレイバー/GHOST IN THE SHELL

柳田国男と津波、のはなしのついでに、やっぱり出たか、津波のあと幽霊話ぞろぞろ。

 

【バンコク藤田悟】スマトラ沖大地震の津波で死者5300人以上の被害が出たタイで、幽霊を題材にしたうわさ話が大流行している。

 トゥクトゥク(座席付きオート三輪)に西洋人観光客を乗せたが、走っている途中に消えてしまった▽救難隊が、「助けて」という苦しそうな声を聞いて辺りを捜索したが、だれも見つからなかった▽プーケット沖を航行していたボートが、海中から誰かに揺さぶられるように揺れた--といったものだ。

 タイでは、「ピー」といわれる精霊信仰があり、幽霊を信じる人も多いため、こうした話がまことしやかに語られる土壌がある。今回のように一時に大量の犠牲者が出たのは第二次大戦以来のことで、人々は大惨事の後日談を幽霊話に託し、精神的ショックを少しでも和らげようとしているようにもうかがえる。

毎日新聞 2005年1月13日


 
「大惨事の後日談を幽霊話に託し、精神的ショックを少しでも和らげようとしている」
こうやって人々はトラウマを共有し、語り合うことで現実を乗り越えようとしているのかもしれない・・

+++

借りてきたDVD「機動警察パトレイバー 劇場版(89年)」「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊(95年)」をたてつづけに見る。押井守祭りのやうw
ものがたりはともにSFだ。しかし、そこにひろがる廃墟のイメージはなになんだろう。
たとえばパトレイバーに描かれる東京の下町、同潤会アパート。攻殻の香港、九龍城。ともに最近急激に姿をかえてしまった都市の、今は亡き巨大廃墟、夢の跡ばかりである。
「海」のほとりに位置する、水の都のものがたり。
迷彩(つまり完全透明人間)が走り回る街・・GHOST IN THE SHELL のなかのGHOST。
水没する塔、入水自殺する人間、潜水するアンドロイド、降り注ぐ雨、水面や朽ちた窓やガラスを通してそそがれる光・・二作を通しくりかえし形を変えて描かれる「水」と「光」にまつわるイメージが、ともに死(と再生)と関連付けられているのが不思議だった。

+++

「あのあたりは80年代の土地狂乱のころ、地上げで壊滅した街の一部でね、その後の国土法の制定や何やらで結局活用されずに、いわば宙に浮いてた土地だったんだそうだ」

「それにしても奇妙な街だなここは。あいつの過去をおっかけてるうちに、何かこう時の流れに取り残されたような、そんな気分になっちまって。ついこの間まで見慣れてた風景があっちで朽ち果てこっちで廃墟になり、ちょっと目を離すときれいさっぱり消えちまってる。それにどんな意味があるのか考えるよりも速くだ」

「ここじゃ過去なんてものには一文の値打ちもないのかも知れんな」

「俺たちがこうして話してるこの場所だって、ちょっと前までは海だったんだぜ。それが数年後には、目の前のこの海に巨大な街がうまれる。でもそれだってあっという間に、一文の値打ちもない過去になるに決まってるんだ。たちのわるい冗談につきあってるようなもんさ。帆場の見せたかったものって、そういうことなのかも知れんな」

(機動警察パトレイバー/全台詞 )より


「わたしは情報の海から発生した生命体だ」
(「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」より)

攻殻の草薙素子さんって、興福寺の阿修羅王に顔がなにげに似てるって、おもったw

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2005年1月 8日 (土)

冬ソナカレンダー

7日朝、七草粥をつくりました。
白いおかゆに青く散る七草に、雪の間から芽吹く春の息吹を感じました。もちろん縁起ものとはいえ雑草がほとんど、ふだんなら見向きもしない青臭いにおいも今日ばかりはありがたく感じます。
このところ胃の調子がわるく、憂鬱だったのでたすかりました。

新春のたのしみはカレンダーです。年末、もらいもののカレンダーをあれこれあつめ、あれはここ、それはあそこ、とふりわけるのもたのしいものです。
いつものお店からいつものカレンダーをもらう。不況のころ、カレンダーどころではないとはおもうのですが、あつかましくてもこればかりはもらうのがたのしみで、お互いなんとか歳がこせた喜びを共有する気持ちになるというものです。
いつもの表紙のつぎの一月をめくると、ぼんやりなわたしの心もどこかひきしまります。このカレンダーはシンプルで字が大きく、それでも旧暦やなんやらものっているというものです。古臭いかんじですが、わたしにはこういうのがあうといまさらながら思いました。いい一年であればいい、と、汚れていない真っ白なカレンダーを壁につるしながら思います。
子供がほんのちいさいころにはさっそくとりついて、あらそうようにして家族の誕生日や記念日なんかを書き込んだものでした。
そんなことをするにはもうみんな大きくなってしまっていて、それでもなんとなくうきうきする気持ちばかりは同じような気がします。

1
というわけで冬のソナタカレンダー。夫が会社にあったのをもらってきました。こんな表紙です・・
写真、下手ですみません。
(ほかの写真ともども、クリックしたら拡大されます。アップにしてもヨンさまって、すてきなんですね・・)

2
1月2月はこんなの。きれいですね~

3
デザインがおしゃれなので、3月4月は今朝咲いた薔薇といっしょに写しました。
よくみえなくってすみません。

子供はこちら。三男はマリオいのちです。おばあちゃんちにあった企業宣伝用のカレンダーをもらってきました。
4
真ん中に「早起きは気持ちいいね!」と書いてあります。

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2005年1月 6日 (木)

「夏目家の食卓」を観て

5日、夏目家の食卓という愉快なドラマを子供たちと見て、いっしょになってわあわあ笑いました。
久世光彦演出のドラマでしたが、とにかく、本当かしらとおもうほど食事の場面が多くて驚きました。ところがそれもほとんどが下品きわまりないのです。夏目漱石とその周囲の食い意地の悪さといったら、食魔というか、爽快というよりおそろしいくらいでした。
たとえば学生時代の漱石は親友の正岡子規といっしょに、畑のスイカを(たぶん盗んで)たべまくります。このとき、赤い汁をぺっぺと吐き散らしながら子規は、医者から余命の宣告をされたことを告白します。
唖然としながらこの場面を観ていて、はじめて合点がいったことがあります。子規が大好きだったらしい「闇汁」です。

参加者がそれぞれに食べ物を持ち寄り、互いに隠して鍋に入れて煮るという闇汁、食べる段になって、何が出てくるんだろうという楽しみがあるらしいですが・・残念ながらわたしはやったことはありません。
でも正岡子規とその仲間たちはこの闇汁に夢中になったらしいのです。たとえば彼らは明治32年に闇汁会を催し、子規はそのようすを「闇汁圖解」という図解入り(ご丁寧なことには猫の席まで書き込んである)のエッセイにまとめ、同年の雑誌「ホトトギス」に発表したそうです。

当夜の具はというと子規は豚、高浜虚子は大福餅、河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)は柚子、坂本四方太は里芋に蓮根、石井露月は南瓜、大谷繞石(じょうせき)は竹輪や蕪(かぶ)を入れた。「闇汁や芋蕪アンド、ソー、フォース」はその日のようすを詠んだ繞石の俳句。英語まで入れて闇汁の弾む気分を伝えているといいますが・・現代人のわれわれからみると、正直いってなんじゃこりゃ、とおもうような、世にも奇怪なレポートです(笑
また虚子も子規が闇汁となるとがぜん張り切ったことを書いてます。

こういうことを知ってもなお、わたしには病の床にあってなお衰えぬ子規の食欲の旺盛さというか、暴食三昧のありさまがどうしても信じられなかったものですが(笑
・・このドラマ、どうせならこんな「闇汁」のありさまなど、映像化してほしかったなあ、とザンネンにおもいました。

ドラマはというと子規は死に、一方で漱石は胃潰瘍になって、それでもご飯に生卵をのせて立ったまま3杯勝手に食べて痛みに悶絶するわ、胃をあたためるために身体にあてた蒟蒻をちぎってたべるわなどのやりたい放題がつづきます。

でも・・そう、なんだか感動まで覚えてきたのは・・
家族そろって食事をする、というあたりまえですが、なかなか現代ではありえない光景だとおもいました。
終盤近く、漱石が死にそうになっても病床から這い出てきて家族の食事風景をながめ、献立(よく覚えてないけど、やきしいたけとホウレンソウのおひたし、子持ち鰈の煮たの、油あげの味噌汁、ぬかづけ・・)に涙するところなど・・
・・深々と胸が熱くなりました。

宮沢りえの清楚なうつくしさ、台所でたちはたらく姿の綺麗さにはおどろきました。
ああいうふうに台所仕事をするのって、いいよね。なんて思いました。
りえちゃん、妊婦姿シーン、「血と骨」さながらの(うそ)DV夫(漱石がっ!)相手の体当たりの格闘シーン、胸元あらわシーン、おひげをつけたり、「たたみほっぺ」をみせてくれたり、大サービスでした。
それでも崩れない品のよさ。さすがです。
意味不明じゃないかとすら思えるような、目をうたがうような豪華共演者ぞろいなのも、見事でした。
いいドラマでした。
夏目房之介が出てくるかな、とおもってましたが、でてきませんでした(笑
(でもさっそく感想がアップされてました。→→こちら)

+++

どうでもいいことですが。
別局では人気の「時空警察」をやってたんです。
うちの子たちは俄然「時空警察」がみたかった。
で、「夏目家の食卓」を「時空警察」のなかのドラマだとおもってみていたらしい。
・・途中で気がついて、逆上してましたが、結局さいごまでこっちを見てました(笑

参考:文人悪食文人暴食

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2004年12月27日 (月)

冬の月

今夜は満月。
源氏物語「総角」に「12月の月」という言葉がでてくる。
それは「世の人のすさまじき事に言ふなる十二月の月夜」というような、てんでつまらない、というような、興ざめなものとされていたようだ。

現代語訳:雪の暗く降り暮らした日、終日物思いをしていた薫は、世人が愛しにくいものに言う十二月の月の冴えてかかった空を、御簾を巻き上げてながめていると、与謝野晶子訳

(原文)雪のかきくらし降る日、ひねもすにながめ暮らして、世の人のすさまじき事に言ふなる十二月の月夜の、曇りなくさし出でたるを、簾捲き上げて見たまへばここ

冴え返って輝く月を見て薫は死んだ女のことを思い返す。

この冬の月だが、光源氏も愛していた。

「春がよくなったり、秋がよくなったり、始終人の好みの変わる中で、私は冬の澄んだ月が雪の上にさした無色の風景が身に沁んで好きに思われる。 そんな時にはこの世界のほかの大世界までが想像されてこれが人間の感じる極致の境だという気もするのに、すさまじいものに冬の月を言ったりする人の浅薄さが思われる(「朝顔」の巻)」与謝野晶子

こんな月の夜、源氏は童女を庭へおろして雪まろげをさせ、愛していた藤壺のことを問わず語りに語りだす。

薫と源氏。宿命の絆で結ばれた、親子。
ふたりにはじっさいの親子関係などないとはいうものの、見るもののないという冬の月を見て物を思うところなど、似ていると思う。

+++

更科日記に、これは冬ではないが、

その十三日の夜、月いみじくくまなくあかきに、みな人もねたる夜中許に、えんにいでゐて、あねなる人、そらをつくづくとながめて、
「たゞいまゆくゑなくとびうせなばいかゞ思べき」ととふに、
なまおそろしとおもへるけしきを見て、こと事にいひなしてわらひなどしてきけば、

というくだりがでてくる。

「今、このまま、わたくしがどこへとも知れず飛び去ってしまったとしたら、あなたはどう思って?」
大昔の王朝の月夜。誰もが寝静まったころに妹である作者に語ったという、姉の言葉。
驚いた作者を見て真意を語らず、なんとなく笑ってごまかしたというが、ごまかしきれるものではない。

結局このおねえさんはほどなく死んでしまうのだが、

・・たゞいまゆくゑなくとびうせなばいかゞ思べき

わたしの好きな言葉である。

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2004年12月24日 (金)

蝋人形とか菊人形とか・・

ニュースから。イブに除幕式。ヨンさまの銅像 

・・先日はマフラーつけたヨンさま像が「似てない」コールにあって設置予定があえなく撤退、製作者は逐電、といううわさをテレビで観たが・・
銅像か。熱海の貫一お宮の像のようになるんだろうか。
参照:挿絵(←かなりひどい・・これって、現代だったら逮捕されっぞって感じ)

起死回生を狙っての?銅像除幕式。無事おえられて、どちらさまにもいいクリスマスになればいいですね・・(*´▽`*)

+++

銅像もいいけど、いつか蝋人形にされそうな予感がするんですけど・・ヨン様。

日本人3人目…あゆ、香港の蝋人形館に殿堂入り

歌手、浜崎あゆみ(26)が16日、(略)香港の「マダム・タッソー蝋人形館」に、音楽の多大なる活躍が認められ、晴れて殿堂入りした。日本人としては政治家の吉田茂、元横綱の千代の富士に続き3人目。

なんだか・・選考の過程というか、基準とか知りたいキモ(笑

そういえば蝋人形館というのがむかし、東京タワーにあったと聞いたことがありますが・・今もあるんでしょうか
ゴジラ映画かなにかで東京タワーが壊される映像をみるたびに思い出すんです、・・壊されたタワーは仕方ないけど・・蝋人形が散乱しているのって、ちょっと見たくないよな、とか(笑

こちらでは、蝋人形制作のオーダーも受け付けてくれるそうです。ご興味のあるかたは、ゼヒ、どぞ →蝋プロ

+++

蝋人形ってギャグでもなきゃあちょっと受け入れられないってかんじですけど、日本でも伝統的に「生き人形」というのがありますよね。
・・夜はちょっと怖いかな系かも、だけど(^^;

はなしかわって。
伝統的といえば菊人形というのもありましたね・・秋には「ひらかた大菊人形」とか、よくCMでありました。
むかし小学生だったとき、いつも秋の遠足でどこかの菊人形展にいったもんでした。
・・なつかしいなあ。いつもちょっとこわかったけど(笑

冬ソナの菊人形って、企画的にどうだろ。
現代モノだからむずかしいってもんでもないとおもうけど
・・白い菊の雪だるまでたわむれるふたりの図、とか・・(ほのぼの?

+++

以下の引用歌は全部高瀬一誌の『レセプション』から

阿波踊りの人形もらいぬ十三人が一様に手をさしのべる
蝋人形館に和泉式部立てば遊女のごとくさしまねくなり
なまぐさきかたちの手をなす仏像はさっきまで何かなしたり
ぼうとしてくればさみしげにも見えるかな西郷隆盛まだ立ちている

高瀬さんの歌を読んでいると、いつもすこし元気をもらう。
31文字のなかに迷宮が構築されていて、それを読み解いているうちに、迷路にはまったような現実も抜け出せるような気持ちになるのかもしれない・・

うつぶせの菊人形を仰むけにさせることだけなのだろうか ←この歌は『スミレ幼稚園』から

+++

追加(12/27):ヨンさまの銅像の画像発見。今回はブーイング、なかったらしい? コチラ

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2004年12月16日 (木)

おそろしい子っ

「わが歌の活字となりし嬉しさよ二度三度と声上げて詠まん」 (岸上大作)

+++

題詠マラソン2004の単行本化にむけて、出場者の方々の原稿発送がはじまったらしく、あちこちで「発送終了」の話を聞く。
わたしは・・まだ(笑

011:犬
ヨーゼフにジョリーにバロン、パトラッシュ・・つまりは「カルピス名犬劇場」

作者だけが「二度三度と声上げて詠まん」って気分になっても、ねえ。
・・気に入ってるけど、活字になったりしたらバカみたいになる歌ってのもあるはずだし。
というわけで、個人的にヒジョーに気に入ってるけどこれはダメでしょ~、っていう没の歌ばっかり、集めてみました (ちなみにわたしは「バロン」が好き。なまえはバロン~、って歌だって歌えるじょ♪

garakame037:愛嬌
おそろしい子だ愛嬌のない子だとののしられつつ褒められてをり
・・「愛嬌」という題でつくって、「愛嬌」で失敗した感じ。
←ちなみに、こんなイメージ

033:半
顔を半分のぞかせ「まあ!」とつぶやきて立ち去る市原悦子のやうに
┬┴┬┴┤_・)ジ~

┬┴┬┴┤彡ササッ

・・「立ち去る」がよくないね。「家政婦は見た!」を見た!って感じに仕上げたかったんですけど、これも失敗。
しかし市原悦子がむかし宮崎駿の初期のアニメ映画「太陽の王子ホルスの大冒険」の美少女ヒルダの声をやってたのって・・つくづくこのひと、魔性だわ(笑

072:海老
女学生は立小便をするなかれ海老茶袴の紐解くなかれ
こんな条例のようなものがむかし、あったと聞いたんですけど・・本当かしら。

063:雷
じゃりん子チエの母と同じテツを踏む今も市川雷蔵が好き
「轍を踏む」とテツをかけてるのが、ひそかにミソ。
ちなみに夫、むかし市川雷蔵に似ているって、本気で思ってたこと、あったんです。

035:二重
そのむかし二重帝国ありしころ風の皇妃は死神を追ひつ
・・短歌人の小池さん、といったら小池光さんだけど、「宝塚の小池さん」こと小池修一郎演出ミュージカル「エリザベート」ね

099:絶唱
春琴抄伊豆の踊り子風立ちぬ潮騒絶唱(順序は不同)
山口百恵尽くし、って感じね。
むかし「潮騒ごっこ」ってやったよ。「その火を飛び越して来い。その火を飛び越してきたら」って言って、焚き火をとびこえるの。
「春琴抄ごっこ」は眼をつぶったまま、手をひいてもらう・・
「伊豆の踊り子ごっこ」は一心不乱に手をふるだけ・・(笑

019:沸
沸きあがりまた沸きあがり一族の読経の声はおそろしきかな
・・これは法事のときのことね。

025:怪談
本当にあつた話と前置きし語れば怪談「嫁と姑」
・・ノーコメントね(笑

041:血
読み札が「血・・!?」のカルタなり復刻版『ベルサイユのばら』その付録なり
これはねえ・・載せたかったですよねえ。
でもこんなののせちゃあ、しかられちゃうよね(笑

ほかにもあるけど・・完全没だわ(自粛

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2004年12月13日 (月)

月光の曲

テレビで「戦場のピアニスト」を観た。

廃墟と化した街や家をさまよう主人公の背後でピアノ曲が流れる場面があった。
心象なのか現実なのかはわからない。だがこういう場面を私は知っている。
解放間近なポーランドではなく、ここ日本の、あの神戸の震災のときのこと。
このはなしは以前別のところでも書いたことがあるのだが・・

母の友人の真珠商のご夫婦のおはなしだ。
神戸の一等地にすばらしいサロンをもっていらして、奥様はピアノが得意で、サロンにはピアノを置き、お客様をお招きしてオペラ歌手と一緒にコンサートをひらいたりなどしていた。
ところがあの震災がすべてを奪ってしまった。
廃墟になってしまったお店にご夫婦で真珠や宝石を探しに行ったとき、夫たるご主人は奥様に、ピアノをひいてほしい、と頼んだそうだ。
サロンの奥は大変な惨状になっており、自分はそれでも行かねばならないにしても、奥様を危険にさらしたくないからで・・
奥様が選んだのが、ベートーベンの「月光の曲」。
真っ暗な中でも弾ける曲だった。
その曲に送られてご主人は危険地帯に入っていったという。

奥様はというと、いいつけのとおり曲を弾きにひいたという。途中自分の身の危険とかはぜんぜん心配しなかったそうだ。
ただ夫の頼みだから・・と一心不乱に弾いていたのだが。
その曲が聞こえている限り奥様は無事で。
その曲が聞こえている限り、真っ暗ななかでもご主人は方向を失わず、迷うことなく捜索に専心できるのだった。

曲はやがておわり・・
ご主人は戻ってこられたそうだ。手には袋いっぱいの貴金属を持って。
・・失ったものの大きさにくらべれば微々たるものにすぎなかっただろうが、かけがえのない大切なお店の品々だった。

+++

このご夫婦は今はもうむかしのご商売はおやめになられて、外国でのボランティア活動にはげんでおられている。
奥様は今もピアノを弾く。
ときには、かえらないむかしの曲を弾くこともあるかもしれない。
思いもよらなかった震災はずいぶんとつらい運命にご夫婦を遭わせたりもしたけれど。
でも今は、遠い国の子供たちのためにピアノを弾いたりお世話をしたりすることが自分の人生の仕事だと思えると言って、明るく笑う奥様だということである。

+++

追加:大震災を忘れないで(動画・音声つき)・・ここ

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2004年12月 8日 (水)

アンティークの箪笥

アンティークの家具なんて、わたしにはめったに買えるものでもないのだけれど、それでも数年前、どうしてもほしくって買ってしまったサイドボードがある。
骨董屋開店当時から置いてた品で・・というものだったらしいが、彫刻が重厚で、その重厚さゆえになかなか売れなかったらしい。
一年ほど通い、悩んだ末に思い切って値切って、売ってもらった。
正面にあるライオンの彫刻が印象的で、「ところで、これ。夜中に吼えない?」と聞いた。
するとオーナーのマダムはひとこと。うちでは吼えてなかったよ、といった。
「でも美頬さんちに行ったら、知らないよ」
買ってから何年もたつが、幸いにも吼えたのをきいたことはない。
にゃ~ん。
とでもいえば面白かろうと思うのだが。

ただこのサイドボード。
ライオンのよこに唐草模様があるんですけど・・
うねうねしているところをつなぐと、Nの字になっていることはわかってたんです。
でも。
買ってからじっと見ていて気がついた・・というか、ぞっとしたんですけど・・
NM・・わたしのイニシャルが浮かび上がってみえたときには・・ちょっとこわかったっす(笑

お店のオーナーさんがよく言うんです。
「あれ、あなたにあの価格で売ったけど、本当はあんなんじゃないのよ。本当はもっと高いのよ」
するとわたし、にっこりわらって返すんです。
ご存じなかったみたいですけど、あれにはわたしのイニシャルがはいってました。買ってはじめて気がついたんです。つまりこれははじめからわたしに買われる運命だったんです。
「・・安くしないとわたしには買えなかったんだから、ね。申し訳なかったんですけど、あきらめてくださいよ」と。
いいわけにもならないおはなしだけれど、幸いにもオーナーさんはしぶしぶながら納得してくれてるみたいで、たすかります~(^^)

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2004年12月 7日 (火)

唇をひらいて/鏡のなかで

もうそろそろ全快になっていてもいいころだと思っていたら、今朝、唇がうまくしまらない。
鏡を見ると、今度は上唇が腫れている。
Yさん相手に原稿の読みあわせをしていて、一部分書き換えることになり、ノートを開いて作業をしているうちに、唇をさわるかしてしまい、カブレが出たのかもしれない。

若い愛人の永井ふさ子に、こんど写真をうつすときは唇を開かないでください、ということを書いたのは斉藤茂吉だった。
(正確に引用すると、「唇は今度からは結んで下さい」(永井ふさ子「斉藤茂吉・愛の手紙」より))

・・わたしはというと唇がうまくしまらないので、鼻呼吸ができず口呼吸オンリー。のどがかわく。

+++

とはいえ、そろそろお昼をすぎるころになるとずいぶん調子もよくなってので、車をだしたついでにドライブをたのしむことにする。
お天気は悪かったけれど冬の野山の紅葉はまだまだうつくしく、そのすばらしさに息を呑む。
いつもの骨董屋さんにご到着・・というのは電話で呼び出されていたからで。
「美頬さん好みの鏡を仕入れたから、遊びにおいで」
はいはい、行きます。行きますとも。発疹出てても行かずにはおれませ~ん。
・・というわけで「こんにちは~」のご挨拶もそこそこに店内一直線。
「ぶぶぶぶぶ」
見た瞬間が、この奇声。
そんなに古くない、1920年代ごろから30年のころかな、イギリス製(オーナー談)。鏡もきれいだし、周囲の仕上げも枠の唐草模様の彫刻も丁寧。
あ。もうだめ。猫にまたたび。ドラキュラの前にトマトジュース、やおい好き腐女子の前に美少年・・って感じ(さいごのたとえ、悪すぎ)。
「これ、じつは、コンテナ運送の壊れ物で・・彫刻のここが壊れてるでしょ。だから・・」
お値段を聞いて仰天。安すぎ。即買い決定。値切りなし。
最近災難がつづいてたし・・これで厄が落とせたらというわけでもないけど、
「鏡に幽霊さんが勝手に映ってたら返品ね?」
と約束して、購入。

車でもって帰り、といわれて、車を店まで運び、オーナーのダンナさんに搬出してもらったときに、悲劇発生。
「ぼきっ!」
・・枠の一部が、折れた。
ボーゼン(T◇T)

半泣きになっているとオーナーのママさんが恐縮して出てこられ、お値段、ひきます、とおっしゃってくださる。
ありがとうございます。家に帰って自分で修繕します。大切にします。とお礼を言って?、帰宅。
家ではお姑さんは来客中で、お舅さんも庭にも玄関にもいなくって、ラッキー。
誰にも見咎められず搬入終了。パチパチパチ。

+++

・・明日には顔の腫れもひいていたらいいのになあ。
せっかく買った鏡にいい顔でうつれよ、わたし。

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2004年11月22日 (月)

赤穂に行ったよ

昨日日曜日、夫と『赤穂市立田淵記念館』にいく。江戸時代から当地で塩田や回船業でさかえた田淵家の、おもに茶道具を主とし展示する施設。今回は赤穂地方で焼かれたという「雲火焼」の創始者・大嶋黄谷の作品の展示を見る。
白地や黒地などに赤、黒、白 などの窯変文様が美しい、夕焼けの空を思わせる雲火焼きはながく陶土不明、焼成方法不明の幻の焼き物とされてきたが、最近は復元もすすみ、作家さんによる新作も発表されているという・・
学芸員さんがご挨拶にみえて、こんどまた赤穂で織られた段通、「赤穂段通」についての展示をすると教えていただく。
段通が赤穂でも織られていたというのはあまりよく知られていないことだが、むかし赤穂は堺、鍋島にならぶ段通の産地として知られていた。明治~昭和にかけて塩田の人夫の妻や娘が織ったものらしく、素材は木綿が多く、主に輸出用として一時はたいそうさかえたという。
段通としてどのようなレベルになるのかはしらないが、アール・デコの時代特有のモダンな意匠やデザインが茶人の間などでももてはやされ、大切にされていたという。こんなの
それでもむかしは結構安価でバザールのようなところで出されていたこともあり、うちも汚いぼろぼろのがあるが、この前の台風で避難勧告がでたとき、まずこれらを巻き上げて二階に避難させたものだった。
この段通のことで頭がいっぱいで忘れていたが、
そ~いや~、雲火焼も、あったっけ。すっかりわすれてたよ~
うち、床下浸水だったけど、知らないで水に漬けちまうとこだった~。わっはっは。
ま。漬かっても、洗えばいっか~
というわけで、学芸員さん真っ青。
いや~、漬からなくってよかった(^^

そういえば・・
NHKの朝ドラの『わかば』の藤倉邸のどこかに敷かれていた段通、赤穂段通のような気がするんだけど・・
「利剣」という柄だと思うんだけど ・・
どうなんざんしょ???
他局だけど、お宝鑑定団の出張鑑定・解説、してもらいたいもんです。
(※ほかの段通はしらないが赤穂段通には図柄に名前がついている。学芸員さんがつけることもあり、所有者がつけることもある)

そのあと田淵家の庭園見学ツアー。
NHK『元禄繚乱』のロケにもつかわれたという広壮な豪商の、意匠をこらした庭園をあちこち案内してもらう。
明るい秋の海が遠くに見えるありさまはまさに絶景。安寿と厨子王の土地ではないが、瀬戸内の塩田産業つうのんは、富の集中というか、まっことすんばらしいもんじゃったんじゃろう、と納得。
お庭の見学料は900円もしたけど(^^;)、天気はいいし眺めもいいし、なんだかすっごくたのしかった。

+++

ここに来てゐることを知る者もなし雨の赤穂ににはとり三羽  永井陽子『小さなヴァイオリンが欲しくて』

この一首。いつか短歌人会の夏期大会で、『塔』の永田和宏が講演したとき・・なんともいえないさびしさがある歌というような紹介をされていた。
昨日赤穂に行ったのはこの歌に出会いたいがためで・・
だが当日はこのうえない晴天で、しかもにわとり三羽にもあえなかったが・・
いつかこのにわとり探訪の旅をしたいと思っている。
(誰です。美頬だったら「にわとりサンバ」だ、なんて言って笑っているひとは

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2004年11月14日 (日)

豚を抱くアリス

放置してぜんぜん更新してない本家HPのトップ絵をかえました・・
先月に続いて「アリス」です。

alice-rackham-pigbaby

←Rackham, Arthur. London: William Heinemann, 1907.  「ラッカム」ですね。




アリスはいろいろ描かれていますが・・この豚を抱くアリスの絵、大好きです。

pig
←よく見かけるアリスの絵はこちらですね。ジョン・テニエルです。



pigbaby
色を塗ったのもあります。→
これも好き。

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2004年10月31日 (日)

「わかば」の藤倉邸に、萌える

NHKの連ドラ「わかば」、ときどき観てます。
わかばが下宿している神戸の北野の洋館、藤倉さんち、ってのに興味があるんです。
洋館といえば異人館、異人館といえばシャアブ邸(萌黄の家)・・というわけで、わかばの藤倉邸に、萌えてます。

神戸、歴史のある古い洋館、アンティーク家具にかこまれてのお茶、上品で親切なひとびと・・なんて、ありえなさ100%のこんなシチュエーションは、花咲く少女にとっては(無言・・) 永遠のあこがれです。
下宿代、いくらでしょう。
・・こんなすてきな家、家族をすてて わたしも下宿したいです

神戸のひとはみんなほんまにこんな暮らし、しとんのか?
こんなええ家住んどきながら、なんで下宿屋、しとんねん。
・・なんで綾戸智絵が下宿しとんねん! しかも名前をかえてるし!(あたりまえ

・・つっこみどころがたくさんありそうな藤倉邸です。

+++

むかし神戸にはこの北野以外にも、たくさん異人館がありました。
JR須磨から舞子、垂水周辺のJR沿線から山手、ジェームズ山のあたりをみあげれば、むかしはふるい、そういう異人館を見ることができました。
すてきだなあ、なんて、神戸に住んでいた高校生だったころ、よく思ったものです。
地震でずいぶん、なくなったようです。
かなしくてたまりません。

+++

藤倉邸セット紹介  ここ

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2004年10月 4日 (月)

百人一首歌人アニメ 1

任天堂が歌人アニメ制作をはっぴょう。

へええ、と思っていたところが、内実はまだよくわからないようだ。各メディア記事を読み合わせてみると、あくまで任天堂からの正式な発表ではなく、百人一首文化財団 に私財10数億円を寄付した、任天堂のえらいさんの個人的な発言ということになるのだろうか。
それにしても「経営会議が決めること」という段階での発言のこの影響力、ただものではない。

N-Style さんはこのあたりを分析してこのようにまとめている。
共同通信社によると、アニメは百人一首の歌人を題材にするとしているが、日経新聞は自社のゲームキャラクターを題材にするとしている。電撃オンラインではアニメの題材は百人一首であり、それをゲームと連動する考えがあるとしている。ヤケに具体的な割には記述が伝聞になっている。電撃オンラインの情報ソースの不明さを差し引いたとしても、こうした発言のブレが山内氏のスタンドプレイである可能性を高めている。それに、文化系の記者の多い今回の会見場では踏み込んだ質問が無く、たいした発言が出なかったのではないだろうか。また、山内氏の発言が曲解されている可能性も高い。

なおこちらでは、
仮に任天堂がアニメ業界に進出するとなると、小田部羊一氏がプロジェクトの中心になるのではないだろうか。
という言及もされており・・

なるほど、小田部羊一か。わたしは「太陽の王子 ホルスの大冒険」を子供の頃に観てひどく感動したもんです (年齢がわかるなあ/笑 ちなみに高畑勲や宮崎駿らもスタッフです・・
たとえば大人気アニメの「ポケモン」は小学館プロダクションの作品で・・、ということは外部発注もあるということか? (ジブリなんかも、意外でいいかも?

Modern Syntax さんによると・・
トレーティングカード・ビジネスはまさにお札を刷っているような事業なので、百人一首という著作権の切れたやつを今のテイストでリメイクしてトレーディングカードとGameBoyファミリを中心にマルチ展開していけばなんかおもしろそうなの作れそうですね。
とのこと。
・・ゲーム界のことはよくわかりませんけど・・なるほど、いいかも。

「GENJIのパクリ」「田代が監督」「アニメ『お伽草子』みたいなのにすんのか?」
「どうせなら野球界に参入表明してほしかった・・・」「こんな困惑はFFムービー以来」
「小野小町の濡れ場ありで」
という声もあり・・(笑

わたしとしては、「中大兄皇子の野望」にはじまる崇徳院や後鳥羽院、順徳院などの濃いキャラと、
業平、小町、和泉式部 などの萌え系?恋愛キャラ、
紀貫之、紫式部、定家などの文化人キャラと、
まあ、なんでもそろっていることでもあり・・
たとえば・・
小野篁は『陰陽師』もびっくりのもののけ系だし (しかも「おにいちゃん」と「妹」がらみだったりする・・
西行法師の若いころは微妙に武将系・・
式子内親王なんか、少女時代、ばっちり巫女さん系、してるし・・(しかもプリンセス・・笑

シリーズ化もオッケー。世界に通用できる、いいアニメになるとおもいますけどねえ・・(笑

時雨殿といえば時雨亭。時雨亭といえば冷泉家。それでもって、道浦母都子。ここ
『無援の叙情』の道浦母都子もいいけど・・実現するならもっと若い歌人に監修してもらいたい気も・・(だからといって、「紫式部賞」の俵万智ってかんじでも・・笑

あ・・
なんとか、マウスとかも動き出しました。溜まっているメールとか、ぼちぼち返しますので、すみません。


なぜか「 歌人アニメ2 」もあります・・

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2004年8月29日 (日)

ペンキぬりたて

朝はやく、7時半から小学校で奉仕活動。ことしはペンキ塗りが担当。フェンスなどを塗る。子供を学校などにやっていると、めったにしないことをさせてもらえるものである。
おしゃべりしながらペンキを塗る。蛙がやってきて、フェンスにとまっている。追いやっても逃げない。
塗りたての方に跳んでしまい、ぺたり、とばかりペンキまみれになったりもする。

芥川龍之介の句に
青蛙おのれもペンキぬりたてか     
というのがある。

前述のサイトさんには、
 大正八年三月。「ホトトギス」雑詠二句の一句。薄田淳介に「左記の句得意なのだがどうでせう」とあり。その他二、三人に同種の言辞が見える。友人がルナール『博物誌』に「とかげ、ペンキ塗りたてご用心」があると指摘したら即座にだから「おのれも」としてあると答えたと言う。
(蛙・夏)

わたしは今まで、この句を、青蛙の、いかにもペンキで塗ったような色艶をよんだものかと思っていたが、ペンキまみれになってしまった蛙を見ていて、
「おのれもペンキ塗りたてか」
と思って、かわいそうにも、おかしく思ってしまったのであった。

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母の空

好きな歌を愛唱しているうちに、ふと混乱してくることがある。あの歌のあの部分はどういう言葉だったか。忘れてしまう折々、勝手な歌になってしまうのはどうしようもないことだろう。

年をへて 花の鏡と なる(  )は 散りかかるをや 曇ると言ふらむ 伊勢

たとえばこの歌。わからないまま思い出そうとしていて、あるとき、「空」というのは適切ではないだろうかと思った。
(年をへて花の鏡となる空は散りかかるをや曇ると言ふらむ) 風にのって流れていく花に、空の鏡も曇るだろう・・

だがただしいのは「空」ではない。「水」である。

年をへて 花の鏡と なる( 水 )は 散りかかるをや 曇ると言ふらむ 伊勢

このごろ、空を仰ぐことが多い。仰ぐ自分に気づいてはっとすることがある。( こちら )
夏から秋にかけての空の色は特別なものがあるだろうが、空になにがあるというわけでもなく、誰かが降りてくるというわけでもない。だが気がつけばいつも空の向こうを覗き込んでいる。

18: 母はまた空を見ているかえれない思い出ばかり映すかがみを  清水幸多

今回の「短歌人」のインターネット歌会には参加できなかった。御題「家族」というのはわたしの得意分野だと思っていたのだが、どうにもできなかったのだ。そのかわりたくさんのいい歌に出合えた。下手な歌をださなくて良かったとも思えた。
この歌。母はまた空を見ている。空はしろい雲をひろげ、星を含み、季節とともに色をかえる。そして見る人の心に、もどらぬむかしを映しだす。
無用心に覗き込めば、水の鏡のように、思い出はいたずらに人の心を波たたせる。
平易な言葉で語られるが、けっしてそれだけではないと思われる「母」の過去、そしてその内面を思いやる家族。
母の歴史はまたその家族の歴史でもあるのだろう。
・・せつなくもうつくしい歌である。

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2004年8月24日 (火)

京都に行ったよ

わたしは普段はしずかなところで暮らしているので、たまに都会にいくと自分のなかの許容範囲が越えるというか、だからそんなことがあっても日記にはなかなかすぐには書けなくて、しばらくしてからアップするということになるようだ。

この土曜日、短歌の結社「塔」の大会が宝ヶ池プリンスホテルであるというので、京都に行った。会員、来客、スタッフなど総勢1500人というが、メンバー・人数ともに壮観としかいいようはなく、ホールに立っているだけで大変なものであった。
天野祐吉の講演、茂山千之丞の狂言、短歌を歌うこころみ、あわせて馬場あき子×茂山千之丞の対談・・
あげるだけですごいものがあるが、これだけのプログラムだというのに整然と進行していき、それをささえるだけの「塔」の人材の層のあつさを思った。

天野祐吉の講演
活字と音声ということについてあらためて考えさせられた。たとえば江戸の風鈴と南部鉄の風鈴のたてる音が、おなじリーン!といったものでも違うように、「金魚~え、きんぎょ~」の呼び声を活字化しても、その感動はなかなかつたわりにくいものがある。同じように、活字にすることによってうしなわれた感じ方や文化というものがあるのではないか。
活字文化が主流の現代。音、そして声による語りというものにともに耳を傾けながら、ひとときさわやかな風をたのしむような講演だった。ときおりはさまれた天野氏による落語が絶品だった。

短歌を歌うこころみ
一時期「朗読」が流行したが・・
ギターの演奏で歌手による「歌」というのはまたおもしろいものがあった。
[きみに逢う以前の僕に逢いたくて海へのバスに揺られていたり(永田和宏)]
の末尾の「~たり」というのが、バスに乗ったり、アイスをたべたりジュースを飲んだりしながら・・というような意味に聞こえ、仰天。
あたらしい発見があった。

馬場あき子×茂山千之丞の対談
これはもう、能と狂言のオタク対談というか・・
伝統を打破しようとした前衛の旗手たちこそが、むしろ古典を題材に作品を作っていったことなど、興味ふかかった。
ただ、このごろは子供たちにも狂言は人気があって、「~でおじゃる」なんていうのは、抵抗感、ないんですね。「『おじゃる丸』の影響でしょうね」あっはっは、とのくだりでおじゃるが・・
むしろ野村萬斎/野村万作がサイケな格好で狂言を演じる「日本語であそぼ」の人気によるのではないかしらん、・・などとまろは突っ込みをいれたくなったのでおじゃった・・(しかしこのDVD、すごすぎ。靱猿(うつぼざる)、猿聟(さるむこ)、蝸牛、蟹山伏・・こんなのを現代の子供らはよろこんで観るわけだ。とはいえ、同じ番組だというのにコニーちゃんこと小錦と巻をわけているのは、なぜ?)

ひさしぶりに一生懸命になってはなしを聞いていたので、知恵熱がでそうになった。
短歌人の人たちに会えたし、斉藤さんにコーヒーをごちそうになり、うれしかった。
たのしい一日だった。

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2004年8月15日 (日)

家族旅行の思い出

小学校5年生の夏、出張中の父を迎えがてら東京見物をしようということになった。何日もまえからあたらしい服を用意したりして、その日を待ち、母とわたしと弟と三人で、朝早く大喜びで出かけた。新幹線にはじめて乗って、おのぼりさん大炸裂で、おおはしゃぎだった。
東京駅に着き、母は父に電話をした。到着したから迎えに来て、というようなことをたぶん言ったのだと思う。ふと見ていると電話口の母の様子がどうも変である。「どうしたん?」 と真っ青になっている母にたずねると、どうしよう、日にちを一日間違えていたと言う。父と待ち合わせしていたのは本当は明日で、一日はやくきてしまったのだ。だから今夜は泊まるところがない、と母は泣かんばかりの様子でわたしに言った。
変だなあというのは以前から感じていたことだった。東京に迎えに行くからと父と何度も約束した日にちがいつかはやくなってしまっており、早くなるほうがこちらとしては楽しいから気にしなかったが、つまりこういうことか。合点したものの、母は父にひどく叱られてパニックになってしまっており、これからどうしようかと小学生のわたしにすがりついてくる始末。わたしはというと、こうなりゃあいちにち得したわけだから、と大喜びで、お気楽なものだった。「お母さんががたがた言っても仕方ないでしょう? 旅館のことはお父さんがきっとなんとかしてくれるから、連絡を待って、とにかく今からはとバスにのりましょう!」、などと、すっかりその場を仕切っていた。

昼間、上野のあたりをまわった。そのあと国立科学博物館に行ったのだと思う。いちど行きたいとおもっていたのでうれしくてたまらず、熱心に展示物を見てまわっていた。そんなわたしにどうして興味をもったのか、職員らしきひとがひとり、とても親切に声をかけてくれ面倒をみてくれた。そのひとは、途中呼び出しがあってもすぐに戻ってきて、わたしを見つけるとすごくうれしそうに(駆け寄るように)やって来て、引き続いてまたなんやかやと世話をしてくれた。夏休みなのでほかにも見学者はいたのに、そのひとはなぜかわたしひとりの貸切状態になっていた。わたしはただ、立派なおとなの男のひとがきちんとわたしの話や質問を聞いて説明してくれるのがうれしくて、ひたすらよろこんでいたが、母はというとすっかり意気投合してできあがってしまっているわたしたちの姿にだんだん不安を感じ始めてきたらしい。ぼんやり者の母でも困った、と思うほどだったというから相当だったというのだろうか。そのまま放っておいてくれればよかったものの、用事があるからといそいでわたしの手を引き、そのまま館から出てしまったという。
どのような人だったのだろうか。とても親切でいいひとだったのに、帰るときにきちんとお礼とか言えただろうか。
もっといろいろ聞きたいことはあったのに。
・・今も気に病んでいる。
でも、そのときのたのしかった思い出のおかげで、今も博物館とかは大好きである。

その夜、どんなところで泊まったのかはさだかではないが・・
父の手配で用意された宿は、どうみてもいいところとはいえず、ふすまいちまい隔てた(ということは相部屋だったのか?)あちらがわでお酒でものんでいるのか、わあわあ大騒ぎをしているのがうるさく、心細かった。
父はむしろ社内外交にたけた人だったらしく、若い頃家をたてたとき、「競馬と麻雀で『ばくち御殿』をたてた」と同僚たちに言われている、と自慢していたぐらいだったが、妻子の予定外の急な上京に宿をさがすも万策つき、たぶんいつも麻雀をやっているようななじみのところに頼み込んで、わたしたちを押し込んだのではないかと思う。もちろんあまりいい場所ではなく、子供心に、ヤバそう・・と思ったことを覚えている。母はどう思っていただろうか。でも、子供むけの『東海道中膝栗毛』などを読んでいたわたしは、となりの上品らしからぬ大騒ぎを聞きながら、これも旅と言うものだ、などと思ったりもして、いた。


えっと。
このたびの旅行のことは明日アップします。
舞鶴から天橋立にいってきました~
楽しかったです~☆

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2004年8月 2日 (月)

真夏の夜のケータイ短歌

7月31日(土)の夜、お皿を洗いながらテレビ東京系の『美の巨人たち』を見る。今週は「土門拳」。すこしむかしの日本の暮らし、そして子供たち。社会福祉など行き届いていなかった時代の不安と、絶望的な暮らし。けれど子供たちには夢があり、信じられる未来があった・・

いつものことながらいいものを見た、という満足感とともにNHKをふとみると『眠れない夜はケータイ短歌 - 貴方の歌が番組を作る』NHK教育とNHK-FM同時放送(当日22時~24時)をやっている。岡田斗司夫、枡野浩一、ふかわりょうなどの顔ぶれに、おお、これが評判の『ケータイ短歌』か、と思う。
「日常の言葉で紡ぐ若者たちの世界 」だなんて、きっとサムイ短歌もどきの百鬼夜行だろう、真夏の夜の怪談ばなし、最後まで見ていられるものかどうか肝試しのノリで見てみるのもいいではないか、と思って見ることにする(すみません)

だがこれが案外おもしろかった。なにげなく、自分の言葉で気負わずさらりと現代の生活や思いを詠みあげた投稿歌のみずみずしさ、新鮮さに目が覚めるおもいがした。
でも・・土門拳の写真の世界とはあまりにもちがいすぎる。『美の巨人たち』で見たばかりの、言葉なく写真の向こうから語りかけ迫ってくる人々の姿と、それは全然違うものがあった。

お題が三つ出ていた。
「夏の夜」「お弁当」「ハダカ」。これらを「携帯電話やパソコンで短歌募集中です」というわけ。
付け句というのもあった。それが少々難問。下の句<夏のせいにはしないでおこう>に合う上の句をつくる、というのだ。
実際、むずかしいらしく、出張野外スタジオのようなところで拉致?するようにつれてきた若いもんのつくった句を見て・・あまりいいとは思えなかったのか、「意図がつうじているのかっ!」と本部スタジオが切れかかるような手に汗握る不穏な展開もあり、おかしかった。だいたい夏の夜、お台場に遊びに来る連中をつかまえて「夏のせいにはしないでおこう」もないだろうと思う。「夏のせいだとしてしまおうか/夏のせいだと言い訳をする」的無責任な句ならきっといい句も出ただろうに、なぜこんな、「~のせいにはしない」なんて、てんで今の若者らしくない教訓くさい?、まっとうすぎるのを選んだんだろう。
それはともかく、このコーナーではあんまりいい歌があがってこないのにスタジオが苦悩・苦悶する様がやけにおかしかった。

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「嘘を詠むなら全くない事、とてつもなき嘘を詠むべし、しからざればありのままに正直に詠むがよろしく候。雀が舌を剪られたとか、狸が婆に化けたなどの嘘は面白く候。」
~正岡子規「五たび歌よみに与ふる書」

ダイソーで100円で買った「正岡子規」だが、このところここのくだりがやけに気になる。
ええ、特に「雀が舌を剪られたとか、狸が婆に化けたなどの嘘は面白く候」がいいなあ、と。
「日常の言葉で紡ぐ若者たちの世界 」にこんな嘘は入り込めないと思う。
なぜなら「日常の言葉」は日常などを「ありのままに正直に」あらわすのにはいいけれど、「とてつもなき嘘」は無理かもしれないから。
でもきっと、次世代ケータイ短歌をつくるひとたちはしなやかに、軽々といろんな無理を乗り越えて、短歌をつくりつづけるだろう。
そんなことを思った。

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『ケータイ短歌』秋の番組の感想もアップしました  ここ

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