出産・育児

育児

2007年5月14日 (月)

親学/愛の悩み

昨日は母の日だったが・・

4月25日に政府の教育再生会議(野依良治座長)で、子育ての指針といわれる「親学(おやがく)」に関する緊急提言の概要がまとまるも、結局速攻でお流れになっちゃったわけだが。

提言の内容、なるほどいいことばっかりなのね。
でも
「教育なんたら委員会でいってたこともできないの? んまぁ~~!! 最低の親ね!!」
とかお姑さんとかにお上から言われたりしたらぜったい耐えられない、ってことばかり。
それのせいかしら。このイラストのおかあさんの表情、暗すぎw

20070510

・・私自身テレビ漬けだったし母乳も足りなかったらしいしテレビの主題歌が子守歌だったし抱きしめられたりほめられたりしたおぼえもあんまりないし、だいいいち自尊心なんてもたないほうが美徳って育てられ方だった。
うそはダメ、って項目もあるけど、それで押さえつけるというかがんじがらめにするってのはアレだし、許容量ゼロの、生きるのがつらくなるような正直さって、ダメでしょ?

だからわたしってダメ人間なんだって親のせいにしちゃいけないのはわかってるけど。
極論、自分の親ってばつまり親学落第者だったんかい。親学落第者の失敗作が自分なんかい。失敗作のわたしに子育てなんかできない。こんなの息がつまる、子供産まない→少子化加速。ってスパイラル決定。

かの子かの子(以上傍点)はや泣きやめて淋しげに添ひ臥す雛に子守歌せよ 岡本かの子『愛のなやみ』

・・子育て真っ最中でいっぱいいっぱいだったころ、ナルシズム全開みたようなこの歌に救われた。
親だって泣いてもいい。淋しくってもいいんだ。
自分にむかって子守歌を歌うってのも、あってもいい。
この短歌にうたわれている親子は抱き合ってはいない。
だいたい親鳥は「雛」を抱くことはできない。
でも、それでもいいんだ。

もう見られない!?「親学」提言のポイント(毎日新聞)
(1)子守歌を聞かせ、母乳で育児
(2)授乳中はテレビをつけない。5歳から子どもにテレビ、ビデオを長時間見せない
(3)早寝早起き朝ごはんの励行
(4)PTAに父親も参加。子どもと対話し教科書にも目を通す
(5)インターネットや携帯電話で有害サイトへの接続を制限する「フィルタリング」の実施
(6)企業は授乳休憩で母親を守る
(7)親子でテレビではなく演劇などの芸術を鑑賞
(8)乳幼児健診などに合わせて自治体が「親学」講座を実施
(9)遊び場確保に道路を一時開放
(10)幼児段階であいさつなど基本の徳目、思春期前までに社会性を持つ徳目を習得させる
(11)思春期からは自尊心が低下しないよう努める

・・(11)の自尊心の扱いはなかなかナイスだとおもうけど、
自尊心ってのが根拠のない変な愛国心やらナショナリズムに応用されないかどうか。いえちょっとした老婆心。
「ウソはだめ」ってのも国家に言われれば、そこはかとなく行く先某相互監視国家のにおひがする気がするのは何故。

だいたいケータイやらインターネットが「世界中の悪と直接つながる」だなんて、どこの秘密結社「鷹の爪」なん?(マイナーすぎ

| | コメント (2) | トラックバック (3)

2006年11月 4日 (土)

演劇部とかババールとか

昨日は次男の高校の吹奏楽部の合同発表会のようなものがあり、その出番が午前と夕方の二回もあるってんで内心ヒーだが、きてくれなきゃぐれたるぞゴラァ、って言われたんで行かねばならず・・・

演奏はさておき(笑

・・会場にはホールがいくつかあり、もうひとつの方が気になって・・というのはこちらは演劇部の発表会だったから。

うららかな文化の日。出番を待ち、大道具小道具をまわりに置いた芝生の上なんかで立ったり座ったりしながら女の子たちが台詞の読みあわせをしている。

そんなのがいくつかあって、ちょいちょい覗いてまわった。

・・いい劇でありますように。劇が、成功しますように。
なんて思いながら。

朝日新聞の土曜日に連載してる「ベルばらkids」って謎の四こまマンガ。
原作ではあれよあれよという間に登場人物ほとんど全員が不幸になったり死んだり殺されたりするってのに、
なんかいつまでもまったりと平和的に話がすすんでるのはなんなのか。
即急に連載終了となるかとおもってたのに^^;、なんか単行本まで出ちゃってるし ここ、案外人気あるんかな。
まあ、これが見たさに新聞を朝日にかえたワタシもわたしだが。事実あほみたいにお便り投稿とかもしちゃってるし ここ

・・舞台は宮廷。やさしい王様にお妃さまに子供たち。おめつけのじいやら護衛の兵隊やなんやかや・・
ってところではたと気がついた。

ベルばらkidsてば、まんま、ぞうのババールじゃん!!

どうみてもヴェルサイユ宮殿を模しているとしかおもえんお城に住んでるババールの国に不穏な革命なんか起こらず、恒久の平和がいつまでも続くように・・

ベルばらkidsの世界にもいつまでも平和が続きますように(祈

ちなみに前掲リンク「ババール」の訳者「やがわすみこ」ってばもしかしたら本物の矢川澄子?

だとしたらすごい大物が背景にいたんだな、ババール(爆

と思えば、おおむかし子供に読んだ絵本「ももたろう」の題字になにげなく「安永蕗子」って名前を見つけて思い切りのけぞったってのも、今はむかしの物語。

街上にさるびあ赤きひとところ処刑のごとき広場見えゐる 安永蕗子

・・あ。ベルばらの残酷シーンばっかりのラスト周辺、じゃないんですけどね、って歌?(違

藍はわが想ひの潮(うしほ)さしのぼる月中の藍とふべくもなし 安永蕗子

| | コメント (2)

2006年11月 1日 (水)

仮装

ハロウィンで騒いだ、って世代ではないので興味なかったんだけど・・

今日は教会で死者のためのミサがある、って子供が言ってたので、ああそんな時期なんだな、と。

先週、スーパーでお買い物袋に荷物を入れてる間、お隣にいた小学生とその友人のお母さん風のひととの会話、とりとめなく聞いてると・・

今夜子ども会でハロウィンするよ。盛り上がるからおいでよ、と。

仮装とかするんかいな、と思ってたら「ドラキュラとか、みんな気合入れて用意してるよ」。

「おばちゃんちは?」と子供。
「鬼」

ゑ? 鬼?

「必死になって用意したんやけどなあ、おばちゃんちの子供、嫌や、言いよるねん。
こんな格好、絶対ならへん。服ぬがへん、って」
ワガママやろ、って。

・・あのう。
鬼で鬼の面かぶって戸口に立ってたらそりゃ、お菓子のかわりにお豆さん、投げられますがな。
お菓子がなければお豆を食べればいいのよ、って(違

・・なんて思いつつ愉快な気持ちで家路につく。

とはいえ。
なんか違う路線っていうなら、
・・そう、サンタとかもいいかも。
いつもはあげる役。今日はもらう役、って。
与えるばかりじゃ愛も疲れるのよ、ってv

家に帰って子供に
「仮装するならどんな格好がいい?」
と聞く。

次男は超人ハルク、らしい。ほかの子たちにはまだ聞いてないv

かくれんぼいつの日も鬼にされてゐる母はせつなきとことはの鬼 稲葉京子『柊の門』

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2006年9月 8日 (金)

自転車

長男が生まれたときに奮発して買った自転車がパンクして乗らなくなってから数年・・
それを今日、思い立って修繕した。
前に後ろに子供たちを振り分けてがしがし漕いで買い物に行ったのもなつかしい思い出。
三人の子供たちはだんだん大きくなって三輪車やら自分用の自転車やらを使うようになり・・
この自転車+チビ自転車三台で走り回ったのもなつかしい思い出 (迷惑走行
・・後ろの荷台にある子供を入れとくおおきな籠も要らなくなったんだけど、なにかと便利だし、第一これがないと関西のおばちゃんって感じがしないのよねw

夕方もこれで買い物にいく。日中はあついけれど夕方になるとめっきり涼しい今日このごろ。
なんだか気持ちがいいのでめいっぱいお転婆な気分になってつい、赤信号になってた横断歩道を突っ切ってみると・・

折りから通りがかった学生たちがこっちをチラ見してなんか言ってる。

・・ち。赤信号なのに突っ切ってきたぜ。だからおばちゃんってのは・・

かと思ってちょっと恥ずかしく、顔もあげられないでいると・・

なんたる偶然、うちの次男と三男だった。

「おかあさん。自転車修繕したんか」
・・というわけで昔のように親子三台でびゅんびゅん、並んで走ることになる (迷惑走行

+

自転車漕ぎながら学校帰りの次男、どっかで買ったアイスクリームをぺろぺろ舐めてる。
と思ったら三男がすぅっと自転車を幅寄せにして、手を伸ばしアイスを受け取り、
「歯をたてんなよ。舐めるだけやぞ」
なんて言われてる。
お行儀悪いと叱ってもへっちゃらなもんで、そんなふうにふたりして道中ずっと、アイスを手渡ししあってる・・

+

そんなこんなで、街中とはいえどところどころ野辺の風情の残る道を、子供たちの後ろをついて走ってった。
若かったころ、子供たちを待って加減して漕いでた昔ではなく、わたしが全力で走ってももう全然追いつかない・・
そしてマンションに着くころにはもうすっかり置いてけぼりで、
「グズ!」
とかののしられながら、それでもエレベーターでずっと待っててくれてた子供たち。

エレベーターのなかで、おなかがよほどすいてるのか袋をしきりに覗いてくるが、おやつのたぐいは今日はなにも買ってなくってちょっぴりかわいそうだった。

おしまい。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年4月 6日 (木)

兄弟ゲンカ

・・兄弟ゲンカというものは激しいものだとわかってはいたけれど。

先日、うちの三兄弟引き連れて自転車を買いに行ったら、お店になぜか年齢も同じ程度の、こちらはばっちりガタイ系、しかも全員おそろいの丸刈(マルガリータ)兄弟が仲良く自転車を見てるの。
小学生ぐらいから高校生ぐらいまで大中小、みな顔が同じ。年齢のちがう三つ子のようでそろいもそろって筋骨隆々、そのからだをこれ以上鍛えてどうしようというのか、お互い筋肉ほめあいながらさわりあったり、兄ちゃんがダンベルがわりに弟を腕にひっかけて筋肉盛り上げたり・・
「視線あわせれたら、勇者」
うちの連中をけしかけてやったんですけどね。あはは、負け犬って、今は女の子をいうらしいですけど、ほんと、尻尾がまるまってるってるって感じで、位負け(笑

さてそういう火花散る?邂逅?が引き金になったのか・・
先日のうちの負け犬三兄弟の下ふたり。ひ弱兄弟なりに喧嘩もするってもんで、わあわあやってるからそろそろ仲裁、もとい怒鳴り込みにいかなければ、と部屋をのぞいてみたところ妙に静かで。
おおお、感心カンシン。仲直りしたのかいと思っていたところが剣豪の果し合いよろしくダンビラ様のものをてんでにもって間合いを詰めているといった風情。
見てさすがに絶句。末っ子の手には凶器ならぬ、なぜかフスマが。
思わず絶叫、その瞬間緊張がやぶれ一瞬、フスマが宙を切り、ずばっと地が割け・・いや、タタミが裂け・・

・・まあ、半狂乱になって叱りましたけどね。
でもなんというか、男の子の親ですからね、なにがあっても驚かないよう心がけてましたけどね。
亀田三兄弟に及びはつかなくってもね、さすがかさ高い年齢になってきたらということですね。
・・フスマは無事でしたけれどね。タタミは・・
出世払いでいつかはきっと、ぱきっと弁償させますけどね。
あーあ・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月 7日 (火)

試食

近所の山のなかに不釣合いなほど巨大なスーパーができ、里の子供らはみなそぞめきたってる最中、さすが人間通な学校の先生からお達しが。

今日開店したスーパーには立ち寄らないように。どうしても用事のある子だけ保護者同伴でいくことを、許します。こっそり行ったって、先生方が見回りにいきますから、絶対に見つかりますよ。見つけたら、叱りますからね。

鬼や~と怒っていた末っ子だが・・

開店初土曜日につれてったらなるほど、どこから来たのといいたくなるほど、品物といい人出といい、田舎の子にとっては夢のパラダイス・・
試食したい。というのをダメダメ、と叱ってやめさせていたが・・
友人はっけん。ふたりで連れ立って競うように食べまくり・・
まさに入れ食い状態。ここは無料バイキングか。
と言う感じで・・

案の定、夕方体調不良に苦しみましたとさ。
あはは。バカじゃん。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年2月20日 (月)

幼稚園児の引率

幼稚園児の送迎にまつわる滋賀県の殺人事件についてだが・・

幼稚園ママのおつきあいのむづかしさというのはわたしもわかっているつもりだ。
送迎、お食事会、お誕生日会、クリスマス会・・
「お母さんがたが仲良くなってください。そうすれば子供たちも仲良くなります」
PTAの会合で学校や幼稚園はいつもそういっていた。
でもわたしはいつもはみだしっこだったし、先生方がそういうときの表情のうっとりした感じがいつも嫌であんまりだと思ったので一度手を上げて、
「それはうそです。母親たちと子供たちの世界とはまったく別です。
子供の世界のトラブルの原因を親の責任にしないでください」
と満座で発言して思いっきり嫌がられたことがあった。
でもわたしの周囲の親たちは、みんなそうだそうだといい、そんなところにも学校と親の間の溝を感じたりしたものだったが・・

特に送迎。
うちの子たちが幼稚園児だったころ、集団登園で、うちの家の前に集まって並んで歩いていった。
地区ごとにお母さんがひとりついていくのだが、いたずらざかり・やんちゃざかりの年齢で、不肖わたくしも引率しててほとほと困り果てることが多々、あった。
あるとき、目の前でよその地区の子供がひとり、消えた。
・・褪せdrfgtyふじこ!?
春まだ遠い昼さがり、超常現象には慣れているつもりだが(うそ)無視できない、というわけで自分の地区の子供たち、ならびによちよち歩きの三男をほっといてあわてて駆けつけた。
通園路脇に大きな溝があり、消えた子供はそこにはまり込んであがれず、泣いていた。その地区の引率係のひとは事件に気づかずそのままドンドン進んでいくし、わたしはわたしで自分の地区の子供たちはわあわあ騒ぎまくるし三男は泣くし・・パニックになりそうになった。
ともあれ三男に事故がないようしっかりした子に世話をたのみ自分の地区の子供を落ち着かせ、元気モンでもいたら降りて助けに行かせようとしたが二次遭難になってもこまるし・・わたしがえいっと溝に降りて、その子を助けた、って顛末だったが。
・・引率のおかあさんは特にナンということもなく、あ。どうも。って感じで列と率いてまた行ってしまい・・
なにがあったんだろう。って・・
呆然とした(笑

そのとき思ったこと。
・・送迎のさい、なにかあったらその責任は誰が負うのか。

もちろん気はつけているつもりでも、なにかが起こるということはある。
そのおかあさんもうっかりというわけではなく、自分ちのちいさい子を連れていて、それに手をとられていた・・といえればいえた。それはもちろんわたしもいっしょだったから責めるつもりはなかった。だが。
いつかは自分にも降りかかるかもしれない災難・・責任は引率係にあるというのは当然だろうが・・でも負いかねる責任ということもある。
自分の子はともかく、よその子の責任も負わされて、それが当番制の引率だといえばそれまで。
でもそれでいいのか。

たとえば当時送迎の際はそれに専念して、ちいさな弟や妹は連れて行かないように、という決まり、があった。
そのとおりだろう。それができれば万々歳だ。
でもそんなこと、できるはずがない。現にわたしもその決まりを平気で破っていた。
溝に子供がおちた事件後、まだ若かったわたしは園長先生のところにいき、引率の決まりには見直すことがいろいろあり、現実にあわない、と言った。
たとえばちいさい子をお留守番させるのは子供が嫌がるし、心配で引率に専念できません・・
なら、誰かにみてもらってください。決まりですから、と園長先生は言った。
「誰が見てくれるっていうんですか・・朝の登園時間って忙しいときに。ややこしい盛りの、小さい子を」とわたし。
「お姑さんかご近所の方に」と先生。
「そんなの、預けられないって思う人もいると思います」 
お姑さんにみてもらう? はっはっはっ。何いってんだか、であった。
でも先生は「それはお母さんの問題です。近所や親戚といい関係を築いて、みんなで子育てすることが大切です」と言った。
それは正論だった。そして正論ほど強く、不毛なものはない。
「・・無理な人もいます。だいいいち、幼稚園になんで姑との関係やご近所つきあいについて云々されなきゃなんないんですか」
なんだか低レベルな(笑)平行線のやりとりが続き、ふと思い立ってわたしは園長先生に尋ねてみた。
「失礼ですが、先生のお子さんは、こんなときはどなたがご覧になってらっしゃいましたか」
実母です、と先生は言った。
先生はずっと信頼できるご実家のバックアップをうけてこられ、それでこそ仕事に専念もでき、ドンドン出世もなさって、地域の幼児教育の中心的人物になってこられたってものだったんだろうが、
・・「だめだこりゃ」とそのときわたしは思ったものだった・・。

滋賀の事件。加害者の鄭容疑者は引率について、個人引率にしてほしい、ということを以前、幼稚園側に言っていたという。
でもその願いはかなえられなかったという・・。
むかしむかしそういえば、世間にうといわたしでも茫然となるようなすごい、強烈な幼稚園ママどうしのいざこざがあり、
「あのひとが引率当番のときは、怖い」
自分の子がなにをされるか心配、なんていうことを真剣に言いつのるような人もいて、仰天しながらも、どっちもどっち、なんて引き気味で思ったこともあったりしたが。
子供が幼稚園のころといえばただでさえ親どうし、母性本能丸出し・本音むき出しの付き合いになってしまう時期。
・・昔にくらべ子供も大人も世界が複雑になってしまっているのに。
集団登園がいいというひともいれば、個人送迎がいいと思う人もいるはずなのに、なぜ選べなかったんだろう。
幼稚園のこうあれかし、という硬直した態度は地域の、そして保護者側の受け入れ態勢をも硬直させる。
・・もっと柔軟な応対ができなかったものなのか。
心が痛む。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2006年1月12日 (木)

さ・な・ぎ

秋からこっちの静かなマイブームというと、うちのガレージの壁に住み着いてる?、なにかの蝶の蛹の観察といったところだろう。
ここはむかしよく蛹が実った壁で^^;、観察といったってなにかできるというものでもないから、ただ単に見守っているだけなのだが。
・・最初に見つけたのは夏が終わった頃。すぐに羽化するだろうと思っていたのに、冬篭りに突入してしまった。

Dscf0692

蟲めづる姫のおはなしではないけれど、この家にやってきた始めの頃、同じことをしていたことがある。ちっさな男の子の母親は時折変なことをさせられるというもので、子供たちがとってきて籠にいれたっきり、そのまま興味をなくしてしまった蛹を、わたしだけは楽しみに見守っていた。
蛹さんがはやくきれいな蝶になりますように。
蝶になったら籠から外にだしてやろう。
それはとてもたのしい一瞬にちがいない。
・・なれない田舎ぐらしと同居生活に鬱々としてすごしていた、まだ若かったわたしの、それはささやかな楽しみというより、日々の祈りのようなものだった・・
だが日々の祈りの結果は衝撃的だった。数週間後のある朝、いつものように籠を覗いたわたしは仰天した。籠にいたのは蝶ではなく・・ハチだったのだ!
ある種のハチが蝶の蛹に寄生することは知っていた。だが・・よりにもよって、自分が世話していた蛹にそんな災難がふりかかろうとは!
呆然としながらもハチは逃がしたが・・
待って待ってその挙句、結局羽化できず蝶になれなかった蛹に、自分の行方をついかさねてしまったのは・・
いかにも不吉なことであった・・^^;

それから数年後、子供たちが小学校にあがり、その夏休みの宿題に、青虫の観察、というのをやったことがある。
次男の小学校入学記念に植えたレモンにとりついていた青虫を、卵の段階でとってきて、育て、蛹にして羽化させる・・というイージーなシロモノ。
今度こそは寄生ハチにやられないぞ、と必死に育てた。
とはいえ一生懸命育てた青虫君が急死して大泣きしたり、かわりにとってきた青虫くんが蛹になってくれたのはいいけれど、羽化したのは宿題を提出したあとだったり・・
いろいろあったけど、手伝ってて楽しかったなー。
めでたく羽化したアゲハ蝶を逃がしてやったときは、万感胸にせまったっけ^^
そんな苦労の甲斐あって?なんだかなにかの賞をもらってどっかで展示してもらったのも楽しい思い出。
でもそれ以来レモンについた青虫のたぐいは駆除できなくなってしまったってオマケもついて、レモンの木の近くのこの壁は一時、うじゃうじゃ蛹だらけになったりもしたっけ^^
でもそのレモンの木もなぜか昨年春にお姑さんとお舅さんにあっさり伐られてしまい^^;、そういうわけで壁は静かになり、わたしのひそかな楽しみ(祈り)の機会もなくなってしまったってもんだったが。

ひさしぶりに見たこの蛹、近辺に餌になる木のたぐいはないので、どこからやってきたのかわからない。
これもちょっと、謎。
・・きれいな蝶になってほしーなー。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年4月25日 (月)

誕生日/ケータイ短歌

お引越しするかもしれなくって、だからもしかしたらお別れ会になってしまうかもしれないお誕生会だったってことだったのですが・・

23日(土)は三男のお誕生日で・・
遊びにきた子は6人。
クラッカーを持ってきてくれた子がいたので、みんなでばんばん鳴らして・・
古い花火があったので火をつけて遊んだり・・
ドッチボールもやっていました。古いボールを使ったので、あまり跳ねず勝手に飛んでいくこともなくって、よかったようです。

さいごに写真をとりました。
壁にずらっとならんで、いい顔してくれました。

そういえば毎年イチゴが苦手だからといってケーキを食べない子が二人ほどいて、毎年それをわすれてイチゴケーキを用意し、困ってしまっていたんですけど、今年はそのふたり、
「イチゴ、だれか食べてくれ~」
といってイチゴをだれぞに食べてもらうと、きちんと残ったケーキ、食べてくれました。
今年はケーキ、たべれたね、といいながら、なんだかうれしくって涙ぐんでしまいそうになりました。

きてくれたお礼に定規セットと箸箱をあげました。
学校給食のない地域ですので、お弁当グッズは必要不可欠なのです。定規セットも、男の子はよく失くすってもんだから助かるだろうということで、みんな喜んでくれたみたいでした・・

家に帰る時刻、見送りに自転車を置いてるところまでいくと、ケースいっぱいにカードを持ってきた子もいて・・
いっしょに遊ぼうと思ってもってきてくれたんだなあ、と・・
野球のミットを持ってきた子がいて、キャッチボールをしよう、なんて思ってくれてたんだな、って思うと、胸がキュン、ってなってしまいました。

プレゼントにいただいたのも、シャーペンとか下敷きとか消しゴムとか修正テープとか・・
実用的な学用品ばかりで、男の子ってもののシンプルさを知ったってわけですが。
これらを使うたび、友人たちのことおもいだすだろうな、とも思った次第。

みんなみんな、ありがとう。
ずっとずっと、忘れないよ。

+

月夜の夜道を歩いて駅までいって。
途中のお稲荷さんで肝試しとかして。
一番上の兄ちゃんたら参道をひとりで行って鈴をならしてきたりして。

・・電車にのって駅でパパと合流。
お誕生日のお祝いに中華料理をいただいた。
帰りの車の中でNHKラジオ第一をさがし、「ケータイ短歌」を聞いた。
ケータイも不通の人里はなれた山の中の道を、アンテナ立てて聞き耳たてて苦労して拝聴。
「短歌人」の斉藤斎藤さんて、とてもやさしい、よく通った落ち着いた声とはなしをするんだなあ、とうっとり聞き入ってしまう。
ふかわりょうの「抱かれてもいい」発言に、笑う。
斎藤さんの朗読を聞きながら中学三年の次男が「滅入りそうな短歌ばっかりだ」という。
・・それはほっといて(^^;)
「加護亜依と愛し合ってもかまわない私にはその価値があるから」が聞けて最高! おもわず唱和してしまう。

関係ないかもしれないけど、今はロレアルのCMは「あなたにその価値があるから」になっているようです。
(「あなたにその価値があるから」って、川原亜矢子が言ってるCM→ここ)

これも「短歌人」の渡英子さんご出演の「短歌スペシャル」は観れなかったが・・斎藤さんの声が聞けてよかった。
でもやっぱり渡さんのご活躍、どうしても観たかった。ザンネン。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年4月22日 (金)

ケーキ・ケーキ・ケーキ!

あしたは三男のお誕生日。
お誕生日会をしたいと彼は言う。
友人呼んで、ケーキを食べて。
けれどもお部屋はダンボールだらけ。

こんなに長引く予定ではなかった。
本当だったら今頃あたらしいお部屋に友達呼んで、いっしょに遊んだり案内したりする予定だった。
お引越し計画はもつれにもつれ、泥沼化。
家は今、段ボールばかりだけれどそれでもいいのか?ときいたら、いい、という。
引越しの予定が見えないことで一番苦労しているのはたぶん、この三男だと思う。
兄ちゃんふたりは転校しなくてもいいけれど、この子だけは友人たちと別れなければいけない。

ごめんね、といつも謝っている。
いいよ、といってくれる小学校6年生。

むかし、お誕生日会に招く友人の数が多すぎて(彼は友人が多い)、家に入りきらず日をかえて二日間にわたってお祝い、したことがあった。
今年は何人よぶの?
とんでもない人数だったらどうしようと内心びくびく、でも名前を聞いて納得。
精鋭というか、どれもかけがえのない親友ばかり。
わたしも気をつかわなくていい連中ぞろい(笑

ケーキ、どうしよう、ということになった。
毎年お誕生日にはケーキをつくる。
だからケーキをつくる道具だけはまだ荷造りしてなかったけど、とても使う気分にはなれない。

ケーキをつくる手順を思いながらげんなりしていて気がついた。
ああそうだ。こどもがいるからこそ、こんな道具だって使っている。
ひとりだったらさっさと逃げたりしていたことだってあっただろうに。
かっかとくることがあってもお米といで晩御飯つくらなきゃなんないし、ご飯のあとはお皿をあらわなきゃなんない。
おなかがいっぱいになったらハラのたつ気分だってちっとはおさまってくるし、
ひぇ~、この修羅場、子供には見せられないよ~ん、っておもえば怒鳴り声もちいさくもなるし(え?)、冷静にもなってくる。

そんな毎日のくりかえし。
ちょっとへこむことがあったって、放り出してしまいたいとおもうことがあったって、子供たちがいるからこそ、なんとか道を踏み外さないようにがんばろうと思ってこれた。

だとしたら。
わたしが子供を育てたのでもなんでもなくて。
子供がわたしを守ってくれたんだ。
・・そう、思った。

あしたお祝いしようね、と約束した。
残念だけど今年はケーキ、つくらない。
かわりにおおきなケーキ、買ってこよう。
友人を呼んで。
ああ、ありがとう、生まれてくれて。
そういうお祝いをしたいとおもった。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧