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2005年7月15日 (金)

世紀末のばら?

<愛>といふ嫌ひな文字が多すぎて宝塚歌劇のパンフレット閉づ 大村陽子

(ちょっと暴走気味です^^;)

韓国で宝塚がベルばらを上演するそーな。
2005年だっていうのに、すでに世紀末のよーな気がするのはなぜ?(笑

宝塚歌劇、初の韓国公演──11月、国交正常化40周年で   宝塚歌劇団(兵庫県宝塚市)は14日、初の韓国公演を11月に行うと発表した。日韓国交正常化40周年の記念イベントで、韓国観光公社が主催する。

 公演は11月11―13日の予定で、ソウルの慶熙大学にあるホール「平和の殿堂」で3回公演する。男役トップスター湖月わたるさんら、星組のメンバーが参加。歌劇団の人気作の1つ「ベルサイユのばら」と、ショーの2部構成でステージを披露する。

 宝塚歌劇団の韓国公演は、自民、公明両党の参院議員らが提案。日韓議員連盟が中心になって準備を進め、韓国政府からの招待も取り付けた。歌劇団は「記念すべき年に、文化交流使節としての大役を担うことは誠に光栄なこと」とのコメントを出した。(共同)【2005年7月14日】
ここ

・・国際交流使節はいいけど、ベルばらといえば植田・谷って最凶コンビのすべりまくりのあの脚本・演出ってパターンでしょ?
日本でだったら仕方ない。ヅカファンは寛容だし、ベルばらファンだって「これはもう別物だからいちいち怒っててもしょーがない・・」とあきらめの境地で、ほとんど怖いもの見たさのつもりで覚悟して観にいくんだから。
でも海外は別。国辱モノにならないかどうか、心配。

でもこのはなし、突然でもなんでもなく、先月から報道されてた。

宝塚歌劇の韓国公演、竹島・靖国で暗礁に 準備が進まず

・・日韓の国会議員らが公演を働きかけた。 演目は「ベルサイユのばら」を検討。日韓の歴史に直接関係がないフランス革命が舞台で、池田理代子さんの漫画が韓国でも人気を博したため、受け入れられやすいと判断  朝日新聞 - 2005年6月18日 (元の記事は削除)

なーんて報道に純粋に仰天したものだが。
竹島・靖国、ついでに教科書問題ははさておき、7月14日なんてオスカルの命日をねらったように発表までして、なにがなんでも韓国でベルばらを上演せねばってやむにやまれぬ感じが匂うんですけど日韓議員連盟。
そーいえば参議院の公明党の松あきらって宝塚現役時代フェルゼンやってたね。但馬久美なんかアンドレしてたし。
・・わたしとしては扇千影のマリア・テレジアなんかいいと思うな (なにがいいたいんだ・・
 
それはさておきベルばらが検討された理由ってのが、
「日韓の歴史に直接関係がないフランス革命が舞台で、池田理代子さんの漫画が韓国でも人気を博したため、受け入れられやすいと判断 (6/18)」ってことだけど・・

「日韓の歴史に直接関係がないフランス革命が舞台で」、というあたりにちょっと笑わせられる。
韓国で上演されるんだったら韓国が舞台の演目だってありそうだし、朝鮮半島が舞台の「わが愛は山の彼方に」とかそっちのほうが適切とちゃうん、と思ったりもするけど、それはそれで「違うダロ~」って感じで舞台に抗議されても困るし。
まあ、ベルばらってもともと歴史設定めちゃくちゃだし、荒唐無稽なだけのただの恋愛劇だけど、フランス政府は絶対に抗議なんかしてこないしいいじゃんってことか。

・・それはさておきこの情勢、反日運動の標的にでもなったらどうするんだ、なんて思ってしまうが・・
あ、そーか。オスカル役が子守唄うたってデモ隊を手なずけるんだな。
それともマリー・アントワネット役が「みなさん・・なにも心配はしなくてもいいのです」って大見得を切るか。
(ここんとこ、舞台を観た人でないとわからんはなしでスマソ

・・ちなみに上演されるもうひとつの演目のショーは「ソウル・オブ・シバ」だとか。
「ソウル」がらみか(マジ

「朝鮮日報」 でも「3000人以上の日本人観光客が訪韓すると予想されている」ここ
と報道してるというから、たいした歓迎ぶりということだろうが・・
わたしもさっそくその3000分のイチになることをダンナにおねだりして、即却下されたのでありました(自爆

これまたなんだか素朴に仰天。
べるばらカード
あの名作「ベルサイユのばら」がクレジットカードになります。これからショッピングはいつもオスカルと一緒!

・・ですか。
原作ではたしか、マリー・アントワネットの見境なしの浪費に対して批判的で、自分はというと無駄遣いをしないためお財布に1リーブルも持ち歩かず、アンドレからお金を借りたりしてるほどの倹約家だったオスカルに、カードでなにを買うお供をさせよというのか。
あ、そうか。「カードでお買い物なんか、おやめください」って言いたいのにいえないから、唇に薔薇をくわえてるのか。かわいそうなオスカル/爆

・・すみません。壊れ気味です(平伏

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2005年5月11日 (水)

PTA

長男の学校の保護者会。
旧年度のお役としてささやかなお世話をさせていただいていたが、こういうことは心底向いてないので苦痛なだけの一年だった。でもようやく今日をもってお役ごめんとなる。
昨年、じゃんけんをしては負け、阿弥陀くじをひいては負けてこの役につくことになり、わたしにはできない、と涙ぐんでしまったほどのトフォフォさん。
でもどうにもならず、帰りの電車はショックで乗り間違え、知らない駅で降りて「ここはどこ」状態になってしまったほどだった。
ながく家庭にいて、でもPTAの役についたとたん生まれ変わったように活躍をはじめる人も多いだろうに、わたしはいつまでたっても前向きになんか考えられず、愚図で要領が悪いままだった。扱いかね、周囲のかたがたも正直困ったもんだと戸惑われたと思う。
とはいえ支えてもらいながら月日はすぎさり、無事引き継ぎ終了。
うれしくてたまらない。ワインでもあけて祝いたいところだが、そうはいかない夜なべ仕事がひとつ、待っている。

PTAの句なんぞないだろうと思って検索してみたら、あった。ここ

初午やPTAの襷掛け 田中啓介
鷭の江をわたりPTAへ行く 木村蕪城

鷭〈ばん〉ってなんだろう、と思ってしらべてみる。鳥だったのでおどろく。 ここ
鷭は肉が美味な猟鳥だそうで、利根川あたりにたくさんいたようである、とのこと。ふーん。ここ
それにしても鷭の江をわたりPTAへ行く、ってどういう意味があるんだろう。
めだかの学校ならぬ鷭のPTAという意味か。たぶん違うと思う。

この下郎、お黙りゃ、などと叫びたいがPTAは歌会よりこはくて--  拙歌

これは過去、いろんなPTAの集まりにいったことがあるが、
わたししぬかとおもたあるね
な雰囲気になったある会合でのこと。
さすがにあんな体験はその年度のみだったが・・
これが保護者としてはじめてのPTA体験だったようなもので、
やべー。こわすぎ。
以降しっかりトラウマ?となってしまったというわけ。
不思議だが、学校により、また学年により、さまざまな雰囲気になるのがPTAというものだろうが。
終わりよければすべてよし、なもんである。

帰りが遅くなったが、三男の塾の世話は長男がしてくれていたらしい。駅まで自転車の後ろにのせて漕いでつれてってくれたという。
昨日もPTAがらみの会があり、今日も明日もPTAがある。こんどは次男。連日の外出はさすがに疲れる。
というわけで今日はカレーを用意してでかけたが、あしたの晩御飯はおでんの予定。
はやく落ち着きたい。

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2004年12月25日 (土)

ウクライナの招き猫で選挙

23日にも書いたうわさのウクライナ選挙に関するポスターの画像発見。
まさに猫の手も借りたいというところ、という感じか。
kok097-1
「僕は公正な選挙に賛成。君は?」とウクライナ語で書かれているんだとか。
それで「?」とあるんですね。
・・「あかるい選挙」というようなポスターであるわりには背景が真っ暗なのが謎というか、招き猫の手つきをウクライナ人がどう解釈するんだろーかとか、そもそもこの猫がミケ(三毛)なのかニケ(二毛)なのか、勝利を意味するなら「サラトガのニケ」のニケだろうが関係ないだろーな、などつっこみどころ、満載(笑

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2004年7月22日 (木)

すべての道は・・

夏休みがはじまり、朝早く寝ぼけ眼の三男がラジオ体操に出かけていく。
こんなに暑い頃とはいえ、朝の道はやはり涼しく、稲の葉さきにたまる露などもうつくしい。
数年前、時代錯誤ともいわれ、子供が巻き込まれた犯罪などもあったことから、早朝のラジオ体操を廃止しようという動きもあったと聞くが、今年も続いている。
私自身ラジオ体操は無意味だと思うし、面倒なだけだとは思うが、無意味で面倒だからといって廃止することはないと思う。
草深い田舎の小道をぬけ、勢いよく水が流れる堰のかたわらをはしり、ひとり、ふたりと、首にリボンでカードをさげた子供たちがあつまる。
遊ぶ約束をしたり、噂話をしたりする公園の横の畑には玉蜀黍がみのり、道の傍らには夏の花が咲いているだろう。
大人には夏休みなどないが、とはいえ、そんな光景をおもうだけで自分たちの子供時代を思い出し、心が楽しくなってくる。

道といえば阪神淡路大震災のとき、神戸の実家の母のところに駆けつけた際、ようやくの思いで這いあがった高速道路には係りの人もおらず、フリーウェイはまったくのところフリー(無料)な道路になってしまっていたのはいいけれど、路面がぼこぼこで、幅1メートルぐらいのぼっこりあいた穴の上をジャンプして飛ぶというような、無謀な経験をしたものだ・・

高速道路を飛行機が滑走路代わりにつかうというのは、物語や映画でありそうなことだが、事実ドイツのアウトバーンはそういう目的でつくられたともいう。
そんなことは知識として知ってはいたが、台湾では実際、発着演習につかわれたというニュースに暗い思いがした。
空軍基地が破壊された場合を想定、高速道路での演習は二十五年ぶり。というニュースは ここ

台湾の高速道路には、戦時に使用できるよう中央分離帯が取り外せる幅約四十メートルの区間が各地に設定されている。(略)基地のような誘導システムがなく、目視飛行となるため、難度が非常に高い。
のだそうだ。 日本では道路族の暗躍がささやかれるが、道路に対する気合というか心構えそのものが違うことにおどろかされる。 いまさらながら思い知らされるが・・世界はまだ平和ではないのだ。

このたび新潟・福井をおそった水害で道路が寸断され、ライフラインの脆弱さというものが露呈された。
知人宅も心配だ。
戦争はともかく、地震や水害というような天災という有事にも、日本の道路は想定されてつくられていたかどうか。
ラジオ体操にいく子供たちが、寝ぼけ眼で自転車をこいでいても大丈夫なような、平和な時代の安心な道路がいちばんなのはもちろんではあるが・・

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