短歌・俳句

2009年10月 7日 (水)

夢前川

・・明日台風で警報がでそうで、10月8日に来る18号台風って・・

「みほお@仮名 さんはどうするの? びゅん、って簡単に来れそうだけど」って職場で簡単に言われてるわたしは魔女か。

警報出たら来れませんね。川沿いの道を通りますから。
メリー・ポピンズのように傘でびゅん、って来れたらいいんですけどねと真剣に思う。

ともあれ警報出たらどのルートで職場に行こう。

というか、いま三男が修学旅行に行ってるんだけど、たしか長男の修学旅行のときも留守を狙うように台風が来たんだよね。
・・呪われてるのはうちの家族か学校か。

でもってどのルートが安全か職場のご近所さんで小会議。基本死んでも職場へ行こうとしていましたってのが美談な職場なもんだから。やれやれ。

でもって夢前(ゆめさき)川って名前ゆかしき川添いの道をとおってわたしはいま職場に行ってるんだけど、

・・夢前川に流されたなら、オフィーリアのように花を数えておりますると伝えてください、って誰に(謎

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渡れどもぬるとはなくにわが見つる夢前川をたれに語らむ 壬生忠見 忠見集

朝に夕に夢前川を渡りつつわれはいづこへ行くを夢みる みほ

夢前の川を流れるオフィーリアのやうに花など数へてをりたし みほ

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2009年9月28日 (月)

水の女

彦根に行ってびつくりしたこと。
現在、姫路城がおひざ元に住まいしておりますが、播州皿屋敷で有名なお菊さんの伝説がこちらにもあったということ。
しかも割れたお皿も現存してるとか・・どっちが本当?

と思ってたら実はこの怪談、日本全国にあるらしい・・知らなかった!!

皿屋敷(さらやしき)は、お菊という女性の亡霊が皿を数える怪談話の総称。

播州(現・兵庫県)姫路市が舞台の『播州皿屋敷』(ばんしゅう-)、江戸番町が舞台の『番町皿屋敷』(ばんちょう-、ばんまち-)が広く知られる。他に北は岩手県滝沢村・江刺市、南は鹿児島県南さつま市まで[1]日本各地において類似の話が残っている。ここ

もしかしたら皿の数より多いんじゃないの?>お菊さん伝説

・・彦根のお城と姫路のお城の井戸は実はつながっている!
それどころかいろんなところの井戸はすべてつながっている!
とかだったら違和感ないんですけどね、怪談の増殖も。

どーでもいーけど帰宅後子供らと緊急家族会議になり、
お城って抜け穴があって当たり前じゃん。その秘密を隠すための偽装だよ。幽霊だのたたりだのいうはなしがあったら誰も近寄らないだろ? 幽霊はでまかせ、実はお菊さんに井戸を守ってもらってるんだよ。
って結論に。ほー。

多摩川にさらす手作りさらさらになにぞこの子のここだ愛(かな)しき 万葉集巻14-3373 作者未詳

さら=皿ということで(殴


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2009年9月23日 (水)

水の器

・・先日、古いマンションで浴室の鍵が開かなくなってしまい、閉じ込められてしまったタワシ、ならぬワタシ。

ドアの取っ手を外しても駄目で、夫に119出動要請を真剣にお願いする。
夫、わたしの必死の要請を無視。一時間ばかりの格闘後、ガラスのドアを「バールのようなもの」で叩き割って妻を救出、ってなんという脱出イリュージョン。

残念ながら妻は全裸じゃなかったです、ってこんなこと平気で書くから変なコメントが来るんだけど。

ガラスはテーブル用の古いビニールクロスで応急措置。

あー。
浴室のリフォームが真剣に取り組めそうで、ちょっとばかりうれしかったりする、って冗談だけどね。

で、あれから何週間もたってるけど、まだリフォームに取り組んでない。

ビニールクロスのドアもそろそろ涼しすぎるようになってきたからなんとかしなきゃならないんだけど・・

浴槽っておおきな水の器だよね、って思っていると、そーいえばむかし「砂の器」ってあったなぁ、と。
ドラマ版ではドリカムが主題歌、歌ってたっけ。

たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏(くら)き器を近江と言へり 河野裕子『桜森』

近江こと琵琶湖が水の器ならば砂の器はどこだろ。

・・ということでシルバーゐークの旅行は滋賀県に行ってきました。
旅行記はまた後日。


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2009年8月17日 (月)

バールのような、もの

崩落にめげず、夜行バスで東京にいく!って次男の思いつめ方が尋常でなく、なんなんだと思いながらも駅まで送ってやろうかとひょいと見ると、リュックの口からコミケの案内の分厚い冊子が。

おまえコミケにいくんか。
うん。お母さんも行くか?

少しずつ垢じみてゆく青春の象徴としてジェノサイド・コミケ 生沼義朗『水は襤褸に』

一発で見抜く私もわたしだが、お母さんも行きたいんやろ。席ぐらいなんとかなるやろからおいでよ、なんてことしれっと言える次男も次男かと。

・・東下。一生ぶんのネタになるかと許してやったが。
 
「自宅へと帰りつくまでがコミケです」そう、遠足の延長だから 生沼義朗『水は襤褸に』

駅とか満員電車のなかでとかで買いあさってきたキモいブツ本とかをぶちまけてしまい、なんてはなし、聞くから心配してたけど、不通の路線が開通した翌朝、熱中症にもかからず家に無事たどりつく。
荷物はヤマトで送れとアドバイスしてやってたのに自分で持って帰ってしまい、ひどく肩をいためたらしい。もう、あらゆる意味でバカかと。

ただひとこと「あっ」と言いさしそのままに止んでしまいぬ館内放送 生沼義朗『水は襤褸に』

「あっ」って声の放送、あった?、と聞く。
「なにそれ」 
・・。

「走らないでください」という呼びかけが怒号となりたる開場直後 生沼義朗『水は襤褸に』

「入るまで炎天下2時間じっと立って待ってたけどな、すごくみんな静かで、列とばしなんかもなく行儀よかったで」
ふーんよかったね。エスカレーターが満員になって崩落したってはなしもあるのに。
「トイレにいったりしたら順番があとになるから、待つ間は飲まず、持っていったゼリー食べた。
みるからにはじめて地方から来ましたって挙動のやつらがいっぱいいた。自分を見ているようで痛々しかった」
スタッフさんに何か聞くときも基本、敬語って感じ?
「もちろん敬語。ありがとうございました、礼。って。
で、この歌のような(走らないでください)、っての、何回も聞いた」
ふーん。
「ゆっくりしていってね、ってフレーズが人工音声みたいな感じで永遠に再生されてた」


   _,,....,,_  _人人人人人人人人人人人人人人人_
-''":::::::::::::`''>   ゆっくりしていってね!!!   <
ヽ::::::::::::::::::::: ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄
 |::::::;ノ´ ̄\:::::::::::\_,. -‐ァ     __   _____   ______
 |::::ノ   ヽ、ヽr-r'"´  (.__    ,´ _,, '-´ ̄ ̄`-ゝ 、_ イ、
_,.!イ_  _,.ヘーァ'二ハ二ヽ、へ,_7   'r ´          ヽ、ン、
::::::rー''7コ-‐'"´    ;  ', `ヽ/`7 ,'==─-      -─==', i
r-'ァ'"´/  /! ハ  ハ  !  iヾ_ノ i イ iゝ、イ人レ/_ルヽイ i |
!イ´ ,' | /__,.!/ V 、!__ハ  ,' ,ゝ レリイi (ヒ_]     ヒ_ン ).| .|、i .||
`!  !/レi' (ヒ_]     ヒ_ン レ'i ノ   !Y!""  ,___,   "" 「 !ノ i |
,'  ノ   !'"    ,___,  "' i .レ'    L.',.   ヽ _ン    L」 ノ| .|
 (  ,ハ    ヽ _ン   人!      | ||ヽ、       ,イ| ||イ| /
,.ヘ,)、  )>,、 _____, ,.イ  ハ    レ ル` ー--─ ´ルレ レ´

・・雑駁すぎる説明でもうしわけないが、このフレーズ、はやっているらしい。
というわけで、こうきたか、と。
猛烈に感動。

ついでにコミケじゃないけど、こういうのが大好きな大きなおにいちゃんたちが殺到した催しでおきた事故の動画↓


「バールのような、もの」については疲れたから次回(をい

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2009年8月10日 (月)

濁流

夏休み、高校生の三男が今朝まで独り暮らししてた婚家。明日の部活動の県大会出場ということで泊まり込みで移動とやらで今朝迎えに行き、でもこのときは小雨だった。だがそれから数時間後村を流れる川は警戒水域をクリア、村の到るところで冠水状態、現在全約6000世帯避難勧告だと。知らぬこととはいえちょっとの差で帰れなくなるところだってこと。まさに危機一髪。ひー。

川の上流に位置する隣町のS町役場は数時間前から床上浸水、観測史上最高の雨量を更新中。こちらはもちろん7000世帯に避難指示。そんでもって知事は午後9時42分、S町の要請を受け、陸上自衛隊第3特科隊(H市)に災害派遣を要請したとか。でもH市からどのルートでS町にたどり着こうっていうんだろって素朴な疑問。だって道のほとんどは冠水、JRはおろか自動車道も不通になってるっていうのに、勇敢なる諸君はどの山道越えて行くのか。

ってことを書きながら思い出したのがリアル避難勧告発令中に書いたここからのエントリー。 
・・あのときは夫は単身赴任中で、婚家でわたしはひとりだった。不安だった。
・・でももう5年もたってるんかあ(遠い目

あのときも豪雨のさなか自治会や消防団の方々が一軒一軒まわっては避難をすすめてこられた。でもわたしはひとりだし、避難場所まで水が膝につかるような状態で子連れでどうやっていくというのか・・って避難を断念したっけ。
友人のはなしとして車をスーパーの二階の駐車場に避難させて、というワザに感心したものだが・・
みなさん、避難しておられるかなあ・・

婚家も心配だなあ・・

濁流だ濁流だと叫び流れゆく末は泥土か夜明けか知らぬ 斎藤史

・・むかし川が氾濫したりしたら、翌日から上の村のひとたちが「ご先祖さんを探しに」連れ立って来る姿ってのがよく見かけたらしい。墓が流されて棺桶ごとドンブラコということ。木に引っかかってたりしてるのをおろして、ふたたび棺桶かついで炎天の泥道を帰るっ話、聞いたことがある。

ともあれ・・
明日県大会どころじゃないかもしれない・・(涙

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2009年8月 2日 (日)

泣く泣く

心身の不調が続いていて、それでもようやく泣く思いで一週間のお勤めはたせて。

この一週間のショッキングなこと(仕事部門以外)

→今日は「短歌人」の全国集会。行きたかったけど行けなかったこと。★5つ

→仕事の都合で命日に亡きお姑さんのお墓参りにいけなかったら夢に出てこられた。★4つ
「掛け軸、かえておいて」
といわれた。だから明日にでも行って掛け軸、かえてこようかと。

→涙のプレゼント ★3つ
夫から「素敵なプレゼントがあるから迎えに来て」と℡があったんで、
「パリ旅行のプレゼント?」
「いや、もっと素敵だと大喜びするもん」
なんて言うので疲れているのに車で駅まで迎えにいくと・・

・・会社の人と飲みにいったところ路上に弱った小鳥が落ちていたそうな。よく見るとカワラヒワだったんだそうな。
持って帰って獣医さんにつれてって面倒みてやろう。一年たってもペットロスから立ち直れない妻はきっとよろこぶお。
そう思って大切にハンカチに包んで電車に乗ったそうな。

そこまではよろしい。でも結局死んじゃったそうな。

・・迎えに行った駅でそう聞かされ、喜ぶどころか最愛のちぴこが死んじゃったときのことをまた思い出し、号泣モード突入。プレゼントがお葬式という最悪のシナリオとなる。★3つ

・・ひさしぶりに久しぶりにお気に入りの海辺のレストランで夫とランチ。
予約なしだったけど窓際の一番いい席でうれしくって。

食後ロビーで新聞読んた夫。

昨日の事。三男、高校の部活で吹奏楽部だけど、コンクールで金賞で最優秀賞で県大会出場決定。
そのことが今朝の新聞に載ってるって。ほー。

「○○(学校名)等代表決定」
だって。うれしい。

・・なんか、いろいろあったあとだったんでしみじみうれしかったりした。☆5つ

うつくしき挽歌よまざるわたくしが投げたる薄墨いろの夏薔薇 みほ
・・夢をみたからではなく、咲いてる薔薇を剪って行こうかと。
「ものすごー元気そうやったで」
と言ってやると夫、よろこんでたから。

だからお姑さん。私じゃなくってしんじつ喜んでくれる人のところに行ってやってください。お願いします。
わたし、今でも夢でも過呼吸の発作におちいりそうになるんです。お願いします。
ってお願いしてこようと思う(・_・)


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2009年7月 4日 (土)

テラスの風

いろいろと問題はあるにしても、マンションの部屋は眺めがよく、委細省略ながら田舎の都会の郊外の森のなかにあるので小鳥の声なんかほしいままで、それだけでしあわせだって思ってしまう。眠れなくって夜明け前に目が覚めても、テラスに出て夜明け前の空を眺めたり風に吹かれたり早起きの小鳥の声を浴びるように聞いたり薔薇のつぼみを数えたりしながらぼんやりしてるだけで、なんだかいろいろ気分がリセットされてしまう。

けふ郭公 昨夜聞きしは不如帰 きみに語りて眠りに入らむ みほ

これは先日の歌会に出した一首。
というわけで森にはカッコウやホトトギスなんかも来るわけで、なかなかなんである。

今頃のお楽しみはフクロウで、

わたり来てひと夜を鳴きし青葉木菟二夜は遠く啼きて今日なし 馬場あき子

なんかリアルそのもので。いつかは本当に二晩連続で聞いて三日目の夜は聞けなくて。本当だな、と笑
今年は・・聞いたっけ。よく覚えてない。

相変わらずいろいろな事ばかりでなんなんだ、な毎日だけどそういえば今年フクロウの声を聞いたっけどうだったけ、って悩むのって・・

・・最近いちばんまともな悩み事のような気がする笑

われの住むマンション八階うはの空まことにわれはうはの空に住む みほ

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2009年6月25日 (木)

封筒

仕事のきつさをひとつ越え、またひとつヤマはあるんだけどひとまず今夜だけはゆっくりとしたいな、と。
晩御飯とかもお弁当を買ってきて済ます、ってのが続いてたからひさしぶりになにかつくりたくて。
だから茗荷。

・・昼間事務室から貰った古封筒を使っててびっくり。
転勤前の職場の印刷。そんでもって日付からみるとその職場から私に関する書類などを郵送したものらしい。

今を去ること三か月前。
転勤がつらくてかなしくて。でもどうすることもできなくて。なにか奇跡が起きないものか。そんなことすら考えたりしてて。
とはいえ粛々と事態は進み。
・・運命を決めた封筒に、偶然遭うか、と。

深き井戸にこゑ放つごと封筒のなか深ぶかと手紙をさめつ みほ

ここ数日、前の職場のことばかり思い出してた。だからこんなことがおこるのね、ってそんなバカな。
なんかひどく動揺したんで使わず捨てた。
こういう偶然は気持ちが弱ってるときには困る、ホント。
・・とくに茗荷でも食べて忘れたいような嫌なことがあったときには。

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2009年5月24日 (日)

日頃はなにとも

子供たちの学校、休校が続いていて正直困っていたが、私自身もこのところずっと、体力的に弱っていた。

平家物語に
「日頃はなにともおぼえぬ鎧が、けふはおもうな(ッ)たるぞや」と木曽義仲が自身の衰えを呟く場面があるが、
日頃はなにともおぼえぬ鞄が、けふはおもうな(ッ)たるぞや
日頃はなにともおぼえぬスーツが、けふはおもうな(ッ)たるぞや
って感じになっていたんです。

そーいえば前の職場でもタイヘンだったころ、何の気なしに同じセリフを のりのり@仮名 に漏らしたところ、のりのり@仮名 ってば
「御身も未だ疲れさせ給はず(あなたさまのお体は、まだまだお疲れではございませぬ)」
って原文で返してくれて、よくゆーよ、ってふたりして暗い笑ひを漏らしたもんでしたが。
のりのり@仮名、どうしてるかな・・(遠い目

「御身も未だ疲れさせ給はず、御馬も弱り候はず。なにによ(ッ)てか一両の御着背長(おんきせなが)を重うは思し召し候べき。それは御方(みかた)に御勢が候はねば、臆病でこそさは思し召し候へ。兼平一人候とも、余の武者千騎と思し召せ。(あなたさまのお体は、まだまだお疲れではございませぬ。御馬も、弱ってはおりませぬ。それなのに、どうして一両ほどの御着背長を重いなどとおっしゃるのでしょうか。もしやあなた様が、臆病になっているからではございませんか。味方の御勢はなくとも、兼平がいるではありませんか。私一人であっても、武者千騎ありと思し召せ)」 『平家物語』

体調のよき日の朝はハンガーに服かけるさへ心たのしく 伊藤俊郎『夢中遊行』

はやくこういう日に戻りたい・・

雹二、三たばしり落ちつ ソフホーズの遠(をち)の山並まだ明るくて 伊藤俊郎『夢中遊行』

このごろ鞄にこの歌集を入れてはあちこちで読み歩いている。著者は敗戦後シベリアに三年間抑留された経験を持つという。この一首は「抑留の日々に」と題された一連のその時代のもので、24、5歳ごろの作品というが明るい歌が多い。「雹二、三たばしり落ちつ」は「もののふの矢並みつくろふ籠手(こて)の上に霰(あられ)たばしる那須の篠原 源実朝」を連想させるが、霰ではなく「雹」なのがこの歌のつよさであり、そして著者の強さでもあろう。

霧深き作業帰りの道の闇誰か煙草の赤き火を投げぬ 伊藤俊郎『夢中遊行』

誰かが投げた煙草の火の赤さ。この「赤」に限らず抑留中の一連は色彩が豊かだが、それは色彩に対する飢餓というような簡単な言葉でくくられるような生半可なものではない。

そういえば新型ウイルスは、Aソ連型と同じH1N1らしいが・・)ここ

太陽(ひ)はつひに中天に達せずシベリアの雪の地平を低く流らふ 伊藤俊郎『夢中遊行』

・・こんなところから、はるばるやってきたんだろうな(違うかも

風邪に臥し三日見ぬ間にわが庭の花ほととぎす咲きそろひけり 伊藤俊郎 『夢中遊行』

花ほととぎす咲くころには、この流行も終わっていればいいのに。

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2009年5月17日 (日)

準戒厳令

・・戒厳令っていうのもなんだけど、新型インフルエンザのおはなし。
むかし読んだカミュの「ペスト」を思いだす。
ペスト発生により封鎖された町。次々に死んでいく人々。
・・重くたれこめた空の災厄の殻竿
って文章があった気がする。「殻竿」ってなになのかわからんまま、辞書をひく時間も惜しんでとにかくその圧倒的なイメージに引きずられつつ読んだっけ。
で、今もわからずじまい。おかげで覚えてるんかもしれんけどv

二週間ほど前から実は医療関係者の友人から警告されてて、それを信じて備蓄用の食料なんかも買い集めてたけど、まさか、という気持ちも実はあったりした。
花鎮祭じゃないけど桜が散るころって疫病の流行が多いらしいから、でもカナダやメキシコと桜は関係ないけど、って思ってたりしてた。

連絡網があり、うちの子らの通ってる学校、休校決定。中間試験も延期。わー。
子供は単純に喜んでるけど・・
夫の会社も「感染が発表されてる区域に居住乃至家族が通学している社員は一日自宅待機」だと。
感染区域を通って通勤してる俺はどうなる、って夫。
たしか「ペスト」に、封鎖された町の海岸で夜、泳ぐ場面があった気がする。
・・酒鬼薔薇事件のときもタイヘンだったけど、
地震に続き、神戸およびその周辺はどうなってるんだろう。

・・で、感染して治癒した高校生のメモが発表されてて、そこに
誹謗中傷はしないで云々
って書いてて、それがちゃんとした漢字でかいてあったの。
繰り返すけどちゃんとした漢字使ってる。どこの高校生?って思ってたけど神戸高校なんね。
なるほど、って漢字に感心した次第。おしまい。

しゃぶらむと口に入れたる体温計 草叢(くさむら)のごとき微熱喚びをり 柚木圭也『心音(ノイズ)』

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気持ちのいい場所

月光酢の香放つときしもわが戀ふる弦楽四重奏曲「激怒」  塚本邦雄『風雅和歌集』

先日、委細省略ながらさすがのわたしも激怒しかかったことがあり、
疲れきっているんである。

どれほど「ろくでもない世界」に住まいしようとも、その人の周囲だけは、それがわずかな空間、わずかな人々によって構成されているローカルな場であっても、そこだけは例外的に「気分のいい世界」であるような場を立ち上げることのできる人間だけが、「未来社会」の担い手になりうる。 内田樹

そうなんだよね。
でもその「ろくでもない世界」から闖入者がやってくるんだよね、そのせっかく築こうとしてた「気分のいい世界」にね。
職場ではなにせわたしの方がストレンジャーだから、仕方ないんだよね・・

その、とても馴染めそうにないと思っていた今の職場だけど、心配して声をかけてくれたり話を聞いてくれたりする方もいてくれて・・
とりあえず感謝、なんである。

でも・・なんだかなあ。
蟹は自分の甲羅の大きさにしか穴を掘れないにしても・・
崩れそうなんだよ、砂が。

ってわけで、とりあえず家庭だけは気分ならぬ「気持ちのいい場所」にしたいなと思って、
薔薇を買ってきたり植えかえたりしてたら(ヲイ

注文してた家具が届く。

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あー。
わかった。このブログの中のひと、不適応を悩んでるみたいだけどやっぱりマトモじゃないわ、ってお思いの方々へ。
そんな高価なもんじゃないんです。アンティーク(激安)なんです、ってぜんぜん言い訳にならんか。

・・ともあれ、どんな人が使ってたんだろう、って手入れしながらしばし夢にふける。

夢もまた「気持ちいい場所」、のひとつなんである。

+追加+

お気に入りの空間なべて昏れやすくたそがれのやうな重さを持てり 柚木圭也『心音(ノイズ)』

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2009年5月10日 (日)

『レッド・クリフ』観たよ

「乃(なんじ)の子、平安」小喬のセリフ「レッド・クリフ2」より
乃の子、と書き孕むとよむ・・(画面)

いつから女は地球を歩き出したる風に孕む歩き方せり 高瀬一誌『喝采』

孕む、って言葉、あんまり好きじゃなかった。子作り、ってレベルなくらい嫌。
せめて赤ちゃん授かるっていうか、そういう言い方の方が好きというか。
でも「レッド・クリフ」にあった「乃の子」、というせりふに自分の感覚の狭さを思い知った。

風に孕む・・
不思議な語感だ。神話かなにか、そういうはなし、ありそうな。
高瀬さんの歌のなかでもとりわけ好きな一首だ。

えー、はなしかわって。
パンデミックになるまえに思い残すことなきよう・・ってわけじゃないけど、「レッド・クリフ2」行ってきました~

「1」のラストでなにゆえ突然サッカーを、とお疑いの諸君。なんと「少林サッカー」かハリポタの箒合戦か、ってな神的展開にまずはボー然となりたまえ。そんでもって「デブ助」と「おバカ」の定番的恋。死亡フラグたちまくりのこれでもか展開にこれはないでしょ、と。
そんでもって伝書鳩くん、大活躍でした~。亀も「汗かいて」元気でしたよ~。 「萌萌(馬)」も。
孫権の妹の江戸時代の腰元風「あ・れ~~~」のくるくるくるも必見。
そんでもって黄蓋じいさま、どうでもいいけど北大路欣也そっくりさんになってました(謎
で、投降するふりもなく爆弾突撃にびっくりしました~ 獅童の死を賭しての突撃はそのためだけの日本人キャストかと勘繰り? 北大路欣也そっくりさんと一緒だったからここは赤壁じゃなくってどっかの「203高地」かいなと軽く混乱。
てか、魚油ってあんなに燃えるもんなん? ガソリンよりすご~
でもって孔明が「風よ吹け~」って踊る場面、なかったっす。見たかったのに~~ほんまに三国志なん?
小喬が茶をたてて曹操を釘付けにするは(関西の方言でいうところの「茶でしばく」(お茶する)ってこのことか)、
そんでもってそれしきのことでほんま骨抜きににされて策をあやまる曹操もあんぐりだが、
でもって天上からラピュタのシータみたいに小喬が降ってくるは、
ってことはつまり曹操はムスカ大佐ってことか。周瑜はパズー?

周瑜と孔明はあいかわらずラブラブだし(こいつら見つめあってばかり。愛想つかして小喬は曹操に奔ったのかと。そのほうがいいよって途中で声援おくった私って・・)
逃げる曹操を関羽が逃がす場面はないし(「1」にあった無理やりな伏線、空ブリか)
諸葛キンはどこ? 鵬せんせいも。大喬は?
って謎はありますが、ま画面にむかって立ち上がって抗議するまでもなく「なんちゃって三国志」と思えばとっても楽しかった~、と。
満足度☆☆☆☆☆(星五つ。こんだけ突っ込んどいてこの結果かよ)

カメを買うカメを歩かすカメを殺す早くひとつのこと終わらせよ 高瀬一誌 『喝采』

あ、いや。例の如くカメ、今回もかっわいかったもんでv

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2009年5月 9日 (土)

体罰

むかしむかし。
そういえば教師をサービス産業従事者、って真顔で言ってた高校生がいたっけ。
生徒は金を払ってるんだから生徒は神さま。教師は金を払ってもらってる生徒にサービスすべき。教育は金を媒介に消費され、取引されるサービスなんだからと。
もちろん「教育は金を媒介に消費され」なんてムズカシイことはその子、言ってないけどさ、
そのあと読んだ内田樹の『下流志向』から補っただけだけ。
真剣にびっくりした。あんときのあいつ、バカなくせにまさか内田樹を知ってたんかい、とv

ほんたうは何を吐きたき今日は子のつばに汚せるブラウスの胸 辰巳泰子『紅い花』
女教師の髪燃えあがる学校もあると聞かされ何を慰む 〃
「校内暴力」と題された一連から

天草での体罰事件での最高裁での判決(判例ここ)。これゃ当然だろ、体罰されて当然。女の子を蹴ったり注意した教師のお尻を蹴ったりしたほうのガキが悪い、失礼なことしでかしたせいで大人にキレられて怒られるってこと世間ではよくあることなのにそれで眠れなくなりましたって裁判起こす親もどんだけモンスター(ワラ って風潮ななかでアサヒ・コムきっずは「子どもの権利にくわしい喜多明人教授(早稲田大学)の話」として「子どもの人権侵害についての判断がせばめられたことは残念」とのコメント。

・・?
ちゃんとした指導を受ける機会もなかったからこそこんな子供になってしまったことこそ人権云々だと思えるんですが? 
そういう考えこそ「下流志向」人間を増殖させると思うんですが違いますか?
注意してもわからない、そういう「仕方ない」子供なら仕方ないとしても、
アサヒ・コムきっずを読んでるほどの良い子のみなさんなら本当の人権とはなにか、よくわかっているはずだよねw

+記事引用+

熊本県天草市の小学校で2002年、男の先生が当時2年生だった男の子(いまは14歳)の胸もとをつかんで体を壁に押しあてるなどしてしかった行為が体罰にあたるかどうかが争われた訴訟の上告審で、最高裁判所は28日、「体罰にあたらない」と判断。体罰があったと認め、市に賠償(つぐないのお金をはらうこと)を命じた一、二審の判決を破棄(取り消すこと)し、男の子の賠償の求めを退けました。

 判決によると先生は、男の子が休み時間に廊下を通りかかった女の子をけり、注意した先生のおしりをけったことをしかりました。男の子は食欲がなくなるなどして、一時、通学できなくなりました。最高裁は「指導するためにしたことで、肉体的苦痛を与えるためではない」と指摘しました。

 子どもの権利にくわしい喜多明人教授(早稲田大学)の話 子どもの人権侵害についての判断がせばめられたことは残念。子どもの権利条約では、「子どもは暴力をふるわれたり、むごいあつかいなどを受けたりすることがないよう守られる」と定められており、体を傷つけられることだけでなく、心が傷つけられることからも守られなければなりません。小学生のみなさんは、苦しいことやつらいことがあったら、自分を責めたり、がまんしたりしないで、身近な大人に相談しましょう。

提供:朝日学生新聞社  ここ

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2009年5月 6日 (水)

新橋色

なんとなくテレビで某『相棒season6』を観てたら主人が上京するときのお楽しみ、新橋かいわいの新橋某スタンプコイン屋さんがドドーンと画面に。なんとそこで主人公の杉下右京こと水谷豊さんやらが聞き込みを。きゃー。
もちろん店名とか出てたりしてないけど、そりゃもうおなじみさんにはすぐにわかるってことで。しっかしなにげに本当のコイン屋でロケしてるんだな、と。さすが『相棒』、気合が違うとあらためてしみじみ感心。
「応対してる店員役は俳優さんだな。うしろにいるのが本物」と夫。
おおお。『相棒』にエキストラ出演ですか。すごいすごい。おばちゃんとおじさんと従業員さんらしき方々、帳簿かコインブックかなにげなく手にしながら演技してるぞ、と。
「黙示録」っておはなしで、おおきな展開につながる重大な場面なんですけど、そんなことそっちのけで騒ぐ騒ぐ。

ってわけで[切手趣味週間]1971年鏑木清方画「築地明石町」 の切手をばw 
いえビミョーにスタンプ(切手)~新橋つながりでv

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リビングを照らす灯りに仄浮かぶ新橋色の切子細工か 村田馨『疾風の囁き』 

ちなみに新橋色ってばこんな色。↓ 
Shinbashis

新橋とは東京の新橋のことですが、明治時代のおわりごろ新橋の芸者がこの色の着物を愛用して、それが世間にも流行したことから色名としてこう呼ばれるようになりました。緑みのある青ですが、従来の天然染料ではなく、欧米から導入された化学染料によって染められたこともあって、そのハイカラな感覚が当時の人にはとても新鮮に感じられたようです。
ここ

ほー。
「築地明石町」のひとの着物の色かな。
にしてもきれいな色だ。

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2009年5月 5日 (火)

1/12

そういえば以前の職場の送別会んとき、もと上司No2が
「いいところだからって人買いに騙されて売られた子が
(とんでもないところに騙されて売られてしまった)
って言いたげな目をして見るように、私を見ないでほしい」
って言ったっけ。どんな目だw

って病院のお医者さんに言ったところ、
売られたんなら買い戻しなさい。自分の人生なんだから。
ってことをおっしゃって。

レビ記だったっけ。

lev25:49 あるいは、彼のおじとか、おじの息子が買い戻すことができる。あるいは、彼の一族の近親者のひとりが買い戻すことができる。あるいはもし、彼の暮らし向きが良くなれば、自分で自分自身を買い戻すことができる。

・・でもどうやって買い戻そう。
このごろそんなことばかり考えてる。

転勤してようやく十二カ月分の一カ月がおわった。
・・ながすぎる一カ月。

砂時計の砂のごとくに光りつつ天(そら)より落ちてくる小鳥たち 真鍋正男『雲に紛れず』

うん。人生がこんな砂時計ならばしあわせなのに。

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2009年5月 4日 (月)

お数珠

ゴールデンウィークそうそう夫の身うちに不幸がありお葬式に。
ところがお数珠がない。どうしてもない。
仕方ないので安いのを買って間に合わせる。

あやまちて切りしロザリオ転がりし玉のひとつひとつ皆薔薇 葛原妙子『原牛』

この一首、薔薇の花をロザリオにしたものだった、って信じてたし、今もそうだ。
ちなみにこんなの。

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薔薇の花びらを固めて圧縮加工してつくられた本物の薔薇のロザリオです。 とてもいい香りが漂います。

赤の着色料や薔薇の香料など、人工的なものは一切使用せずに、本物の薔薇でできています。

本物の薔薇のロザリオは、入手困難な大変貴重なロザリオです!

ロザリオ(ローズ)=薔薇 という意味でも「本物のロザリオ」になります。
本物のロザリオをお求めの方に、ぜひお手にしていただきたいロザリオです!


 ここ

わたしが間に合わせで買ったのは素材、何だろう。珊瑚の薔薇いろが可憐で、年齢に合わないと思ったが。
こんなことなら薔薇でつくられた数珠ってのがあってもいいのに、って思う。
いやいや、罪の想いに爪繰りながら香り立つ花の香りってのはロザリオだからこそ似合うってもんか。
お数珠じゃ、やっぱり駄目か。
どちらにしても自分のふつつかさがなさけなく、ひとの持っているお数珠にばかり注意がいく。

田舎のお葬式で、春の小川がさらさら行くのを越えて、麦の穂がすんすん空を指しているかたわらを歩いていった。
田舎のつねで故人のお宅でのお葬式で、くわしくは書けないが、どこもかしこも手が行き届いていて、故人が家族としあわせに満ち足りてくらしていただろうたたずまいがすばらしかった。
なんでこんな田舎に?と思えるほど声のすばらしいお坊さんがお経を詠んでおられる開け放たれた座敷のむこうがわで、雲雀がずっと鳴き続けていた。


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2009年4月19日 (日)

にがき日

日吉駅裏の文具屋棚の奥アラビア糊は眠りつづける 村田馨『疾風の囁き』

・・転勤するとどうにも勝手がちがうことで戸惑うのはわかっていたから、いろいろ心つもりはしていたけれど、
今の職場の事務室の棚の奥にアラビア糊を見つけ、そんなことだけでも泣きたくなるほどなつかしくて気持ちがはげしく揺らぐ。

完璧に人に負けたる日がをはり〈ぜつばう〉と書く書きて忘るる 永井陽子『小さなヴァイオリンが欲しくて』

しやきしやきと喰む秋茗荷職業を持つゆゑにがき日もありしこと 永井陽子『てまり唄』

・・茗荷を食べれば辛いことが忘れられるというのなら、まだ食べないでいるってことは、それほどつらい状況じゃないってことかな、なんて思ってみたりもするのだが。
覚えなければならないことばかり山積しているというのに、忘れなければならないことばかりが増えていく。

ところで忘れ草、って花があるらしい。「忘れな草」じゃないほう。
効果はともかく、こんな花がこの世に存在しているって思うだけで、なんだか救われる気がする。

思ひ草繁きが中の忘れ草 いづれむかしと呼ばれゆくべし 斎藤史『秋天瑠璃』


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2009年4月12日 (日)

お手当て

なう、鳩よ この街の人はみななぜか語尾のするどき言葉を話す 永井陽子『小さなヴァイオリンが欲しくて』

・・言葉が通じないというのはつらい。
たのむから普通の調子で、普通の日本語しゃべってよ。あなた方の言葉、私のにんげんとしてのボキャブラリーにないというか、フィルタリングかかりまくりでてんで通じないよ。

なんて愚痴りたいエキセントリックな事件の連続で、憂鬱な日々。
おかしい。どう考えてもおかしい。
本当はいい人だと何度も思おうとした。そうだろう。組織内でかなり重要なポストについてるし、慣れていないわたしが悪いに決まっている。
でも、でも。
あれで普通で「本当はいい人」だとすれば、世の中どんだけ許容量が大きいねん。
「本当はいい人」なのは、「その人の尺度に合致できれば」って条件つきなのね。
それはむずかしい。ハードル、高過ぎ。つうか、そんな低いレベルになりたかないって思ってもいいよね。
なんかまだよくわからんけど、とにかく凄いところへ来てしまったらしい。
って、おなじように転勤してきた方と春なのにため息ばかりついてる。

先週末は歓送迎会つづき。旧職場の送別会では飲んだ。別れがつらくて飲まずにおれるか、って感じで、飲んでは泣き飲んでは泣きのエンドレス (泣き上戸
帰り路の桜が見事で。満月で。

天空をながるるさくら春十五夜世界はいまなんと大きな時計 永井陽子『樟の木のうた』

・・古来からどれだけ詠われても詠いつくされず、描いても描きつくされない桜の魅力っていうか、
春は別れと出会いの季節って言い古された言葉が重くって、
一生の出会い。一生の別れ。
別れのかなしみと再会のよろこびの想いを抱きながら見上げた空に桜が咲いている。
ああきれいだなぁとしんそこ思い、
悲しみが桜の花のように美しいはずはないけれど、
今宵、日本中のどこかで誰かが悲しみの想いで桜を眺めている。そんなひとは私だけでなく、きっといるだろう、
そう思ったら、心の中に桜のうつくしさがしみじみ、ひろがっていく気がした。

歩み返せばぼんやりあはき春の月予期せぬ方にあらはれ出づる  永井陽子『てまり唄』

いちねんの間に桜の咲く時期は本当に短くて、でも人の心にいつまでも残るように、
此の一年は本当に幸せな輝きに満ちたものだった。いつまでも心にのこり、つらいときにもわたしをささえてくれるだろう、って思うのは現職場が決してつらいからとかいうわけではなく (微苦笑

ぼろぼろになるまで人は働くと職を変はりてのちまた思ふ  永井陽子『小さなヴァイオリンが欲しくて』

・・そして来年の桜をどんな気持ちで眺めるだろう。

人間のふしぎのひとつ無意識に痛き部分へ手を当つること  永井陽子『小さなヴァイオリンが欲しくて』

だれか私の心に手をあててください(ワラ


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2009年3月30日 (月)

パック

ここしばらく「PAC3」のニュースでもちきり。
どう読むんかいなと思ってたら「パックスリー」ですか。
というわけで「真夏の夜の夢」より。妖精「パック」のセリフ。

「はて、さて、なんと馬鹿者ばかりでござろうか、人間というものは 」 

メンデルスゾーンの鯨の指揮棒が尾を引きて空飛び去りにけり 永井陽子『モーツァルトの電話帳』

不謹慎でごめん。指揮棒ならぬミサイルが来るってのに・・

さて芥川龍之介『 http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/69_14933.html">河童 』の方は「バック」。

「どうもまことに相(あい)すみません。実はこの旦那(だんな)の気味悪がるのがおもしろかったものですから、つい調子に乗って悪戯(いたずら)をしたのです。どうか旦那も堪忍(かんにん)してください。」

でもこの漁師のバッグ、本当はパックじゃなかったんかな。って。
だってわたしずっと、パックって思いこんでたもん。

ってわけでミサイル「遺憾の意」。
こういうのは嫌いなタイプの画像だ。

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発射情報に注意を=政府、国民に呼び掛け
3月27日10時44分配信 時事通信


 河村建夫官房長官は27日午前の記者会見で、北朝鮮が来月4-8日に長距離弾道ミサイルとみられる「人工衛星」発射を予告していることに関し、「北朝鮮から飛翔(ひしょう)体が発射された場合、政府は速やかに必要な情報をお伝えする。テレビ、ラジオ等の情報に注意してほしい」と呼び掛けた。
 河村長官は、北朝鮮の「衛星」について「通常はわが国領域内に落下することはない」と指摘。「国民は平常通りの生活、業務を続けてほしい」と語り、冷静に対応するよう促した。 

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2009年3月27日 (金)

お葬式

職場の方のご家族にご不幸があり、告別式の受付のお手伝いに行くことになりました。

「この3/31が契約終了日で雇い止めになる派遣の立場の私が通りますよ」
って受付に来られたらお相手に悪いのでは、と自虐じゃなくって何度も総務の部長さんに言ったんですが。
それは気にしなくていい、と。いや、だから私じゃなくて相手が気にするのじゃないのか、と思うのですがそうですか。
使い捨て要員の私なんかが来てごめんなさい。でも最後のご奉公だと思い精一杯お勤めさせていただこうと思います、と。

ご近所の集会所って感じのところで、ご近所さんやらが仕切るお葬式で。
桜が咲いてたら絶好のお見送りになるのに、って思いながら、寒風ふきすさぶ吹きっさらしの玄関先で小二時間。

寒かったけど一応陽だまりの場所だったし、ストーブを用意してもらっていたから助かった。

それにしても、受付の横で火にあたってばかりで大声でしゃべってるじいさまたち、うるさかった。
うるさかったけど親切で気のいい方ばかりで助かった。

んがんがといつまでつづくものがたり風吹きすさぶ東国の夜を 永井陽子『モーツアルトの電話帳』
んがんがと語りあかせる通夜なれば仏のはずの婆さまもゐて 永井陽子『小さなヴァイオリンが欲しくて』

いやぁ、通夜じゃないけどリアルでこの歌の世界を体験しようとはw

いっしょに受付席にいた方もいい方ばかりで、お葬式で楽しかった、なんて不謹慎だけど、すっかりうちとけて、またお会いできたらいいね、って。

受付の方々はお食事して帰ってもらわなくては困ります。それがしきたりです、って世話をされる方に言われ、
寒い中でいただいたお味噌汁のあたたかさ。ばりばりと噛んだおおきなタクアンのおいしさ。
・・心にしみた。

転勤(退職届は出すが、転勤って扱いになるらしい。もぅなにが何やら)が近くて不安で押しつぶされそうな毎日だけど・・

なんとか会館とかで行われるような、ソツがないけどあくまでビジネスライクであたたかさのないお葬式とかに比べると、
ご近所の方がそれぞれ適材適所で手分けして働いて、各自一生懸命働くことで故人を偲んでる感のある今日のようなお葬式ってのは、いいなぁ、と。

亡くなったかたのおかげで、なんだか心がほぐれたような、春の陽だまりのような一日だった。

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2009年3月23日 (月)

現実逃避

朝、洗面所でうぐいすの声をきいた。
うちはマンションの八階だが山に添っているため、森の中のような部屋なのである。
朝六時には寺の鐘の音や自衛隊のラッパの音が聞こえたりする。

うぐいすはまだ下手だったが、初音にしてはととのった声だった。
エレベーターで乗り合わせた方と、寒いが桜が咲き始めたこと、鶯の声をきいたことなどを話題にしたりした。

マンションに人の声せぬゆふぐれがたはからうじて保つ自分を 永井陽子『小さなヴァイオリンが欲しくて』
何もない誰もゐないとくりかへす風強き日のできごとでした 永井陽子『小さなヴァイオリンが欲しくて』

同じ職場の方が博学多才なひとで、もしかしたら日曜大工ならぬ日曜作家として活躍されてる某ミステリー作家さんではないかとマジで疑い始めて数カ月。だって委細省略ながら思い当たるふしがいろいろあるんだもん。
それはさておき。
はたしてその人・のりのり@仮名 がミステリー作家か否かを推理する日々、ってどーでもいーよーなこれってなんのミステリーな日々の結果・・委細は省略するがさまざまなデーターの分析の結果、のりのり@仮名 は某ミステリー作家さんじゃ、なさそうだということ。ざんねん。とはいえなんだか現実逃避にうってつけのたのしい調査だった。

現実逃避ってのには二つ意味があって・・
ひとつは現実から逃れるってこと。それはそうなんだけどね。
「夢をあきらめて、現実に逃げるって現実逃避。これはあかんで」
これは カイザー@仮名 のお言葉。
うん、そう思う。てか、わたしこのごろそればっかり。

がんばろ。きっとまた、いい出会いがあるよ!
ってこれもわたしと同じ転勤組の もとさん@仮名。
もとさんはわたしよりうんと若い。でもこの世界でのキャリアは長い。
ありがと、ありがと。
そう、おもった。

昨日の熱がまだ残ってくるしい一日。
ぼやーっとして頭が働かないのでもっぱら肉体労働にはげむ。
にしても判断狂いがちでトホホだった。


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2009年3月22日 (日)

発熱

・・なんだか風邪をひいたみたい。
連休のさいご、手によりをかけて・・と思ってたが、家族には外で食べてきて、と言い、わたしはひとりでお粥なんぞをつくってたべる。

春になるとちぴこを思い出す。野鳥のカワラヒワであったが、なぜか人に慣れていて、ベランダにいたわたしの肩にとまってきた。それが出会い。

ずっとずっと幸せだった。

あんなにちいさくって軽くって、でもいつもいっしょうけんめいで。
かわいくって賢くって、声がすばらしかった。
思い出すとほほえみが、そしてため息がでてくる。

河原鶸(かはらひは)渉(わた)るまひるのさざれ水禱りて人を病ましむるかな 塚本邦雄 『されど遊星』

三男が友人たちと語らい今はもう誰もいない嫁ぎ先の家に一泊。
親は来るな
って若衆宿か。
気になったので次男をお目付けに送り込んどいたが、たのしかったみたい。

それだけ。

家族七人棲みゐしころの浴槽のにごりふとなつかしき冬至ぞ 塚本邦雄 『献身』

・・冬至じゃなくって、春至、いや春分のころ。


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2009年3月21日 (土)

夏来るまへに

もうすぐ四月で、一年契約だった今の職場での仕事がおわる。

死刑判決がでている囚人のブログが話題になっているらしいが( ここ )
春。もうすぐ去らなければならない者が見れば、世の中はこんなに美しく、いとおしいものかと。

・・年齢上、正規職になることは不可能で、正規の方が来るまでのつなぎだと最初から納得しての就職だったけど、無職でいるよりいいや、と思って働きだした。
このご時世、どうにも使えない私なのに、働けるだけで幸せ、と。
一昨年はじめて十数年ぶりに社会復帰、至らないながら一生懸命で、若い人やベテランやらの間で、まっさらな心で働いた。

一年がんばってやってきて、でもやっぱり「つなぎ」にすぎなかったんだなぁ、ってあらためて思い知らされて。

職場のみなさん、一年で使ひ捨てられるだけのわたしとわかってゐながら本当に親切に、やさしくしてくださってありがたう。みほおはとてもしあわせでござゐましたみんなと働けて。みなさんがとても良いひとばかりだつたのでついつい錯覚してしまひいつまでも一緒にゐたいなと。一緒にゐれたら幸せなのにと思ってしまひました。でも一緒にゐたかったですほんたうにとここで書いても仕方ないんですけれどそうですけれど。

わかっていたけれど。
一生懸命やりすぎるひと。派遣先に情をもってしまうひと。
そういうひとは派遣にむいてないって聞いた。
わたしは派遣じゃないけれど、不安定な身分なのはおんなじで。
そうだよね。むいてなかったんだよね。
・・割り切れなくって、当然だよね。

しかたないだろ、そうなんだから。
しかたない。しかたない。
正規職につけないのも不安定な身分なのも。
しかたないわたしなんだ。
・・って思うのはつらい。

きのふけふけんもほろろの雉のこゑ聞きしかな履歴問ふ社会にて  永井陽子『小さなヴァイオリンが欲しくて』

今の職場の上司の方が一生懸命になって次の仕事場をさがしてくださった。ほんと、どこまでも親切でやさしいひとなんだ、上司の方も(男だが実はかなりコアな宝塚ファンだった、って先日知った)。
で、先日面接にいってきた。
ここでも一年でバイバイか。
そう思ったら行きたくない面接だったけど、そういうわけにはいかず・・
いろんな意味で、つらい。

ゆめのなかには霧がながれてゐたるかな夢よりもなほ遠くへゆきたし 永井陽子『〃』
いまいちどすず風のやうな歌書かむ書かば死ぬらむ夏来るまへに 永井陽子『〃』

今日、夫の家のお墓参り。
お墓のうしろにまわってびっくり。建立者として舅と姑と夫の名前が彫ってある。
「ずるい。僕の名前がない」
と次男。いやそういうはなしじゃないだろ。お母さんは仲間はずれってことでしょ。
って言ってやると、おかあさんはこの家の者じゃないから。おかあさんは誇り高き栄光のハプスブルグ家の娘だから、と。なんですかそれ。
・・それよりなんだ、今まで気付かなかったってことじゃん、と次男。
「今まで気付かなかったのね、おほほほ」
桜や梅や木蓮や。
春の花々の花の影で、亡きお姑さんが笑っている気がしました(棒読み

帰り、夫と海沿いのホテルで夕食。「死者の書」さながら、春分の日没を堪能する。


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2009年3月16日 (月)

星の人

昨日は「短歌人」の3月兵庫歌会。研究会は永井陽子。この年齢にしてはじめての発表なんで大緊張。資料はすでに先月配っておいたが、追加を用意。コピー機がドアの側にあって、人の出入りのたびに風が入って資料が固定してコピーできず、泣きそうになる。
林悠子さんや岡崎経子さんが資料をもってきてくださり、助けていただく。

永井陽子は「短歌人」の星であった。星でありつづけた。  (略) 思えば、永井陽子はうたうために生れた人であった。短歌という詩型にえらばれた人といってもいいだろう。高瀬一誌

関西歌会にはじめて行ったときかな。
「永井さんが見たい」
その一心だった。高瀬さんの「他己紹介」に呼ばれて立った姿は、まさに、
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
って感じだった。
遠くの席からいっしょうけんめい背伸びして背伸びして、永井さんの姿を目に焼き付けた。かぼそい、はかなげな横顔で、まっすぐな髪がつやつやして、きれいだった。こちらの方なんか全然見てくれなかった。でも、もう、それだけで満足だった。

歌会はもちろん無記名だったが、そのときの歌、

奥さんと呼ばれためらふ一瞬をはうれんさうはつやつやと揺れ  永井陽子

無記名なんで誰の作品かわからなかったのだが、
「これは不倫の歌だね」
と高瀬さんが評したのにびっくり、永井さんの作品だったので再度びっくり。

発表では、高瀬さんが永井さんについて書いた、
星の人。うたうために生れた人。
その観点でずいぶんと勝手なことをしゃべった。そして、さまざまなことを聞かせていただいた。いい経験だった。

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2009年1月18日 (日)

今頃・・

次男はセンター試験でわたしの実家にお泊り。
どうだったんかなぁ。自己採点の結果とかあんまりあれこれ聞けないし・・
去年のに比べると難しかったとか・・去年はカンタンすぎた、って受験生だった長男は言ってたけど、反動か・・。
今頃どうしてるかなぁ・・

一昨日予定があって年休をとったが、結局家に持ち帰った残業に取り組んだだけだった・・涙
ついでに家のトイレの調子まで悪くなり・・
幸か不幸か、やれやれ年休とってて良かった。これがいつもの日だったらパニクるぞ、とため息つきながらマンションの管理人さんに紹介してもらった水道屋さんに来てもらい修繕してもらう。
部品が古くなってしまっていたのが原因とかで、夕方の寒い中で作業をしてもらうのは気の毒だったが、おかげで引越ししてきて以来水の流れが悪かったトイレの調子がすっかり良くなり、家族中で喜び合ったものだった。
人間、ちょっとぐらい調子がわるくっても・・って我慢して慣らされているあいだにどんどん取り返しのつかないようになっていき、結局だめになってしまう、ってこと、よくあるはなしだけど・・
修理してもらったトイレの水の流れの勢いに、なんだか勢いをもらった気がしたささやかなよろこびの出来事。

生きることがさびしい時に聞こえくるこの世のいづこ水の漏る音 永井陽子 『てまり唄』

それにしてもここしばらく、毎年受験してる気がする。
子供さんにんもいたら仕方ないけど、つらいよ、って愚痴ってしまっていいですか(*^-^)


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2008年8月24日 (日)

月と遊ぶ

お盆をすぎてめっきり涼しくなってきたねーと思うこのごろですが・・

なんだかとってもわたし好みの写真をはっけんしてしまったのでUP.

「太陽を盗んだ男」って映画があったよーな気がしますが・・
太陽がいっぱいならぬ、名月がいっぱい。

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「月の出を祝う子供たち」 別名「元気玉」


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「月を蹴る」

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「勇者の帰還」

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「魂のドリブル」

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「カメハメ波準備中」

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「雪だるま」、「シーシュポスの神話」

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「散歩」

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「『おべんと持ってどちらへ?』 『ちょっとそこまで』」 

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「三分割」、「金メダル〈グリコ〉」

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「蛍雪時代」

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「名月をとってくれろと泣く子のために」

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「獲ったどー(よゐこ)」

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「模様替え」


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月星とう靴を履きゐし少女期のわれは確かに人界にあらざり  みほ
流刑地としての地球よ輪郭が発光してゐる少女こそ変化(へんげ)  みほ

すてきな写真ばかりで癒されますねー  http://funnbee.info/2008/08/playing-with-moon.htmlここ

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2008年8月16日 (土)

ま昼の星

昼見えぬ星のこころよなつかしく刈りし穂に凭り人もねむりぬ 白秋

「あっても見えない昼の星、見えないけれどあるんだよ。」ってことなんだけどねー。
なんちゃって金子みすずと白秋の夢のコラボ?なこの歌が好き。

で、八月はベリー公の「いとも美しき時祷書」8月の絵。ま昼かがやく星座。

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遊んでるのかな、漁をしてるのかな。いえ、前面の人々ではなくって、後ろの川で泳いでいる灰色なひとびと。まるで河童。

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夏はわたしたちの家庭全体が童話の甘美な、のどかな、おほまかな空気につゝまれてしまふのだ。大人も子供もなつかしい童話の世界に立ちもどるのだ。吉田紘二郎「八月の星座」

ヨーロッパは中世の夏に河童がいたかどうかはさておき。

「見えないけれどいるんだよ」ということで〈違


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2008年7月28日 (月)

停電

ここ一か月がほど糸きり歯のぐあいがどうも悪くって、それでもだましだまし、お医者さんにかかりながらやってきたが・・

ついに根本からピキンってヒビがはいり、修繕むなしくいよいよご臨終。昼から年休とってお医者さまへ。

診察が開始されるまで美容院にでも、と思うもののあいにく今日は月曜日。どこの美容院の扉もつめたく閉ざされていて・・

ちょっとはやめに黒雲に追われるがごとく病院へ。飛び込みなのが申し訳ないんでお菓子持参@午後一番目だったのがうれしいぞ。受付のおねいさんもやさしく受け付けてくださりひと安心。雨が降るのはうれしいけどひどくなりそうね、などと言いいつつもぎゅんぎゅんぎゅんと治療はすすみ・・

窓ガラスがピカッと光る光る。バリバリ音もハンパじゃなくっておいおいすごいカミナリだな、と思っていると、

ピタ、と先生の手がとまる。て・・停電。歯を抜いたりレーザーでひゅんひゅんやってもらったりしてる最中になんですかこれってこんなことってあるんですかあうあうあう。

「このままでは帰せませんからね。大丈夫ですからね」とせんせい。
ええ、心配なんかしてませんこわくなんかありませんだって信じてますからせんせいのこと、とわたし@歯ナシ

でもカミナリすごいんですけど。停電、何度も続いてるんですけど。

と思ってるうちにわたしは一段落。一方、お隣の診察・治療中にもびしびし停電はつづく続く。

落ちていた乳歯の出どころ子に問えば三人寄り合い口を開け待つ みほ

むかしむかし。
部屋を掃除してたら誰のものだか、乳歯が落ちてた。子供らをあつめて聞いてみても、誰のものだかわからない。だったらさがせというのだろう、まだ赤ん坊から幼稚園児まで、子供らはあーんとばかり口をあけて立っている。

なんか、幸せだったなあ、と。


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2008年5月 4日 (日)

だれかが呼んでいる?

あたらしい職場にきてびっくりしたこと。それはやっぱり、なんてったってな新婚時代にさいしょに住んだマンションが、窓から見えたこと。

前の職場からは以前住んでた婚家が見え て、ずいぶんストレスだっ た。過去を振り払うつもりで契約更新を断った。そんでもって今回はこれである。なんなんだ。こんなのってよくあるはなしなんかいな。

そういえばあんまりくわしく書かなかったが、この職場にきたのもよくわからない経緯があった。実はここにくる前に別のところの内定をいただいており、書類を持って車を運転してそちらに行こうとしていた。ところがその車が路上で故障、白い煙を吹いてしまい、そのまま廃車ということになってしまった。なんかすごくイヤな予感がして、だからというわけではないが、車がなければ通勤できないところだったので、ありがたいお話だったがそのままお断りしたのがお昼二時。気持ちを切り替えてバスにのって職安に行って帰ってきて、ふと鳴った電話を手にとったのが夕方五時。それが今の職場。

ちなみに新婚さんだったころ住んでたマンションで体験した、「本当にあった怖いはなし」の一連の騒動?をネタにしてできたのがこれ。

人死なしめし井戸ある家に移り住むみごもりしその夏のはじめに
みごもりし身体はおもく昏くその木(こ)の下闇とさらにその奥の井戸
そよろそよろと語られし家「井戸裏」と書かれただけで手紙はとどく
まぼろしの通るかと見つ垣を抜けゆく人らゐて草ふかき庭
人をあやめし井戸ある庭を眺めつつわが胎内で眼は発芽しぬ
井戸にまだひとゐる気配の夏なればわれも井戸なりみごもりの夏
井戸を覗くわれを見上げるわが顔の遠くに崩れたちまちに消ゆ
夕立のあらけき香りに髪は濡れ身を捨つるほどの恋つつゐづつ
 

生きていたらいろんなことがあるのは当たり前だし、偶然といいつつその実なんの関係もないことなどよくあることなんだけれど、結局、新卒だったとき最初のボーナスで母を連れてでかけた温泉旅館の地元で住む羽目になったことをふくめ、なんだかわたしの人生ってのは無駄がないというか、なんかに操られてるような気がして、変なことはできんなあ、と。


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2008年2月27日 (水)

風邪ひきたまふ

ここしばらく風邪が続いている。そのまま花粉症になだれこみそうで恐怖。

風ひきたまふこゑのうつくし 越人

の情緒などあらばこそ。頭が痛くて割れてしまいそう。割れたら小顔になってうれしいかも、なんだけど。
風邪を治す薬はない、っていうのはよくいわれるとおり。治す薬も治療法もないっていうなら、そもそも風邪は病気じゃないんじゃないかな。だってすごい文明ひっさげて地球に侵略してきた火星人だってころっと絶滅させたくらいだもん、って、違うか。

で先日も仕事場に二時間だけ顔だけだして、年休をいただいて帰宅ついでに免許の更新に。やはりアタマの具合も悪くなってるんだろう、見せられたビデオに号泣する。
交通事故で死んだのはクラスで飼ってる金魚を可愛がるかわいい小学生、ピカピカの赤いランドセルがぺっしゃんこになって、ってベタベタな設定。免許をとって以来、更新のたび見せられるビデオっていうと大概モザイクかかるほどうげげな事故現場てんこもりが通例で、そんでもって大概爆睡すんのが通例なんだが、あんなに食い入るほど観て「かわいそーっす。かわいそーっす」って泣いたのははじめて。すぐご両親に、と思う一方で、いや、この姿を見せたら・・とためらう警察官。やら。心をこめて死化粧をほどこす看護士さんたち。やら。もっと交通安全ルールきびしくおしえとけばよかった、って泣く一方で、こんなことならもっとかわいがってやってればよかった。ぜいたくさせちゃだめだからって、いろんなこといっぱい我慢させてしまってごめんなさい、ってかきくどくお母さん。やら。春ちかきころ、思いっきり泣いてしまいました、って交通安全のビデオにですよ?

次男が「ぼく憂鬱って漢字、字書みないで書けるよ、ほら!」ほめてほめて、ってばかりにカレンダーに書いてくれちゃって以来、カレンダー見るたび憂鬱なんです。中二病っていうくらいですからねえ、なんだかそんな年頃なんですよね、きっと・・


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2008年2月 1日 (金)

夢を語る

こんな夢をみた、とゆーのは漱石「夢十夜」だけど。

わたしはおなじ夢をよく見る。そんな夢がいくつもある。
もちろん夢は夢、普通の日常と混乱したりすることなどないのだけれど、
脳のいづこに夢やどるらむ。
日常の記憶も夢の記憶も、すぎてしまえばみな同じ。
もうなにがなにやらないつものお話なんですけどね。

・・夢でね、同じね、家にね、何度も行くんです。
それがとても立派な、おおきな家で。
庭から眺めたり。窓から覗いたり。中にはいったり。コタツにあたったり(笑
階段なんか、階段室ってかんじで、すごいの。
家のある町をあちこち歩いたりしたこともあったっけ。

そんな夢ばかりみてたんです。

で、昨夜、展開がありました。その家の裏というか表というか、そういうところにある家に住むことになる、ってめぐりあわせになる夢だったんです。
・・家のなかを不動産屋さんらしき人といっしょに歩いてまわりながら、窓からその「家」を見たりして、
ああ、ついにとうとう、ここに住むことになったんだな。
って感慨にふけってました(無意味

で、不動産屋さんといろいろ話しててその人がいうには、
「この家には実は問題があるんです」
ですと。
どんな問題ですか、と尋ねたところで話はまたかわってしまい、結局それっきりだったんですが。

・・幽霊がでるんです、とかいうのだろ、きっと。と朝、さっそく話をきかせたら、夫。
そりゃまあ、そーゆーことなんだろーけどね。でも不動産屋さんがそんなこと言うかってこともね、あると思うのね。わかってて客にすすめるか、って。マジに分析する私。
でも
「幽霊が出るんです。わたしもみました」
ってことだろうな、って思う。
きっと地球のどこかに夢で見るのとおなじ家があって、わたしはきっと、夢でその家、またはその近辺に出没してるのね。人はみんなそれを見て幽霊だって思ってるんだろうな。困って、それで家を売りにだした人もいるんだろうな。
でも現実そこにわたしがあらわれた。幽霊としてではなく、客として。
・・たぶん不動産屋さん、びっくりしただろうな。夢じゃないかって思ったんじゃないかな。気の毒に(笑

でもそこはさすがに商売人、びっくりしてもただでは驚かない。

「幽霊が出るんです。わたしもみました」
でもその幽霊、お客さん、あなたにそっくりなんです。

そうですか。

「・・だから大丈夫だろうって、おすすめした次第なんです」
どうですか、いい家ですよ。

・・あはははは。
あはははは。

って展開なんだろ。
ビーアンビシャス、夢を語るなおはなしでした。

妻を得てユトレヒトに今は住むといふユトレヒトにも雨降るらむか 大西民子

はなしはかわるが、大西民子はユトレヒトの夢をみたことあるんだろうか。きっとかなりの確立であるんじゃないかって私は思うんだが・・
ってか。ユトレヒトって、実在すんの? 天皇家の名前じゃあるまいし、ヒトがつくのって、あやしくね? 案外それって夢の町のことじゃね?(違


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2008年1月 4日 (金)

子×12

子子子子子子 子子子子子子

・・ねずみイツパーイ12匹。

いえいえわが偏愛してやまぬ小野たかむら(←字が出ない)が解いた謎文。
「ねこのこのこねこ」「ししのこのこじし」
と解いたという。

タカムラ。

・・と書く。

おなじく篤姫は、


女臣

ふたがみ の すそ の たかむら ひるがえし 
            かぜ ふき いでぬ たふ の ひさし に 会津八一

新年そうそう車がぶつけられてムチ打ちになってしまい、欝ってます。しくしく。


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2007年12月 9日 (日)

氷の部屋

霜がおりる時期になってきた。
草も花もぴきぴきに凍ってしまって、白い砂糖かなにかをまぶしたみたいでとても綺麗。

車も凍ってしまって、氷の部屋のなかにいるようでとても寒いんだけれど、氷のなかから見る世界は、とても綺麗。

おつとせい氷に眠るさひはひを我も今知るおもしろきかな 山川登美子


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2007年11月18日 (日)

さつき

介護の必要な舅ん家に来て、なんて言葉では簡単だけどいろいろもろもろすごく不便で大変で、主婦としてはものすごく納得しがたい気分な昨今。

とゆー毎日だったけど、ようやくこちらもPC使える環境ゲット。次男がさくさく接続してくれてこれを書いてる。

定住の家をもたねば朝に夜にシシリイの薔薇やマジョルカの花 斉藤 史

今日はこっち、明日はどっち、って子供に着替えと学校のかばんだけ持たせてさすらっているような生活。
気分はなんちゃってシシリイの薔薇やマジョルカの花なんだけど、定住の家がないこんな生活、ぜったいマトモじゃない。
それでも季節はめぐり薔薇たちは次からつぎからこぼれるように咲いてくれている。
・・H市のおうちにお留守番で置いてた40鉢とかゆー薔薇たちをえっちらおっちら一鉢づつ、田舎の舅の家に運んだ甲斐あってか今満開。
舅の家は純然たる日本庭園で、だから薔薇たちは完全にミスマッチなんだが、それぐらいの嫌がらせなんかで罰、あたらんだろし^^;

仕事から疲れて、月明かりなんかで照らされた庭の薔薇たちの間を通って帰ると、なんだかほっとする。

・・ところがお舅さん。
どうやらこの薔薇に興味津々らしく、鉢の場所がかわってたのに気づいたのが最初。
土をかじってたり、枝を剪定してたり。
おおきなつぼみのついた枝を折ったり。

「そんなことをされては困る」
と夫に抗議したのだが、それぐらいいいじゃないか、の答えに怒りばくはつ。

それぐらい、の言葉って便利よね。
どんなに本人はつらくっても、とりあえずそれで丸めこめるっていうか、大事な薔薇をばさばさ伐りまくられて、挙句「それぐらい気にすんなよ」で以下終了。

・・痴呆が出だしたらしく、わたしの薔薇のことを自分の皐月〈さつき〉と思い込んでいるらしい。
皐月がよく咲いてるなあ、と。
だから剪定するのはわかるけど、仕方ないのもわかるけど。

こちらの方は毎朝ものすごい霧が出る。
霧にむせるような夜明けのころ、薔薇たちはそれぞれ露に重く濡れ、
冬ちかきころ、春のころよりいっそう色あざやかに、咲く。


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2007年8月27日 (月)

小池大臣の真珠

内閣改造にワクワクテカテカな昨今・・
書いてたものの夏バテでアップする元気もなく放置してた記事をば。
いえもうそろそろ時期遅れになりそうだから。

08248226
「おのれ守屋。うぬが命つきたぞ」
だったっけ。最近話題のどこぞの防衛省における人事抗争がらみではなくマンガ「日出処天子」でのせりふ、のちの聖徳太子こと厩戸皇子VS物部守屋の巻での一場面。このあと守屋さんはあえなく射殺されるわけですが、
・・守屋といえば物部。物部といえば「もののふ」。歴史は繰り返し、だからなるほど防衛省の天皇か。というわけでこの一首。

もののふの八十宇治川の網代木に いさよふ波の行くへ知らずも  柿本人麻呂〔万葉集・巻三・264〕

       

「柿本人麿が近江から大和へ上つたとき宇治川のほとりで詠んだものである。
       『もののふの八十氏(やそうぢ)』は、物部(もののふ)には多くの氏(うぢ)
       があるので、八十氏(やそうぢ)といひ、同音の宇治川(うぢがは)に続けて序
       詞とした。網代木は網の代用といふ意味だが、これは冬宇治川の氷魚(ひを)を
       捕るために、沢山の棒杭を水中に打ち、恐らく上流に向つて狭くなるやうに打つ
       たと思ふが、其処(そこ)の棒杭に水が停滞して白い波を立ててゐる光景である。
        斎藤茂吉『萬葉秀歌』 ここ

守屋が滅んでも八十氏(やそうぢ)もの眷属は残り、後世に伝わるもののふの実権を握りつづけたおそるべき一族・・いさよふ波の行方知らずも、ってのもなにやらたっぷりと思わせぶり。いえ小池百合子大臣の去就のお話じゃありませんけどね。
西南に道あり!
ってせりふもこのマンガの前後にあったっけ。そういえば「阿倍内麻呂」 ってやたら目端のきいた油断ならないやり手の人物がいたっけ。ええ、マンガのおはなしですけれどもね。

それはさておき、小池百合子のこの↓真珠が気になってたまらない。
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よっぽどお気に入りの真珠なのねん。ここ一番のときにつけてる。しかも対男性のとき^^
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血紅の爪に真珠のピアスつけ笑むとは男こその美学ぞ 黒瀬珂瀾『黒耀宮』

このリリー小池さん、なぜか真珠がすごく似合ってた。そうか男っぽいからなのか。「一兵卒」って言葉からしてオンナ女してなくって逆にやる気まんまんなイメージある気がするんだけど。どうなるんだろ。

このお店で買ったのかしら。今度神戸に行ったとき調査してきますのでそのときまた報告します。

ところで百合。「ゆり」というのは万葉時代、「あとで」という意味もあったらしい。

我妹子が家の垣内のさ百合花ゆりと言へるはいなと言ふに似る 万葉集・巻八1503 紀朝臣豊河

「ゆり(また後でね)」というのは、「だめよ」と言っているようなものですよ、なーんて意味の歌だけど・・。
「私は辞めるって言ってるのよ。分かる?」
って、お百合さまのお言葉に妙にしんくろにしちぃー。
ってこれも単なる深読み。

荒れし庭よぎる者なきひとときを模造真珠の小日輪 葛原妙子

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2007年7月30日 (月)

天使は針の上で何人踊れるか

北欧はノルウェーの王女さまは天使とお話ができるとか。ほー。ここ
同国王室は、同ウェブサイトの内容が王女の見解を正しく伝えていることを正式に認めたが、それ以上のコメントは控えている。
とのこと。嘘つき呼ばわりは不敬、だからって本当とも言えないってことでしょうが、とはいえこの王女さまの能力がもう少し上の世代に出ていたならば、たとえばヒトラーの台頭だの第二次世界大戦だのはありえなかったかも、と思ってみたり、いやいやもしかしたら今こそ天使さまのお導きが必要な大変な時代なのかもしれないと思ってもみたり、そもそもノルウェーはムーミンとかトロルとかの妖精の国なんだから、天使じゃなくて妖精の間違いじゃないのと思ってみたりもする参議院選挙@自民党惨敗 の朝。

バチカンの見解とかも知りたいところだけれど、あちらはカトリック、ノルウェーはたぶん新教徒のお国だったのでは、ということで、なんだかこちらも 逃げ腰ノーコメントなことになりそうな気も。というか、異端諮問の時代ならともかくこの現代において、本物の天使のお告げとニセモノのたわごとの区別というのはすでに、精神科の領域で 果してできる人がいるものなのかどうなのか。

とはいえ古来より卑弥呼に例をひくに及ばず、王権神授説がまかりとおってたって世界史の常識を思い出してしまった次第。でもたしか今のノルウェーの王家のはじまりはそもそもナポレオンの時代、フランスのとある将軍に議会が白羽の矢をたてて迎えたのがはじまりなわけで(違うかも)、神様云々、すくなくともオカルト関係はあまり関係なさげな感じなのに、
・・と思ってたらこノルウェー、血統自体にすごい噂があるとか・・

故オラフ5世の実父を疑問視する書籍刊行 2004年 10月 15日

 [オスロ 14日 ロイター] ノルウェーの現国王、ハラルド5世の父、故オラフ5世がホーコン7世の実子かを疑問視する研究書「The People」が刊行された。
 著者のトール・ボマン・ラーセン氏によると、オラフ5世の父、ホーコン7世の妻マウド王妃には、自身も知らないうちに人工授精が行われ、精子は主治医のフランシス・レイキング氏か、その息子のものである可能性があるという。

 ホーコン7世と王妃は結婚後6年間、子供がなかったが、1903年7月2日にオラフ5世が生まれた。

 著者のラーセン氏は14日の記者会見で「受胎したと思われる日には、ホーコン7世はデンマークの軍艦に乗船しており、マウド王妃は英国の病院に入院していた」と述べた。

 また、オラフ5世が生まれる10カ月前に、ホーコン7世と王妃が会ったのはたった一回だったという。

 王室は、「ハラルド国王は、オラフ5世がホーコン7世の息子ではないという情報は持ち合わせていない」とする異例のコメントを発表した。
(出典はすでに削除)

・・というか、つまり現王室が今あるのも天使さまのおかげでして、ってことだったならば35歳のお姫さまと天使の関係のすべての謎はとけるような気も。でもなぜに捕鯨の国・ノルウェーに?

・・ちなみにマッタ・ルイーセ王女(35)のもうひとつ有名なポイントは、自分の子供にスターウォーズのヒロインの名前をつけたこと。

「実をいうと、私はずっとスター・ウォーズの大ファンで、レイア姫が世界一の美女だと常に思っている」
というお言葉があったそうだが・・

レイア姫をいうならば「世界」が相手じゃなくって、「宇宙」というべきじゃないかと。もちろん「ミス・ユニバース」という意味では同じかもしれんが。

・・ちなみにこのお姫さまのサイト、『アシュタルテ』なんですけれど。
限りなく似ている名前「アスタロト」でしたら天使どころか悪魔界の大物なんですけれど。

アスタロト 悪魔学によるとソロモン72柱の魔神の1柱で、40の悪霊の軍団を率い、序列29番に位置する大公爵。サタンに従う魔界の4大実力者の一人である。堕とされる以前は座天使であった。 コラン・ド・プランシーによれば地獄帝国の大主計。(略)過去と未来を見通す能力を持つ。(略) 質問者に学術を教授することもある。天地創造から天使が如何にして堕天したかと言うことも語るが、天使として自分が受けた罰が不当であるとも主張する。(略) 「ウィキペディア」より

天使は不図おそろしき顔をしたり柱の陰よりこちらを向きて 葛原妙子
天使にも五臓六腑のあるらしき洋画の前に人集ひ居る 齊藤史
颱風の眼に入りたる午後六時天使領たるあをぞら見ゆる 小池光

・・短歌の世界に描かれる天使って、なかなかクセモノというか、一筋縄でいかない感じなのばかり。
という訳でノルウェーの王女さまに降臨してる天使。本当に本当の天使なんかどうか、マジでバチカンも鑑定団とか派遣したほうがいいんではと、異教徒ながらおせっかい。

-記事引用-

ノルウェーの王女は天使と話せる!?

[オスロ 24日 ロイター] ノルウェーのマッタ・ルイーセ王女(35)は24日、自分には天使と交信する能力があり、ほかの人にもその方法を教えて、力になりたいと語った。

同王女はノルウェー国王ハーラル5世とソニア王妃の娘で、理学療法士。発言は自ら設立に関わった特殊教育センター『アシュタルテ教育センター』のウェブサイト上で表明したもので、子供のときから天使と交信しているという。

同センターは「天使と自らの力で人生に奇跡を起こす」ことを教えている。

「わたしはずっと従来のものに代わる治療形式に関心を持ってきました。初めて天使と話したのは、馬の世話をしていたときでした。後になってこの強力な才能について理解し始め、それをほかの人々と分かち合いたいと思っています」

王室は、同ウェブサイトの内容が王女の見解を正しく伝えていることを正式に認めたが、それ以上のコメントは控えている。

同王女の弟ホーコン王子はノルウェーの王位継承者。

同センターの教育期間は3年で、学費は1年で2万4000クローネ(約50万円)だ。

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2007年7月 6日 (金)

夏至のころ

・・こちらに立ち寄ることのできないまま毎日忙しくしておりましたが。

ラベンダーをざくざく刈りとり抱えにき夏至ちかきころ風のベランダ みほ

先週日曜日「短歌人」の関西歌会 IN 神戸 に。
ひさしぶりの歌会出席に心がはずみ、小雨まじりの坂道を歌稿を大事にかかえてのぼる。

提出した歌の三句目は「はこびにき」。
総じて前半はいいけど後半が、という意見が多かった。まあもともと下句を風通しよくスカスカって感じにしあげたかったんだけれど、うーん。スカスカすぎたか。
はこびにき、ってのも動作の位置が不明という話があったのでこれは改めた。こっちの方が自己愛色全開っぽくっていいかw

大学いってる長男が久しぶりで帰ってきてたんだけれど、ひさしぶりに顔を見て仰天。思春期の花、うっとおしいほど咲き乱れてた「にきび」がひとつ残らず消えていて、その下からあらわれたのがわが子ながらなかなかの美形、なかなかの美青年に変身してたこと。
都会の水に洗われて垢抜けるってこのことかとびつくりしました。
家族全員しみじみ仰天したらしく、
「にいちゃんみたいになる」
次男もあわててにきび治療薬買いに薬局に走りましたとさ。

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2007年6月 2日 (土)

負けないで

更新してなくてすみません。
ZARDの坂井泉水さんがお亡くなりになり、その作品がテレビでよく流れていますが・・

くわしくは語れませんが、わたしも今、「負けないで」を自分たちへの応援歌として聞きながら、がんばってます。

泉あり 青空は 手にして いただく 荻原井泉水(せいせんすい)

青空はつかめない。でも青空の映りこんだ水なら手にすることはできる。
今こそ空と水、自然のすべての力をかりてでも事態にたちむかっていきたい、と思った。

・・坂井泉水つながりということで。

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2007年5月26日 (土)

乙女ばしか

・・はしか流行のニュースに驚き、あわてて母子手帳を探し出して予防注射歴をチャック。
うちはなんとかさんにんとも接種済みだったが・・
ワクチンの効力が切れていることもあるとかでそうそう安心もできないらしく。

と思ってたら変な病気はっけん。男性にしか感染せず、羅病した人々はことごとく目が乙女のごときキラキラした瞳になってしまうという「乙女ばしか」なる奇病とその恐怖の物語。もちろんフィクションだけど、なんだかアレなおはなしではありますな。 ここ

と思ってたら女子の読むなるマンガを男子もとて読むなり。男の子のための少女マンガ誌ってのが発刊されたとか。もうなにがなんだか。 

最初から男性読者を対象にしているため、少女マンガの良さを大事にしつつも男性読者が読みやすいようなテイストにしてあるところです。具体的に言うと、ギャグ要素の強化、プチ萌え、“百合”っぽさ等を取り入れています(略)
そして、少女マンガに欠かせない要素として「LOVEです!」ここ
  

・・はしかみたいなもの、という言葉があったものだが、少年むけ少女漫画ってのも・・一時的な、はしかみたいなものなんだろうか。

とじゃいえいったん免疫を持てばこっちのもの。

病(や)みませるうなじに繊(ほそ)きかひな捲(ま)きて熱にかわける御口(みくち)を吸はむ 与謝野晶子

この病人、はしかじゃないと思うけど・・病人襲ってどうするw
つうかこの歌。病んでるかんじがなんとなく、乙女ばしかならぬ腐女子ばしか、BL系のにおいがしませんこと?(殴

かがなべて百億の昼と千億の夜の果てなる王都への旅 みほ

・・むかしむかし。いとけない中学生だったころ。わたしは毎週本屋で「少年チャンピオン」を一冊、立ち読みでまるまる読破してた。
おめあては萩尾望都の『百億の昼と千億の夜』。主人公は興福寺の阿修羅像の阿修羅。顔は仏像だけどなぜかミニスカの女の子、しかも胸元はだけまくり、谷間くっきりの少年漫画系キャラ。この子(戦いの悪神だけあってすげー勝気)と仏教代表のシッタータ王子(つまりお釈迦さまですな。でも美形♪)と理性代表のプラトン(なぜかヨボヨボの爺さま)の三人と組み、キリスト教代表ナザレのイエス(ビミューに「ねずみ男」に似てたっけ)相手に宇宙存亡をかけた深遠かつ壮大な宗教戦争を繰り広げる・・とゆーよーなおはなしだったっけ(違うかも) 
光瀬龍の原作も読んだがマンガの方がわかりやすくっておもしろかった。でもなぜこれだけ役者が揃っててマホメットが出てこんのだぁ、と毎週突っ込みながら読んだのもいい思い出。もし続編がでるならマホメットもでてくるかもしれないけれど、そうなりゃ孔子もねとか言い出しそうだしぃ、結論。まあたぶん無理だろうなと。イスラムへの冒涜とかで出版社、テロにあっても意味ないし。

鹿たちも若草の上に眠るゆゑおやすみ阿修羅おやすみ迦楼羅 永井陽子


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2007年5月24日 (木)

バナナ

雨の前は気分が憂鬱になる。
わたしの身体を構成している水分が気圧の変化に反応するからなんだろうか。
低気圧になると海面が上昇するという。
台風のときなど中心気圧が40hPa下がると、海面も40cmほど吸い上げられるらしい。
人間だって同じじゃないかな。・・身体の水分かそれとも魂かなにかわからんがとにかく、雨雲のかなたから伸びてくる手につい、と吊り下げられる。

大きなる手があらはれて昼深し上から卵をつかみけるかも  北原白秋

・・そんな様子を想像してしまう。

雨の予報が出ていたので、雨にあたったら駄目になる薔薇を剪ることにする。
オフェーリアにラ・フランスにカクテルにその他、名札が取れてしまった名無しの薔薇。
本当はこの薔薇を持参して訪問したいひとが幾人かいたんだけれど・・
人に会うのがどうにも億劫で。
・・そんなことでぐずぐずしていたら夕方、次男が友人たちを連れて帰宅。
当然ながらアポ無しで、あわててジュースをだしたりおやつを用意したり。チョコをおかずにパンでも食べてて、とかもう、めちゃくちゃw
バナナがあったのでそれも出す。
そういえば小学校の遠足。説明のときおやつは100円までという約束があって、
「バナナはおやつですか~」
って質問も約束のようにあって。
おやつじゃなければおかずかよ、とw

関西人はお好み焼きをおかずにしてご飯を食べるが、
バナナをおかずにお弁当を食べたりはせんだろ、とw

参考:バナナはおやつですか ここ
統計:ここ

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2007年5月21日 (月)

叫ぶ枝

新緑のころ、ケヤキなどの下を歩いていると若葉を透した光が地面まで深くさしこみ、目をあげると水面の青さで若葉がひろがっている。鳥の飛ぶすばやさは魚のようで、風の心地よさはきれいな水のせせらぎのようで、もしかしたら自分もさみどりに染まった水の中を歩いているのではないかと思う。身も心も洗い上げられるような気分になるこの時期。
あちこちで薔薇が咲いていてウォッチが忙しい。
気に入った薔薇を見るため遠回りすることもある今日このごろ。
挿し木して育てたいので、ほんの少し枝をいただけませんか。
そう言ってしまいそなのをぐっと我慢したりしつつ。
ああ本当にいい時期だなあ、と思う。

ゴールデンウィークにがんばりすぎて野球などをしたものだから、以来肩から腕にかけての調子がおかしい。
我慢できないほどでもないので我慢しているが、痛む腕をさすりつつ憂鬱な気分でウォッチしているニュースはずばりこれ。

福島県会津若松市で県立高校3年の少年(17)が母親(47)を殺害した、例の事件。
・・また男の子三人。って家庭環境なんね。うちといっしょでなんだかうんざり。

わが胸にリンチに死にし友らいて雪折れの枝叫び居るなり 坂口 弘

雪折れの枝・・
枝、とあるからには幹にひとしい胴体ではなく、腕なのかしら。
だいたい「連理の枝」って言葉も、腕を伸ばして抱き合ってる木々のかたちを言ってるくらいだし。
坂口弘はともかく、17歳高校生。
・・腕が枝だったりしたら植木鉢に挿し木すれば、そこからあたらしいお母さんが芽生えてくる、なんて思ったのかしら。

殺す相手は誰でもよかった、ということだけど。
しっかりものの、がんばるお母さんだったらしいけれど。

犯人の少年。
・・もう一度あたらしいお母さんを植木鉢で育ててあげたかったのかしら、と思ったりする。

あ、いえちょっと。
関係者がなぜか木材つながりの名前ばかりだったという意味で不思議だった名古屋立てこもり事件からの連想なんですけれどね・・

時々の花は咲けども何すれぞ母とふ花の咲き出来ずけむ 万葉集

犯人の少年にとって、もうお母さんはいないんだなあ、と。


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2007年5月14日 (月)

親学/愛の悩み

昨日は母の日だったが・・

4月25日に政府の教育再生会議(野依良治座長)で、子育ての指針といわれる「親学(おやがく)」に関する緊急提言の概要がまとまるも、結局速攻でお流れになっちゃったわけだが。

提言の内容、なるほどいいことばっかりなのね。
でも
「教育なんたら委員会でいってたこともできないの? んまぁ~~!! 最低の親ね!!」
とかお姑さんとかにお上から言われたりしたらぜったい耐えられない、ってことばかり。
それのせいかしら。このイラストのおかあさんの表情、暗すぎw

20070510

・・私自身テレビ漬けだったし母乳も足りなかったらしいしテレビの主題歌が子守歌だったし抱きしめられたりほめられたりしたおぼえもあんまりないし、だいいいち自尊心なんてもたないほうが美徳って育てられ方だった。
うそはダメ、って項目もあるけど、それで押さえつけるというかがんじがらめにするってのはアレだし、許容量ゼロの、生きるのがつらくなるような正直さって、ダメでしょ?

だからわたしってダメ人間なんだって親のせいにしちゃいけないのはわかってるけど。
極論、自分の親ってばつまり親学落第者だったんかい。親学落第者の失敗作が自分なんかい。失敗作のわたしに子育てなんかできない。こんなの息がつまる、子供産まない→少子化加速。ってスパイラル決定。

かの子かの子(以上傍点)はや泣きやめて淋しげに添ひ臥す雛に子守歌せよ 岡本かの子『愛のなやみ』

・・子育て真っ最中でいっぱいいっぱいだったころ、ナルシズム全開みたようなこの歌に救われた。
親だって泣いてもいい。淋しくってもいいんだ。
自分にむかって子守歌を歌うってのも、あってもいい。
この短歌にうたわれている親子は抱き合ってはいない。
だいたい親鳥は「雛」を抱くことはできない。
でも、それでもいいんだ。

もう見られない!?「親学」提言のポイント(毎日新聞)
(1)子守歌を聞かせ、母乳で育児
(2)授乳中はテレビをつけない。5歳から子どもにテレビ、ビデオを長時間見せない
(3)早寝早起き朝ごはんの励行
(4)PTAに父親も参加。子どもと対話し教科書にも目を通す
(5)インターネットや携帯電話で有害サイトへの接続を制限する「フィルタリング」の実施
(6)企業は授乳休憩で母親を守る
(7)親子でテレビではなく演劇などの芸術を鑑賞
(8)乳幼児健診などに合わせて自治体が「親学」講座を実施
(9)遊び場確保に道路を一時開放
(10)幼児段階であいさつなど基本の徳目、思春期前までに社会性を持つ徳目を習得させる
(11)思春期からは自尊心が低下しないよう努める

・・(11)の自尊心の扱いはなかなかナイスだとおもうけど、
自尊心ってのが根拠のない変な愛国心やらナショナリズムに応用されないかどうか。いえちょっとした老婆心。
「ウソはだめ」ってのも国家に言われれば、そこはかとなく行く先某相互監視国家のにおひがする気がするのは何故。

だいたいケータイやらインターネットが「世界中の悪と直接つながる」だなんて、どこの秘密結社「鷹の爪」なん?(マイナーすぎ

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2007年5月12日 (土)

バベル

映画「バベル」を観にいったあと、夫と一番はげしく言い合った問題ってのはずばりこれ。
舞台がメキシコに移ってすぐ、ちらっと一瞬だけ写った縞馬。
あれ本物? それとも馬かなんかに黒いスプレーで縞を描いただけのもの?

わたしは断然白馬にスプレー派。夫はきっと縞馬にはあんな品種がいるんだ派。

議論白熱して両者一歩も譲らず。

とはいえわたしには最終兵器みたいな証拠写真があるんだ。

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記事はここ など


どうでもいいけどこっちが本物の縞馬。


かの国サイドは馬にペンキなんてありえません、と強固に主張しているらしい。
そうだろう。そもそも白馬は馬じゃない( 「白馬は馬に非ず」@公孫竜)んだもん、てか。


縞馬の縞がずれゆく春の暮 渡辺誠一郎

縞馬に跨がり父を知らぬといふ 中烏健二

いえ、「バベル」には縞馬に跨る場面なんてありませんでしたけどね。

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2007年4月30日 (月)

蟷螂殺人事件

なんとか薔薇の咲いているのを剪ってそのあと、手から薔薇の匂いがとれない。
何度洗っても手から匂いがとれないなんて、気分はなんちゃってマクベス夫人ではあるが。

疲れて塚本邦雄『茂吉秀歌百首』([霜][小園][白き山][つきかげ])なんぞを開いてて・・
蟷螂(かまきり)についての塚本の書くえぐいはなしにダメージをうける。ひとりでショックをうけても腹がたつので読めばもろとも、引用する。

地方によっては、この虫を有毒として忌み嫌ふ。伝へるところによると、さる山村の家庭で一家心中事件あり、炉端にある大鍋の雑炊を調べたところ、数匹の蟷螂の屍骸を発見した。妻女が宿怨の姑と夫と先妻の子を謀殺し、みづからも命を絶つた毒は、この昆虫のものである。(講談社学術文庫 p117)

・・・。
ただの都市伝説ならぬ山村伝説とはおもうけれど。

まあわたしだってさる山村に住まわされていた頃には
「いかなる前世の宿業あって、このような思いをせねばならないのか」
と何度も思ったことがあったので、この事件の首謀者というひとの「宿怨」のほどもわからないわけでもないのだが。
憎い奴ばらはともかく、蟷螂鍋をみづからも食らって死ぬくらいならほかにも手立てはなかったのかいと小一時間ほど説得してやりたい気もする。

しかしこの、塚本の紹介する殺人事件。ほんまに蟷螂鍋で人が死ぬのかいと思ってたらそのあとすぐ、

分析の結果はつひに不詳であつたが、症状は青酸中毒に酷似してゐた。

・・。

・・というわけで調べてみた。

カマキリの薬効 ここ

↓おまけ

シアン(青酸)中毒、症状と治療
7/28 メルク・マニュアルより

症状
瀕脈、頭痛、傾眠、低血圧、昏睡、けいれん、死
静脈血が明赤色になる
非常に急速な死(1から15分)

治療
迅速さが不可欠。吸入した場合は源を取り除く
直ちに嘔吐または洗浄、亜硝酸アミルを0.2ml(1アンプル)毎分ごとに30秒間吸入、100%酸素、呼吸補助
10mL 3%亜硝酸ナトリウムを2.5から5mL/分 静注、(小児には、10mg/kg)、その後25から50mL 25%チオ硫酸ナトリウムを2.5から5mL/分で静注。症状が再発したときは、上記を繰り返す。リリー社製シアン化物キット(Lilly cyanide kit)を使う    ここ

・・合掌。

+おまけ 1+

わが父母をあしざまに言ひしこともなき妻と思ひていまともに老ゆ 佐藤佐太郎『開冬』(S50)

+おまけ 2+

与謝野晶子が紹介する姑殺人未遂事件 ここ
その続編 ここ

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2007年4月29日 (日)

花疲れ

木の芽どき、というけれど、季節の勢いについていけなくなるというのか、毎年今頃心身の具合が制御できなくなるというか、わるくなる。
ベランダの薔薇もどんどん咲きだしてくれていて、薔薇のためにも剪ってやりたいと思うのだが、ぼんやり眺めているだけでハサミを手にすることができない。それでもってようやく剪っても、それだけでひどく疲れてしまい呼吸だって浅くなってなにもできない気分になってしまう。
きのう剪ったのは大輪、というよりむしろ巨大な黄色とピンクの薔薇、あわせて4輪だった。豪華というよりむしろ気持ち悪いくらい・・などと感じたぐらいだからよほどわたしの心は弱っているんだろうと思う。
まだまだ剪らなければならない薔薇はたくさんあるのに。花びらの先が赤くそまっているダブルディライトも真っ白なアイスバーグも、はやく剪らないと盛りをすぎてしまうのに。

女性の名付(ふ)されし薔薇の咲きそろふ苑をゆき墓標巡れるごとし 横山 未来子『水をひらく手』

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2007年4月26日 (木)

ゆゆしき言葉

雪の夜の惨劇となるベルを押す 時実新子

この句の「ベル」は呼び鈴だとずっと信じていた。
雪の夜、その人影はやはり女。微笑む女の視線の向こう側の・・幸せそうな家の玄関には花かなにかが飾ってて、三輪車とかが置いてあって。
・・ややあって呼び鈴を押す女は刃物かなにかを抱いていて。
そんな句だと信じてた。だって時実新子だもん( ´ー`)ノ 

でも思い出してみると「開幕ベルは華やかに」、って小説もあり、だからこの「ベル」ってのは開幕ベルだったかもしれないな、と思ったのはやはり話題の佐佐木幸綱「批評と礼節」で引用されていたこの歌から。

エレベーターとまちがへわが家の呼びリンを押す人がゐる年に二、三度 花山多佳子『木香薔薇』

そこにボタンがあるから押したくなるというのはわからないわけでもなく、開幕ベル、呼び鈴、エレベーターの昇降ボタン、非常ベル、核兵器発射ボタン、ガス室のボタン、防犯ブザー・・私としては嘘とか本当とかそんなことは関係なく、ある「あやうさ」を想起してしまった歌だ。
「まちがへ」てではなく、あらゆる可能性とでもいうか。エレベーター、という卑近なものではなくたとえばテポドン発射ボタン。実物なんて知らないけれど、呼びリンとかたちが似ていないと断定できるわけでもあるまい。呼びリンを押しながら、頭ではなにか別のものを押してしまう、そういう世界が変にぐらりと傾くような「あやうさ」をこの歌でわたしは感じてしまった。
でもなぜにこの歌。呼び鈴とかじゃなくって「呼びリン」なんだ?

・・でもまあとにかく呼びリンならぬ開幕ベルは押されてしまったのだから・・

茄子色にみるみる腫れて来しあたり眼をねらえ眼を俺は熱くなる 佐佐木幸綱(『現代の短歌』より引用)

・・ゴングは鳴らされてしまったのだから。
・・どうなるのだろう。

「短歌」5月号松村正直氏の「「批評と礼節」に答える--佐佐木幸綱氏へ」を読む。これに対する佐佐木幸綱氏の反論はまたあるのだろうか。

「あらず、これには別に故あり」鷗外のゆゆしき言葉聞く秋の夜 永井陽子『モーツァルトの電話帖』

・・6月号で待ち受けているかもしれない幸綱氏の「ゆゆしき言葉」がおそろしい。

怒りの束(たば)を摑んでついに立ち上がるもう一つの水無月(みなづき)の生きざま 佐佐木幸綱(『現代の短歌』より引用)

今日は各地、地震のニュースがあったが・・
それに関係なく、怒りの束(たば)を摑んで、ということはもうないように願いたい・・

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2007年4月24日 (火)

カルガモ、他

気力体力、ともに欠如気味のわたしでもふんばって作業しなければならないことはあり・・

それは薔薇の新苗の植え付け。一気に植えてその数約10。ひー。
昨日は三男のお誕生日だったから。
そのお祝いに買って来た「シャルル・ドゴール」を植えた。
薔薇の名前はそりゃ女性にちなんだもののほうが多いのはあたりまえだけれど・・
たまには殿方にささげられた薔薇ってのもあり、シャルル・ドゴールは青系の薔薇のはしりという意味でも代表格のひとつというわけ。

薔薇を植え終わってから図書館に行く。
川沿いの道を自転車を漕いでいてなんと、カルガモ親子はっけん。

おかあさん鴨のうしろをふわふわのちっちゃいのが4羽。毛糸だまみたいなのがかたまっていっしょに泳いだり、遊んだり。
しばし見ほれてしまった。

そうしてると川向こうにおばあさんがあらわれ、パンくずなんぞを撒きだした・・
川をはさんでむこうとこちら、見知らぬもの同士でカルガモのかわいらしさに声をあげたり語り合ったり。

そのあと図書館へ。
むかしの雑誌から歌稿をコピー。
若く、気負っていたころのこと。作業しながらいろんなことを思い出したりした。それは楽しいことばかりではなかったが、それでもやってこれたのは短歌があったからだろうな、と

誰そ我に
ピストルにても撃てよかし
伊藤のごとく死にて見せなむ
石川啄木
 『一握の砂』

某所でこの歌のことを知る。この「伊藤」は伊藤博文。
「父伊藤一長はこの程度の存在でしたか。父は浮かばれないと思います。残念です。父の愛する長崎でこんな仕打ちを受けるとは思いませんでした」
とその娘さんが声を詰まらせたという、このたびの長崎市長選挙の結果だが・・
伊藤前市長襲撃と関係はないけれど、この啄木の歌って何なんだろ。

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2007年4月15日 (日)

ヤフオクで

大学に行ったきりの長男の部屋に次男が入ることになり、掃除のため開かずの押入れをあけてみたところ「機動警察パトレイバー」シリーズがそろってて、あきれ果てつつも一心不乱に読む。
作中になにげなく描かれてた新聞の日付を見ると1999年7月で、ふと思い出してみるとそれはそれは遠いむかし、本人すらわすれていたことじゃが歌集をだしたことがあり、そのあとがきとかに取り組んでいたころのおはなしじゃ~ないですか、と(遠い目

思い出してごらんあんなことこんなことあったでしょ♪・・結構きつい日々で、毎日のカレンダーを「凶」の黒丸で塗りつぶすだけのようだったきつさを乗り越えることができたのは、ただただ幼い子供たちの笑顔のおかげだった。息をするのも苦しくて、毎日綱渡りをするようにへとへとで、でも子供たちといっしょにいたら幸せで。
そのしあわせをせめてものかたちにしておきたくて。

・・ヤフオクに出てる、と知って探していた。今日ようやくつきとめたときには入札はおわってて。
大阪の歌人が放出したそうな。だれだろ(笑
ともあれ・・知っていればわたしが手に入れたかった。
結局手に入れたのは業者さんらしいけど・・
だれだろう、ほかにも買おうとしてくれた人がいて。いい趣味の本を集めてくれているひとだったらいいのに、などと。

どこの誰だか存知げませんが、これもご縁。たいせつにしてくださいね、と。

おまけ。ヤフオクにアップされてた画像ですが・・
Masato50jpimg600x4501175644451sonorama_0_2

ポップアップできないようにしてます。このほーが奥ゆかしくていいのではないかと(殴

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2007年4月12日 (木)

花酔い

三男の高熱も一日でおさまり、とはいえ心配だから「窓から落ちるなよ」と言い置いて(笑)
用件を片付けるため以前住んでいた村にドライブ。
桜まっさかりの頃で、どこもかしこも花盛り。春の女神・佐保姫の諸国めぐりには、土をふむことなく花から花へ渡っていけそう。おなじように次から次へと目に映る花に見惚れながら車で走る。

佐保姫の春立ちながら尿(しと)をして 『犬筑波』

春は花の頃、狐の嫁入りなんかに出会ったときふと思い出すのがこの句。
何故好きなのかは不明ながら、なぜかなんとなく好きな句。

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2007年4月 2日 (月)

入学式

春は桜のころ。名探偵コナンやらクレヨンしんちゃん、ちびまるこにサザエさんなどなど、子供向け長寿アニメの登場人物にとっても新学期は等しくやってくるはずなのに、なぜかそこらへんが不自然にぼやかされてしまう不思議な季節。

桜花ちりかひくもれ老いらくの来むといふなる道まがふかに(業平・古今集349)

爛漫に咲く桜の見せる、これもあやかしかしら。

+

長男の大学の入学式に。じつはわたしの母校でして、というわけで卒業以来ウン十年ぶりに同じ桜の下を歩くことになる。
とはいえすべてがさまがわりしていて、校内で迷う迷う。
迷いながら文学部をさがしだし、教授棟へ。先生はお留守ということだったが、事務の方のご好意で奥に入れていただける。勝手知ったあたりを歩ているとそこだけは以前とまったくおなじ古い、ものさびた雰囲気そのままなのがなつかしく、お部屋に掛けられた御世話になった先生方のお名前につい、落涙してしまう。

月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして(業平・古今集・747)

いいえ、いちばんかわってしまったのは、わたしなんだろうな、と・・


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2007年3月30日 (金)

金色の獅子 2 「罵詈雑言」

夜のあいだにひどい嵐が通り過ぎたようだ。雷も激しかったらしい。まさに「金色の獅子」の咆哮を浴びるような。あちこちで話題の佐佐木幸綱「批評と礼節」のせいかしら。

+

次男@高校生 に斉藤茂吉って知ってる?と尋ねたら、漫画『銀魂』にでてくる腕の滅法たつという伝説の大工さんのこと?といわれた。
「しかもそいつ、実在しない作り話のなかの登場人物なんやで。ありえんで」
ですと。
ついでにこいつ、小学校の廃校には「もきち」なるゾンビが住みつく、って信じてたこともあったりしたっけ。

・・それはともかく、茂吉という人物も論争となると罵詈雑言が滅法ひどく、はなしによると
「俺と闘う者は必ず死ぬ」
というような名言まで残っているらしい・・(未確認ですが)

コピーですみませんが、
丸谷才一、鹿島茂、三浦雅士共著の『文学全集を立ちあげる』 
より藤原龍一郎さん『電脳日記』の過去ログこちらから引用しますと・・

丸谷「僕は茂吉の論争文が嫌いでね。柄が悪くてさ。とにかく勝て
ばいい、といった感じ。しかも、相手がイヤになって、反
論をやめたのを勝ったと取る、そういう態度ね」
三浦「香川景樹批判とか、罵詈雑言という感じですね」
丸谷「批評というもんじゃないんだよ。でも、明治、大正、昭和
の日本の批評というものは、相手をイヤにさせれば、それ
でいい、という風潮はかなりあったね。批評の快楽を知ら
ない人たちが批評文を書いたんだね」

それでもってこれもコピーですみません・・

五島茂らが「アララギ」を批判して、茂吉らの歌は「僧侶主義・無常観的・遁走的」であるから、こんな短歌はたんに復古調に堕しているだけだと詰(なじ)ったのである。茂吉はこれにすばらしい応戦をする。黙っていない。ときには五島を“模倣餓鬼”とよぶような激越な言葉もつかったが、総じて相手を根源的な人間観で包んでしまっている。その後も茂吉の周辺には論争が絶えなかったが、いずれのときも茂吉は悠然と相手を打倒した。ぼくはそこに医学者としての科学性を身にもつけいた茂吉の科学浪漫主義のようなものを感じるときがある。  ここ

「批評の快楽を知らない人たちが批評文を書いた」のかそれとも「科学浪漫主義」か・・

たとえ「罵詈雑言」であったとしても茂吉であればアリかな、ということであるならば。

碧天(へきてん)を震撼せしめ 信長の罵詈雑言(ばりざふごん)の一オクターブ 永井陽子『モーツァルトの電話帳』

・・伝説がひとつ加わった。貴重にもそれを同時代に目の当たりにしたってことなのかしら。


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2007年3月29日 (木)

金色の獅子 1

そういえば先日のシンポジウムのなかで「好ましくない 東京人の歌」というのに小黒世茂さんが

父として幼き者は見上げ居りねがわくは金色(こんじき)の獅子とうつれよ 佐佐木幸綱『金色の獅子』

をあげていて、
(金色の獅子なんて、ねえ)
ウフフ。なんてことがあったっけ。そのときは「華麗なる一族」じゃあるまいしわたしら普通の家庭だし、ましてや関西人だからウフフ、なんて笑ったりもしてたが、幼き者だっていつまでも見上げるばかりじゃあるまいし、見上げさせてばかりじゃいけないのはもっともなことで、ましてや父なるものが見下したりしてはいけないのはあたりまえなこと。
例は変だが漫画『ヒカルの碁』でも
怖いのは先人ではなく、うしろから追いかけてくる存在だ、という意味のくだりがあって、それが本当だと思う。

+

この四月から大学生になる長男だが、通うにはチト遠いため下宿を、というわけにもいかず、結局わたしの実家にお世話になるか、というわけで下見にいくことに。そんでもってもとわたしの部屋だったところを使うらしいことに。
ありがたくうれしいのは親の恩というものだが、若い者にとって時にオトナの計らいは過干渉に思えることもあり、そういえばこの家を出たくて出たくて、結婚でもしなくちゃ出られないとばかり若くして急いで結婚したことを思い出したりした。長男も長男で、いいひとたちで親切で思いやりはあるのだが、押し付けがましく人の心や事情にずかずかはいってくるジジババのやりかたにちょっとひるんだらしく、春なのにふたりしてすこしブルーになる。だったらどうすべ、という良案も思いつかず余計憂鬱に。

+

とかなんとかいっても昨日は父の定年で、本当の定年のあと何度かお勤めをはたしたあとのいよいよ本当の定年。
夜、電話でご苦労様、なんて声をかけたが、所詮金色の獅子どころではない生身の悩みを持つ父は切々と、目下心にひっかかっていることを縷々うちあけてくる。
いっしょにため息ついたりなぐさめたり、そんなさみしい夜だった。


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2007年3月25日 (日)

軽い雨のなか、昨日は毎日新聞社のオーバルホールで開かれた
現代短歌協会主催の現代短歌フェスティバルin大阪に行ってきた。ひさしぶりの外出。
オーバルホールはその昔、歌集をだしたときいただいた某賞の授賞式があったところで、なつかしきこと限りなし。
第1部が篠弘、永田和宏両氏の対談「いまに生きる」。
第2部はシンポジウム1「現代短歌の可能性と不可能性」。パネラーは小池光、香川ヒサ、穂村弘。司会は栗木京子氏。栗木さんは薄紫のブラウスがよく似合っていた。
第3部のシンポジウム2「大阪人の歌・東京人の歌」。パネラーは池田はるみ、小黒世茂、江戸雪、小高賢、藤原龍一郎、大野道夫。司会は島田修三氏。
まあ、とにかくすばらしい豪華メンバーによる内容の濃い会だった。胃がしくしく痛みこまっていると近藤かすみさんが飴をくださった。近藤さん、ありがとう♡

会のあと小池さんと藤原さんにご挨拶に行く。ちゃんと毎月、短歌を提出することを藤原さんに諭される。
出演者の方々がお店に移動なさるというのでついていくと、小池さんが鞄を頭に載せて雨を避けようとなさってたので、わがボロ傘をついさしかけてしまう。
お店では予約の人数とかのことがあったらしく、名残惜しかったが仕方なく帰ることに(泣)。大阪駅ちかくで永田吉文さんとお茶する。
第一部の対談で永田和宏さんが「このなかで永井陽子さんの短歌を一首でも暗誦できる方はいますか?」と会場に問いかけられ、はずかしながらわたしもちょっとだけ肘だけ手をあげたが、「すばらしいですね。一割はいるようです」、というようなことがあった。その永井さんの遺されたメモなどを活字化して遺歌集をまとめられたのがこの永田さんで、そのときのおはなしをいろいろうかがってしまう。

最寄の駅まで家人に迎えにきてもらおうとしたが電話が通じない。仕方なくバスステーションに向かうが
「今日からこの路線のバスは会社がかわって、乗り場もかわりました」
といわれて仰天。
ほどろほどろと降る雨の中、何かに化かされた気分になったのはほかの人も同じらしく、そんな話、聞いてない!とばかり係りに詰め寄る姿もw
教えられた乗り場からバスに乗るが、ちゃんと着くか心配に。それはほかの人もおなじらしく、やたら、~には着きますか?などと運転手さんに質問しているのが目に付いた。


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2007年3月13日 (火)

時実新子

川柳作家の時実新子が亡くなった。
「有夫恋(ゆうふれん)」  ・・おっとあるおんなのこい、が評判になり、広告などに大きく引用されている句の数々を目にしたとき、わたしはまだ若く、それでいてもうちいさな子供たちの母であったろうか。
エッセー集「花の結び目」を古本屋で買い、むさぼり読んだ。うらみをひめた深い情念に、活字自体が妖しい光をはなって燃えるような奔放な句にくらべ、エッセーにえがかれた作者の若いころの素直で素朴で、働き者で一生懸命なお母さん、といった感じだったのに共感をもった。もちろんそれは一時的なもので、あっという間に華麗というよりむしろついていけない・・^^;波乱万丈/壮絶一代記という感じにかわっていくわけだが、家庭内の葛藤から川柳の世界の内幕のような話にいたるまで、すべてが激しく、刺激的で、読んでいて目がくらむような思いがしたものだった。
当時わたしは姫路市に住んでおり、それは新子が若かりしころに住んだ街だったというのも、夢中になったひとつだった。
わたしは図書館で新子の古い、姫路時代の本をあさり、奥付に書かれた住所をさがしだした。姫路の町を彼女が書いた街角に立ち、彼女の乗ったバス、今宿循環線に乗った。・・彼女がいたという鍵町XX、という地番までたずねたが、もちろんそのころですらすでにその住居は整理されて、もう存在しないことをわたしは知っていた・・

わたしは川柳ではなく短歌をはじめ、
最初のころに入った地元の短歌の結社の偉いさんにふと
「時実新子の川柳が好きです」
ともらしたところ、すごい顔をされて、
わたし、あのひと、嫌いです。
と瞬殺の勢いできびしい声で言い返されて驚いた。
作者と作品は別。やれやれ・・とは思ったが、まだ若く新参者のわたしにそんなことが言えるはずもなく、
というより姫路における新子の立場、人となりというものが、スキャンダルとして悪意をもって噂されたと新子自身が書いていることの裏づけというか、そういうものを実感としてはっきり、感じた。
それでも自分の作品を信じ、自分の生き方を貫いた新子の強さを見習おう・・いつかささえになることが私にも見舞うことがあるかもしれない、とそのとき思ったり、した。

新子ははじめ短歌から文学にはいり、師匠にあたる先生に破門されたことを理由に川柳をはじめたといういきさつがあったらしいが・・
田舎の師匠の破門ごときにくじけず、自分を信じて短歌をつづけていれば。
どうなっていただろう、と思う。


 

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2007年2月24日 (土)

大違い

ひさしぶりに短歌の会合に出るべ、と大阪に出かけたところがなんと、会場にちょっと違う系の黒づくめのスーツ姿の方々がひしめいてて仰天。
なんなのかと思ってつくづく案内状を見てみたら、日にちを見事間違えてましたとさ、ということで。
仕方なく春近い大阪の街をぶらぶら。劇場の案内やらティファニーやらロイヤルコペンハーゲンやらゴティバやら。
あした長男の受験+次男の英検だからそうそうに帰りましたけど。
・・断薬状態で身体の具合がわるくなり、外出ができず苦しんだけれど、病院にもなんとか行けたし、睡眠障害もなんとか治療しなくてもいい程度だったらしく、それにこうやって短い時間にせよ大阪をぶらぶらできるほど回復したんだとおもえば、自分のアホは棚におき、ちょっとうれしい。

・・という終わり方でもよかったんだけど。
先日次男がなにか尋ねてきたので、答えてやって「正岡子規」って言ってやったんだけど。
「まさおかしきか、どっちやねん」
と言ってくる。

・・・。
としばし熟考ののち、次男@高1 の思考回路がようやく判明。
「まさおかしき」じゃなく、「まさお」か「しき」、って理解してたのねん。

ついでにまさお、ってのは、こちら↓

Images

・・そう。金正男(まさお)さん。子規さんとの関係などありません(たぶん

ええ、次男の考え違いを必死になって正してやりましたとも。
って、おしまい。


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2007年1月26日 (金)

閉店

よく行くアンティークのお店から電話があり、店じまいするからその前にほしいものがあれば買いにいらっしゃい、とのこと。
とても趣味のいいお店なのでそういうのが好きなお客がたくさんついていて、みな不便な田舎にあるのをものともせず通っていたが、わたしも引越ししてからますます不便になり、気にはなっていたが行けなかった。
閉店のはなしは以前からオーナーから聞いていたが、そうかいよいよなのか。
・・行きたい行きたい。欲しい欲しい。
ああでもなんで受験受験で身動きできんしお金もないこんな時に。
せめて先日支払ったアホ長男の(すべりどめ対策の)受験料。
あのお金さえあればあんなもんやらこんなもんも買えるのに。

+

お金もそうだがカレンダーを見てげんなり。短歌関係のいろんな企画目白押し、ぜひぜひ出席したい!と思ってたところ見事、センター試験日と短歌人新年会のブッキングをはじめ、あらゆるところで受験日と重なりまくってる。
あー。やだやだ。やだやだやだ。

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2007年1月13日 (土)

せりふ

司馬遼太郎の『坂の上の雲』その2、を読んでいる。夢をみてさえいれば幸せだった明治創成期の若者たちの選び取ったあらたなる世界、その発展。面白くってすいすい読める。
登場人物のひとりの正岡子規から目がはなせないのは当然だろうが、

「良句もできるが、駄句もできる。しかしできた駄句は捨てずに書きとめておかなければならない。理由はない。ちょうど金を溜める人が一厘や五厘のお金でもむだにせずにこれを溜めておくのとおなじである。そういう一厘五厘をむだにする者が決して金持ちになれないように、自分のつくった句を粗末にして書きとめておかぬひとはとてものこと、一流の作者にはなれない」

というせりふに、短歌作ったらポイの不肖わたくし、おおいに反省。

さらに

「おどろかされるのは源氏(注:源氏物語)の写生力じゃ。ちかごろ文壇では写実派などととなえだしているが、その写実の上でもいまの小説は源氏にはるかに劣っている」

というせりふ。おなじことは虚子も言ってたらしいが、まさか司馬遼太郎の本でこのせりふを見ようとは。

だんだん日がながくなってきた。いつも夕方になったら自転車を漕いで買い物にいくが、帰り道がほのかに明るい。
今年は暖冬らしく薔薇もつぎつぎ咲いてくれていてうれしいのだが、冬季の手入れ・・植え替えと消毒、の時期がどうにもつかめない。
同じ悩みはおおいらしく、いつまでも薔薇が休眠してくれないので手入れに困る、という声をあちこちで聞く。

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2007年1月12日 (金)

謎解き

先日永畑道子『夢のかけ橋 晶子と武郎有情』読了。やっぱり『華の乱』同様読みづらかった。
高名な文学者どうしのひそやかな愛を後世の人間が解き明かす、っていうはなしだからスーザン・バイアット『抱擁』の重厚さとスリリングさを期待していたが、晶子と武郎ふたりの関係が具体的にどのようなものでどんな程度のもんだったかあんまりはっきり明らかにされてない、というか、不肖わたしには読み取れないってか。
たとえば武郎の心中相手の波多野秋子が

「秋子が、武郎のもとへ来て、春房(注:秋子の夫)が要求している金額を告げた。一万円である」

ってそのころの1万円の価値や、妻を寝取られたときの相手に請求する慰謝料の当時のだいたいの目安や、武郎にとっての負担度とかまるで説明されてないところなど、読者置いてきぼりなところがあると思う。
とはいえ解説で今野寿美が
「はかない終局までのふたりの心情の移りを読みほぐしてゆく永畑道子の筆致には、危うさをはらんだ男女の機微にふれて、ふたりの執心をそのまま映し出している趣がある」

って書いてるんだから、ふたりの男女の機微が読み解けないのはやっぱしワタシが悪いってもんだろう。

それはさておき。
むしろあとがきにあった、武郎書簡編集のおりの、

「与謝野家からは、‘有島武郎氏からの手紙、一通も残っていない‘という返事であったという」

やら、

<実証>を提示していただいたX氏

やらの記述がすごく気になった。
永畑道子はなんと安永蕗子の妹であるという。知らなかった! 今までの暴言どうかお許しを、といいつつ、安永蕗子はたしかむかし推理小説の書評を書いてたとか、ここにも、

安永蕗子氏はかつて、塚本邦雄氏との対談で「短歌は謎解きのおもしろさもあっていい」と言い、そこに文学があるという意味のことを言っている

とあるとおり、もうちっとそれなりのドラマチックなはなしであってほしかったな、とは思う。
とはいえ消えた与謝野家の手紙やその内容や、謎の<実証>って・・それを握るX氏って・・
読後それが一番心に残った(殴

今『坂の上の雲』を読んでる。
それと本家サイトを移転しました。
これからもどうぞよろしく。

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2007年1月 8日 (月)

冬休みもおわり

冬休みもおわり、ということで必死になって宿題を退治てるわが子たち・・
ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために、ということか、次男も友人宅で泊りがけの雪中宿題合宿なるものを敢行。おかげさまでなんとか無事終了とは本人の言。さてさて・・

今読んでるのはなぜか初夢にでてきた与謝野晶子にちなんで、というわけでもないが永畑道子『夢のかけ橋 晶子と武郎有情』。与謝野晶子と有島武郎の謎めいたひそかなロマンス、というようなおはなし。深作欣二の演出・吉永小百合と松田優作の主演で映画化されてる「華の乱」の原作かと思ったがそうでもなかった。もったいぶっててそれでいてたいしたことはなくってって感じでいまいちどうも読みにくい。そういえば『華の乱』も読みづらかった。文句いいつつも読まねば、とw

お正月、どうでもいいけどマイブームの中井久夫『家族の深淵』(みすず書房)にあれこれ思う。
これも

斉藤茂吉のそばには天才のために喜んで三百六十五日病院を休まなかった副院長がいた。

やら。

人生の入口および出口近くに詩作のピークを持つ詩人が少なくない

やら。

詩作者と、精神分裂病患者の、特に最初期との言語意識は、(略)共通すると私は考える。

やら。つっこみどころたくさんな一冊だった。

とくに終盤、現代ギリシャの詩人と詩についての論説が延々とあって、それはわたしにとってはまったく頓珍漢なおはなしではあるのだが、読んでて心躍りしてくる気分になるのは不思議だった。
以前題名はわすれたがむかし話題になった推理小説で、主人公の「歌人」(架空)の経歴を書きたてた歌壇史ってのがあって、それもまったくの架空のものだが読んでてとても面白かったことを思い出す。ねがわくば引用してた短歌ってのもそれなりのものであったら完璧だっただろうに、そうではなかったのはご愛嬌ってもんだろうか。
もちろん中井が引用してるギリシアの詩はなかなか面白く、今度はそちら方面に触手をのばしてみようか、と。

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2007年1月 3日 (水)

初夢・・

もともと短歌といふ定型短詩に、幻を見る以外の何の使命があらう・・というわけで、初夢のはなしなど。

与謝野晶子がまだ生きていてあるお寺に住んでいるというので会いにいった。
すんなりと入れたが中が迷路のようになっていて隠し扉があったりしてほとんど忍者屋敷。
庭に面した廊下にさりげなく座っていた晶子は青い着物を着てとてもちいさく、それでいて存在感のあるひとだった。
なんかありがたくって拝みたいような気分でいたところ、名前は書けないがある有名歌人がでてきてて(チョコレート誤訳語訳のひとではない)、この方が晶子の歌の説明などしてくれるのを一般客にまじって謹んで拝聴する。
なんかそれだけでおなかいっぱいになってしまった気がしたがそのあと精進料理を用意してます・・というところで目が覚めた。

なまけ放題してる昨今。
なんか、今年こそはまじめにやっていこうと思った。いえ、いろんな意味で。

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2006年12月19日 (火)

たしなみ

昨日はクリスマス前のミサがあった。
暗い冬至の頃に人々は光を求めます。クリスマスツリー、そしてイルミネーション。でも一番大切なのは「心のなかの光」。
・・というようなお話を聞く。
わたしたちは誰でもちいさな光を持っていて、明るい光を持っているひともいるけれど、とてもはかなく、ちょっとした風にでもかき消されるようなかぼそい光を大切に守っている人もあって。
ささやかな幸せを大切に守りたいと思ったミサだった。

+

このごろ中井久夫がマイブームで、図書館で片っ端から本を借りては読んでいるのだが、『徴候・記憶・外傷』で解説されてた、いわるゆ浪人生による両親の金属バット殺人事件で・・類似の事件はこのごろあまりに多く、また著者の配慮によるプライバシー保全のため余計どの事件かわかりにくくなっているのだが・・

母親は、和歌のたしなみがあった。(p287「高学歴初犯の二例」より)

にまずはびびった。

たしなみがあったのは和歌なんだろ。短歌じゃないんだろ。
それともやっぱりプライバシー保全のひとつで、じつは短歌だったりしたりしてと思ってみたり( ´ー`)ノ 
それにしてもなんだろう、このいうにいえないゾワゾワした感じ(笑

おなじく『時のしずく』p149に

今の陛下が新春のお歌会の歌をワープロで作るということで、よろしくないという人がいるけれども、ワープロでよろしいのではないかと思う。

なるはなしもあり、ほー。と。


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2006年12月15日 (金)

ボヴァリー夫人

外に出かける機会とてない主婦のわたしではあるが、たまには歌会やら短歌関係の会合などやらに出かけることはあり。
絢爛と名だたる著名歌人がお互いに行き会い、したしげに挨拶などかわしたり密談などにふけってるありさまなどにただただ圧倒されされながら・・
本を読んで夢ばかりみているおばさんがぼーっと田舎から出てきて、それでいてなんだか自分がその夢の一部になってるのが信じられなくて居場所がなくって、
そんなときかならず
「ボヴァリー夫人はわたしだ」
ってフローベールの言葉をつぶやく。

以前「ハローワーク:歌人篇」で、「歌人になるには」つうビデオを見てて、どうにもいたたまれなくなり心臓がばくばくしたわたしである。
このビデオを見て自分が歌人かどうかについて大いに悩む歌人は多いと思うが・・それでも短歌を作り続けているわたしがいる。
・・コスプレにせよ真似っこにせよ、上流夫人の生活にあこがれて果たせずにいる物語のヒロインについ、自分を重ねてしまうというか・・
なーんて自虐的なことを思ってしまう今日このごろ。

本家サイトの移転を考えている。
今みたいに短歌をいっぱい引き連れてる?のはあらためて、もっとシンプルなのにしたいなあ、と。

それよりも信じられないような方法で、子供たちの友人関係に知られてしまったこのブログの存在。
おかげで本音やなにやらが書けないではないか。
「ちびっこどもは読むな」
と声を大にしてわたしはいいたい^^

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2006年12月12日 (火)

生田神社

わたしもむかし結納と挙式をした・・というだけのことで、神戸は生田神社で結納したという藤原紀香と陣内智則のカップルが気になるというのもおかしなはなしだが。
報道される写真はどれもなつかしく、夢も希望もあふれるほどあった若い昔の頃を思い出してしまうのも事実。
本当は「楠公さん」で知られる湊川神社でするつもりだった。でも結局生田神社を選んだのは、人に言われたこともあったが、ただ単に当事読んでた田辺聖子の小説に生田神社の宮司さんらしきひとがでてきて、そのお人柄がとてもよさそうに書かれていたから・・ということもあった。
結納のとき同じ場所で挙式があって、そこに参列していた人に見覚えが・・と思ったら、当時働いていたところの同じ職場の人でびっくり。秘密にしていた結婚のことがバレて困ったのも今はむかしの物語。

生田神社では春に平安時代の有職故実にもとづいた曲水の宴が催される。お題にもとづいて歌をつくり、それを朱塗りの鳥に載せて苑内に流れる水に浮かべる・・というようなものであったか。見ていると回転寿司を想像してしまう。
県歌人クラブの方々が中心に出演されるが、きらびやかな衣装が水面に映え、とてもうつくしい。そういえばここ数年観にいってない。来春はいってみたいな。

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2006年12月 4日 (月)

サーカス

今すんでいる街にサーカスがくるということで、旗がたなびき窓に広告を貼ったタクシーが走り回り、
そうしているうちに公園に続々と荷物がとどき、
基礎工事をしているなと思っていたら、あっという間にテントが張られ、
いよいよもうすぐサーカスがはじまるというところ。

子供たちに「ずっとずっと、十年以上むかしに、やっぱりこの街にサーカスがきたとき、
観にいったこと、覚えてる?」
と聞いてみたところ、
象の曲芸やバイクの曲芸やらを見た、と答えたのは次男。
長男はちょっとかわってて、
座席の下が真っ暗だった。どこまでも暗いのがつづいてて、落ちたらどうしようと思った。
だの。
サーカスがおわったあと、真っ暗になったのがこわかった。
だの。
ピエロがこわかった。
だの。

+

・・・。
受験のストレス、たまってるんかな。

+

ともかくそれでこのたび初めて知った!基本的にピエロがダメで、だからドナルド・マクドナルドも基本的にダメらしい>長男

+

むかしむかし。
「悪い子は、さらわれてサーカスに売り飛ばされるぞ」
ってよく夫が言っては子供たちをこわがらせていた、それの影響かともおもわれるが、さて。
(そんなこと、言ったらダメってわたしが怒ったりしたのが、結果的に余計に真実味を子供たちに与えてしまったものかと思われるw)

ともかく・・
しらべてみると・・そんなデマ、本当にあったらしい・・

サーカスに関するデマ
30年くらい前までは、次のようなサーカスに関するデマ(都市伝説の方が適切か)があった。 また、親が子を叱責するときにもよく使われた。

夕方遅くまで遊んでいると、コトリ(子取り、誘拐犯の意味)にさらわれサーカスに連れて行かれる。
悪い子はサーカスに売り飛ばされる。 ウィキペディア より ここ

子供の叱り方ってむずかしいって思うけれど・・
わたし自身子供の頃、子供どうしのひそひそ話でそんなはなしを聞いてひどくおそろしいと思い、おびえたりしたものだった。
それは今から思うとどう見ても児童虐待としかおもえないようなはなしもあって・・
・・そんなはなしを聞いてしんじつこわくなり、急いで家に帰ったってことも、今はむかしの物語。

キャラメルのとろりと溶けるたそがれにやさしき声す「とろとろ子盗ろ」  みほ

+

ともあれ、冬のおわりまでこの街に居るというサーカス。
つれてったってこと、三男は覚えてないというから・・
また家族そろって(もちろん長男もw) いっしょに見にいきたいなー。

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2006年11月30日 (木)

ハローワーク(歌人篇)

思うことがあってハローワーク の「キャリアマトリックス」ってとこでサーチしてみた。

あなたに合う職業を探索します。探索方法には、「興味から」「ワークスタイルから」「スキルから」の3つがあります。
とな。

さっそく「適職探査」にGO。ここ

で、結果。 ここを見て、これが適職ならわたしってばつくづく現実に適応できない人間なんだなあ、と思ってたところ。

27番目になんと「歌人俳人」って職業はっけん。

・・27番目?

・・27番目?(くどい

ちなみに職業としての「歌人俳人」ってのはこういうものらしい。ここ

特に学歴や免許は必要なく、独学でも良い短歌や俳句を作る勉強をすることはできるが、その道は必ずしも易しくはない。

だの

師弟関係は短歌界より俳句界の方が厳しいとされる

だの。かなりつっこみいれたくなるようなコアなはなしはさておき。

趣味的に活動している人も含めると歌人は10万人、俳人は100万人いると推定される。このうち、歌人・俳人の組織に加入している人は、歌人では7000人前後、俳人では3万人前後となっているが、この職業だけで生活している人は、ごく限られる。

だの。

就業者数(計)=33600人

だの。

ついでに御大・馬場あき子先生ご出演「歌人・俳人になるには」ってビデオも拝見 ここ

・・なんかいろんな意味で、見てて途中で心臓がばくばくしてくるビデオでありました。
ってことで、おわり( ノ´ー`)ノ 

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2006年11月20日 (月)

与謝野寛・晶子展に行ったよ

先日、お天気の良かった日、修理した自転車漕いでH市文学館に行った。
与謝野寛・晶子展v こちら

晶子遺愛の品々。歌をすそに書き込んだ着物。
写真、原稿、短冊。パリから子供たちに送った絵葉書。
なんやかやで500円也。高いのか安いのか。

ずっと見たいとおもってた「百首屏風」は大迫力だった。
金屏風に散らし書きにされた晶子の歌、歌、歌・・
紅葉照るころや夜韻清雨の夜など、屏風に書かれた歌がざわめきそうで、こ・わ・いv

そんな「偉大」な晶子像がふとほころびを見せたのが寛死後の詩、「半分以上」。
子供たちにあてた詩らしいが思わずメモにとった。
以下メモからの抜粋(写し間違いがあったらごめんなさい)

(略)
何があるものですか未来に、
そんな世界がねえ。
私はよく知ってゐた。
あれからの私は寂しかった。
でもそればかりではなかった。
私は詩を描いてゐたからねえ、
生活のおよそ半分を、
詩で塗って来ましたよ。
この期に臨んでも、
私は描いてゐます詩を、
詩を半分以上。
それでは行きますよ。
(略)

晶子の「生活のおよそ半分を、詩で塗って来ましたよ。」の半分って・・
偉大すぎw

お昼時に行ったもので、いっしょに展示されてた高村光太郎の「ビフテキの皿」って詩におなかがグーと鳴るw

ナイフ、フォオクの並んで載った
 さても美しいビフテキの皿よ

さてもさても。
先日晶子にまつわる講演会にも参加したが、こちら
短歌関係者の姿をみかけなかった。
というか単にわたしが浦島太郎なだけか。

というのも山川登美子の写真の前で「とみこ、とみこ」って連呼してたおばさんの一団。
どちらのとみこさんを言ってるのかとおもったら、宮尾登美子のことらしい。
って、だからなによv

+

夫の横から見ていたヤフオクで晶子の色紙なるものはっけん。
ずっと見ていたら23000也で落札されてた。
安いのか高いのか。
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2006年11月18日 (土)

ささやかな

WEBの上では会場がどんなに遠方でも参加できるというもので、とはいえPCがポンコツではどうにもならず、途中休んだりしながらもぼつぼつ、参加させてもらっている句会がある。

今月のお題は「手帳 ノート 本」。
・・季語を考えるのが大変すぎw
というわけでこの三句を提出。

ささやかなことのみ手帳に書きて冬   みほ
もう逢わぬと手帳に記してのちの冬   みほ
あたらしきノート開けば秋は白   みほ

芸なさすぎ。
せっかく「ノート」ってお題がでたんだから、話題の映画「デスノート」ものでもつくればよかったんだけど(笑

・・点をいただいたのは「ささやかなことのみ手帳に書きて冬」のみ。
専業主婦@引きこもりがち の手帳といったら、パンジーの種をまいただの植え替えただの挿し芽しただの薔薇の苗を買っただの自転車がパンクしただの。
小春日和の陽だまりのようなたわいないことばかりで、そのまんま一年たってしまったなあ、と。
もちろんわたしにも分不相応なすっごいことが!イロイロ!!あったりしたもんですが・・
過ぎてしまえば小春日和の陽だまりのようなもので。
それだけのこと。

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2006年11月14日 (火)

実験室

・・今もそうだが子供のころから「皆で力をあわせてひとつのことをする」ということがどうも苦手で、だからそんな子供のわたしにとってたとえば「家庭科の調理実習」の時間ほど恐怖なことはなかったように思う。
うんと小さいときからお台所のお手伝いはさせてもらっていたので、誰よりもはやく上手にキャベツの千切りはできる自信はあったしりんごだってジャガイモだって上手に皮むきできるはずなのに、人数より足りない包丁の争奪合戦にはつねに遅れ、運よく手にしてもいつも途中で誰かに奪いとられるという情けなさ。だからいつも居場所がなく、洗い仕事専門かなにもせず「ぼー」っと後ろで立ってるだけか、というとろい存在でいるしかなかった。

・・なんてわたしにはマイナスな思い出しかない調理実習だが、うちの子にとってはなにしろ学校給食のない村の小学校における調理実習だから、必然的になにかの祭りかというような盛り上がりを見せることは当然で。

・・それは中学・高校になっても引き継がれているらしく(笑

ところが息子たちが通ってる学校、なぜか調理実習室なんてものがなかった!

だったらどこでしてるの? と聞いたらば、なんと「理科実験室でしてる」とのこと(ボーゼン

実験室で男の料理をドンじゃらホイ♪

・・なんて日々が続いてたらしいが、このたび校舎が建て替えられて、立派な調理室ができたらしく。

「今日は牛丼つくるんだ、やっほ~い♪」

と次男は学校に行きましたとさ。

野いばらのローズウォーター蒸留す科学クラブの少女らの夏至 小関祐子『北方果樹』

・・実験室って好きだった。
調理実習とおなじく科学なんかの実験でもやっぱり居場所のないわたしだったけど。
棚できらきら光ってる試験管やフラスコや。
そんなのを見てるだけでなんだかすごく楽しかったような気がする。

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2006年11月 6日 (月)

無念

・・前にいた村に住民票とか全部残したままなので、当然選挙の投票用紙が届けられることになる。
ということで昨日はひさしぶりに選挙のため村に戻った。

四年前、その町長選挙にかかわったことがあり、不肖わたしは宣伝カーにのりこみ「うぐいす嬢」をした。
町長候補さんとどこまでも、それこそ紅葉照る平家の落人部落やら崖下千丈というべき山上部落、斉藤史の『密閉部落』ってまさかこんなとこがモデルでは、というようなところまで、宣伝カーにのって走り回った。
まじめでやさしく細やかで、それでいて強いところは強く出る頭のいいひとだ、と心底惚れ込んでの選挙活動の日々はすぎ。
結果、現職を破っての当選御礼。あのときはうれしかった!
それから四年。
町長さんは努力されてました。ほんっとに努力されてました。
努力されて努力されて努力されて・・
けれど・・けれど・・
きのうの選挙に愕然としました。
・・落選だったんです。

村を出たわたしはもう何も思ってはいけないんでしょうが。
町長さんの功績。そして遣り残したことどもを思えば。
無念でくやしくて。
くやしくてくやしくてくやしくてたまらない。

彼岸花咲きて閉ぢざる山峡を婚礼の列 葬に似て歩む  斉藤 史『密閉部落』

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2006年11月 4日 (土)

演劇部とかババールとか

昨日は次男の高校の吹奏楽部の合同発表会のようなものがあり、その出番が午前と夕方の二回もあるってんで内心ヒーだが、きてくれなきゃぐれたるぞゴラァ、って言われたんで行かねばならず・・・

演奏はさておき(笑

・・会場にはホールがいくつかあり、もうひとつの方が気になって・・というのはこちらは演劇部の発表会だったから。

うららかな文化の日。出番を待ち、大道具小道具をまわりに置いた芝生の上なんかで立ったり座ったりしながら女の子たちが台詞の読みあわせをしている。

そんなのがいくつかあって、ちょいちょい覗いてまわった。

・・いい劇でありますように。劇が、成功しますように。
なんて思いながら。

朝日新聞の土曜日に連載してる「ベルばらkids」って謎の四こまマンガ。
原作ではあれよあれよという間に登場人物ほとんど全員が不幸になったり死んだり殺されたりするってのに、
なんかいつまでもまったりと平和的に話がすすんでるのはなんなのか。
即急に連載終了となるかとおもってたのに^^;、なんか単行本まで出ちゃってるし ここ、案外人気あるんかな。
まあ、これが見たさに新聞を朝日にかえたワタシもわたしだが。事実あほみたいにお便り投稿とかもしちゃってるし ここ

・・舞台は宮廷。やさしい王様にお妃さまに子供たち。おめつけのじいやら護衛の兵隊やなんやかや・・
ってところではたと気がついた。

ベルばらkidsてば、まんま、ぞうのババールじゃん!!

どうみてもヴェルサイユ宮殿を模しているとしかおもえんお城に住んでるババールの国に不穏な革命なんか起こらず、恒久の平和がいつまでも続くように・・

ベルばらkidsの世界にもいつまでも平和が続きますように(祈

ちなみに前掲リンク「ババール」の訳者「やがわすみこ」ってばもしかしたら本物の矢川澄子?

だとしたらすごい大物が背景にいたんだな、ババール(爆

と思えば、おおむかし子供に読んだ絵本「ももたろう」の題字になにげなく「安永蕗子」って名前を見つけて思い切りのけぞったってのも、今はむかしの物語。

街上にさるびあ赤きひとところ処刑のごとき広場見えゐる 安永蕗子

・・あ。ベルばらの残酷シーンばっかりのラスト周辺、じゃないんですけどね、って歌?(違

藍はわが想ひの潮(うしほ)さしのぼる月中の藍とふべくもなし 安永蕗子

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2006年11月 2日 (木)

怖いマンガを読んだ

昨日は午前中から午後にかけてじっくりと近藤芳美『歌い来しかた―わが短歌戦後史』岩波書店(岩波新書)を読み、いいしれぬ感動に心が浮き立ち無防備になった状態でなぜか一気にマンガ『ひぐらしのなく頃に(鬼隠し篇)』を読んでしまい、バランスを完全に壊してしまう(笑

「ひぐらし」は三男が友達から借りてきたもの。
一見気色わるい同人マンガ、実は人間の心の闇を酷いまでするどくえぐりとった青春ホラードラマ。
・・時代から取り残されたような村。閉じられた空間。そこに生きる子供たち。
閉じられた青春。
何度も繰り返される事件。
「ごめんなさい。ごめんなさい。」と泣く少女。
・・永遠に回帰する時間。
・・死者と真実と。どちらの数の方がどれだけ多いのか。
ただひぐらしの鳴き声だけが響く、永遠の夏・・

あーこわかった。
・・おかあさんはあんまりこわくてきのうはなかなか寝付けませんでしたよ(笑

悪夢にうなされたような気もする夜はあけ、咲いてる薔薇を花瓶にいける。
今朝きったのはピース、そしてアイス・バーグ。
PCに加えデジカメも壊れてしまい、写真がアップできないのがザンネン。

生くる四囲なべてを絶てるきりぎしのごとき夜をあり人は叫ばず 近藤芳美

・・「ひぐらし」にもそんな場面、あったなあ、と(ネタバレ?

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2006年11月 1日 (水)

仮装

ハロウィンで騒いだ、って世代ではないので興味なかったんだけど・・

今日は教会で死者のためのミサがある、って子供が言ってたので、ああそんな時期なんだな、と。

先週、スーパーでお買い物袋に荷物を入れてる間、お隣にいた小学生とその友人のお母さん風のひととの会話、とりとめなく聞いてると・・

今夜子ども会でハロウィンするよ。盛り上がるからおいでよ、と。

仮装とかするんかいな、と思ってたら「ドラキュラとか、みんな気合入れて用意してるよ」。

「おばちゃんちは?」と子供。
「鬼」

ゑ? 鬼?

「必死になって用意したんやけどなあ、おばちゃんちの子供、嫌や、言いよるねん。
こんな格好、絶対ならへん。服ぬがへん、って」
ワガママやろ、って。

・・あのう。
鬼で鬼の面かぶって戸口に立ってたらそりゃ、お菓子のかわりにお豆さん、投げられますがな。
お菓子がなければお豆を食べればいいのよ、って(違

・・なんて思いつつ愉快な気持ちで家路につく。

とはいえ。
なんか違う路線っていうなら、
・・そう、サンタとかもいいかも。
いつもはあげる役。今日はもらう役、って。
与えるばかりじゃ愛も疲れるのよ、ってv

家に帰って子供に
「仮装するならどんな格好がいい?」
と聞く。

次男は超人ハルク、らしい。ほかの子たちにはまだ聞いてないv

かくれんぼいつの日も鬼にされてゐる母はせつなきとことはの鬼 稲葉京子『柊の門』

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2006年10月30日 (月)

昨日のレポート

昨日は『玲瓏21年・全国の集ひ』の記念講演、小池光による「短歌というリズム」を聞きに行ったのだった。
小池光の分析する塚本邦雄。以下、至らないながらもそのときのメモ抜粋。

「短歌は読もうとする意識によって短歌となる」
(荷風の「濹東綺譚」の文章のなかに短歌の韻律があることにふれつつ)「練り上げられた文章を書いていると五七五七七になるということが日本語にはあるかもしれず」
(七五調と五七調について)「五七調の詩などを読むときは用意ドンで最初で休む。音楽でいうとシンコペーションに似てる」
「五七五七七を読むときは五にかかる時間と七にかかる時間が同じ」「緩・急・緩・急・急、と自動的に速度の調整をしている」「身体で感じることが大切」

(塚本邦雄の短歌について)
「七五でも五七でもない第三のリズムを追求していた。それはまったくこれまでにないリズムだった」
「これを作ったのは20代の前半・・自分の作ったものの前になんだろうこれは、とたたずんでいるイメージがある」
「脳がふたつにわかれて、散文と短歌として読むことを同時にする」「一首を読みながら二人の人の声とリズムを感じさせるような歌」「共鳴・重唱」「二重声楽」
「不思議なリズム。ユーモアといわぬ、おかしさ。ほとんど笑ってもいいような痛快なおかしさ」「これは笑いが出てくるのが正しい読み方」
「ときめくような美しい。けれど力あふれる歌」「それはもう、エロティシズムですよ」

(茂吉・森岡貞香・穂村弘らの歌をあげつつ)
「こんなに評判の悪い歌もない」
「こういうのを見て塚本さんは塚本さんらしさを発見していったのでは」
「リズムをはずした方がリズムが立つ。踊りの名人のような歌」
「面白さとか良さとかよくわかりません。それ以上のこと、しゃべることあまりありません」
「五七五七七は単なる決まりだから守りますよ、というか、それだけ」
「そういう発想はしていないのではないか」「デジタルっぽい」

(林和清さんによる「インタビュー」から)
(「佐野朋子のばかころしたろと思ひつつ教室へ行きしが佐野朋子をらず 小池光」の佐野朋子とは実在の人物か、という質問に対して)
「作者は言わない。どう言ってもがっかりする」

その他いろいろ、
鴎外の歌について、「「勅封(ちょくふう)の笋(かたんな)の皮切りほどく剪刀(かみそり)の音の寒きあかつき 森鴎外ここにも引用
の「剪刀」は諸説あるが、(はさみ)が正しい←・・ガーン!(ショックをうけている
だの。
「句またがり」っていうのはエロティックなんですよ。
だの。
なおはなしもありいの、盛りだくさんな内容でした。

このようなお話を聞く機会を与えてくださった関係者・スタッフのみなさまに深く感謝します^^


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2006年10月25日 (水)

境港市短歌大会に行ったよ 3

唐突ですが映画「TANNKA」をツアーで観にいきませんか、といいだしっぺしたのは不肖わたくし。
だってここしばらく映画なんか子供たちといっしょに子供むけのんしか観にいったことってないし、ひとりで観にいくの、なんだかとっても微妙に怖そうなんだもん。

女性の率直な心情の発露として物語に余韻を残す短歌と、妖しく燃え上がる女性の官能美の象徴としてのベリーダンスが全編に印象的に盛り込まれ、黒谷友香×阿木燿子×俵万智による<肉体と映像と言葉>のフュージョンが<女を目覚めさせる映画>として、この秋、しなやかに誕生する。 (公式サイトより)

・・やっぱ怖いよ(笑
いやマジ真剣に、誰かわたしを連れてってほしいw

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2006年10月24日 (火)

境港市短歌大会に行ったよ 2

小池さんの講演会ならびに歌会のメモより抜粋。

「ひとつの言葉が世界を反転させる」
「柔道でいうと立ち技のような歌」、「寝技の歌」
「この歌はいい。だがこういう歌をつくってみようとは思わない方がいい」
「型を崩そうとして崩さない、踊りの名人のような歌。破れそうで破れていない」
「一首のうちで植物はだすときはひとつ。人間はふたりまで」
「要するに全部言わないこと。言うと人の心に沁みない」
etc・・

さて、この旅で得た収穫のひとつとして、近辺に「鳥髪」って地名があるってことを教えてもらい、むやみに興奮してしまう。

ゆきて負ふかなしみぞここ鳥髪(とりかみ)に雪降るさらば明日も降りなむ  山中智恵子「みずかありなむ」

初句、「行きて負ふ」とされてる場合が多いようで・・(googleでは圧倒的に「行きて負ふ」の勝ち^^;)
でもわたしの持ってる現代短歌文庫では「ゆきて負ふ」だからこっちで引用させてもらう。

山陰地方で・・海辺で、風が強くて、空が青くて。
そんなところで谷村はるかさんが朗々と詠じてくれた、

雪に傘、あはれむやみにあかるくて生きて負ふ苦をわれはうたがふ 小池光「バルサの翼」

「ゆきて負ふかなしみ」、「生きて負ふ苦」。
・・このふたつの歌が互いに響きあい、共鳴しあった、一瞬。

ちなみに鳥髪。今は鳥上と呼ばれているらしくだいたいこのあたりらしい・・?ここ

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2006年10月23日 (月)

境港市短歌大会に行ったよ 1

早起きして新幹線やらやくも1号やらを乗り継いで、短歌人の方々と合流しつつ秋晴れの山陰を半分物見遊山気分。特にやくも1号。ものすごー揺れるしごーごーゆー電車だったけど、車窓の眺めは絶品。気持ちのいい田園地帯やここはどこ? とゆーよーな立派な渓谷やらをぐんぐん走ってくれて「ほー」だの「わー」だのいいつつ米子駅へ。そこで短歌人の倉益敬さんのお迎えをいただき、宿泊組の「塔」の池本一郎先生や「短歌人」の小池光せんせい、谷村はるかさんらにご挨拶。しかるのち鬼太郎ロードとして有名なかいわいを妖怪のブロンズ像やらお店に並んでるグッズをめでつつ散策。と、ねずみ男やら鬼太郎の着ぐるみ(だろ?、まさか本物とか、ヤだよ)のかたがたが歩いてこられ、人間と妖怪たちの共存共栄をアピール。とゆーわけで谷村さん写す鬼太郎と池本・小池両先生というかなり貴重なお宝ショット・・ここにアップできないのがつくづく残念。
お昼は行列のできるお店として有名だという境港の魚山亭。いやー、ぴちぴちとれとれの海鮮どんぶり、おいしかったです!
それから松林がどこまでもつづく風光明媚な海岸地帯をドライブしてもらいつつ、短歌などすっかりどーでもいーよーないい気持ちになったところで短歌大会会場へ。

講演会やつづく歌会などのおはなしは(たぶん)明日アップしますが・・

猟を終へトラックで帰る猟犬の背のうつくしく夕陽見てゐる みほ

なる一首、講評の小池せんせに
「やや主観的」「犬は夕陽を見ない」
ときっぱりずばっと一刀両断。
わたしてきには「トラック」を「軽トラ」にすればよかったにゃ~、と悔やんでたレベルじゃないお駄目さ加減にむしろ爽快な気分にv
・・とゆーか。
「犬だったから駄目だったのよ。小池さんは猫好きだから、猫にしなきゃ」
なるなぐさめを某氏にいただきぎゃははははは、とw

熱気あふれる大会は夕方に終了。またまた倉益さんに米子駅まで送ってもらい、お土産に高橋もんだる院院長、高橋浩二さんに「妖怪珈琲」「目玉のおやじ汁(ドリンク)」「妖怪汁(ドリンク)其の弐」をいただき帰路につく。
子供たち、おおよろこびで飲むのを楽しみにしつつ飾ってます。
高橋さんにはこの場を借りてお礼もうしあげます。

みなさんの親切と熱情に元気と感動をいただいた会でした。
みんなみんな本当にありがとう。

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2006年10月21日 (土)

講演会に行ったよ

今日はお天気もよかったので姫路文学館の講演会に行ってきました。
自転車漕いで行ける距離でらくちん。

文学館に入ってすぐ、胸の白い大きな花のブローチが印象的な、黒づくめのえーれがんと、なお方に会う。
誰? なんだかオーラがすごいんだけど・・
講師は歌人の青井史先生と聞いていたが、まさかこんな方だったっけ、とあやしく思いつつ、
講堂にあがると講師の青井先生は急病とかで、かわりに山田登世子先生が「晶子とシャネル 1900年 パリ-東京」というおはなしをしてくださるということでなーるほど、と合点。

与謝野晶子というとどうしても短歌や評論から見てしまうが、ファッション史から見た晶子というのはなかなか新鮮で、図版もたくさんで面白かった。

晶子はアンチフェミニストだった。それはシャネルも同じだった。
だの。
晶子が見たパリのファッションはシャネル出現以前のものだった。
だの。
だからよく晶子の写真でみかける帽子ってのはシャネルのじゃない。
だの。
のち渡仏した深尾須磨子が与謝野晶子のもとに行ったとき、そのファッションを評して「アメリカ風ですね」と言った。
だの。

晶子はエレガンス。髪を詠む。シャネルはメンズ的実用。髪を切る女。
・・そんな風に断絶しつつ、ふたりは似ている。

シャネルのファッションはどこまでも「シャネル自身としてのモード」だった。そして、晶子の歌もまた。「芸術は自己の群像である。一にも自己、二にも自己。三にも自己。絶対に自己」

(私の表現者)、その精神でもってつくられた作品ゆえに、ふたりは深く大衆の心をつかんだ・・ということだろうか。

というようなおはなしだったか。
わが偏愛するうるわしの19世紀風オートクチュールファッションプレート(つまりシャネルによって虐殺される以前のモードね)とアールヌーボーの図版てんこもりの、至福の一時間半でした。

講演会に来ていたのはお世辞にも若い方ってのはおらず、それを見てくだんの先生、
「晶子は若い人に人気がないですね。
俵万智さんにがんばってもらわなければ」
とおはなしをはじめる前にまずは一発。

・・。

チガウダロ、と言ってもいいですか、とw

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2006年10月17日 (火)

泣いてしまう

こちらで一首、ある方より、引用されてるよと教えてもらう。こちら
うれしくてたまらない。

もうずいぶんと昔に出した本で、本人もなんだか忘れかかっているような歌集なんだけれど、こうやって今も引用されたりしてくれているというのはとてもうれしい。

あづさ弓春ハルシオン依存症指から花にかはつていくよ みほ

これは実は、投身自殺したある歌人にささげた歌だった。依存症についてはそういう噂をきいていたからで、医学的な知識などわたしにはない。

言葉がときに残酷なように、ものの名前もときにものすごく残酷なことがある。
お薬にハルシオンという花の名前がついたのはほんの偶然だろうが、この花が手放せない人もいる。
本当はお花畑で眠れればいいのに、花ならぬ薬の殻だけがベッドのまわりにたまっていく。

・・なんて書いたのは今わたしがもらっている薬もあんまり相性がよくなくて、正直言って眠くてたまらず、なにもできなくなるほどつらいとおもうことがあるから。感覚や感性が鈍って集中力がなくなっているのに神経だけがぴりぴりきて、どんよりしているのにイライラして・・
ちょっとつらかったからひさしぶりに母に会いにいく。ランチをごちそうになる。いろいろしゃべりながらちょっと泣いてしまう。親の前で泣くなんて親不孝、甘えそのものだが、今わたしはだれかに甘えたいんだとおもう。母もわかってくれていて、なにもいわずいてくれたのがうれしかった。

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2006年10月10日 (火)

マリモ

この10月8日、京都は京都テルサで「塔」「短歌人会」合同歌会がありましたので、出席してきました。

例のことまず道に迷いw

京都駅って北側しか知らなかったので、南側からいくってことがまず理解できず・・w

人に聞いたり猫のうしろをついて歩いたりしながら、どうみても廃墟というか震災復旧中なんですかってつっこみいれたくなるような、なんかここほんとに京都?って不思議な空間を歩いて歩いて・・w

+

どうしようもなく眠くてたまらぬ 旅行から子供がマリもを持ち帰りてより みほ

「音数もダラダラしてるけど、このダラダラした歯切れの悪さがいい」
「マリモはカタカナなのはよくない」
「上の句と下の句のつながりのなさが面白い。面白いお宅だ」
「旅行から帰ってきてお土産がマリモかよ、って感じもある」・・などなど、いろいろお言葉をいただきました。
「眠いのはマリモのせい、という発想がおもしろい。旅行土産というよりもっと異界からきたもののようにすればよかった」とも。
ええ、このごろ体調がわるくて、眠くて眠くて・・
なにが原因なのか。本当にもう、意識がマリモみたいにとろろんと丸まって眠っているような数日だったんです。
そんなだらだらな歌だったんですが5票もいただいて、ちょっとうれしかったり。

ところが不思議。わたしが入れた票のかたがた・・「塔」が多いというか「塔」ばっか。
謎(笑

歌会のあと懇親会に。
ここには書けないあんなことやこんなことの話も聞けて楽しかった!
ひさしぶりの歌会だけど・・本当はもっと出席したいなあ。
でも家出中のパラサイト専業主婦の予算では電車代やら懇親会代やらがたてつづけたりするとやりくりがチト苦しく痛いのも事実。
悩ましいってとこ。


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2006年10月 7日 (土)

竜女変成

なんとなく朝日新聞連載「ベルばらkids」なる企画の読者コーナーにてなもんやなお便りを投稿したらまさかの掲載がされてしまったので本人びつくり。眠い薬を飲んだヘロヘロの状態で推敲もせず勢いで送付したっきりなんでまあ無残なこと。
「とりかえばや物語」って平安時代に書かれた物語とベルばら、ってわたしのは通り一遍な内容だったんだけど・・
とはいえこんなことも滅多にないことだろうから、ついでに引用しとく。

ここ

はじめまして。 「とりかえばや物語」とベルばらの話に興味を持った者です。 あの物語はたしか天狗のしわざ・・というような(注:オチの)説明がされていたはずですが、むかしから日本には「竜女変成」というような、女が男になるものがたりがあり、それは仏教の信仰ともかかわっているようです・・どうやら胎内で育っている赤ちゃんまで無理やり性転換して男にしてしまう!という秘法まであったように聞いてます・・親王誕生をむかえたばかりでなんだかなまなましいですが。 ベルばらがひろく、また深く日本人に受け入れられたのは、男女の性というものの本来厳密たるべき境界の案外なあいまいさ、といった土壌もあるからでは、などと思ってしまいました。 ・・ながながとすみません。 とにかく謎めいた魅力あるベルばらをいつも深く、濃く解いてくださり、いつも楽しみにしておりました。これからのご活躍もたのしみにしております。

+アホ炸裂な引用おわり+

★・・むか~し、河合隼雄「とりかえばや、男と女」なる本を読んだとき、
河合センセ、日本独自の性転換というか、性の役割の特異性を世界の学会で語るなら、なにも無理やり平安時代の1000年前の物語を例にしなくても日本には「ベルばら」があるじゃん。こっちをテキストに使ったほうが面白いしダンゼン説得力あるよなって思ったもんでした。無名の「とりかえばや」と違いベルばらにはイタリアとかドイツとかにも熱狂的なファンが多いらしく(三国同盟つうか、敗戦国つながり?)、その点なんかも(どの点?)論じてみたらぜったい盛り上がると思われるのにその機会はあったんだろうか。
河合さん、現在も病気で療養中のようですが・・

★「胎内で育っている赤ちゃんまで無理やり性転換して男にしてしまう!という秘法まであったように聞いてます・・」なんてもんがあったかどうか、そりゃあ秘法だから明らかにされてるわけないんだけどね。
伊藤 遊 「えんの松原」 にはそういうエピソードが語られている。それでむりやり男皇子としてうまれさせられた東宮は心を病み、本来の姿としての女装で、深夜宮中をさまようのでありました・・(怖

★「竜女変成」ってには、竜王の娘(乙姫さまではない)が仏に深く帰依し、成仏する際、一旦男に変身した・・という仏教の物語らしいです。
女は罪深いものだからそうしなければならなかったんだそうです。まあ、ひどいはなしですわな。
花より男子。「変成男子」、いや、マジで。

292:(経歌八首)   龍女が仏になることは、文殊のこしらへとこそ聞け、さぞ申す、婆竭羅王の宮を出でて、変成男子として終には成仏道。 :『梁塵秘抄』 後白河法皇撰
ここ

ゆめ女人成仏変成男子など信ずるなかれと笑む桜姫 みほ
(江戸時代の歌舞伎「桜姫東文章」ってのも、考えてみりゃ性の境界がぐじゃぐじゃで、おもしろいおはなしではあります。くりかえすけど、日本人って本当にそういうはなしが好きなのよね、きっと)

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2006年10月 5日 (木)

亀が鳴いたり・・

夜店の亀釣りでつってきた亀が案外長生きして大きくなったのがちょっと自慢だったりしていたが、これがこのごろ水槽のふたを押し上げて逃げ出すようになってしまってきた。
・・まず、ごとっ、っていう音が聞こえる。水槽の壁をこえ、蓋をもちあげ、そのまま床に落ちる音である。かなり不自然な音で、なにかあったとすぐに気づく。
気付いたら大騒ぎしてすぐに行動をおこさなくてはならない。亀はあれでも案外敏捷で、逃げ出せたとみるやものすごいスピードで走り出すからだ。
・・もちろん音に気付かないままだったりすることもある。そんなときは悲劇だ。
「全員その場を動くな!」
FBIかCIAそこのけの厳かでしかも有無をいわさぬ調子で号令一下。なにしろ椅子にすわったわそこに亀がいたわでは悲劇である。
しかるのちにスローモーションのように家族全員そろりそろりと気を配り目をやって亀を探しに探す。
・・最長逃亡記録は約5メートル。三男のベッドの下にいたらしい。見つけるにいたるまでの苦労といったら・・いやはや、怒りのあまり亀を戻した水槽に何トンもの重石をのっけてやりたかったぐらいだ。

その亀が今朝、鳴いていた。
クク、というようななんというか、そんな声。
もう4年は飼っているがはじめて聞いた。
亀が鳴く季節は春だときいてたし、季語も春だと聞いた気もするが、桜だって秋に咲くこともあるんだもん。
とはいえめずらしい声を聞いたもんである。
おしまい。

大亀はききと鳴くてふ月明のみちびく道を水辺まで来て 小池光『廃駅』

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2006年9月25日 (月)

映画をみてきました

・・どうも秋晴れのさわやかさに気力・体力がついてけないようなこのごろ・・
パンジーやらキンギョソウの種を蒔いたら芽が出てくれて、それはうれしいだけど・・100株ちかくだぞ。どこに植えろと。

それより映画。古いふるい、いまから30年はむかしの映画を見てきました。
「二つのハーモニカ」。原作者は「をだまき」の川口汐子先生。
わたしが長い間引きこもっていたから川口先生とお会いすることもしばらくなくなってしまっていたが、会えば必ずご挨拶させていただいていており、そんなわたしのような者にも気さくに声をかけてくださるやさしい方だ。
しかしこんな映画の原作も書いておられたとは・・
上映まえのご挨拶にも出ておられましたがとてもお元気そうでうれしかった。
花でも用意する予定だったのに・・出かけしなに用事で果たせず。つくづく残念。

内容はよくある特攻ものだけど・・
なんともいえず、いい映画だった
基地の或る村のたんたんとした日常。ケレンミのない演出。
元気な村の子供たち。校長先生。郵便局員。
疎開の兄弟の負う暗い影すら、夏のあかるさに瞬時のきらめきをみせます。
音楽のようにずっと聞こえてきた小鳥たちの声が、
「死出の田長」
といった異名の鳥の声もあったろうか。
いさましい場面も、不条理な暴力も、戦争反対の怨嗟の声も、悲憤慷慨をさけぶひとも誰もいない、心根のいい人たちばかりでしずかに、しずかに奏でられる死の物語。
・・席の隣の方がずっと泣いてて、それはそういう経験がそのひともあったかららしくって。
そういう意味でも、誰もが体験したある夏の物語という感じで、印象深かった。
子供向けにつくられた映画らしかったが・・
う~ん。おそるべし、むかしの日本映画。
大人むけの戦争映画がなんじゃい! 今こそ、大人こそ観るべきだ。
と思ったことでありました。

+

とはいえ、今じゃぜったいNGものの全裸の子供の遊泳シーンや、おなじく上半身裸の女の子・・しかもおぼれる、なんて場面にアチャーって思ってしまった時代のゆがみが、つくづくなさけない。
フィルム劣化がなんとも惜しかったが・・
きにしないでぐいぐい、画面に引き込まれた。
いい映画だった。

+

帰りしな、偶然岸上大作の高校生時代の短歌部の顧問の先生がおられ・・
車でお送りする。

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2006年9月13日 (水)

六一〇ハップ

夏の火遊びに痛い思いをするころ・・なんてわけでもないけれど、年齢もわきまえず素足でサンダルというグータラ生活のおかげで踵あたりがものすごいことになってしまってました。
脳に角質、踵に角質。ヤワな軽石なんかじゃ太刀打ちできん。これじゃ新品のパンストがピシッって破れるゾとつくづく、足を裏返しながら悩んでましたら・・

あんよの角質には六一〇ハップ・・ここ が効くらしいゾ。その効果たるや・・
身長が数ミリは確実に減る!
ならば、というわけで即ドラッグストアへGO。

数年前某白骨温泉で入浴剤混入騒ぎってのがありましたが・・
そのとき混入されてたのがこの系列の商品やに聞いてます。
プロも認めるその効能。

とゆーわけでおそるおそる・・
入浴時、軽石に原液(すごい匂い)をちょぴっとつけてクルクル・・軽くこすってみましたらば・・
なるほど・・すごいことになりました。

なんといえばいいでしょうか・・
えげつない途中経過は詳しく書けませんが^^;
・・感動しました。
身長、マジでコンマ数ミリ、減りました。
結果、するっするのつるっつるのすべっつすべ。
この踵、誰かに見せたい~触らせたい~(殴

・・というわけで、子供たちに踵をくっつけて感想を聞いてみましたところ。
「すげえ。おかあさんの足やない。ニセモノみたいや」
「こんな踵じゃバラバラ事件になってもお母さんの足って気がつけへん」
・・ってなんなの(笑

+

水仙を切らむに 古代ギリシャ人(びと)おほよそは十代に果てにき 葛原 妙子 『朱霊』

・・古代ギリシャ人はいっつも素足にサンダルってイメージだけど・・
十代で死ぬんだったら角質で悩んだりするヒマ、なかったんとちゃうかしらん、と (そんな歌じゃないけど

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2006年9月 7日 (木)

・・料理をしていて塩がなくなってしまい大慌て。
買い置きがなく、さんざん探したすえ、もらいものの、ちょっと上等そうな塩を無事発見。めでたし、めでたし。

塩を壷にいれるとき、いつもおまじないじゃないけれど、思い出すのはこの歌。

塩の壺空(から)となりゐつわが家のいづこにも塩のなき時間過ぎをり  葛原 妙子『朱霊』

ガラスの壷に入れた塩はいつもとちがって粒が非常にこまかく、粉砂糖のようで、こぼすとさらさらと雪のように散って、ちょっと不思議な気持ちになってしまう。

+

そういえば去年のPTA主催のクリスマス会のとき。
くじ運つたなく、校長先生のお隣の席にすわることになり・・

・・なにを話題にすればいいのよぅ、と内心号泣しながら・・
だってあらぬことを口走ってしまって、挙句
変なおかあさん
だと思われたら子供たちにあわせる顔がありませんもの。

昨日の雪はタイヘンでしたね、だの。先生の故郷は雪が降りますか、だの。
普通のひとのする普通の無難な、それでいてお上品な会話に終始しなければ。
とにかく、普通に・・普通に・・と自分に必死になって言い聞かせつつ・・(なんなんだ

すると先生、
・・わたくしの故郷では、雪が降ると峠に塩を撒きます。
と答えてくださったのでついほっとして、
「まさに(地の塩)、ですね」
おほほほほ。と聖書の言葉で冗談かましてしまったおかあさん。

・・しまった! とあわてた瞬間、先生、わたしの顔をまじまじとご覧になり、名前をお尋ねになる。
あー。やっちまったよ。
トホホホホ。
帰宅して子供たちに顛末を話すと、
寒いというより、氷に塩をまぶしたように凍りつくはなしや。
とバッサリ。

わかってるってば。

+

・・そういえばその日も雪で、塩のような雪が降ってはやみ、降ってはやみ・・
雪の影響でJRのダイヤが乱れ、乗り継ぎごとに30分ほどの待ち時間。
気疲れしてしまったのだろう。電車のなかで立ったまま眠り込む、という経験もしたもんです・・

われにしも塩よりの使者ありとせばソドムの天使 ゴモラの天使 葛原 妙子 『朱霊』

塩といえば、太陽光と風だけで結晶化させていくような塩の作り方は日本では1972年に全廃され消えてしまったという・・
「朱霊」は1970年刊だから・・
だからこの歌に限らず葛原妙子の歌にでてくる塩は、きっと工業化される前の作り方でつくられた塩だったんだろうな、としみじみ思う。


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2006年9月 5日 (火)

蝶のごと

・・夏休みの宿題をまだやってる三男にキレまくり九月4日午前一時 みほ自由律俳句

ということで・・なんだったんだろうこの夏は、と振り返ってみますれば。

overQさまんちで教えてもらった往年のテレビ番組「怪奇大作戦」。
わたしはソレ、SRI(Science Research Institute 、エスアールアイ←警察の捜査では解決不可能になった怪奇事件を、独自に開発した機械等を駆使して科学捜査を行うとかいう民間組織)の所長・的矢忠(まとや ただし ←元警視庁鑑識課長だったらしい。底抜けに費用がかかりそうなSRIを自費で運営しているみたいな実は大金持ち?)の渋い!お姿ばっかり目で追って愛でておりました。
俳優は原保美
だって美貌のアララギ派の女流歌人原阿佐緒の息子なんだもん。
というわけで、ハンカチ王子に熱中するかたわら、
原保美。通称(ヤスミン)←嘘 マンセーの夏でありました。ヽ(´ー`)ノ

なにしろSRIは「仏像の瞬間移動」だのなんだの、とにかく警察でもお手上げなトンデモな事件にばっかりかかわってて・・
だからその「科学的な」解説も、母阿佐緒の昔の恋人だった科学者石原純をなにやら彷彿と・・
しないか(笑

追加:前掲原保美のウィキペディアでは「父は画家・物理学博士の石原純」とありますけど、石原純はヤスミンのお父さんじゃなかったハズです。ヽ(´ー`)ノ)

・・とにかく物語のなかの、古きよき昭和の空気がたまりません。
設定では高級住宅地にある暖炉のある由緒ありげなお宅に和服の美人の奥様と半ズボンのかわいいお坊ちゃまと住み、高級そうな葉巻を常にくゆらし、でも葉巻をくわえててもせりふはきちんと聞こえるのよね。さすがヤスミン。

かといえば一般庶民ともきちんとお付き合いでき、個性的なSRIのメンバーや警察のお歴々とのやりとりもとってもなごやか。「太陽にほえろ!」のボスを先行、あるいはしのいでる?

第19話「こうもり男」では吸血蝙蝠の大群に襲われ、茶室で毒を盛られ、新聞に訃報がのりお葬式まで出され(本人は半死半生)、そのあと乗ってる車ごとプレス機にかけられ・・って30分まるごとすごいいじめられっぷりが、
・・ハァハァなんですぅ(笑

・・このはなしには作中繰り返し強調される数字「119」 (911ではない) にちなむちょっとした因縁話があり、
まず第19話。
放送されたのが1969.01.19。
なによりも原保美本人がなくなったのが1997年11月19日午後0時19分という・・
「関係ないと言ってしまえばそれまでだが,不思議な話」という・・ここ

それはさておき。
ヤフーで動画が無料で見れる企画があったんがうれしくって、
これを機会にヤスミンの活躍ざんまい、もっと見たかったんだけど・・
ソレ、この夏はいろいろわたしも大変だったでしょ・・(たそがれ

あっという間にヤフーの無料視聴期間がすぎてしまい、あはれ残りを見ることが出来ず・・

あー。秋になってしまったのね。

+

生きながら針に貫かれし蝶のごと悶へつつなほ飛ばむとぞする 原阿佐緒
吾がために死なむと言ひし男らのみなならがへぬおもしろきかな 原阿佐緒

(ちょっと本が手元になくって、あちこちWEBから孫引きスマソ)

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2006年8月30日 (水)

テレヴィ

次男と三男は部活動の合宿。
というわけで長男に晩御飯を食べさせてから「懸案」の件でおでかけすることになる。

雷は鳴ってたものの車に乗ったころは大丈夫だったはずなのに、途中からものすごい豪雨になり、
特に先日パンクしたところ(次男の友人のお母さん@霊感アリ、に「要注意箇所」といわれた場所)あたりなんか土砂降りなんて生易しいものではなく、
「トンネルを出たら大波の中」
状態。
ワイパーも間に合わず、なにも見えず、滝の裏側から外を見るって感じ。漆黒の闇のなか、道路の柵すら見えず、周囲の車のランプだけがたより。
案の定、あちこちの路肩で車がごろんごろん、数珠繋ぎになって停車してる。きっとこの豪雨の中、トンネル出てびっくりして速度を落とした瞬間に追突されたりスリップしたりしたんだろうな、と。

でも不思議なもので、いくつもトンネルのある箇所で、トンネルを抜けるたび(つまり山をこえるたび)、徐々に雨はすくなくなり、あとは快適な夜のドライブが楽しめた。

局所集中型の豪雨というのがこの夏いわれている雨の降り方らしいが・・
実際すごいもんだった。

+

一晩泊まって朝マックを長男にお土産に持ってかえって、小鳥の世話やら花の植え替えやらごそごそして、サァお茶でも飲んでテレビ見よか、とペタンとすわりこんだところ、テレビが映らない。

聞けば昨夜ものすごい雷があったとのこと。テレビが映らないのはそのせいじゃないかな、と。

ちゃんねるX点ずる夜更わが部屋に仄けく白き穴あきにけり 葛原妙子『朱霊』
無人のテレヴィ深夜にひとり眺むれば耳火々とわが心臓ひらく 葛原妙子『朱霊』
豪雨となる市街の真中真夜中のテレヴィ美しき空虚を充たす 葛原妙子『朱霊』

二首目。字が出てこないから「耳火々」としたけど、コウコウ(旧かなだったらカウカウ、かカフカフ、か)と読む。
・・ちなみに『朱霊』は昭和45年刊。というか、このころうちはまだ白黒テレビだったぞ、と。

+

それにしてもうちのテレヴィ。まだ映んないよ。

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2006年8月28日 (月)

射的とかダーツとか

・・わたしが現実逃避している間に三男、村の商工会祭りとやらに幼馴染の親友とおでかけ。

おとついのこと。すっかり暗くなってから帰ってきたその手にはラジコン・カー。ちゃちいのではなく、かなり高そうなやつ。
聞けば射的であてたんだという。

・・しばらくして玄関で物音がしたので三男に見に行かせると、
「オレに荷物持たせたまま忘れてったやろ」
とくだんの親友、お寿司を四折ばかり届けてくれてた。

そのまま帰ったのを追いかけさせ、
うちはもう晩御飯すんでたから・・と二折持たせる。

さてさて。
ダーツであてたというその御寿司、どんなんかな、と思ってあけてみるとかなり豪華。しかも美味。

そのほかテーブルの上に見知らぬチョコレートがいっぱいあったので勝手に食べてると、それもダーツであてたという。

こんなふうにいっぱい景品もらったんで自転車の籠に入りきらず、友人に持たせてそのまま忘れたらしい。

+

これに限らずお祭りとか福引とかにめっぽう強いうちの三男。
いままであてた最高のものは大型テレビだったが・・

・・この勢いにのってということで昨日、近所のスーパーのガラガラにいかせるものの、ぜんぶハズレ。

ところで福引とかガラガラをするときいつも思い出すのがこの歌。

湖(うみ)の風つめたく吹きて球台に散らばる 赤き玉 白き玉  葛原妙子『朱霊』 
赤玉をうすきめがねに染めつつひとりの死者たまあそびする 葛原妙子『朱霊』

・・シチュエーションはぜんぜん違うんだけどね^^;

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2006年8月24日 (木)

現実逃避・パンク!

・・しばらく更新できません、なんて書いておきながら・・

昨日につづきちょっとあんまりなー、ってことがあったので現実逃避したくて結局ここに来てしまう。

+

昨日突発した懸案事項のために高速道路を走っていて、炎天下、しばらくしてなんだか車の様子が変だなと気がついていたがどうすることもできず、そうこうしてたらズガガガガ、ときた。

そうこうしてたらガクンガクン、ときた。

うわ、これがパンクというものか。

と思ってるとバタンバタンってタイヤが大暴れしはじめ。

しばらくして車、停まってしまう。

+

なんせ高速道路のでのこと。びゅんびゅん通り過ぎる車のうしろからトラックでもつっこんできたら即死確実。

いやだ。こんなところで。次の歌集を出すこともなく死ぬのは嫌 (をい

涙目になってしまった目の裏をニュースや免許切り替えのとき見せられるビデオのようなえぐい事故現場+道端に供えられてる花束、が走馬灯のようにぐるぐる走る走る。

しまいに呼吸までくるしくなってくる。

・・いかん。ここでパニック障害にでもなってついでに気でも失ってしもうたらほんまに死ぬ。死んでまうぞ。

どうぢだらいいのよ~~

・・と泣き叫んでても仕方ないからごろんごろん、アルミホイルだけで再び走りだすことにする。

+

不幸中の幸いというもので、降り口はわりと近いところにあり、ごろんごろんと降りてって、降りたところにあった漬物工場でガソリンスタンドの場所を教えてもらい、そこまでまたごろんごろん転がっていく。
ガソリンスタンドの看板を見たとき、マジ安心して気絶しそうになった。

本当に不幸中の幸いは続き、ずたぼろのぼろきれになってしまったタイヤの惨状にもかかわらずアルミホイルはなんとか無事。
そのままタイヤを交換してもらい、ドライブを続ける。

+

さて。電話を借りた漬物工場。
あたりただようすっごくおいしそうな匂いに、状況も忘れてくらくらしたわたしって・・(笑

+

それはともかく。
昨日から続く不幸のスパイラルというか、不幸の共振現象(シンクロニシティー)、これでおわりにしてほしゅい。

ということで、今日家から奪取してきた歌集より。

これまでのわれのなし来し愛憎の集約として家族が五人 久々湊盈子『家族』
女にも賞味期限がありまして五十を前にすこし複雑 久々湊盈子『射干』

賞味期限切れ前の女って、いろいろ大変なのよねー。
とゆーことで。


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花火の夢

・・先日花火の夢をみた。

大空いっぱいにひろがる花火を、玉屋鍵屋と眺めていて・・

ドッカーン!と、炸裂弾っていうのか、とつぜん空中で山のようなものが爆発したので、怒りと恐怖とともに地面にからだを伏せると、

・・バラバラバラッ!!
思い切りすごい量の土砂が降ってきた。

・・なんとかやりすごしてほっとしたが・・
どういう意味の夢かと心ざわざわ、きのう今日と思っていたが。

・・まさしく今日、爆弾を落とされたような事件はっせい。

というわけでちょっとしばらく更新できません。

変な業者がトラックバックかけてくることがここ数日あるんですが、よい子はくれぐれも、踏まないでね。

ではでは。

参考
花火の夢の意味は・・コチラ ←(でも残念ながらこんな意味じゃなかったっす。今回のわたしの夢は)

+

鎮魂のイベントとして極彩の花火は闇に 人は地べたに 藤原龍一郎『楽園』

+

・・花火の先祖が爆弾なのだとしたら、人類っていうのはどんな思考回路でもって、あの爆弾を観賞用の花火に仕立てあげたんだろう。


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2006年8月18日 (金)

風が涼しい

うちの吹奏楽部兄弟 @男子校。いつもは部活の時間ぎりぎりまで家でダラダラしているのに、なんだか今日は一時間ぐらいまえからきっちり準備していつもは私服なのにぴしっと制服を着たりしてるもんだから。
・・なるほど。きょうはお隣の女子校との合同練習だったか (しかもお呼ばれ

お昼のチャーハンのあとデザートのスイカを出したところで末っ子はガシガシ、もう歯磨きしてて。
それでもって次男とふたりして口臭予防のガムを噛み噛み、出かけていきましたとさ。

昨日はひさしぶりに雨が降って、今日は風が涼しくって。
お盆の間は毎日渓谷にいって泳いで海に行って泳いでと、ぷかりぷかり暮らしておりました。

まつすぐに素朴にいつも生きて来し吾(われ)をみじめと思ふことあり 片山広子 『野に住みて』

「折々の歌」の8月16日つきにのってた歌になんだかひどく、共感というほどでもないけれど気になったから。
本を読みに風が涼しいから長男に自転車借りて、図書館にでも行ってみようかしら。

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2006年8月 9日 (水)

ごんぎつね

うちの子たちは中学・高校生のくせにアニメ「日本むかしばなし」が大好きで、一週間の楽しみ、といえるほど夢中になって見ているようだ。

というわけでわたしも付き合わされて見させられていたが・・

今夜の物語はご存知「ごんぎつね」。

原作つきの物語も「昔話」としてしまうふところのふかさはさておき・・

今夜はなぜか一時間スペシャル企画。

・・きつい。あの「ごんぎつね」だけで一時間はチトきつい。

案の定、カエルと遊んで淵にはまってドンブラコやらお隣さんの出産騒動やらおかあさんきつねの死の場面に赤い花が散って赤い蝶が舞ってそれって本当にごんぎつね?なおはなしてんこ盛りでひきのばすだけひきのばす。

はやくしろ、とおもいつつ、まったりと家族で見ていてあるとき突然びっくり仰天。

声がいつものふたり組みじゃないこととか、画風が三男いわく「アニメ旧約聖書」にクリソツ、とか。そんなことじゃなくって。

・・ひょうじゅう、だったのね。兵十。

ウナギがトラウマなおじさん(・・どんな話やねん。でもそういうはなしになってた)、「へいじゅう」だと今まで信じてたのに・・

えええええ~~~~っ!!!????
「ひょうじゅう」!?
誰それ。知らんかったよ~~

「パイレーツ・オブ・カリビアン」の「カリビアン」を、「カビリアン」って、エイリアンの親戚か浴室のカビ取り剤の新製品かよ、みたいな名前で実はずっと長い間信じてたのと同じくらいのびつくりさ。

+

でもやっぱりいつの間にか刷り込まれてしまった「へいじゅう」の方が正しいようで、「ひょうじゅう」に違和感ありありで。
というわけで、ラスト、ひとりぼっちの「ひょうじゅう」の涙を見つつ長男としみじみ歌いましたとさ。
もちろんここはなぜかあの、ビートルズの「ヘイ・ジュード」。

「♪へいじゅう~ へいきさ~ 
きみはひとりじゃな~あぁいぃ~♪」
(原曲: ♪Hey Jude, don't make it bad
Take a sad song and make it better)


+

替え歌といったらこのごろSMAPの流行の曲で
♪ よ~う~こ~そ 日本兵~

が我が家で静かなブーム。いや、終戦記念日も近いということで、靖国問題を考えようってことで・・

+

描かれてきつねのごんは見てゐたり絵本の秋をゆく葬の列 春畑 茜 『きつね日和』
そののちを本は語らず 裏表紙閉づればしろく野の菊が咲く 春畑 茜 『きつね日和』

こんな変な記事にすてきな歌を引用してしまってはるはたさん、ごめん。
 

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2006年7月31日 (月)

こころをなにに

「それが私の心だ」なるメモが発表されて、水色のきれいなインクで書かれた昭和天皇の「心」について思いをはせるこのごろ・・

発表された「メモ」のページに、歌人佐伯裕子の祖父、土肥原賢二の名前をつい探してしまった。(載っていないみたいでホッとした・・)

悲痛そのものの『家族の時間』(北冬舎)に描かれた、A級戦犯の家族たちの夏はまだおわらない・・ 詳しくはここなど

そんなおり、このごろよく聞こえてくる「♪心を何に例えよう」って歌が気になっていたら、
萩原朔太郎の『純情小曲集』の「こころ」が 出典らしい・・

こころ  萩原朔太郎

こころをばなににたとへん
こころはあぢさゐの花
ももいろに咲く日はあれど
うすむらさきの思ひ出ばかりはせんなくて。

こころはまた夕闇の園生のふきあげ
音なき音のあゆむひびきに
こころはひとつによりて悲しめども
かなしめどもあるかひなしや
ああこのこころをばなににたとへん。

こころは二人の旅びと
されど道づれのたえて物言ふことなければ
わがこころはいつもかくさびしきなり。

わたしの好きな、「こころ」の歌。

こころなき泉の精となり果ててきよきをのこも影とのみ見む 水原紫苑

さて、話題の映画「ゲド戦記」だが、主人公ゲドが菅原文太で「外道戦記」だったら、親分を刺してしまった若頭が日本刀持ったまま逃亡して、流浪して、大親分(菅原分太)に拾われて、「竜」の代紋の組との死闘だのなんだのがあって、緋牡丹お竜顔に傷あるおなご衆と愛し合って・・ってお話になるんかいな。

そのおなご衆が鬼竜院花子だったら、

「命を大切にしやーせん奴なんか、大嫌いだ」  (高知弁) って見栄をきるんだね。

広島抗争篇やったら、「命を大切にせん奴なんか、大嫌いだ 」 (広島弁)だし。

祇園あたりの可憐な芸者だったりしたら「命を大事にしへん奴なっと、大嫌いや  (京都弁)」

方言置換道場 ここ より

・・ゲド戦記は一応全巻読んでるけど、ブームになるずっとずっとむかしのことで、・・どんな話だったか(笑 

とにかく光=善、影=悪、という画一的な欧米的な世界観を逸脱というより統一したような、ひとすじいかない複雑な物語世界が面白いといえば面白く、なにせ日本は「日本」といいつつ一方では「陰影礼賛」の国だからね。ファンタジーといっても間違ってもディズニーランドあたりでアトラクション化されたりしない種類のタイプなのは確か。

最終巻までやってほしいなあ。魔法をつかえなくなった老ゲドの悲痛、素手で戦う男の強さセクシーさなど菅原分太のはまり役だろうし。

『テルーの唄』  作詞:宮崎 吾郎  作曲:谷山 浩子  歌:手嶌 葵

夕闇迫る 雲の上 
いつも一羽で 飛んでいる
鷹はきっと 悲しかろ

音も途絶えた 風の中
空を掴んだ その翼
休めることは 出来なくて

心を何に例えよう
鷹のような この心

心を何に例えよう
空を舞うような 悲しさを


人影絶えた 野の道を
私と共に 歩んでる
あなたもきっと 寂しかろ

虫も囁く 草原を
共に道行く 人だけど
耐えて物言う こともなく

心を何に 例えよう
一人道行く この心

心を何に たとえよう
一人ぼっちの 寂しさを

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しずかに、しずかに

このごろ毎晩のように眠る前に故高瀬さんの歌集(『高瀬一誌全歌集』)を読んでいる。するとときどき、これってなに?って歌がある。

パロマガス湯沸器は熱くなるにしたがいしずかにしずかに 高瀬 一誌『スミレ幼稚園』

もちろんこの歌とこのごろ問題になっている一連の事件が関係しているはずがない。だが快適なライフラインにはじまる私たちが疑うことなく享受してきた世界への疑いが、・・しずかにしずかに・・というなんともいえない不気味な一節によって際立たされているのは確かだと思う。

しかし高瀬さんはなんでこんな歌をつくったんだろう。極端なはなし、高瀬さんの歌のどれをとってもそういう疑問からは逃れられないにしても(ごめんなさい)、

・・しずかにしずかに

・・なにかが始まっているのではないか。わたしたちはそれに気がついていないだけではないか、と思ったりするこのごろであったりする。

「一九六〇年直前頃からプロパンガス、都市ガスの普及の影響を受けて、全国的に薪・木炭の生活に変化が生じた」(古島敏雄『台所用具の近代史』 p6)

土曜日に学校があったころ(笑)

あれは70年代だったのかなー。ぶらぶらおなかをすかせて家に帰ってきて、ペタンとすわったテレビの画面にたぶん、なんだかおかしな番組(「道頓堀アワー」、らしい)ってのがいつも映っていて、土曜日ならではのうららかなお昼を引き立ててくれていたが、そのCMがたしか、「♪練炭豆炭み~んなじゅーぜん」、てのだった。

つぎつぎにベルトコンベアにのせられては作られる練炭・豆炭の映像を子供のころのわたしは毎週、ずーっと見ていた。ベルトコンベア・おん・回転寿司などない子供時代のことだった。 (え?

「♪行火(あんか)に炬燵(こたつ)、みーんなじゅーぜん」 (そのあと軽快な音楽とともに女性によるナレーションがはいる)←よく覚えてるなー。全人格を投入して見てたのかもしれんなー。

十全商会→ここ

工場 →ここ

・・しずかにしずかに、「火」は練炭豆炭からガスへとシフトされていったにしても、抗いがたい時代の流れを感じていたのだろう、お笑い番組の間あいだに、子供心に十全のCMをうら悲しいものとして見ていたような気がする・・

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2006年7月29日 (土)

「鶺鴒抄」-或る山中智恵子の読み方、など

こっそりと出てきた家にこっそりと戻っては本やら季節の衣服やらを持って帰っているが・・今回は永井陽子『モモタロウは泣かない』その他を奪取?してきた。「鶺鴒抄」-或る山中智恵子の読み方、という一文を永井が書き、そして栞に山中智恵子が「ガリレオの望遠鏡」という一文を寄せているという珠玉の一冊。

山中作品のなかで地名や星の名前とともに数多くの鳥たちが歌いこまれていることは周知のことであるが、うちも河原鶸なんぞを飼うようになってからことに鳥の名前のでてくる歌に興味を持ち出してきた。さて視点を鶺鴒に絞った永井の「鶺鴒抄」のラスト近くに、「にもかかわらずなぜ鶺鴒か、ということは今回触れなかった」とあり、「別稿に譲る」とあるが、その別稿はあるのだろうか、ということはさておき。

しかしその「別稿」に次の一首がひかれているであろうことはたやすく予想できることだろう。これは「短歌への最短距離を生きてきてとほく日常をとほざかりぬる 山中 智恵子」と「精神分析のごと宵々の夢を記す期しがたきわが命終のため 山中 智恵子」の間に位置する、こんな歌だ・・

幼年は翁鳥に病やしなひきいま鶺鴒を夢に育てむ 山中 智恵子『夢之記』

翁鳥、と書いたが漢字が出せなかっただけで、これ一字で「ヒタキ」と読む。ヒタキ→こちら

山中は鶺鴒を飼っていたわけではなく、想念的な抽象的な鳥として描いているようである。そう、まさしく「夢に育てむ」鳥であったということかもしれない・・

しかしヒタキにしても鶺鴒にしても、なぜに野鳥?

 「なにしろあの形は綺麗でしょ」という鶺鴒について、「非常に霊的な感じがしますね」と言ったという山中だが・・

野鳥には霊的な美しさがあると思うのは、おなじく野鳥の河原鶸を飼う羽目になったわたしがいうのもなんだが、じっさい、そう思う。 

ちなみに永井も『モモタロウは泣かない』を読むと野鳥ではないが、文鳥を飼っていたようだ。山中と永井というと式子内親王についての論考という共通項があるが、このほかにも案外、鶺鴒と文鳥という鳥の存在も無視できないことかもしれない、などとうちの河原鶸(ちぴこ)のかわい~い鳴き声を(メロメロになりつつ)聞きつつ思うことである。

体の調子が悪いなあと思っていたのでドクターにその旨うったえたところ、薬が一種類ふやされ、量も自分でガンガンふやしてもらって結構です、とのこと。

いまひとつストレスをさけて・・とのこと。短歌人の夏の大会までもうすぐ。ここにいたってなおなにかの奇跡で参加できることを願っていたが、いよいよ無理ということか。宇田川さんごめんなさい。受験生の長男がいるため新年会参加は絶対に不可能だし、忘年会もどうだか。楽しみにしていたことができなくなるというのもまたストレスの原因になるというものだろうに・・行きたかったなあ、大会。

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2006年7月21日 (金)

たたかわず死ぬ

実家の母のお供でお寺さん詣で。護摩など焚いていただいてきました。

「わたしのなかのよからぬものを・・」 ジョジョビジョビ♪ ジョビジョワ~♪

・・水に流すのもよし、護摩焚いて焼き払うもよし、ということか。

とはいえすごく疲れ、帰宅してからドット寝込む。わたしのなかの、焼き払われた、いや焼け残ったよからぬ悪魔のせいか。

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ずりおちる眼鏡のおとこ大方はたたかわず死ぬ安倍晋太郎も 高瀬一誌 「スミレ幼稚園」

9月の自民党総裁選で対応が注目されていた福田康夫元官房長官(70)が21日不出馬を表明した、とか。総裁選への対応を聞かれても「生体反応なし」と答えたりと、なかなか胸の内を明かさないってところがちょいワルぽく、そこんとこ以前からワタシ的に好きだったりした福田さんだったが。

眼鏡の印象ばかりのひともあれば、なぜだろう。安倍晋三官房長官(51)の眼鏡はどんなだったっけ、と思ってたらアララ、眼鏡してないのねん、とはじめて気づく。 公式HPなど

・・わたしってトコトン駄目じゃん(笑

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2006年7月 8日 (土)

呪文

ブログを引越ししようとして手続きをしているのだが、なかなかうまくできない。
希望IDというかURLというかそんなのが好きな言葉や数字でできるのだが、すでにほかの人が取得してるとかでなかなか取れないのだ。

最初はノーマルに自分の好きな言葉や誕生日なんかでトライしてみたものの・・

全然駄目なもんだからだんだんこちらもムキになってきて・・

「迷子」「わたしはどこ?」「どこにもない言葉」

・・もう呪文かよっ!というような。

・・それでも取得できない。なぜ?

呪文、といえば・・

NHK「みんなのうた」に谷川俊太郎作詞「だれもしらない」が流れていて・・こんな歌

でたらめのことば  ひとり言(ごと)いって 
うしろをみたら 人食(ひとく)い土人(どじん)
わらって立(た)ってた
イキシチニ ヒ
だれもしらない ここだけのはなし

人食(ひとく)い土人(どじん)・・!?

もちろんいまどきそのまんまオリジナルで流れてる訳、ないんだけど。

なんだかびつくり。

♪ぴっとんへべへべ  るってんしゃんらか
ではじまる「にほんごであそぼ」の主題歌 ここ

歌おうよぴっとんへべへべ春の道るってんしゃんらか土踏みしめて 俵 万智『プーさんの鼻』

何十年も経って、何がオリジナルかわからなくなった時は、歌い勝ったものが残るしかない。だからこそ、オリジナルに敬意を払わなくてはならないと思うのだ
   鈴木英子氏「オリジナルに関わる見聞き」(「こえ」47号)

ぴっとんへべへべと俵万智の歌については前掲「オリジナルに関わる見聞き」が詳しいが・・
「歌い勝つ」という言葉・・
誰がいいはじめた言葉なんだろうか。
心に深くつきさっている。

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2006年7月 3日 (月)

カレースパゲティー

昨日は神戸で「短歌人」の歌会があったのでお出かけしていた。
おひさしぶり、というより何年ぶりの歌会参加かなぁ、って感じで・・
今ブログをしらべてみると、2004年9月だって。
もうすっかり浦島太郎だね。

出かけしなに三男が鼻血を出したりして大騒ぎしてて見事遅刻。
それはさておき・・
自分の歌の粗さ、読みの粗さにうちのめされる。
それに思ったことがぜんぜん言えない。
しょうもないことを口にしてしまう癖に、大切なことがうまく言えない。
元気をいただいて帰ろうと思っていたけれど、自分の遅れ具合、不勉強、感性の鈍さ、になんだかめちゃくちゃ意気消沈してしまう。

出かけるときははりきっていたので、お昼と夕方の食事の用意をしていっていた。
帰ってびっくり。夕ご飯ナイよ、と。
お昼はスパゲティー。夕ご飯はカレーね、とあれだけ言い置いておいたのに・・
お留守番の子供たち、お昼にカレースパゲティーを思いっきり食べてしまったらしい。


・・おのれらご飯にスパゲティーの具をかけて全部食べろぃぃぃ!(怒


怒り狂う先を制して夫が外食を提案。
近くのファミレスに行くものの・・
ひどく疲れて食欲ナシでありました。

疲れたまま眠ってしまたためか、こわい夢をいっぱいみる。
おまけに朝からガラスのコップを割って指を切って、モノに躓いてよろめいて障子を破いて、なんだかぐずぐずなさけなくって、夫を駅まで送る車中、涙がぽろぽろ出て。おまけに夫が携帯電話を忘れていて出張先に送らねばならず。
・・厄落としというわけでベランダの薔薇の五分咲きぐらいのをおもいきりざくざく伐って、出かけることにする。
いつか「短歌人」にも短い文を書かせていただいた、岸上大作が高校時代所属していた「短歌部」の顧問だった、Y先生宅。
ごくごく近所に引越ししてきたのに、まだご挨拶にも行ってなかった。
薔薇をお渡しし、抹茶をたてていただく。
すすめられるままおかわりして、ようやく人心地。

玄関前の小鳥の巣、雛が三羽になっていた。
みゃあみゃあ鳴いてて、結構うれしいかも。

しかし歌会。
・・今度はいつ行けるんだろう・・

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2006年6月27日 (火)

胃カメラ

さて・・といっていいのかどうか。
胃カメラ呑んできましたとです。もちは・じ・め・て(はぁと)の経験。

夫が十年ほど前にお世話になった病院を記憶をたよりに探し出して、というのはこちらのセンセ、胃カメラ操作がとってもお上手でぜんぜん苦しくなかった、って夫の胃カメラ呑み経歴でピカ1ってお墨付きがあったから。
奈良の某進学校の少年が医学部志望のプレッシャーで家に火をつけたとかがもっぱら最近の話題だけど・・
最後はやっぱりお医者様ってば学歴よか技術なのにね、というか。
そういう感じで安心しきって?病院にまあ、行ったってわけですが。

ところがどうしてか・・マウスピースみたいなのんを口に含まされた時点でもうパニックというか。
ウゴウゴと火星人の触手かこりゃ、みたいなんが喉をさがっていって胃で暴れまわっている感覚って、なんなのこれ、って感じで・・
うわなにこれ。人間ポンプ? 空気吹き込んでるよ何してるの先生!!っていうか・・
もちろん事前に糊みたいなのんとか葛湯の超濃いぃぃみたいのんとかいろいろ呑まされたり注射されたりして、だから麻酔、効いてるハズだし、なにしろはじめてだから、一番細いのを使ってもらってたってハズなのに・・
・・あんまし効いてないよ麻酔。なんで? お酒もタバコも控えめなワタシよい子なのになんでこんなに苦しいのこれってもしかしてなにかの罰なの神様!!
神っていうか、この世ではじめて胃カメラ呑んだひとって、ぜったい勇者。神認定。
・・って感じだった。
憔悴しきってしまひました。

胃カメラはともかく・・
最近なにかと気がふせいで、気力がまるでなくなってしまっていて、これってもしかしたら心の風邪?って思ってたってわけですが・・
「すごい貧血ですね。血圧も低いし。これじゃあ、なにもできないんじゃないですか?」
とお医者様に言われ・・
んんん。じゃあ、あっちのお医者様んとこで体験したあんなこととかこんなこととかってのって、なに?
わたし、心霊体験の有無を聞かれたんよ先生!! 
霊媒師というか、霊能力者とかゆー方の名刺のコピーとか、思いっきりもらってしまったりしたんですよ先生!! ここ 
あれっていったい結局、なんだったのよぉぉぉぉぉーん!!(心の叫び
「貧血です。あなたの場合すべて、心身の不調もなにもかも貧血が原因です。レバーを毎日食べてください」
・・だって。
・・もらって帰った胃の壁面写真が、なんだか思いっきり、モツに見えたわ (しみじみ?

芋の如肥えて血うすき汝かな 杉田久女

この句の「血うすき」とは薄情な、という感じかな。超強烈な一句。
・・とはいえ私自身、若くてやせていたころならともかく、まるまると?肥えた中年の今になって貧血だなんてちょっと信じられないというか・・
ってゆっかー。以前、造血剤を飲むと顔色が悪くなるから、って窓からこっそり捨てるって人がでてくる小説を読んだことがあるんだけど・・
タイトルが思い出せないの。あれって、なんだったっけ。

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2006年6月21日 (水)

小鳥の巣 2

小鳥の巣、ということを昨日書いたが・・
萩尾望都のマンガ『ポーの一族』のシリーズ『小鳥の巣』が意識にあったのは当然のことで。

わたしがこのマンガを読んだのは中学校のときだったろうか。
終戦後のドイツの古い寄宿学校。行方不明になった生徒。入れ違いのようにやってきた謎の二人連れの転校生。
やがて明かされるいじめの事実。行方不明の少年ロビンは自殺したのだろうか・・転校生たちの謎とは・・そして学園祭でさらなる事件が!!
というような物語っていったって、実は吸血鬼だったっていう転校生ふたり・エドガーとアランこそが主人公で、
「--何かわからない、--空気の色が違う..!彼ら...!」
・・人間の、いや彼らは人間ですらないのだが、普通の生活のなかでも、
「異質なるもののにおい」
そういうものがある人がいる、そして「彼ら」に気づいたら逃げるか・・「狩る」か、どちらかしかない。
そんなことに気づかせてくれた物語だったようにおもう。

案外、人は「異質なるもののにおい」に敏感で、それを感じた者を排除にかかる。
それは時に容赦なく、徹底的に追い詰めることも辞さない。
それは性善説だの性悪説だのにかかわらぬことで・・

秋田でおこった殺人事件で、加害者女性の過去にいじめがあったことが繰り返し報道されている。
ああ、本当にひどいはなしがあったんだなあ、と眉をひそめながら見ているが、
だからといって、(嫁いじめをふくめ?)いじめられたひとがみんなこんな風に心がゆがんでしまう、なんて結論というか風潮にはならないでほしいっていうか、それってはっきりいって二次被害。

エドガーとアランのごとき駆け落ちのまねごとに我が八月終る 黒瀬珂瀾『黒耀宮』

『ポーの一族』ファンにはこたえられない一首。
いえ、昨日次男(高校生)が友人に
「玄関に小鳥が巣をつくったの、見るか?」
って幼稚園児みたいな自慢ばなしをして、あげくツイテきたその友人って・・って感じなんだけど、
まあ、この子はしょっちゅう友人を連れてきたり泊めたりしてるんでこちらも手馴れたもの。麦茶だしたりラーメンつくったりして、おかげで「いい子ちゃん」なお母さんも堂が入ってっていうか・・。
で、夜。その次男がしみじみ言うには、「お前のお母さん、いつも明るくてやさしいな」
・・みんなが言ってる。不思議や。
とのこと。

・・ちょっぴりうれしい。

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2006年6月16日 (金)

吾輩は主婦でアルである

♪ねぇ聞いて お母さんね
好きな人がいるの
それは・・それはね・・・
お父さん!
(言 っちゃった♡)♪ (「吾輩は主婦である」主題歌)

主婦の罪深い昼下がりの楽しみ、ドロドロ系が定石とされる昼ドラに新風?、『吾輩は主婦である』にハマッテいる。
文豪・夏目漱石に憑依された主婦(斉藤由貴)をめぐるチョー明るいお気楽下町ホームコメディー。
オレ女ならぬ「吾輩」女、斉藤由貴の男っぷりがナイス。話のながれに関係なく突然登場人物によってはじめられる歌や踊りもナイス。
いつもおもうことだが、こういう楽しいドラマはサザエさんやクレヨンしんちゃんを見習って、最終回を迎えることなく永遠に続けてほしい。

というわけで、劇中劇ならぬ劇中CMに使われていたシャンプー「エッセンシャル」をつい買ってしまったわたしって・・(笑

「吾輩は主婦である」の夏目漱石といえば胃で悩んでいたイメージがあるが・・
漱石に憑依されるより、わたしだったら、・・なんて考えつつ
ここ一週間ほど胃のあたりがどうも苦しく、昨日は午後からまたぞろ新しい病院に行ってしまう。
そういえば以前、「短歌人」の会でお酒がはいったとき、その場にいた方々に、
「物故歌人に憑依されるなら、誰がいいですか」
って尋ねてみたことがある。
みんなええっ?って言いながらも、でてきた名前がなぜか女性ばかりだったのはおかしかった。
「オレだったらやっぱり、和泉式部だな。才能あるしなにしろ美人だし色っぽいし、恋人なんかよりどりみどりで、夜毎こう・・」
となにやらあらぬことを言ってらっしゃった方、その方も亡くなってしまわれてからずいぶんになる。

ぬひぐるみの縫ひ目ほどきて布にしてまた縫ひなほすだけのやうな転生 みほ

旧かなってむずかしい。って思ってたらすごく便利なのを見つけてしまう。
旧字体フィルター ここ
わたしが夏目漱石だったら簡単に書けるハズの旧字体も、これを使えばラクチン、てか。

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2006年6月12日 (月)

ラベンダー

あやしい病気モノ連発のあと更新とまっててすみません・・
胃痛に苦しんでおりました。けっして祟りでは・・ないです。はい。

このごろガーデニングにこっております。
花がおわって処分品になってるラベンダー、買い込んできました。
ベランダにラベンダー。ガーディアン・ガーデナー。
コンセプトは映画「時を駆ける少女」です。

・・放課後の理科室、蒸留器・・ラベンダーの香り。

わたしは原田知世はもちろんですが、実は昭和のむかしむかし、NHKで少年ドラマシリーズという企画で放映されてた「タイム・トラベラー」世代なんです。
たしか夕方に放送されてました。・・暗い音楽、暗い映像。憂いを帯びた風情の美少女が突然消え、気がついたら時空を超えて別の場所にいる。
その謎。その苦悩。
時を駆けるなんてことって素敵なことのように思われるけれど、・・運命はかえられないし、その苦悩を前に主人公はなにをすることもできない。
それでもって、いつも主人公を助けてくれるやさしい少年は・・その正体は。さらにラベンダーの香りに秘められた秘密とは、という物語。
・・とにかく昭和のころのドラマのことで、物語には戦争の影もあり、まだ幼かったわたしは、お母さんのつくってくれるご飯そっちのけで、テレビの画面のなかの、まったく別世界のものがたりに引き込まれていました。
・・やがて訪れるかなしい別れ。
悲しくて、悲しくて。
本屋に行って筒井康隆の原作を買ったのが、たぶん、マンガ以外はじめての本だと思う・・(今もその本、持ってます)
ということで少年の名前、ケン・ソゴルは、たぶんわたしの初恋の人だったと思います。(って、何人もいて多すぎるぞ、>初恋の人)

・・学生時代、友人にものすごいハンサムな人がいて、顔は素敵でわたし好みだったんだけど、向こうはわたしのこと全然気にしてなくって、というのは彼はそのころ上映してた映画「時を駆ける少女」の原田知世ファンで、わたしは女優でいえばまったく別のタイプだから全然駄目なのはあたりまえで(殴
原田知世ファンなんて、当時はちょっと腐ったタイプ扱いだったから接近しやすかったってのはあったけど(元祖「萌え」
で、そんな彼にプレゼントしたのが「ラベンダー」だった。
季節が違っていたので生花ではなく、ポプリにしたような安物だったが・・(ケチ

「ふーん。これがラベンダーか」
なんやねん、これ。もうひとつやな。思ってたのと、花もにおいも、違うわ。

とあっさり、言われてしまったっけ(号泣
ま、萌え少年なんて、そんなもんさ、と (ばっさり

・・なんてことを思い出しながら植えて、切り戻して、それを挿し木にして・・
ラベンダーは花だけでなく枝や葉もいいにおいなので、作業中は幸せ気分でした。
この勢いで来年はベランダにラベンダー畑をつくるぞ、と。 

ラベンダーを蒸留してゐた少年が未来へ帰るそれまでの恋 みほ

おばさんになっても気分は時を駆ける少女♪なんである。

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2006年6月 7日 (水)

梅酒

梅を買ってきて梅酒を漬けてみた。
子供のころ、薄暗い台所の隅で母がしているのをじっと見ていたとおりにしてみた。
母がしていたように梅と氷砂糖を順に重ねてホワイトリカーを注ぎ込む。ところが子供たち、我慢しきれずわたしの目を盗んでゆさゆさ、ビンを揺さぶってしまい、梅は浮き氷砂糖は沈んでしまって努力は水の泡ならぬホワイトリカーの泡。
でもこれもまた子供のころ、同じことをやって叱られたのと同じこと。
母が怒ってたようにしてわたしも叱っている(笑

青梅(あをうめ)の臀(しり)うつくしくそろひけり 室生犀星
梅の実の尻に子どものころの痣  宮坂静生

・・子供のころ、砂糖がビンの中で溶けているのをいつまでもじっと見ていて飽きなかった。
砂糖が溶けていく様子は子供にはなんだか酩酊感をさそう眺めだった・・
なんかそんなこと、なつかしく思い出してしまった。

まあここからはどうでもいいような腐ったようなはなしだが・・
変なアニメのオープニングらしきものを見つける。火曜深夜放送『ガラスの艦隊』というアニメのオープニングらしいが、どう聞いても音楽は『ベルサイユのばら』で、これってなんなの →ここ

こちらが正式らしいけど、→ ここ
あはは。大昔のアニメ『ベルばら』の曲の方が断然かっこいいっていうか、ぴったしに思われるのって、何故。

ちなみに・・この『ガラスの艦隊』にまつわる企画で女の子対象「執事喫茶」なるイベントがあるらしい・・って。
これもまた謎。

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2006年5月28日 (日)

罪作り~?

朝帰りでご機嫌さんな夫を駅まで迎えに行き、なんだかハラがたったので^^;、夜明けのコーヒーでもごいっしょに、といってみたところ、もうお昼前だお、と^^;
といってると、偶然ホテルに!、偶然モーニングサービスが! ということで色気ナシ夫婦ふたりでお茶を、ということに。

するとお隣の席が・・どうやらお見合いの真っ最中。わお。
・・うまくいくかな、あのふたり、と小声でひそひそしつつ。
「あの女の子よかおまえの方が美人だよ」
「あ~らあなたこそ、あのお兄さんよかずっとハンサムよん」
あはははは。おほほほほ。
なんてね。
「んー。それよかわたしたちこそ、どんな関係に見られてるかな」、と。
「結婚したらこうなる、ってぶっつぶし要素とか。内心、仲人が怒ってるとか」
「とゆっかー。人目をしのぶ不倫カップルとかに見られてるとしたら、微妙にうれしゅいな」
・・会話、かみあわず(笑

お若い方はお若い方どうしで・・ということになり、なんだかこっちもほっとする(意味不明
「絹子の肌は罪作り~♪」
のCMじゃないけど・・「いけません・・!」って展開にでもなったらどうしようかと・・(殴
CMはここから

なんてアホなこと思ってたら、またお隣にまたお見合いカップルが。
なぜ? なぜなの?? 

+

三男が「うなぎ釣りでうなぎゲットした♪」とご機嫌でご帰宅。
昨夜は昨年同様 ここ 小学校時代の友人+旧塾友 たちと祭りに行ってたそうだ。
ぎょえ。うなぎ? 生きてるの? と袋をみると、あららおいしそうな蒲焼が。
って、このごろはまさか蒲焼が生きて泳いでるの?、と思わず聞きそうになり (殴
「生きてるうなぎを捕まえたら~、これと交換してくれたねん」
だそーで。あたりまえだけど・・(だから・・

石麻呂に我れ物申す夏痩せによしといふものぞ鰻捕り食せ 大伴家持 万葉集16・3853:

痩す痩すも生けらばあらむをはたやはた鰻を捕ると川に流るな 大伴家持 万葉集16・3854:

・・河童の川流れ、って言葉は歩けど、・・あはは。あるけど、ね。

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2006年5月27日 (土)

いろいろあるわよ

なんとなくみんなお泊まり会とかに出かけてしまい、今宵は長男とふたりだけ。

父よその胸郭ふかき処(ところ)にて梁(はり)からみ合ふくらき家見ゆ 岡井隆

胸部のレントゲン写真なんかをみてると、たくさんの骨や内臓が黒く白くからまっていて、ああ、こんなふうにして軒ふかい家も懐ふかいにんげんも、陰影ふかくささえられているんだなというか。
そんなことを思わせる一首。委細省略。
「父よ」とあるけど「母よ」ならどうなるかな。とか思ってみたりもする母の日直後、父の日直前の今日このごろ。

・・ひさしぶりに遊びに出かけたアンティークのお店で、マダムにお紅茶と薔薇のジャムを添えたお手製のイチゴケーキをいただきながら・・
いろいろあるわよ、人間だもの。
なーんて相田みつをかよ、というような言葉に、
・・なんだかしみじみ。うんうんって、素直にうなづいたりしてる雨もよいの午後だったりする。

+

もしやもしや・・と思っていたら本当に松木秀さんが現代歌人協会賞の栄冠を獲得された。ここ
うれしくってたまらない。
こちらは雨でお天気も悪いけれど、松木さんのことを思ったら、なんだかバンザイというか、うれしくってうれしくって、心がほかほかする。

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2006年5月25日 (木)

薔薇の悲しみ?

世に「プリザーブドフラワー」と呼ばれるものに挑戦。
溶液に漬けて脱色、さらに別の溶液に漬けて着色、さらに別の・・という工程。
先日の強風に薔薇がやられてしまい、花がボトボト落ちていくのを見ていられずの作業。

Dscf0881

この花束のコンセプトは (そんなもんあるんか)
薔薇は薔薇の悲しみのために花となり青き枝葉のかげに悩める 若山牧水

とゆーか、
薔薇は薔薇は~♪に、かの『ベルサイユのばら』のアニメ版主題歌(ここ)を連想してしまふといふヨコシマなわたし・・(殴

実は作りすぎて巨大になってしまい、用意していた容器にはいらなくなってしまったというお約束のオチつき^^;

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母にプレゼントするつもり。よろこんでくれるかなあ。

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2006年5月23日 (火)

おひさしぶりの

・・土曜日、ひさしぶりで大阪に行く。短歌人関係のお出かけ。

案の定、「今どこに住んでるの?」といろいろ声をかけられる。
なぜか小池光 さんの正面!に座ることになり、なんだか幸せ。
それはさておき、わたしに関する仰天もののうわさというか、なぜどーしてそんなことをご存知で。みんな本当ですけど本当ですよなんてこの口からいえませんよ~~な大汗なことをうかがい委細省略。

短歌は言葉が大切。というようなおはなしのあと、
「猫はどうですか? 猫とは言葉でコミュニケーション、とれませんよ」 とゆーよーな大失言をかましてしまい、でもひっこみがつかずお答えを待っていると、
「猫はねー。言葉がない。僕に無関心。無関心だからいい」 と小池さん。 
「あーそうかも。無関心。短歌もわたしに無関心だから、わたしも短歌がいいのかも」
とゆーよーなおはなしから、
わたし、名前を変えたいと思っているんですけど・・ しあわせになりたいんです^^
とゆーよーなおはなしまで^^;これまた委細省略。

田舎のオバが小池さんのファンで、ある日歌集を読んでハートをドキューンと射抜かれてしまって以来のファンで、と言ってたことがお伝えできて、よかった。
オバは以前も書いたが ここ、女学生の頃に人からプレゼントされた万葉集の本を祖父に焼かれてしまい、
・・女は本を読むな。不幸になる、ということだった・・
それでも短歌が好きで、歳をとってからはじめた短歌を田舎でぽつぽつ、身の回りのことやなんていうことのないことを歌にしては楽しんでいる。
オバに小池さんのお写真を送って、帰りしな握手までしていただいたことを教えてやったら、さぞや喜んでくれるだろうなぁ。

そこに出てゐるごはんをたべよといふこゑすゆふべの闇のふかき奥より 小池光

・・なんだかこの歌をよむたび、猫だったころの前世の記憶がビミョーに騒ぐんですけど? (にゃあ

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2006年5月20日 (土)

闇の魔術?

落ち続く薔薇をプリザーブドフラワーにしようとして、先日からアルコール溶液に漬けている。
「なにこれ? ホルマリン?」 と長男。
「お母さんが闇の魔術におちた・・」とハリポタファンの次男。
中間試験の真っ最中にハリポタ新刊刊行って、なんなの!!って次男絶叫。読めば後悔する。でも読まなくてもぜったい後悔する!!とのジレンマに苦しむ苦しむ(笑
天下分け目の試験・・とばかり泥縄式に机にかじりつく子供たちにまあまあ、5月19日はかの桶狭間の戦いの日らしいからね、などとはかない逆転劇を期待しつつ、風邪なおらず、早寝を決め込むここ数日のわたし。

ハリポタの結末はもう決まっているらしいことは周知のことらしいが・・
「夢オチとか。虐待され続けている少年ハリーの、全ては妄想。
夢の魔術、夢の友人、夢の学校で楽しくすごくオレ・・」といってやると、世界中の愛読者が発狂するぞ、と次男。
「みんな魔法の力をなくして人間化するとか。ゲド戦記だけど」 ううーん。ジブリのあの主題歌、お経を読んでるみたいで不気味、と次男。
とゆーわけで「ハリポタのラストはやっぱりドラえもんかな」 とふたりで意見が一致。

「どこでもダンブルドア」、とは、いつでもどこにでもダンブルドアを召喚できるドア。
「アスカバン・かばん」、は携帯式アスカバン牢獄。気にいらない奴を閉じ込めちゃえ! 500人までらくらく。今ならデスイーター・イーター(デスイーターを食べる魔物)がもれなくついてます。
「スネオ=スネイプ」はここぞというとき、最強の嫌味が言える魔法薬。副作用対策として、自己嫌悪に陥るあなたをやさしく癒してくれるスネちゃんのママがついてます。
などなど、「インバス2000式タケコプター」レベルで?親子でしばし、完全現実逃避。
とはいうものの・・
ハリポタが宝塚で上演されたらスネイプはきっと美形キャラになってしまうんだろーなー。
・・美形スネイプに癒される自分をしばし妄想し、癒される (危険

+

枡野浩一:『ドラえもん短歌』 ここ

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2006年5月15日 (月)

苗のごとしと

母の日だから実家の母に電話をしてなんとなく昔話をしていると、父の母の思い出話となる。
父の母というひとは、つまりは父の養母というひとだが、わたしの長男がうまれたとき、80を越した大老人でありながら、わざわざ雪深い田舎からでてきて赤ん坊を見に来てくれたが、そのときのまなざしやしぐさのやさしさ、あたたかさが今も忘れられない。そのときのあたたかい思い出がその後の自分をささえてくれた・・などとつい涙声になってしまうと、母もまた、とにかく心根のきれいなやさしい、行き届いたひとだった。我を出さず、周囲の立場や気持ちを読み取り配慮できる、とことん賢いひとだった、などと自分の姑を語るこちらも涙声。
お互い実母についてはスルー(笑

とにかくなにか欲しい?と尋ねると、花の苗がほしい、とのこと。
お金を出して買ったのはいや。挿したやつ・・などと無理なことをいうので、
三男が塾の卒業式でもらった薔薇を、挿し木にしてみたら根が出てくれた。
おなじく三月に家からマンションに運ぶ途中折れた薔薇の枝も挿し木にしてみたら、なんだかうまく根がついてくれたようだから、それをあげる、と約束。

あるときは幼き者を手にいだき苗(なへ)のごとしと謂ひてかなしむ 佐藤 佐太郎

この歌、園芸店なんかで花の苗をみているといつも思い出す一首。
かなしい、とは愛しいという意味。愛とは悲しいものなのねん。
・・電話のあと、近所でよりどりみどり24鉢選んで1000円、というお店を見つけ、母にあげるぶんもいっしょに、気が触れたようになって選ぶ。
苦闘のあと、わさわさと連れて帰ってきた苗たち。24の幼きものたちのかかげる花は、まさしくぱっちり咲いた24のひとみのやうだ、と見とれてしまう。

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2006年5月13日 (土)

置き所

ここ数日の強風は青嵐というようなものではなく、鉢が倒れ風除けのラティスまですっとんでしまうという暴風そのもの、おかげで開花寸前だったベランダの薔薇たちは蕾をぎっしりつけたままの姿で、あわれどれも立ち枯れ寸前となってしまった。
すこしでも風の来ない場所をさがそうとして真夜中でもわさわさした鉢をかかえて走り回った苦労も水の泡、いや風前の塵というべきか。
ベランダに落ちている開花寸前の蕾を拾いがてら数えてみると、軽く30にもなろうか。しかもどんどん数量更新中というありさまにマジ発狂寸前となる。
落ちてる蕾を捨てるにしのびなく、ドライフラワーにでもしようかと思い、嘆きつつ靴下なんかを干すのに使うアレにつるしていると、その作業をじっと眺めていた次男に
「おかあさん、なにしてるの・・それなにかの宗教か、おまじない?」
と怖そうな声でおそるおそる尋ねられ、そりゃあ母親が嵐の真夜中に髪ふりみだして目を血走らせ、ぶつぶついいながら花の首ならべてたらこわいわな、とw

今年の風は強烈よ、という声も聞くが、こんな状態で台風シーズンを迎えたらどうしよう、としんそこ恐怖。たしか温室や物置やらはベランダにおいてはいけないと規約に書いてあった気がするが、だったら藤棚ということにして、そこに防風シートを張って薔薇はそこに置いたらどうだろうか・・とただいま真剣に検討中。

+

花瓶(かめ)のおきどころなしあやめさして箪笥(たんす)の上は高すぎにけり  三ヶ島 葭子

金田一少年の事件簿にでもありそうなものすごい大嵐の夜、薔薇の大鉢をかかえてうろうろうろ・・なおはなしとはうってかわって^^;
・・三ヶ島 葭子といえばつい「超不幸な家庭生活」という刷り込みがされてしまってて、だからこんな歌をみると、初夏の頃、きれいな花をさした花瓶をかかえて家の中をうろうろしているすてきな若奥さん、というようないかにもかわいらしい、娘むすめしたおままごとのようなうれしはずかしな図を想像してしまって、病気貧困震災妻妾同居また病気・・そんな不幸スパイラル人生のなかにも案外幸せなひとときもあったのかしらんとついほほえましく思ったりしてしまうが・・

「おきどころなし」ってところにやっぱり自分の居場所が見つけられない困惑というか嘆きというものがあるのかしら、と。
人も花も、難しいのはその置き場所、というものか。

瓶(かめ)にさす藤の花ぶさみじかければたゝみの上 にとゞかざりけり 子規

これは箪笥の上に置いてたから届かないって歌ではないけれど・・な歌。
そういえばこの大嵐で藤もすっかり散ってしまったなあ、と。

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2006年5月 9日 (火)

純情きらり♪

はまりにはまった昼ドラ「貞操問答」のあとの長いブランクをうめるがごとく朝ドラ「純情きらり」を見始める。
「貞操問答」のヒロイン新子の役が さくら で、純情きらりのヒロインも桜子 って名前つながりですか、と(無理やり
「貞操問答」+「純情きらり」で「貞操きらり」 (「純情問答」ではナーイ)
したがって、 福士誠治萌え(はぁと)の正しいドラマの見方は、「貞操問答」でひたすらかっこよかった謎の運転手・杉山 のその後が「純情きらり」の達彦さん なのねん、って無理やりな視点から、達彦さんも強制的に「杉山達彦」に脳内変換される、と。 (原作者の菊池寛と津島佑子が怒るぞ

それはさておき。
中村紘子のエッセーを読んでいるとこのドラマの舞台になっている東京音楽学校(「なんちゃって音楽学校」なのかもしれないけれど)・・についてのはなしが良く出てくる。
でも戦争末期のころの音楽学校っていうのは
「同じクラスの異性の生徒同士が話をする時は、二人で学生課に行き二メートル離れて話すこと」
という決まりまであったということや、
「或る時ににわか雨に襲われて、女生徒が男生徒を傘に入れてやったところ、校長に目撃されて処分さわぎになった」
とか、
「男生徒から手紙を貰っただけで二ヶ月の停学処分を受けた」
とか、
「その類の話にはこと欠かない」、
「男女生徒間の規律というものに病的に神経過敏」なものだったとのこと (『ピアニストという蛮族がいる』より)

・・つまりドラマでの、マカロニほうれん荘、ならぬ「マロニエ荘」の男女入り乱れての楽しい学生生活なんて・・
ちょっとばかしありえねーんじゃない、と。

というのも幸田露伴の妹のピアニスト幸田延。明治の御世に留学、女ながら東京音楽学校技術監にまでなった・・とか。
幸田文のエッセーに時折でてくるこの延の人となりはさすがにすばらしいものがあり、さすがエロかっこいい幸田姉妹は違う!、というかんじがあるが (違^^;
その幸田延が明治42年に39歳の若さで東京音楽学校を辞職するきっかけになったことというのが、世間からうけた無責任なバッシング。学校内の男女間の風紀問題ということで・・

幸田延は辞職後、当時の上流階級の子女たちにピアノを教えていたらしい・・
ドラマが舞台の時代はまだ存命中のはずだから・・
謎の実力者というか、そんな役ででも、ちら、と登場してくれないかしらん (ついでに露伴も^^

+

ところがピアノの当時流行というか、本流とされていたとおもわれる方法は、

キイの上においた両手の、手くびはいつもさげて十の指をキイと直角に高くあげて弾らす方法だった。それは、どこかに無理があってむずかしかった。 宮本百合子『道標』 第二章4 ここ

というもので・・
この「ハイ・フィンガー奏法」こそが長く日本におけるピアノの(悪しき)演奏法だったということだが・・

「純情きらり」のピアノの指づかいってば、この演奏法ではないような気がしますが、どうなんでせう。

+

ほほゑみに肖(に)てはるかなれ 霜月の火事のなかなる ピアノ一臺(だい) 塚本 邦雄

宮本百合子だったら「革命歌作詞家に凭りかかられてすこしづつ液化してゆくピアノ」の方がいい、ってことになるかもしれませんが^^;、と。

+追加+

中條百合子まだ処女子(をとめご)の葡萄茶(えびちや)着て道にあひ赤くなりし久米正雄ああ 土屋 文明

・・ああ!(笑)

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2006年5月 1日 (月)

今年最初の薔薇

ようやくこの春最初の薔薇がさいてくれた。うれしい。

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定住の家を持たねば朝に夜にシシリイの薔薇やマジョルカの花 斎藤 史

定住の家を持たねば・・
という事情ではないけれど、
・・家を出てこのマンションに入ってはじめての薔薇。

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子供のころの手遊びに、ひらいたひらいた。何の花がひらいた。というのがあった。→ここ
開いたと思ったらいつのまにかつぼんだ・・
歌いながらてんでに手でつくった花は、たしかに、祈りのかたちをしていたように思う・・

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2006年4月29日 (土)

旅先で逢った桜

父との旅行からかえってきた母に電話してみたところ、母は旅先で見た桜のことばかりしゃべっている。

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・・一歩的なのは昔からだが、あまりふかくものごとにこだわったりしないひとなのに、なにゆえのにわか風流・とってつけたような桜狂いなのかと不思議。
それでその桜というのも母が言うにはぼーっとした緑色をしていて、咲ききったらピンクになってて、ぼやぼやって白くって、とにかくすごいねん・・
ってまったくなんだかとりとめがない(画像ナシ^^;)
なにかの夢のようやね、とあきれ気味に言うと、
そう、夢のようやった・・と。

その温泉地はむかし一度行った所で、そのときその場所にその桜はなかった、と母。
え?いつのこと?と聞くと、20年ほど前のことらしい。
・・母は早起きのひとで、いつも夜明け前から活動しているというひとだが、旅先でも朝がはやい習慣はそのままで、いつものように起きだして父を置いて散歩していたら、霧の中、桜が咲いていた。
いつの間に誰が植えたんだろうと思いながら足をとめて観ていると、近くの家から女の人がでてきたので、話しかけてみた。
・・関西のおばちゃんのものすごいところは^^;、はじめて会った見ず知らずのお人となんということのない世間話が普通にできることで^^;、あんのじょうその方こそ、桜を植えたひとだと知れた。

そうですか。以前ここに来られたことがあるんですか。
おっしゃるとおり、そのときは桜はなかったです。
・・さびれた温泉地で、近所の○○温泉なら人気はあるんですけどね、こっちはダメなままで・・空き地ができるとずっとそのままで。
そういうことでだれも気に留めず放置されてたこの場所に、あるとき思い立って何本か苗をうえてみたわけです。
それからのことです。
そう、もう20年になりますか・・

静かな夜明けの頃、ひそひそとかわされた会話。
土地のひとと旅人と、桜が結んだ縁。
主婦の朝ははやい。あわただしいなか、花を見上げながらのほんのひとときだったらしいが。

百年の椿となりぬ植ゑし者このくれなゐに逢はで過ぎにき 稲葉 京子

ずっと生き続ける印象のある木のなかで、桜は案外寿命が短く、里桜では100年ぐらい、山桜では150年ほど。中には 樹齢1000年を越すというものもあるらしいけれど・・

抱(いだ)かれてこの世の初めに見たる白 花極まりし桜なりしか 稲葉 京子

花とならむ花とならむと渾身にかかげしものをいのちもて見つ 稲葉 京子

ソメイヨシノの寿命は5~60年というところらしい。
人生50年。
・・そんなところも、人がこの花にわが身をかさね、心ひかれてやまない理由なのかしらん、と。


追加:

緑色の桜だが・・

御衣香(ぎょいこう)という桜ではないだろうか。
最初は淡い緑で、次にクリーム色になり、最後に淡いピンクに変わるのだとか。
ほー。

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2006年4月27日 (木)

エレベーター

夕方、お買い物の袋で肩が抜けそうな思いをしながら、エレベーターを待っていた・・

どこかの階の家族連れが乗っていて、お父さんとお母さんがさっさと降りた。

乗り込もうとしたら、エレベーターの箱のすみっこに小学校5年生くらいの、黄色いパーカーを着た目のおおきな女の子が残っていて・・

それがなぜか正座してて。
お経を唱えていた。

・・はんにゃーはーらーみーたー♪

+

びっくりして固まっていると・・
女の子、ものすごくびっくりした顔をして・・

うわ===
って感じで跳ね起きて、飛び出してった・・

+

・・なんなの、あれ?

ところがお父さんもお母さんも知らんふり。
まったく知らん、他人のふり(笑

と思ったんだけれど・・むむむ。
わたしが見たのは本当に、本当の女の子?
あれは本当に家族だったの?
それともなにか、女の子だけ別のモノ? (笑

+

・・たとえば幽霊。小鬼のたぐい。
花の時期だから妖精さんか。 
いやいや年齢制限ぎりぎりの、エレベーターに住む座敷わらしか (笑

幽霊じゃないだろうな。だって、お経をとなえてたから・・
って納得してたが、ふと思い出したこと。
雨の夜、「諸行無常」を唱えて町を歩いていた鬼のはなし。

風雨の夜、一条の桟敷屋に男が傾城と臥していると、軒と等しい高さの馬頭の鬼が「諸行無常」と詠じて通った。これが百鬼夜行というものであろうかと男は恐れ、一条の桟敷屋には二度と泊まらなかった。 『宇治拾遺物語』巻12-24  

結局なにがなんだかわからないまま。
女の子はとってもかわいらしかったが・・
ヘンテコなたそがれは逢魔の刻のエレベーター。

自動エレベーターのボタン押す手がふと迷ふ真実ゆきたき階などあらず 富小路 禎子

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2006年4月26日 (水)

夢に来た獏が

獏は悪夢を食うものだといわれてるけれど、悪夢さながらの災難。獏に食われそうになった人のはなし。ここ

南米はコスタリカの環境エネルギー大臣という地位あるひと。日本の小池百合子大臣もこの春入院したりしてタイヘンそうだったようだが、この時代、どこの環境大臣もタイヘンなのねん、と。
路に迷って二日間ほど行方不明だったそうで、その間、SPたち半狂乱になって捜してたただろうけれど、
発見というか救出されたとき苦しんでいたそうだが・・バクでよかった? ライオンとかヒョウたちにサクッと食われてなくってよかった、よかった、と (いるのか?

この大臣閣下、以来「ナイトメア (悪夢)」と呼ばれるようになったかどうかは・・さだかではないが、ナイトメアって名前の大臣って、なんだかFFあたりにいそうでカッコよくない? (バクにかまれてハクがついた←これがオチかよ

夢に来し木馬やさしくわれを嘗め木馬になれとはつひに言はざり 山田富士郎

ともあれ、夢に獏がやってきたら、かまれるのはいやだし、かまれたらかなり痛いらしいし、どうしたらいいんだろうか・・

+

もうすぐ連休だというのになんの計画もたてていない。
現実逃避ついでに上記のコスタリカのサイトを見てみたが、

軍隊を捨てた自然保護の先進国 年金生活者の楽園

とある。
おおお。なかなかよさげなところらしいではないでしゅか。
ついでに伊勢志摩のラ・コスタリカってのも、なかなかよさげ。

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2006年4月25日 (火)

春はいま

地上をはなれすこうし空に近いマンションの部屋に、机が届いてようやく三男の部屋ができた。
はじめて自分の部屋が持てた中一の三男。
あたらしい机が届いてよろこぶなんて、まるで小学生のようだが、
うれしい、うれしい、と何度も言ってくれてわたしもうれしい。

災害や震災にあってどうにも身一つで逃げなくてはならなかったとき。
ランドセル。そして教科書。
そんなとき子供ってのは、そんなものを大事に持って逃げる、ってはなしをよく聞く。
・・ようやく手に入れた机。そして日常。
大切にしたいと思う。

+

ちょうど一年前。福知山線の電車事故の速報を聞いたとき、わたしは市役所にいた。ここ
・・家を捜していて、ひとりで冬の町を歩いて、歩いて。
くじけそうになりながら一生懸命で。
ようやくマンションをみつけた。
転居届けやら住民票やらの手続きをしていて、ふと見たテレビのニュース。
結局すぐには住むことができなかった、そのマンション。
・・以来、なにかあるたびにあの脱線事故の事故現場を思い出しては、自分の行方を重ねてみることしかできなくなっていた。
そんな一年だったが。
生きて、春をむかえて。
いろいろあったけれど、ここまでなんとかやっていくことができた。
本当にうれしい。

春はいま空の渚にわれもまた帰り遅れし雁のひとむれ 山中智恵子

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2006年4月21日 (金)

タイタニック2

「タイタニック2」とゆー映画予告編を拝見。実はトンデモで、いろんな映画のただのパチもんらしいけど、こーなりゃもはや芸術とゆーか。
エイプリルフールを無事やりすごして油断したスキをつかれたかのように、泣けるほど笑う。ここ

英語ぜんぜんわかりませーんなわたしが知ったかぶった解説するのもなんなんだけれど、
時は(たぶん)現代。
氷山にぶつかって沈没したタイタニック号の調査の途中で、なぜか氷漬けになったジャック、ハケーン。
科学と技術の粋をあつめて見事無事解凍に成功しめでたく蘇生したフリーザジャック。

研究所から脱出する今浦島ジャック、その後の歴史を知り、さらにインターネットで不死身の乙姫さまならぬ恋人ローズが102歳で!死去したことを知り苦悩し、涙にくれる。
変装し町をさまよい、たったひとりでブロードウェイかどっかで上演されてるタイタニックものを観るジャック。
つらいだろな・・かなしいだろうな・・
でも真の苦悩はここから。
ジャックをめぐり、なにやらすごい陰謀が・・!? どうなるジャック! そしてその驚愕の陰謀とは!?
ってなおはなしかな。間違ってたら悪いから、ここ 参照のこと(笑

やたら有名そうな俳優たち総出演ってのも見ものだけれど。
こだわりついでに、おじいさんがタイタニック生還者日本人としてあまりに有名な細野晴臣氏が音楽担当でもしてくれてたら、とか思ひます。
参考:ここ など

タイタニック号が沈んだのは四月十四日らしい。
ちなみにかの戦艦大和が沈んだのも四月らしいが・・

海底に夜毎しづかに溶けゐつつあらむ。航空母艦も火夫も  塚本 邦雄

海底のタイタニック号はあと90年で消滅するというけれど・・
「海底に夜毎しづかに溶けゐつつあらむ」 
風化・・風化って言葉じゃないよね。海底だから。
言葉すらなくって、だから「溶けゐつつあらむ」って表現しかないのだなあ、と、あらためて思ってみたり。

それはともかく、
この春、ウクライナからようやく桜の国の日本に帰還できた岩手出身の元日本兵のおじいさんのニュースなど聞くと・・

風化させちゃだめだよね。なんだか真実味がある気もする 「タイタニック2」なのでありました。

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2006年4月20日 (木)

引きこもり短歌?

もうそろそろ桜もおしまい・・のころ。
花のさかりのころの写真に心をなぐさめてみたりする。

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この春、外に出る気力体力がなかなかなくって、花を見ることもなく季節を無駄にすごしてしまった。

(藤原よるかの朝臣心ちそこなひてわつらひける時に、風にあたらしとておろしこめてのみ侍けるあひたに、おれる桜のちりかたになれりけるを見てよめる)
たれこめて春の行ゑもしらぬまにまちし桜もうつろひにけり  藤原 因香(よるか)

藤原紀香ならぬ因香(よるか)、って名前もなかなかナイスwだけれど。
・・「心ちそこなひてわつらひける時に」って現代風にこれって引きこもり、って解釈もできるかも、ということで微妙にナイスw

実は近くに小じゃれたマンションがあって・・
でもその名前が「ニート」って名前なの。メゾン・ド・ニート@仮名/笑
あ、いえ、素敵なマンションなんですよ!
春駘蕩のころ、高等遊民って言葉もはるかなり、ってことでw

+

出かけている間に雨が降り、部屋に帰ってきたら窓から虹がふたつもみえた。
いそいで写真に撮ろうとしている間に、みるみるうちに消えてしまい・・

写真に撮っておくと映像は永遠に消えないという気もするけれど、
さっきの古今集収録引きこもり和歌wじゃないけど、千年、感動を共有できる詩歌ってものも、なかなか、って思うのであります。

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2006年4月19日 (水)

うわのそら

この春から住んでいるマンションのお部屋のベランダはキャッチボールができるくらい無駄にひろく(次男と三男がしてた)、凧揚げができるくらい(これも次男)見晴らしもすばらしいのだが、風がとてもつよい。つぼみぎっしりでそれこそ風にもあてたくないほど大切におもっている薔薇の大鉢がひっくり返ってごろんごろん回転してるのを目にしてしまい、こりゃなんなんだ、と(怒

天空を風ゆけるとき うはのそら うはのそらとぞ時計きざめる 葛原 妙子
火の赤く燃えゐる夕うはのそらたしかに風はうはのそらゆく  葛原 妙子

うわのそら・・心ここにあらず、という表現を「上の空」というのって、本当だよね、って納得してしまう(高層でもないけど)マンションの一室 @うわの空

「うはのそら うはのそらとぞ時計きざめる」ってくだりだけど・・
さてさて。時計の音って普通「チック タック」だよね・・って、最近の時計は無音そのものだけれど・・

小学生の頃の記憶力って無意味なほどすごいところってあるけれど、国語の教科書に「チックとタック」というおはなしがあった・・
ヒット曲「おじいさんの時計~♪」の番外編というか、おじいさんの柱時計にいたずらなコビトが住んでて、その名前がまんま、チックとタック。ある日おじいさんが残しておいたお寿司を食べて、わさびに喉をやられてしまってさあ大変。次の日、時計は「ジッグ ダッグ」という音になってしまっていましたとさ・・って、なんでこんなオチも教訓もないようなおはなしが教科書に載ってたのか、それでもって、なんでバカみたいにきちんと記憶してるのか (自分もお寿司が食べたかったからかも/笑

人気のある名作らしく、収録されてる本もあるらしゅい・・ここ

そしたらあの、テストの点を改ざんしようとしてた主人公を見て、飼ってる猫がにやっと笑ったって、怪談なのか教訓なのかわからないようなおはなしやら (わたしは怪談として読んだ。先生ごめんなさい)
おとなしい女の子と粗暴だけどやさしい男の子がいて、女の子が先生の叱責から男の子をかばう場面があり、内容はよく覚えてないながら、皆の前でコオロギの鳴きまねをするハメになった。すると本当に教室の床下からコオロギの鳴き声がしましたというおはなしやら(わたしはこれを「女王の教室」の一場面のように記憶してる。なぜ?/笑)
・・そんなおはなしも読めるのかしら。

おおむかし読んだっきりすっかりわすれていた物語なんかと、それと知らずまた出会うことがある。
そんなときなんだか、知らない間に足元にぽっかりあいてた穴にはじめて気づいた気持ちになるというか、大げさだけどわが身をふりかえり、「死期が近いのか」なんて気持ちになったりすることが、ある。

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2006年4月14日 (金)

暗い淵から

・・この町にやってきてはやひと月。
電気代の請求が届いて、その数字を見ながらしみじみ、うれしくって (笑

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水面にうかぶ花びらの絵って、千代紙かなにかのよう。

・・水の下には大きな目をした黒い鯉がいて、暗い淵を覗き込むひとをじっと、淵の奥から覗き返している。

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花筏が川をくだりて届くごとわれを罵る風説とどく みほ
村棲みのあはれを思へば捨ててきたる過去茫々と対岸の花 みほ

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・・昨年は小学校のPTA役員をしていて、子供はこの春卒業したのだけれど、引継ぎやら春の総会やらのための打ち合わせがあって、時々家に戻らなくてはならない。
というわけで、春爛漫の候でありながら、なにやら風雲!なお城の写真など (笑

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2006年4月12日 (水)

青の夜の人

嵐にも負けなかった桜。

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・・花びらが散るころは、水辺など、そのまま歩けてしまいそうな気持ちになることがある。
おろしたての晴れ着を泥水で汚すのを嫌った娘が、パンを踏んで水溜りをやりすごそうとしてそのまま地獄におちるというおはなしを子供のころに読んだことがあったが・・

水の上に散る花びらを踏んだらどんな地獄が待っているというのだろう。
・・なんてね。

・・ということで湖をわたるイエスというおはなしだが、実はガラリア湖に張った氷の上を渡ったのだという。 
まさにキリスト教的「御渡り」 気象異常は神の奇跡をも生み出す、ということか。→ここ

+

神はあらね摂理はあると影のごとふと隣人の呟きにけり  葛原 妙子
キリストは青の夜の人 種(しゅ)を遺さざる青の変化(へんげ)者  葛原 妙子
かの背中(うしろ)のうつくしきを知るはわれひとりキリストは茫々とものを忘れあゆむ  葛原 妙子

二首目の「青の夜の人」って意味が昔からよくわからなかったが・・
水上を歩く姿を見られて弟子たちに「幽霊だ」って騒がれるほどだもの。
まさに「変化(へんげ)」というか、するすると鬼火が渡るように水上をやってくるイエス、って絵柄もかなりこわいけど、ばしばし氷を踏んでというのも、気迫というか意思の強さってのがかなり怖かったりもするし。
・・それでもって、わたしとしてはイエスに、このにっぽんの桜のはなびらの上を歩いてほしかったりもする。

+

参考:マルコによる福音書 第6章 より

・・(45)それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸のベトサイダへ先に行かせ、その間に御自分は群衆を解散させられた。(46)群衆と別れてから、祈るために山へ行かれた。(47)夕方になると、舟は湖の真ん中に出ていたが、イエスだけは陸地におられた。(48)ところが、逆風のために弟子たちが漕ぎ悩んでいるのを見て、夜が明けるころ、湖の上を歩いて弟子たちのところに行き、そばを通り過ぎようとされた。(49)弟子たちは、イエスが湖上を歩いておられるのを見て、幽霊だと思い、大声で叫んだ。(50)皆はイエスを見ておびえたのである。しかし、イエスはすぐ彼らと話し始めて、「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われた。(51)イエスが舟に乗り込まれると、風は静まり、弟子たちは心の中で非常に驚いた。

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2006年4月11日 (火)

雨の中出かけることがあり、お城のまわりを歩いてきた。

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霧氷のごとさくらしづまる古き町入水をいざなふ憂ひを育てき 葛原 妙子
あさあけに川ありてながすうすざくらすなはち微量の銀ながす川 葛原 妙子

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おびただしき紙を切りたるゆふぐれにうすべに差して桜咲きたり 葛原 妙子

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さくらの木蕾おもたく垂れたる夜そらに真白きこゑもつれたり 葛原 妙子

幻視の女王こと葛原妙子は桜をあまりうたわないと「よく言われる」のだそうだ。
それでもって、数少ないそれらの歌も「やや生彩に乏しいように思う」とされているらしいが。
(結城 文『葛原妙子 歌への奔情』)

・・なんか、かっこいい (笑

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2006年3月26日 (日)

善良な、悪意

不意に来て冷酷にものを言ひ放つ人は善良な野良の面(つら)せり 斎藤 史

委細省略ながら、村の老人会のみんながでわたしのことを「薄情な嫁」と言ってると聞かされ怒り爆発。
だいたい「みんなが言ってる」って、なんなん。うそつき小学生の作り話じゃあるまいし。
というわけで華麗にスルーすることを決断。
薄情な嫁? 上等じゃん。
薄情な嫁よりも、強情で非情な舅・姑の方がぜったいスゴイに決まってるだろーに、ということ (暴言

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2006年3月25日 (土)

人の手の中に

WBC、どこで誰となにをしながら見てた?
ってのがこのごろの話題ってもんだが・・
そりゃ視聴率が50を突破したとかいうんだもん。国民の半分がテレビをつけ、もう残り半分はよその家のテレビをいっしょに見てた、ってことになっるかも、というかんじで。

・・うちも実は物置を末っ子の部屋に改造する工事中で。
部屋がなくってね。クローゼットに寝るのってもドラえもんやら階段下の物置に住まわされてたハリーポッターみたく出世できていいかもと説得したんですけどね、「児童虐待か」と当人に却下されちゃって。
まったく最近の子供は夢がない、とw

それで当の末っ子の友達のお父さんが大工さんをしてるのを思い出して・・
無理に頼んで仕事をお願いしたわけ。
ええ、WBCの決勝戦の日に申し訳なくもトンテンカンテンしていただいて・・
あんまり申し訳なくって9回のオモテぐらいからお茶の時間にしていただき、みんなでいっしょにわあわあ、観ましたw

なにしろイチロー。立ち姿だけで絵になるひとですからね。準決勝の対韓国戦でしたっけ、豪雨のなかに立つ姿の格好のよさにはしびれました(ぽっ
王ジャパンのメンバー、もちろんえりすぐりなんだろうけど、松井が出なくて良かった。イチローが叫びイチローが怒りイチローが燃え・・WBCの王ジャパン、イチローオンリーだから勝てたんじゃないかな、とかね。

・『久方のアメリカ人のはじめにしベースボールは見れど飽かぬかも

あはは。先日の王ジャパンの勝利を祝いて子規の作れる歌、なわけないけれどw

・『国人ととつ国人と打ちきそふベースボールを見ればゆゆしも
競技が国内ばかりでなく、外国人相手をもするやうになつたことを歌つたもので、随筆に、『近時第一高等学校と在横浜米人との間に仕合(マツチ)ありしより以来ベースボールといふ語は端なく世人の耳に入りたり』云々ともある。・・・と書いたのはかの斎藤茂吉。
子規と野球」斎藤茂吉 

しかし結句が「ゆゆしも」ってのもゆゆしい。・・お熱、相当ですなぁ 

打ち揚ぐるボールは高く雲に入りて又落ち来る人の手の中に
の結句『人の手の中に』はベースボール技術を写生したのであつた

ということだけれど・・
なるほど、これが写生か、なんてね。
写生って本当によくわかりにくいところってあるけど、
「人の手の中に」ってのはいい視点というか、心にすとんって落ちてくるっていうか、しみじみくる。
選手、って言葉の「手」というのもなるほどね、というか。

それにしても「ボールは高く雲に入りて」って、まんま写生なの? 
もちろん子規が詠み茂吉がいうんだったらぜったい間違いないとはおもうけどさw

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2006年3月 7日 (火)

春かな・・?

しばらく他所で暮らしていた。
そこはもう春のきざし明るくて紅白の梅が咲き鳩がたのしく歌っている。

卒業直前の末っ子の通学だけが心配だったが、なんとか定期券を手に入れて通わせている。
暦は着実に進んでいると言うことだろうか、夜明け前、日の出の影を踏みながら家を出たのと同じ時刻で、もう街をあかくあかるく染めつつのぼるお日様を拝むことができる。

こちらには荷物を取りに戻っているだけだが・・
主婦のいない家の寂寞というか、そんなことをつくづく思う頃。

球根をうめたる場所を指ししめすやうにはじめてこころ伝へつ 横山未来子

「・・去年はまだヒヤシンスの球根を植えようという気持ちの張りがあり、それはまたそのまま春を待つ心の張りでもあったと思う。 なにも思わぬよう感じぬように鈍く重く、転がっても傷つかぬよう低く心を保つことでやりすごさなければならない時というのはあるもので、これはそんな日々をささえてくれた短歌のひとつ。 『はじめてこころ伝へつ』・・とはいえど、受け入れる側のことを考えぬままむきだしのままの「こころ」など指差してしまっても仕方ない。 でも、球根をうめた土は新しく、ふっくらとやわらかい。春めいた日差しに心もゆるみ、もしかしたら冬はもう過ぎてしまったのではないだろうか、などと思ってしまうのも、一時にせよ・・うれしい。 わたしの心に咲くのを待つものなど・・種も苗も球根も、今はなにも見つけられないけれど・・いつか咲こうと願う心だけは失っていないと信じていたい。」
・・などというコメントを書いてしまい、あまりの暗さに茫然として削除したエントリから。 今読み直しても・・暗い(笑

でも今日、ここに来る途中の道で菜の花を見た。雲雀の声を聞いた。
それだけでうれしい。

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2006年3月 4日 (土)

あしざま

家族関係、とくに自分の両親と妻の仲がぎぐしゃくしてるということほど、世のダンナさまがたとしては悩ましい事態はないとはおもいますが・・

わが父母をあしざまに言ひしこともなき妻と思ひていまともに老ゆ 佐藤佐太郎『開冬』(S50)

じぶんの両親のことをあしざまに言ったこともない妻と思って・・って???
なんか文体ねじれまくりというか、一読???になってしまった一首。
つまり、「いまともに老ゆ」、の境地にいたった純粋なめでたさに着地したことをよろこぶというにはちと違うような・・
親の悪口をね、妻はいってない。と思って。ってところがね、超ビミョー。
あしざまにね、いってない、ってとこも、超ビミョー。
あんがい、「あしざま」じゃないだけで、言ってるのかもしれない、とか。
聞こえたこともあったけど、そんなことを言う妻じゃない、と思ってるだけかもしれない、とかつい下司のかんぐりをしちゃうんですけど。
そういうことにしておこうじゃないか。たいへんな時代を越えて今はすべてが過去になってしまった。だれが正しくだれが悪いなんてことはもうどうでもいいことなんだから・・
というような感じだろうか。
ちいとばかり苦い一首。

ともかく、「子規以来の万葉調、写生を基調として、短歌の詩性、芸術性のあらゆる可能性を希求する「純粋短歌」を完成、独自の境地を切り開いた」(岩波文庫版「佐藤佐太郎歌集」の表紙より)
の佐太郎でもなんだかこんな短歌を詠むんだなあ。
ということで。

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2006年2月22日 (水)

雛の家

お引越ししたい、と願いつつなかなか思いがかなわない日々、それでも季節がめぐってくるのはやはりうれしくって、雛人形などを飾ってみる。

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結婚してすぐ自分用に買ったお雛様。お気に入りだったが、今は亡きお姑さんの目に遠慮して、箱にしまったまま今の家に飾ったことは一度もなかった。
それから幾星霜、そういえば去年のこと、お引越しの荷造りのいっとう最初にしたのがこのお人形だった。
そういえばこのお人形だけでなく、じゅうすうねん今のお家に住んでいながら、また出て行くことを願い解かなかった荷物がいくつか、あった。
うしろの屏風はいいかげんだし毛氈もないからそのかわりにきれいなハンカチでも、と思うが、仮のやどりのどたばたにこういうのもいいか、と。

草の戸も住替る代ぞひなの家 『奥の細道』より

ここ には
「こちらが初案であろう。」として
草の戸も住み替る世や雛の家があげられているが・・

「世」から「代」へ変更は「世帯」から「時代」への時代の変化を意味しているのであろう。「や」と「ぞ」で句勢がまったく異なってくる。

とのこと。

芭蕉にけちつける気はないけれど、初案のあまり勢いのなさそな句もなかなかいいかも、なんて思う弱気なこのごろ。

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今のお家はわたしの家ではないから、けっして心を置かないようにしよう、馴染まないようにしようとばかり思っていたが・・
こんなかたくななわたしでもこの蝋梅だけは大好きで、咲く時期を心待ちにしていたものだった。

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2006年2月21日 (火)

布団を着る

昨日は一日寒くって、雨が降ったり霰がふったり雪になったり大忙しだった。

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暦ではもう春だというのに、あたたかいお布団から離れられない頃・・
「布団を着る」という表現があることを知って、ちょっとびっくり。
でもミョーに納得。
身体に巻きつけてぬくぬく固まってるのって、案外「掛ける」より「着る」っていう言い方があってるかも。

宵さむく家にかへれば燈(ひ)のもとに妻子らの著(き)る蒲団(ふとん)うつくし 佐藤佐太郎『立房』(S20)

よくわからないけど、これはまんま、寒さをしのいで蒲団を身体に巻きつけてる、ってかんじかなあ。
混乱期、暖房なんて余裕もなかったろうし・・
燈のもとで、そんな格好でお父さんの帰りを待ってた家族たち。
寒々しいというより、あたたかさが心に伝わってくるなぁ・・

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2006年2月13日 (月)

凍蝶(いてちょう)

水仙はさいたけど、まだ春は遠い今日このごろ。

お客さまがみえて、お見送りに外にでたところ道の傍にきいろい蝶を見つけて・・
でもそれは死んでいるものだった。

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凍蝶の己が魂追うて飛ぶ 高浜虚子
凍蝶に待ち針ほどの顔ありき みつはしちかこ
 こちら

・・早春の花の花びらに似た黄色はまだみずみずしく、とてもきれいで。
さきがけとなるべきものは早く散るというけれど。
・・胸が痛んだ。

・・それにしてもみつはしちかこ、って、あのマンガ家の・・?ってことだけど。
そういえばよく作中によく、俳句らしきものがでてたけど、そうだったのか。検索エンジンに登録されてるほどのエライ人だったのね。
なんだか感動。(無知

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蝶が横たわっていたかたわらに蝋梅が枝をひろげていて、たくさんのつぼみがふくらみはじめた。
提灯のようにまるいつぼみから、とてもいい匂いがしてくる。


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春が来る前に花の下で死んでたちょうちょ。
せめてこの蝋梅を見てくれていたかしら・・

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2006年2月 7日 (火)

迷惑メール ふたたび

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(うちの近隣)

さてと^^;、昨日の続き。
ある日突然伊藤晶子なる既婚者の女性から送られてきた迷惑メール。
とにかく会ってくれの一点張りで、しまいにはお金も用意しよう。いや現に約束の場所に置いてきたからぜひ受け取って欲しいという不思議な展開に戸惑うわたし・・というようなあらすじでした。

2/6 夜20時45分 件名:受け取ってもらえましたか?

明日になってしまうと掃除されてしまうかもしれないので…それに明日からは私から連絡が出来なくなってしまいますからどうしても今日中にはお金を確認してほしいんです!

たしかお金はビニール袋の中に封筒を入れて、その中に20万円入っているということだった。
役所の脇道の生け垣のところ・・らしいが、大雪だし。
オリンピックは近いしトリノでのテロ警戒は厳しいらしい。というわけでなにかの罠かもしれないし (マジ
ついうっかり取りにいって、○いおいけいさつ(←○おいけいさつ、ではない)のお世話になっても困るし。
(えっと。うちの近辺はちょっとややこしくって、みっつの市町のなかで仲良く司法・行政・警察が分散してるんです。だからうちの村でなにかあったら隣の市の警察がやってくる、らしいんです。詳しいことはスルーしてくらさい)
・・というわけで当然無視。だいたいこの大雪のなか、外になんぞ行けるか。せっかくの「西遊記」見逃すかもしれんじゃん。

2/7 00時 件名:取りにきてくれないんですか?本当に時間が限られた出会いになってしまったので…

どうかお願いします。少しでも良いんです…役所の方に見に行ったのですけどまだ残っていたので連絡しに会社に戻りました。 今日無理なら明日一日役所で待ちますが、何も連絡が出来ない状態でお会いできる可能性は極めて低いと思うので… ヤフーでの連絡は無理でも携帯なら大丈夫ですから最後に(略)にかいた連絡先でお待ちしています。

・・見に行ったのか。零時に。この大雪に。
もうノリは丑の刻参り。やっぱこわいわ、晶子さん。

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(左端の建物は古い祠です^^;)

2/7 朝3時 件名:無理なんでしょうか…今日が最後のお願いなんです!お願い…

メールだけでは私の事も私の気持ちも伝え切れません…会って何を言われても良いんです!たとえそれがどんなに酷い言葉だったとしても… 先に振り込んだ方が良いのでしたら明日の午前中には振込みをします。その時振込み人名義のところに私の電話番号を記入して振り込みます。携帯アドレスでも構いません。なので振込先を教えてください…

ヤフーメールは誰かに送られたウイルスで受信が出来ません。そのせいでヤフーメールから追放されてしまうわけです…本当に悲しい事なんです。そのせいであなたと会えなくなってしまうなんて耐えられません!
今日お金を持って待っていますので来て頂けるならそれが一番嬉しいですけど、先に全額500万円を振り込んでも構いません。それで信用して会ってもらえる方が後悔がないですからどうかお願いします。

(略)唯一の私が受信できる連絡手段になってしまいますので…くれぐれもHPアドレスを間違えて関係のない所に飛ばされてしまわないようにログインする時は必ずHPアドレスを確認してから進んで下さいね。

このメールは届いているんでしょうか…何もかも信じられなくなってしまいそうです。一目でも会ってください。それが私の最後のお願いです。

「それが私の最後のお願いです」とのことですが・・

以前120万円提示され仰天したのもつかの間、今度は一気に500万円!ときました。
このお金があれば・・とつい考えてしまう私もあさましいのですが。
もしも・・もしもですよ。このわたしがゴルゴ31、間違えた。ゴルゴ13でスイス銀行に口座を持ってて『用件を聞こうか』だったとしたら、
さしもの伊藤晶子さんもびっくりさせることができてチョー楽しいとは思うのですが。
(ついでにダンナを殺してくれってか?)

せめて・・せめて子供の学費口座にいれてやりたい・・500万円・・(涙

2/7 朝 8時  件名:今日振り込みます。

午前中忙しかったもので今からだと電信扱いで確認できるのが明日になってしまいますけど…そしたら会ってくれますか? 振込先の連絡だけ頂ければ振り込みますので(略)無料作成掲示板にを見て連絡先にお願いします。

だ~か~ら~。
お金を貰ってくれって拝み倒されても・・
勝手に振り込んどいて、融資したから高利込みで払わんせ♪ って筋書きになるのかもしれないし・・

でもでも朝8時なのに「午前中忙しかったもので今からだと電信扱い」という文も変だし、誤字脱字のあまりないひとなのにここにきて「無料作成掲示板にを見て」なんてミスしてるし・・
壊れはじめたのか、アキコ?
どうした、しっかりしろ! アキコねえちゃん!(飛雄馬風に

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かきくらし雪ふりしきり降りしづみ我は真実を生きたかりけり 高安国世

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2006年1月24日 (火)

倉敷2

倉敷の骨董屋さんにいったとき、店主のおじさんがストーブにかがみこんで葛湯をかき回しているのがとてもおいしそうだった。
帰宅して棚をさがしてみると吉野葛があった。お砂糖も生姜もいれず薄いのを練ってみる。あついのをいただいていると、
・・骨董屋さんの店内にあった西洋アンティークのたんすの鏡や小物、鹿が秋の野で遊んでいる図柄が彫りこんであるランプのあかりがやわらかくってきれいだったことや、むかしの文官が儀礼のときにさしたというサーベルが暗いところで光っていたこと、前にいた店番の女の子が結婚して出産して、でも産後の肥立ちがわるくって、などと店主のおじさんと夫が話していたことなんかを思い出したりした。
お店番ですかあ、とあいづちをうっていると、店番は好きですか?とふいに尋ねられ、
はい。やってみたいです。
なんて答えたり、した。
夫は勝手知ったる様子で店の奥にずんずん入ってしまい、その迷路のような店内を、躓いたりひっかけたりしないように、わたしも追いかけて歩き回った。

宥されてわれ は生みたし 硝子・貝・時計のやうに響きあふ子ら 水原紫苑

・・硝子も時計も、お店の迷路のなかにあった。貝殻は古い時計のロカイユ(貝殻)模様のなかに光っていた。
だからどうだってはなしでもないけれど。

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古い町の迷路は心がなごむ。
心の迷路をたどっている気持ちになれるからだろうか。

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2005年12月13日 (火)

狙われない街

風邪をひいて毎日うつらうつら過ごしてます。
マスク、手放せません。昼はもちろん、眠っているときもマスク、してます。
気分はもう、ガンダムのシャアとかキシリアさんとかと同じ24時間マスクしてますキャラみたいです・・(なりきりv

円谷プロの怪獣シリーズは結構好きで、特にウルトラセブンは大好きでした。
「光の国から正義のために 来たぞわれらのウルトラマン♪」という歌そのもののシリーズのなかでもちょっと異色でした。怪獣を退治しておわりというパターンは同じでも、影のある話が多く、トラウマとまでいかなくても、子供心に引っ掛かりが残った。
・・ウルトラセブンは本当はウルトラマン兄弟のひとりではなく、やさしいおねえさんにそだてられた、孤児。
そんなはなしを怪獣事典のたぐいで読んだ覚えがあります。
子供心になにげに母性本能の芽生えを感じたかもしれません(※)w

さて先週の『ウルトラマンマックス』の「狙われない街」。ウルトラセブンと地球侵略を狙う怪獣のちゃぶ台問答が伝説としてかたられる「狙われた街」の続編です。NHK「短歌」観ないでこっち観ちゃってましたw

当時そのまま実相寺昭雄が監督です。出演が寺田農で謎の黒服・黒めがねの人です。六平直政さんが腕っぷしのつよい、新しいことが嫌いな昔かたぎの初老の鬼刑事をしてます。なんか放送時間帯がさわやかな土曜日朝7時30分だとか視聴者がおんなこども中心だとかってことをまるっと無視しちゃってくれてるって感じで、堂々とたそがれてます。
まず冒頭の工場での、汚水飛び散らしての格闘シーン。光と水の輝き、水面を割って落とされる人間の姿。あらあらしく切断され、ゆれている画面の美しさに息を呑みました。
全力ですよ。あたしゃ巨匠ですからね。好きなはなしを好きな風に撮ったっていいんですよ。好きなやつは絶対ついてくるんですからって感じのわがまま放題に期待して見入ってしまいました (すでに正座モード

続編というのはただでさえタイヘンだと思いますが・・なんか、それとは別にすごいお話だったと思いました。
というより、映画『三丁目の夕日』に怪獣がやってきたって、お話だったのかもしれません。
40年前、ウルトラセブンにやられて苦しがっている怪獣をやれ消毒だ、やれ縫合だ、って汗だくで世話してるどっかのひとのよさそーなおっさんとか。
それをじーーっ、とみてる、ランニングシャツ一枚の丸坊主のヒマそーなガキとか。
暑苦しい季節はおわり、初冬。時代はかわり、助けられた怪獣は下町に潜伏して地球征服をもくろみ、ランニングシャツの子供は刑事になり。
頻発する怪事件を機に、現代の東京の片端、見捨てられたような眠ったような街の片隅で出会ってしまうふたり。
よみがえる40年。抱き合うむさくるしいふたり。
・・画面のこちらで見守るわたしたちも、年とったなあ、と。

お約束のように、アジト風なところに通されて戸惑う正義の味方。
床にはむしろ。ちゃぶ台とお茶。BGMはお経。
怪獣よりこわいのはなにか知ってるか。
・・人間だよ。
などとなにげに軽く言い放ったのは刑事だったか。それとも宇宙人だったろうか。
地球の未来をジャンケンで決めるというイージーな展開。しかもメトロン星人が勝つw

故郷忘じがたく候、って遠い星からやってきた怪獣につぶやかれてしまって夕焼けてゐる。
陰影礼賛を光の国から正義のために来たやつに説教するたそがれ。

(これ、「短歌人」にだそうかないいですか編集の先生方♪)

地球滅亡なんてヤボなことは怪獣にもとる鬼畜系人類たちにまかせ、結局地球を滅ぼしきることなく、また、正義そのものがちがちに凝り固まったウルトラマンマックスと戦うこともなく、地球、ことに日本の夕映えをめでつつお迎えといっしょに悠々と、夕空のどこかへ帰ってしまったメトロン星人だが・・

とぽぽーん、とした時間の流れと夕焼けの空のとりとめのない広さ。「夕焼け小焼け」の歌声のたよりなさが、一番星のようにどこか心に残るおはなしでした。

追加
※孤児、と信じてましたが、ウィキペディアに詳細な家族関係が載っていました。
引用します。

家族構成 父:宇宙警備隊勇士司令部前部長 母:セブンの幼少時に死去 兄:宇宙警備隊勇士司令部現部長 姉:母親代わりにセブンを育てた なお、上記の家族設定は1970年代にウルトラ兄弟の設定が詳細に決まる中で修正され、兄の存在が無くなり父が現在も勇士司令部部長を務めていると改められた。また、亡母とウルトラの母が姉妹であり、ウルトラマンタロウとは従兄弟の間柄であるという設定も付け加えられている。

子供のころわたしが読んだ系図?ではお兄ちゃんはいませんでした。セブンはやさしいおねえさんに育てられた云々しか覚えてません。パパがいたとは驚きでした。父と姉と自分って、なんだか星飛雄馬の家庭環境に似ている気もします。そんな時代だったのかしらん (どんな時代?

追加

その頃の地球は常に緑なしハヤタ隊員そを守りけり 藤原 龍一郎

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2005年12月 9日 (金)

柘榴

むかし村の入り口、半鐘の櫓があったところがそのまま空き地になっていて、柘榴なんぞが植わっている。
明るい季節の間じゅう壮んに赤い花を咲かせていた樹は、暗い季節になって葉をすっかり落とし、誰もとらない実ばかりが重く、なっている。

DSCF0662

遠いギリシアの国に女神がいて、娘をたいそう、かわいがっていた。ところが死の国、黄泉の神が少女に魅入り、さらっていってしまった。
少女はけなげにも、その意にしたがうことを飲まず食わずで抵抗する。しかしながらついに救出というそのときになって、ついかじってしまった柘榴の実。
・・いちど黄泉の国の食物を口にしたものは、黄泉の国のおきてに縛られてしまう。
少女は地上にもどるが、女神の娘とはいえそのおきてから逃れることはできず、
柘榴のルビー色の粒。
その粒の月の数だけ地下の黄泉の国に戻らなければならなくなってしまう・・
また、心をいれかえるまで、人間の子供をさらっては殺して食べていた鬼子母神は、柘榴を手にするとも聞くが、
・・わたしはそんな物語などを読んでは、意味なくおびえていたような子供だった。
おさないころから町住みで、柘榴などを食べる機会などなかったが、もし出されたとしても、決して口にはできなかっただろうと思う。

柘榴の粒幾百食はば寂しさ消ゆ 橋本多佳子

子供がさらわれるというニュースに騒然となっている昨今、柘榴もまた洋の東西を問わずこういった子取りの伝説にまつわる樹木といえばいえるわけで、その理由はなぜかということはさておき。
・・繰り返された悲劇を思いながら柘榴をもいで、食べた。
その甘みがかなしかった。

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2005年12月 4日 (日)

夜の錦

短歌の会に行くこともなく過ごしていたが、昨日は龍野で眩の米口實先生の講演が聴けるというので出かける。
うつくしい紅葉つらなる山道を車で快走する。
播州は藤原定家の一族と縁が深いようだが、俊成卿の女(むすめ)も龍野に晩年をすごしていたと知り驚く。

風かよふねざめの袖の花の香にかをる枕の春の夜の夢 俊成卿女

高校生のころ、こんな一首に心ひかれたことなど思い出す。
・・もし俊成卿女が生きていたら日に夜に通って和歌のこと、・・短歌のこと、教えて貰いにいけるものを。

短歌人会の吉岡生夫さんにご挨拶できてよかった。
日が短いこともありそうそうに帰宅。
あんなにうつくしかった紅葉の山が、日が暮れて真っ暗になっている。去年の水害時に崩れたままの峠を通る。
真っ暗な山道。ライトに照らされているところだけが赤い。古今集、五、秋、下「見る人もなくてちりぬる奥山の紅葉はよるのにしきなりけり」や漢書、項羽傳「如衣錦夜行」を思い出す。

DSCF0657これはうちのお台所の裏の眺め。

夜の錦ならぬ夕方の錦。って、ぜんぜんダメですな。

+

今朝はそうそうに氷雨のようにつめたい雨の降るなか小学校PTAの再生資源回収。犬小屋の近くに保管していた新聞紙もあったのだろうか、集めた新聞紙を車に詰め込むとひどく匂い、くしゃみに苦しむ。呼吸できない気分になる。
むかし古新聞を集めていて全身にアレルギーが出て困ったこともある。
こういう活動に文句を言ったら非国民扱いをされるってもんだが、子供たちの卒業と同時に親もPTA活動から卒業できる。みんなで力をあわせると結構楽しいけど、やっぱりつらい再生資源回収もいよいよこれで最後。万歳、というか感慨無量。

本当は今日は昼から大阪で短歌人会の会合があったが、出席できなくなる。
今年も会いたい方たちに会えない一年だった。
この季節にこの気候。滅入る。

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2005年11月28日 (月)

秋沙、という鳥

昨晩はひさしぶりに霧がでていなかったので、星を見た。

今年のしし座流星群はもうひとつだったのだろうか。
話題にかかることなく季節はおわってしまったことなど思いつつ。

王の罪によりて流星そそぐとぞスパルタの夜は月なく晴れむ 山中智恵子

いよいよ皇室典範もかわってしまいそうだが・・
天の星の姿は穏やかにいよよくきやかに、秋の夜をいろどっている。

星は、すばる
などというけれど、
すばるもよく見えた。

ああ船首 人は美し霜月のすばるすまろう夜半めぐるらう 山中智恵子

六連星(むつらぼし)すばるみすまるプレアデス 草の星ともよびてはかなき 山中智恵子

・・などという短歌を思い出しながら、煙草いっぽん、吸う間ながら見たすばるは、煙ったように輝いていた。

<惜しの夜(よ)やなう> 尾長鴨秋沙(あいさ)はねむりすばる沈める 山中智恵子

この歌の「秋沙」という言葉にひかれ、朝になって調べてみた。
(今朝もまた、昼ちかくになってようやく明るくなるほど濃い、霧だった)
・・秋の沙、秋沙というけれど、ミコアイサ(神子秋沙) という鳥がいることを教えられた。
カモ目カモ科アイサ属 Mergus に属する鳥の総称。ここ
らしいが、巫女秋沙、という表記もされているらしい。

秋。沙。巫女。って名前の鳥。
山中氏が『斎宮志』などをものにしていることなどを思い、 なんだかびっくりする。

この歳になってもびっくりすることはたくさんあって、あたらしい言葉を知ったときなど、わたしは本当にびっくりする。
とくに巫女秋沙。語感というかなんというか、目の前で星がぐるぐるまわるってかんじぐらい、くらくらきた。
まるでコドモw

でもびっくりしたのはその御面相。別名パンダ鴨。ちなみにこんな鳥らしい。こちら
・・オスの白い翼が名前の由来だとしたら、「花より男子」ってテレビじゃないけど、巫女より神子が正しいのではないかとおもうけれど・・むむ。

この世紀昏れがたにしてベジャールの鳥の踊りは死のごとく在る 山中 智恵子
<鳥はみな 幻>といふはるかにも鵠のゆきてかへらざる海 山中 智恵子
壌れゆく人間のため空は在り 鳥ありといふすべのなきか 山中 智恵子

鳥は古来から死者の魂を運ぶものとして見られてもいたが・・
鳥インフルエンザ流行のうわさの昨今・・

人は死んだら星になるというけれど・・
鳥は死んだらなにになるんだろう、なんて思った。

・・名前に神子・巫女を冠された鳥の白い翼はなにを運ぶというのだろう。

+

星空のはてより木の葉降りしきり夢にも人の立ちつくすかな 山中 智恵子

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2005年11月14日 (月)

秋の旅

昨日日曜日は夜明け前に家を出てJR松江。そこから一畑電鉄に乗る。
一畑電鉄が好きだ。以前のったときは夏のさかりだった。
・・炎天下、いくら歩いてもどこへいくのかわからない田んぼ道。延々とつづく田んぼのまんなかにちょこんとある無人駅。三人の子供たちといっしょに、もうなにを待っているのかわからなくなるほど果てしなく電車を待ちながら、
ここにネコバスが来ようが千と千尋の神隠しの水のなかを走る電車がこようが・・驚かない。
と言い合ったものだった。
やってきた電車は宍道湖のほとりをこれまた延々と走り、湖面を見ているうちにわたしはうつらうつら眠ってしまったものだった。
目がさめても湖。また眠って・・
また、目がさめても、湖w
スイッチバックには非常にびっくりした。
何の前知識もないまま乗ったたため、非常に面白く思ったものだった・・

その電車に乗って、ティファニー美術館に。
ジャポニズム。アールヌーボー。
陶器、家具、ステンドグラス、装身具・・

巨大な温室ではゴスペラのコンサートをしていた。それを聞きながら英国式庭園に行く。
・・湖を背景に続く庭園に咲く、秋のおわりの花々。つややかな木の実、草の実。
銀色の落ち葉の間に咲く、色あせた薔薇。
冬にはいるまえのひとときの豊饒・・静謐と混乱と。
源氏物語に秋好む中宮というひとが出てくるが・・
このひとが現代に生きていたら、こんな庭をつくるんじゃないかなあ。
なんて思った。

お昼に近所の「大はか」というお店でうなぎをいただく。
店名の「はか」とは「墓」という意味らしい・・
帰る前にもういちど庭園に戻ってチャペルに行く。
ティファニーのステンドグラスもすばらしい祈りの庭。

ぬかづきぬ 祈りの言葉のさだまれば 美頬

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2005年11月 9日 (水)

あかつきの森

あかつきの森坐すごとしメトロポリタンゆ還り来たりし梅若六郎 水原紫苑『客人』
能楽堂の見えぬ青空へ少年のこゑ弾みゆく「ろくろうせんせい」 水原紫苑『客人』

梅若六郎:公開予定の新作能(漫画『ガラスの仮面』劇中劇)『紅天女』のシテ
・・その記者発表の様子・・?(中国語版ですみません) こちら

『風姿花伝』の冒頭の「年来稽古条々」というのを昔読んだとき。
ズバリ
「三十四、五才。この年代になっても評判にもならず、声価も思うほどでない人は、たとえどんなに技術的に優れていても、まだ本当の「花-魅力」という事のわかっていない人だ。
この年代までに「花」を含む本当の「能」がわかっていない人は、四十を過ぎると能が下手になる。これが本当の能がわかっていたかどうか、後でわかる証拠だ。」  参照こちら

というようなことを書いてあったのを見て、
これは「能」にかぎらず人生一般のことだろうか(わたしもがんばらなくっちゃ♪
と思ったりしたものだったが。

気がつけば・・
今までせいいっぱい子供さんにん育てて舅・姑に仕えて不便な田舎で生きてきたつもりだけれど・・
結局わたしなんかそれだけの人間なんだけど・・
風姿花伝読んでて、なんか、むちゃくちゃ泣きそうになってきた。

ごめんなさい。ちょっとだけ泣いてても、いいですか (殴


(原文)
ー 三十四、五より(『風姿花伝』より)
 此比の能、盛りの極めなり。
 ここにて、この条々を極め悟りて、堪能になれば、
 定て、天下に許され、名望を得べし。
 若、此時分に、天下の許されも不足に、名望も思ふ程なくば、
 いかなる上手なりとも、未だまことの花を極めぬ為手と知るべし。
 もし極めずは、四十より能は下るべし。それ、後の証拠なるべし。
 さる程に、上るは三十四、五までの比、下るは四十以来なり。
 返々(かへすがへす)、此比天下の許されを得ずは、
 能を極めたるとは思ふべからず。ここにて猶慎しむべし。

ところで『紅天女』だが・・
かの植田紳爾脚本ということだったら、
あの『ベルばら』の(アンドレとオスカル篇)でファンを仰天させたあのはずかしすぎるあのラスト、
ガラスの馬車に乗って盛装したアンドレが両手をひろげてオスカルを迎えにくる~
の場面さながら、
(梅の精を迎えに空飛ぶ牛車がやってくる)
になるであろうことに20トリビア (誤

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2005年11月 8日 (火)

花の名前

昨日もPTA関連でお出かけ。大阪は心斎橋。
そごうに寄った。紀宮さまのご婚礼を祝して、おおきなお雛様みたいな衣冠束帯、十二単のお人形が飾ってあった。
「写真撮影OK」
とのこと。
話題のレトロちっくなお店にも寄った。
たのしかったが、遠出に疲れ、へとへとになった。

帰宅してから、小六の末っ子の修学旅行の服を買いに行く。
夜になっていたが、前から欲しかった薔薇の鉢を買う。白い薔薇。
ゆさゆさと、子供に持たせて家に帰った。

友がみなわれよりえらく見ゆる日よ 花を買ひ来て 妻としたしむ  石川啄木

・・啄木はどんな花を買ったんだろう。

ためしに啄木はどんな花を詠んでいるのか、「一握の砂」をさがしてみた。

愁ひ来て
丘にのぼれば
名も知らぬ鳥啄(ついば)めり赤き茨(ばら)の実

宗次郎(そうじろ)に
おかねが泣きて口説き居り
大根の花白きゆふぐれ

馬鈴薯のうす紫の花に降る
雨を思へり
都の雨に

わが庭の白き躑躅を
薄月の夜に
折りゆきしことな忘れそ

ひでり雨さらさら落ちて
前栽の
萩のすこしく乱れたるかな

潮かをる北の浜辺の
砂山のかの浜薔薇(はまなす)よ
今年も咲けるや

馬鈴薯の花咲く頃と
なれりけり
君もこの花を好きたまふらむ

あと桜やアカシアや。
躑躅、萩。そんなところか。
浜薔薇、茨。こんなのはお店で売ってるのかなあ。
あとは大根にじゃがいもかあ。
マリー・アントワネットはじゃがいもの花を髪飾りにしてたって聞いたことがある。
あと、ハナダイコンの花なんかも・・って、啄木に関係あるんかい、ってのはさていおきぃ。

学校の図書庫(としよぐら)の裏の秋の草
黄なる花咲きし
今も名知らず

・・これはツワブキかなあ。
って確認しようもないけど。

名も知らぬ、名知らず・・って。
啄木さんてば、調べてから詠めば、というか。
知ってて知らんふりしてそーなタイプなんかな、とか。ビミョー。

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2005年11月 4日 (金)

十一月に

白秋・ロダン・ケネディ・三島・シューベルト十一月に逝きし者はも 永井陽子 『小さなヴァイオリンが欲しくて』

わたしも家族もカトリックではないが、先日、子供がかよっている学校から、物故者追悼のミサがあるからいかがですか、というお誘いをいただいたので出かけることにした。
ミサというのもはじめてなら、聖体拝領というのもはじめて見た。
生徒たちがみなの前にでて聖書を朗読したり、テルテル坊主の衣装のような衣を着て聖職者の方のお世話をしていうのをみた。
なかなかいいものだなあ、と思った。
カトリックでは十一月は「死者の月」とされているのだときいている。死者のため、先祖のために、墓参りしたり、ミサを捧げる月だという。丁度お盆のような日が11月2日『死者の日』で、諸霊祭ともいい、亡くなったすべての信徒を記念する日であり、死者が天国に行けるよう祈る日だとか。
さぞかし心をこめて祈らなければならない死者もいることであろう。
現世の業を後に残さないことを、つくづく、みずからに願いつつ、
それでもみながみな、聖人君子になりきることなく、それぞれの業を抱えて死におもむくひとも多いことに対し、
・・それでも死は平等であることに対し、
なんともいえぬ安心感を得ることもある。

日本でも十一月は神無月というが。
秋は目に見えないものの気配がなにかと騒ぎだつ季節なのだろう。

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2005年11月 2日 (水)

居酒屋クーポン♪

「居酒屋クーポン♪」
ってコマーシャルがテレビでかかると、ぱぱっ!と耳が反応する。
そう、猫まっしぐらな猫缶のプルを空けた瞬間、猫まっしぐらになって猫がとんでくる、そんな感じ。

「…居酒屋クーポン」
「あっ まだ伴奏です」
「あっすいません」
「はいこっから!」
「あっ あっ居酒屋クーポン♪」

ってそれだけのやりとりだが、これが18世紀のサロンの音楽家とその傍らで楽譜を握ってなにやらわれを失っている紳士という画像にかぶさると、ものすごいことになるというおはなし。

ホットペッパー劇場 ここ
「まだ伴奏篇」

まだ伴奏です・・って、本当は前奏なんだけどね。
そこんところもどっか微妙にズレてて面白い。

・・ダウンロードしてみたところ、うちのPCは今調子が悪くって、音声がでない。
華やかなサロン、豪華な家具調度。なんかどっかイカレテル?若き音楽家はモーツアルトだろう。そして楽譜を握ってる手がプルプル震えている端正なおももちの紳士は、たぶんサリエリ。
若き音楽家の才能のあまりのすばらしさを一発で見抜き、自分がこれからどう努力しても決して得ることのできないスケールの違いに嫉妬し、やり場のない怒りにわれを失い、打ちのめされているのだ・・
そう、だれがどうみても映画『アマデウス』のような一場面。
音声がかぶさると何じゃらほいって感じだが、画像だけでみると、これがまたなんともいえず緊迫した、すばらしい映像となる・・
一度ごらんになられて死ぬほど笑ったあかつきには、ぜひ音声を消しておためしください。
また笑えます♪

気になる楽譜ですが、画像を一時停止にして見て調べてくれた方がいるそうです。
編成は弦楽四重奏で題名が「SONATA」という文字が読めました。おまけにシャープが4個で4分の2・・ここ
ソナタはほれ、モーツアルトは全23曲ほど作ってるからなんともいえないのですが・・こちら

・・知りたいなあ、居酒屋クーポン♪の画像に写ってる、本当の曲名w

ゆふさりのひかりのやうな電話帳たづさへ来たりモーツァルトは  永井陽子『モーツァルトの電話帳』

永井さんがこのCMを見たらどう思うだろう・・

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2005年10月20日 (木)

博物館で、お泊り

こんな夜美術館の前に佇(た)ってゐると背後より大山猫が来るぞ  永井陽子『ふしぎな楽器』

こんな記事を見つけた。

大英博物館でお泊り合宿 ここ

世界の子育て:イギリス~大英博物館の宿泊イベント

土曜日の夜、博物館が閉館した午後6時過ぎから親子250人が寝袋を抱えて集まり、まずそれぞれが寝る場所を決めた。宿泊スポットは古代エジプト王朝やアッシリア帝国のギャラリー。古代エジプト王の銅像や彫刻のそばなど、どこでも好きなところを選べばよい。
(略)
この「宿泊イベント」は同博物館が毎年4回、実施している。とても人気が高く、毎回すぐに定員いっぱいになるそうだ。これまでに展示物破損などの事故は一度も起きたことがないという。参加費用はひとり27・5ポンド(約5500円)である。

いいなー。
わたしだったらどこで寝るだろう。
・・なんて考えてしまった。

神戸の震災のとき、図書館を開放して、そこに避難者が一時住みついていたこと、あったけど・・

メトロポリタン美術館に住みついてしまった家出姉弟のおはなし、読んだことがある。
『クローディアの秘密』。こちら

インテリによる悪童小説とでもいおうか。
トム・ソーヤーとハックルベリー・フィンに、頭のよさとシニカルさと如才なさをくわえたような姉弟。そう、天下無敵のコンビw
子供むけのおはなしでありながらブッキッシュで、それでいて関西風のボケとツッコミがきいてるような、ふしぎなおはなしだった。
悪童小説には宝探しがつきものだけれど・・
だから当然、お宝もでてくる。だって舞台はメトロポリタンだもん。

こんな物語を子供のころに読んでいたら、わたしもきっとマネしたいと思ったとおもう。
じゃあどこに行く?といったら、よくわかんないんだけど。

この物語、『クローディアと貴婦人』という映画にもなってるらしい。
おおお、うるわしのイングリッド・バーグマンさまも出演とな。観てみたいなあ。ここ

まんま、『メトロポリタン美術館』、という曲を知っている。
大好きな曲だった。
著作権の問題は、ちょっとご容赦いただくとして・・

「メトロポリタン美術館」 大貫妙子作詞・作曲

大理石の 台の上で
天使の像 ささやいた
夜になると ここは冷える
君の服を 貸してくれる?
タイムトラベルは 楽し
メトロポリタン ミュージアム
赤い靴下で よければ
かたっぽあげる

エジプトでは ファラオ眠る
石の布団に くるまって
呼んでみても 五千年の
夢を今も 見続けてる
タイムトラベルは 楽し
メトロポリタン ミュージアム
目覚し時計 ここに
かけておくから

ヴァイオリンのケース
トランペットのケース
トランク代わりにして
出発だ!

タイムトラベルは 楽し
メトロポリタン ミュージアム
大好きな絵の中に
閉じ込められた

・・もしもしそこなお嬢さん。
はやく絵からでてらっしゃいな。もう百年たちましたよ・・
なんてね。

水族館 美術館 科学館 博物館 飾らるるとは真に寂しき 永井陽子『小さなヴァイオリンが欲しくて』

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なよたけのかぐや姫

復活したテレビ番組『日本昔ばなし』を子供たちと観た。第一話は「花もほころぶかぐや姫~♪」の歌にもある「かぐや姫」。
昨今のアニメの流行をかたくなに拒否したようなかわいげのない^^;絵柄、そして語り口。
このごろは満月で、月がきれいだが・・
このリバイバルは、一度隠れた月がまたよみがえったようで、
先日観た満月を思ったら、ひときわ味わいふかい「かぐや姫」だった。

DSCF0627

そういえばかつて不動の人気を誇っていたこの怪物番組の視聴率を奪ったのは、たしか『セーラームーン』だったと思う。
「月にかわっておしおきよ」の決めせりふの月の国のプリンセス・セレニティーが、かぐや姫~♪の凋落を招いたというのも、なんだかなあ、と。

かぐや姫、といえば思い出すSFがある。
「月夢」星野之宣(『妖女伝説』所収)・・

月面での活動中に宇宙飛行士がが突然暴走をはじめてしまう。
呼び止めようとする仲間たちを振り払い走り続ける、その日系人サカキの正体。そしてその目的とは・・

というおはなし。
短編ながら、強烈なインパクトがあり、むかし最初読んだとき、途中から完全に号泣モードにはいってしまったものだった・・
こちら

映画『春の雪』の原作は、長編『豊饒の海』のシリーズの第一巻だが・・
豊饒の海というのは、そもそもが月面の地形につけられた名前。
月は死と再生を繰り返す不死の象徴。
・・最終巻を書きあげたのち三島が死んだというのも
なにか関連がありそうで、そんなことを思い出してしまう、このごろの月のあやしい明るさで・・

抱く髪抱かるる髪くらぐらとたちくる死者を春と呼びにし 永井陽子『なよたけ拾遺』

そういえばかぐや姫ことなよたけのかぐや姫から題を得た『なよたけ拾遺』のもうひとつのテーマは、作者の父の死であった。
歌集で繰り返し描かれる死のイメージは息苦しいが、それは再生を待つ月への祈りでもあったということかもしれない。

いさよひの月掻きいだく手のなかにひとのやうなる影あるばかり 永井陽子『なよたけ拾遺』
月明の竹林にねむる 否、ビルのましたにねむる夭きこころは 永井陽子『なよたけ拾遺』

現代の夜はあかるくなってしまい、月のことなど誰も見ていないと思われがちだが、
こんなふうに月はさまざまに姿をかえて、今も夜空に輝いているということなのだろうか。
人の心に夜あるかぎり。
否、人の心が夜を求めるかぎり。

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2005年10月 5日 (水)

「春の雪」の漫画化

10月12日(水) 週刊女性にて、三島由紀夫原作『春の雪』の劇画連載開始。御大・池田理代子が絵をかくらしい。「今年は生誕80周年、没後35年の節目の年にあたり」「今回のコミック化は、池田理代子さんの知人が三島さんの遺族とも交流があったことから」とのこと。(記事を引用すると長くなるので省略→ここ


「三島小説はその世界観が重んじられ、ほとんど漫画化されていない」「精ちな文章で描かれる三島小説は、その世界観を大事にしたい意向から、遺族も漫画化に慎重だった」

わたしは漫画はむかしのしか知らないが、作家の技量は、たしかにむかしの方がすごかったと思う。ただ、そのころはやはり文芸作品をビジュアル化することに抵抗があったし、だからといって現代では、三島作品をビジュアル化できる作家がいるだろうかということなんだろう。
たとえば、むかしの山岸涼子なんか『近代能楽集』とかかなり似合ってたと思う。

大正時代が舞台の少女漫画っていうと大和和紀の『はいからさんが通る』を思い出してしまうけれど、『ラブパック』を『あさきゆめみし』に昇華したような『春の雪』を見てみたい気もするが、仕方ないか。
でもどうせ漫画化されるなら『ニーベルンクの指輪』のキャラクターのひとりを最後、ヒトラーに変身させたくらいのデフォルメがほしいかもしれない。

実は池田さんは「ほとんど読んでいます」と話すほど三島作品の長年の愛読者。並々ならぬ思い入れがあり、数え切れない程何回も読み込んだ「春の雪」原作本は3冊も持っているほどだ。(略)

三島といえば聖セバスチャン、ってイメージがわたしにはあったが、そうか、池田理代子の漫画『オルフェウスの窓』の主人公たちが通う学校の名も「聖セバスチャン」とかいうのだった。
「私が20代の時、三島さんの死もリアルタイムで知り、大変な衝撃を受けました(池田談)」
ということだが・・
あの時代、あの事件に衝撃をうけない人はいなかったといえばそれまでだが、いわれてみれば「ベルばら」だって三島事件の影響を感じてしまう気もする。つまりあのバスティーユは兵たちが賛同した場合の市ヶ谷だったのか。

ところで『春の雪』はいわずとしれた『豊饒の海』シリーズの第一冊目。つまりエピソード1ってことで、漫画の方のもう掲載予定の女性週刊誌に予告編がでてるらしいから主人公の清さまと聡子級の配役は省略。

・・でも実はこの物語の本当の主役はあんただったかも、な聡子お嬢様の乳母の役は顔的にはベルばらのマロングラッセじゃダメね。清さまとの恋を泣いて邪魔しそうだし。
『雨上がり』のばあやさんだったら雪のなかお嬢様のお帰りをじーーっと立って待っててそのまま死んでしまいそうでこれもダメ。
『女帝エカテリーナ』のエカテリーナさまだったら・・
同時に手引きしてお嬢様と婚約者の間に既成事実をつくらせるという一種のアリバイ工作をやってのけた上、家に火をつけてみなの注意をそらしているあいだにお嬢様を無事身二つにしてさしあげ、やや子はあざらしの毛皮でぐるぐる巻きにして脱出させ、どこかで養育させておく、と。
それでもって『黒衣の伯爵夫人』のテオだったら・・
用なしになった清さまはあわれ地下室(座敷牢?)に閉じ込められて監禁されるか、きれいなお顔の人形につくりかえられるか、大きな鳥かごにいれられて天井からつるされ、下から槍でつつかれる、と (日本だから薙刀か

どうやら映画版のラストは原作と違う展開らしいけど・・
漫画版ではありえるかも、あざらし。(セイウチだったかも・・v

ということで第二作『奔馬』の飯沼(いいぬま)勲(いさお)は「オルフェウスの窓」のクラウスよりアニメ版「ベルばら」の方のサン・ジュストが正解だね、と。
ところで『奔馬』の鬼頭槇子(きとうまきこ)だが、軍人歌人鬼頭中将の娘で、歌人って設定って・・
モデルは斉藤史っておはなし、その弟子筋から聞いた事あるけど、そうだとしたら、むむむ。
・・絵画化するなら『オルフェウスの窓』のヴェーラが個人的に好き。冷たそうだけど情のある美人で、しかも陰謀だって偽証だってなんだって平気でできちゃう知力胆力をあわせ持つ、まかせて絶対安全剃刀って感じで、だって斉藤史なんだもんって、本当だろうか。

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2005年10月 1日 (土)

をさな妻

昨日は地域のPTAの合同発表会のようなもんがあり、裏方の裏方として出席する。パネルディスカッションのタイムキーパー件カメラ係件おはやし兼ダメ出し係のかしまし三人官女のひとり。最前列に陣取って見守っていたが、予想以上といったらパネラーさんたちに失礼すぎるが、土壇場に強い関西人の面目躍如?、今年の阪神優勝の感動さながらのすばらしいもりあがりぶりに仕事を忘れて感動したのでありました。パネラーさんもスタッフもみんなおらが村の普通の住民、職業もさまざまな、パネルディスカッションなんてはじめてというような普通の人たちばかりで、4月ごろから打ち合わせとリハーサルを何度も何度も綿密に重ねた結果にしても落ち着いた堂々としたもの、裏方としても観衆のひとりとしてもしんそこ、圧倒された。
とはいえ、終わった瞬間、ダメ出し用の画用紙に
「お疲れ様。サイコーでした(はぁと)」
と書いたのを壇上の面々にむかって必死になって振って見せたものの、気づいてくれてたパネラーさんは少なかったらしーそーな。無念。

会の後、簡単な打ち上げ。その席でなぜかわたしの年齢が話題に。
なぜかいろんな方々から、ダンナの年齢はわかってるけど(田舎だから同級生とかいろいろいる)ヨメのあんたは本当は何歳なのといわれ、本当の年齢だなんて詐称もなにもしてないのに失礼ななどといまさら憤慨できる年齢でもなし。
しかし年齢って、なんなんだろ。年より若いという意味か老けて見えるという意味かとうんざりしながら、
あら。わたし26よ。と スギムラタイゾー議員か たんすにゴン!のCMの沢口靖子風に言ってみせるもののもまるで通用しない (あたりまえだが
それでも「高校生の子供がいるのに26歳なんて・・」
とまじめに計算してはからんでくるひとがいてお前、酔っぱらってるダロ。たんすにゴっン!するぞコラ、と。
しかたなく、
「あ。でもわたしって、おさな妻だから」
といってしまい、結果、思いっきりその場を凍りつかせてしまう。

をさな妻こころに持ちてあり経れば赤き蜻蛉の飛ぶもかなしも 斉藤茂吉ここ

・・そういえば今年はまだ、わたしは赤いとんぼは見ていない。

土曜日のお楽しみ?「ベルばらkids」を見る。WEBはこちら
「べ」ファンが言うのも変だが、こんなに紙面をとるなんて朝日新聞はなに考えてるんだ。某有名政治家が某NHKに圧力云々とかって疑惑事件じゃないが、あんまり某朝日が「ベ」をヨイショしたら某NHKがヘソまげて打ち切りマジかな某人気番組「プロジェクト×(←バツv)」でとりあげてくんなくなるかもしんないじゃないか、なんていらぬ心配か。
そういえば今年はマリーアントワネット生誕250年の年らしい。そういえば年齢をきかれ、「そろそろもう・・250歳、かな」などと言って逃げたこともあったっけってのも、今はもう昔のこと。

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2005年9月30日 (金)

白い彼岸花2

白い彼岸花というのはなかなかめずらしい花だということだが、近所の土手の花をよく見てみると、軽く黄色というか緑色がかった白と、ピンクがかった白があるようだ。
たそがれは逢魔ヶ刻に見つけたものだが、写真でよく見分けがつくだろうか。
DSCF0585

dscf05851

・・一応、上がピンクで、下が黄色です(たぶん

みえないものが写真に写るってことはよくあるらしいが、
はっきり見えたものが写真には写ってないってのも、ちと困るんですがそうですか。

道の辺の壱師(いちし)の花のいちしろく人皆知りぬわが恋妻は 柿本人麻呂 万葉集巻十一 2480 
(『歌意』道ばたに咲く壱師(いちし)の花のように、はっきりとみんなに知れ渡ってしまったことだ。私が心より愛する妻への気持ちのことが…。)
この「いちし・壱師」の花こそが彼岸花だという。ここ
いちしろく、とあるけれど、白い色ではなく、よく目立つ色というほどの意味らしいが。
うーん。白い彼岸花って花をみせられたあかつきには、そう思ってしまいたい気持ちも。
もちろん、白く咲いても赤く咲いても彼岸花のイメージの妖しさにかわりはないけれど、万葉の時代はどんなイメージだったんだろう、この花は。
ちなみに「いちしの花」のうたわれた例はこれ一首らしい。てのも、謎。

神仏はひがんしがんと人間を分別するがよく間違える 松木 秀 『5メートルほどの果てしなさ』

彼岸の人が見えるという親族がいる、というはなしを先日、次男のPTAの役員さんのお食事会で聞いてきたばかりだ。
「彼岸の人」はどこか透明でふわふわたよりなく影がうすく、こちら側の岸の人と間違えるかといえばこれが間違えない。あっちへ行けといえばすぅっ、とばかりむこうに行くという話であったが本当だろうか。だってそんなひと、どこにでもいそうだから。
というわけで、彼岸花が咲いているこのシーズン、よく思い出した歌。

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2005年9月22日 (木)

カエル

昨日はうちの田んぼの稲刈りだった。

昨日こそ 早苗とりしか いつの間に 稲葉そよぎて 秋風の吹く 古今集 読み人知らず

筝曲「秋の曲」の歌いだしにもなっている、この歌。
もともと練習熱心ではなかったしどうにもならないほど下手だったから未練がないというのは本当だが、ここにきてから琴にはぜんぜん触れていない。
楽譜を開いては頭のなかでおさらいする、ということもしなくなってしまっている。

庭の片隅にキウイの棚があって、変な表現だが蝉の苗床のようになっているらしく、夏は蝉の抜け殻がたくさんあたりの木のこずえで風にそよいだりしているが、地面のあちこちにも蝉の抜け出た穴が残っていたりする。
その穴は変に深くて、蟻がのぞいていたり、こんなふうにカエルが家にしていたりする。
DSCF0551

この写真は昨夕とったものだが、今朝もおなじ穴に首までもぐって、目だけだしてこちらを見ていた。
・・朝夕だんだん冷やっこくなってきた。カエルが地面にかえる時は近い。

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2005年9月13日 (火)

夏の写真

もう川辺はそろそろすずしくなって彼岸花でも咲いているかしらとおもうのだけれど、この暑さでいつまでも外に」出るのが億劫になってしまっている。
彼岸花は赤いものだと相場が決まっているようだが、そこでは白い花が咲く。

夏の旅行の写真のいくつか。
2005_08150076

暗い路地のすぐむこうは海だというのに。
明るい海を見るためでかけた旅だったはずなのに。

2005_08150082

風の止まった街。
古い酒屋さんがあって、そこでお酒を買った。
大吟醸。
闇夜に海から出てきたお魚さんが貝殻でお酒を買うため歩いていそうな、街。

2005_08150080

マッチ擦る つかのま海に 霧ふかし 身捨つるほどの 祖国はありや 寺山修司

を思い出し、撮影したもの。

浜田幸一氏:TVで小池百合子氏に暴言「うすらバカ」・・

東京10区で当選した小池百合子環境相は12日、テレビ朝日の情報番組「ワイド!スクランブル」に中継で出演。スタジオにいたゲストの元衆院議員・浜田幸一氏とバトルを繰り広げた。

浜田氏が、イラクへの自衛隊派遣問題について小池氏に質問、満足な答えではなかったのか「うすらバカ」と暴言。小池氏が気色ばんで「何と言ったのですか。もう一度言ってください」と聞いたところ、浜田氏は「うすらバカって言ったんだよ」。これには小池氏も苦笑いを浮かべるだけだった。  ここ

この現場、テレビで見ていた。
戦争は環境破壊の最たるもの。環境相としてイラクへの自衛隊派遣問題をどうおもうか、という問いに対するやりとりのなかでのことだった。
続きは「テレビタックル」で、ということで観るのを楽しみにしていたが・・
PTAの会合で見れず。このうすらばか、と毒づいてしまった。

祖国に身を捨てる、ということはさておき。
マッチ擦る つかのま海に 霧ふかし ・・
選挙騒ぎも過ぎてみればマッチを擦るつかのまの出来事のようでありましたっけ・・

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2005年9月10日 (土)

あやしい写真

・・短歌について語るひとならば「写生」ということの大切さを繰り返しいうものだけれど、
だったら「写生」というのがどういうことなのか、これがなかなかむずかしい。

たとえばこの、お盆にでかけたとき海で撮った一枚。
2005_08150079

いちおう主題は「鳥」だったりします。
aho-3

これですね。
海にむけて三羽。
あとで短歌のネタにつかお。
おもいっきり暗い、写実的な歌をつくろ。そうおもいながらシャッターを切りましたよ。

ところが、できあがった写真を見て、びつくり。
偶然写りこんでいたんです。
・・窓に、手が。
aho

ちょいと拡大。
aho

なにしてるのかなあ。
想定されるのはお雑巾で窓を拭いてるんだろうけど・・お盆に?
まさか足袋をつけた足なんかじゃ、ないですよね・・それはそれでちょいとばかしこわいけど?

・・思い出のためにせっかく撮ったいちまいなのに、どっちみちこれじゃエセ心霊写真じゃないの、って、プンプン。

でもね。
絵だったらこんなことなんないよね。
海と空と鳥と建物。それだけ。
窓に足袋をつけた足が・・なんか描いたりしない (たぶん
写真だったらただしいことすべてが写るにしても。
全体的に変な具合になってしまうことがある。

「だから『写生』って大切なんだわ」
なんてね。つくづく、この没写真を見ながらわかった気分になってしまったわ。
・・なんてね (ウソ

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2005年9月 5日 (月)

まぼろしの椅子

ながいあいだ椅子をさがしていた。いつでもどっしりと抱きとめてくれやさしく抱きかかえてくれる、そんな椅子。

椅子はたぶん、人間が使う家具のなかでもいちばん人間的な存在だろうということだ。
アーム(腕)、脚、背。そんな部品の名前からして、ただの道具ではない、心さわがせるものがある。
田舎に住んでいるから家具屋さんなんかに行く機会はない。行ってもたぶんわたしが欲しい椅子はないだろう。
そう思っているうちに、だんだんと、
わたしがほしいのは椅子ではなく、自分の居場所であり、抱きかかえてくれる腕(アーム)であり、ささえてくれるおおきな背であり、しっかりふんばって立ってくれる脚ではないか。
そう思い始めてきた。

かたはらにおく幻の椅子一つあくがれて待つ夜もなし今は 大西民子「まぼろしの椅子」

・・あるオークションで一脚の椅子を見つけた。
クラシカルな風情、やわらかな曲線、花の彫刻・・
困った。わたしの欲しいタイプではない。
しかもぜんぜん実用的ではない。
「神戸までとりに来ていただける人を優先します」
とのこと。

なんだか気になってしまったので入札した。

落札はできなかった。締め切りの日が丁度旅行中だったから。
そういうことはよくある。
楽しみにしていたのに、PTAの会合があって競ることができなかったとき。
あのときのキャビネットは残念だった。思い出すたびに今もくやしい。

ある日、メールが届いた。
落札者の方が取りにこれないのを理由に辞退されました。よろしければどうぞ。
とのこと。
大雨の中、取りに行った。

思っていた以上にすてきな椅子だった。
神戸のお医者さんの持ち物の、4脚あったなかの2脚。お礼をいって持って帰った。
クラシカルな風情、やわらかな曲線、花の彫刻・・
いつでもどっしりと抱きとめてくれやさしく抱きかかえてくれる、あこがれの、まぼろしの椅子ではないけれど。
この世におなじ椅子がまだふたつあることを思いながら
「かたはらにおく幻の椅子一つあくがれて待つ夜・・」
なんて歌を思い出したりしていた。

すると今度はまた、残った2脚をどうか、というメールをいただいてしまった。

空椅子は夕風のなか旅立ちか遁走か羽化したるか不明 齊藤史 「風翩翻」

・・うちに来た2脚と残った2脚と。
椅子たちは呼び合って、そろってうちに来ることに決めたのだろうか。
医院に置かれていたものなので、椅子は消毒薬の匂いだろう、刺激臭が匂ったりする。
夜など特に・・これはこの椅子のものか、
それとも神戸に残った椅子の幻が実はひそかにここにやってきていて、その残り香かと危ぶんだりしていたが。
ああどうぞ。こうなったら仕方がない。みんなまとめてうちにおいで、と決めた。
「旅立ちか遁走か羽化したるか不明」
・・台風が通り過ぎたらみんな引き取りに行く。

冬の浪牙の如くに光りたる海が見えゐつ吾の椅子より 岡部文夫

right_plan-img450x600-1123661096f1000050
神戸の海は遠いけど。
座面は冬の海の青。
そんなお椅子の物語。

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2005年8月31日 (水)

吾亦紅

夏休みももうおわり・・というわけで、最後のラジオ体操に行く。
うちの小学生は六年生の三男でおしまいで、だからたぶん、わたしにとっても最後のラジオ体操なんだろうなあ、ということで。
そんなオトナの感傷をよそに体操は粛々とすすむ。
夏の初めは青くやわらかい草からこぼれた露が素足をぬらしたが、今は秋の虫が鳴き始めた公園。
カードにならんだハンコを互いに見せ合ったりして、みんな帰った。

庭に吾亦紅(われもこう)をみつけた。
数日前からあったようだが、気がつかなかった。

吾も亦紅なりとひそやかに 高浜虚子

・・「ひそやかに」、ってところが嫌らしい気もするがv

吾木香すすきかるかや秋くさのさびしききはみ君におくらむ 若山牧水

吾木香と書いてもその香りはけっして華やかではなくって、むしろ、臭くって。 

・・まあ、吾亦紅の「紅」ってのも、「さびしききはみ」ということなんだろうな。

そんなふうにしておわった、夏休み。

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2005年8月26日 (金)

あやかし

お盆に行った天の橋立にはおおきなお寺があって・・
そこには大きな額が奉納されてて、赤穂浪士の討ち入りの図とか、見てて結構楽しかったりしたがv

圧巻なのは「死んだらこうなる」って図かな。
死後さばかれて極楽いったり地獄にいったりするって絵なんだけど・・
地獄の絵がすごいの。鬼どもが亡者たちを刺したり炙ったりもー大変、畳二畳ほどの板にこれでもかっっ、て感じで描きまくってる。
えげつなー。冗談きついぜ。
・・なんて言いながら小学生の三男とかといっしょに、ゲラゲラ笑いながら見てた。

で、見ていて思ったこと。
・・地獄の絵が大迫力なのはわかるけど。
地獄の描写のね、力の入れ具合がね、極楽に比べるとダンゼン違うの。大迫力。
スペースからして違う。画面の四分の三をしめていた。
・・人間の四分の三は地獄に行くってことなのかもしれないけど。
つまり極楽について考えるより、地獄について考えるほうが人間って、想像力が働くというか、
生き生きするんじゃないかな、と。

はなしかわって。
角川「短歌」9月号に、短歌が八首掲載されてます。
『あやかし』。
・・たしか昨年12月号のが『ざしきわらし』でなんじゃこりゃって感じですけど、まあ夏だし、あらためて怖い系の題で書いてみようかと。

原稿にとりくんでたのは、すぎてみればつらい盛りのころだったなぁ、と (しみじみ
ご覧いただけるご機会があれば、どぞ。

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2005年8月12日 (金)

嘉義丸

昨日のこと・・

朝からぼーっと、なんとなくテレビを見ていて仰天。
フジTVの 《とくダネ》に「短歌人」の川 明さんがご出演されてる・・!?

太平洋戦争中の1943(昭和18)年5月、大阪から沖縄に向かう途中に奄美大島沖で米軍に撃沈され321人が犠牲になったといわれる悲劇の貨客船嘉義丸(かぎまる)。

川さんのお父様はその嘉義丸の船長。
生存者の方のかたる船長の最期の姿に、テレビで見ていたわたしなんか、泣きっぱなしになりました。

番組収録の内容は、
奄美諸島で古くから歌い継がれてきた島唄の第一人者であり、この事件を語る歌「嘉義丸の歌」を歌っている朝崎郁恵さんのHP朝崎郁恵HP の
「こころ ふるえる 日 」 ここ

・・などを参照してください。
わたしには正直、いたましくって書けません・・

「嘉義丸の歌」については、南日本新聞ニュースピックアップ [2005 05/31 07:44]
「嘉義丸」鎮魂の歌 復元し熱唱/唄者・朝崎さん
戦時中奄美沖で撃沈、生存者迎え慰霊コンサート
ここ  などをどうぞ。

事件は戦時中のことで詳しいことは遺族にすら知らされず、当時口伝で流行していたという事件をかたる歌すら禁止され、そのまま闇に葬られるところだったといいます。
しかしながら曲だけは作曲者不詳の沖縄民謡として歌い継がれており、この「嘉義丸の歌」は、それの復元だという・・

事件の悲惨さ、戦争の非人道性。人々の嘆き。
そしてそんななかにあってすら壊れることのなかった高い人間性。いたわり、思いやり。つきることのない家族愛・・
それをかたる朝崎さんの歌の哀切きわまりない詩とメロディーには泣かされました。
なによりも、当局に圧力をかけられながらも消えることなく、長年歌い継がれてきた歌のいのちというものに、深い感銘を覚えました。


たふれゐし花鉢おこしふりかへり手を振り征きて父は還らず 『歯とイボ』 川 明

・・朝崎郁恵さんの歌だけではなく、
ここにもまた、川さんによってひそかに歌われていた歌があったということ。
これもまた、歌のいのちというものでしょうか。

・・そんなことを思ったテレビ『とくダネ』でした。

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2005年8月 9日 (火)

僕のこと・・

昨日ついにしびれをきらし、次男がこのたび世話になったホームステイの団体に電話、到着して日にちがたつのに本人から何の連絡もないことを訴える。
みんな元気ですよ♪ という言葉に安心、するとその午後にホストファミリーと本人からメールが届く。
元気そうで安心する。

ホストファミリーさんの英文を何度も読み返す。行間を読む、というが、相手が英文ではどうにもならない。
とはいえどうやら次男、家族の一員として迎えられているらしい。安心する。

本人からはローマ字の文が届く。
「僕のこと、覚えているかい?」

石川啄木の「ローマ字日記」じゃあるまいし。まさに泣き笑い:『NAKIWARAI』(土岐哀果のローマ字歌集)
みんな元気。布団をたため。服を脱ぎっぱなしにするな。宿題しろ、とローマ字で返す。
案外便利、>ローマ字

_172(自宅の写真ではありません^^;)
ホルンも待ってるよ。

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2005年8月 8日 (月)

短歌バトン

わたしはいつも、ここにいるはずのないわたしを、夢みる。

・・昨日は法事だった。
お経を読む座にくわわりながら、
本当ならば今頃長野にいて、所属している短歌結社「短歌人」の大会で、日ごろの不勉強を恥じながらも、なにやかやお勉強できたのに、と思った。
村を囲む山々は青くけわしいが・・
むかし学生だった頃、望んだことのある長野の眺めでは、ない。

・・というわけで高澤志帆さんからまわってきた短歌バトン、
今まで放置しててすみません(_ _;)

□ 短歌を始めたきっかけを教えてください。

死にまつわること


□ 好きな歌人がいれば教えてください。

あえて、というなら葛原妙子 山中智恵子 斉藤史 (女性限定?)


□ あなたの好きな短歌を3首挙げてください。

つれづれと空ぞ見らるる思ふ人天(あま)くだりこむものならなくに 和泉式部
人を恋ふ心なかりせば須佐之男は流るる箸を見ざりしならむ 稲葉京子
岬なるひともとの木に彫(ゑ)られゐし女身のイエス花浴みたまへ 水原紫苑

ほかにもあるけど・・
今、手近に本がない状況でして・・


□ あなたにとって短歌とはなんですか?

憑依の器(うつわ)
鬼の面    かたしろ(身代わり) 


□ バトンを渡す3人の歌人。

ロココさん 三島麻亜子さん
ふたりですけど・・ご勘弁を。
コノかたがたにすでに渡してしまってるかたがいれば、それこそご勘弁を(^o^) 

放置してたのは悩んでいたからで・・
自分にとって短歌とはなにか。
出会った頃、それはたしかに、自分のなかのなにかのバランスをとるためのものでした。
でも、バランスをとるための手段だったはずの短歌によって、またバランスを乱されている自分がいて・・

・・そんなこんなです、はい。

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2005年8月 6日 (土)

今日はどこまで

次男が出かけるとき世話をたのんでいったのが、この亀だった。
DSCF0374

夜店かどこかの屋台の亀つりで釣ってきた亀だということだ。
どうせ長生きしないだろうと思っていたら、もう冬を二回越した。
育ちがいいのか悪いのか、けっして人に馴れることがなく、
誰かが見ていると餌をたべようとしなかったが、
ようやくこの夏ごろから、口をあけて餌を食べるようになった。

名前はない。
今までたくさんの生き物を飼ってきたが、
名前をつけて可愛がっていたいきものが死ぬのを見るのはかなしい。
それでこの亀には名前をつけなかった。
金魚も結局、名前をつけなかったのだけが生き残ってくれている。
我が家では、「名前はまだない」というのが決まりになっていきそうだ。

・・一昨日、関空で思いっきり手を振って、次男も両手を振ってこたえてくれた。
サンフランシスコ行きの飛行機にのるためゲートをくぐって、エレベーターに乗って。
リュックサックを背負って、手を振って手を振って。
向こうについたら電話しろメールを送れとあれだけ言い聞かせたのに、
それっきり何の連絡もくれていない。
たよりがないのはよいたより
というけれど・・

亀を置いて今日はどこまで行ったやら、である。

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2005年8月 3日 (水)

白い夏

酷暑のさかりだというのに、薔薇が
咲きまくってる
という感じで咲いてくれている。

深草の 野辺の桜し 心あらば 今年ばかりは 墨染めに咲け 上野岑雄

この歌にかぎらず、
桜には心がない。
わたしはそうおもっていた。
『ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ』
(日の光がのどかにさしている春の日に、落ち着いた心がないので、桜の花が散っているのであろう)
心がないからこそ桜なのだ。桜とはそういう花だ。

ところが、お気に入りの薔薇のブルームーンは本当は青紫色だが、
この夏の暑さのためか、とてもすずしげな薄赤、薄紫、むしろ白色になってしまっている。
まるで喪の色。
・・あわいあわい、墨染めの色。

_099
PCの具合がわるいようだが、本当の色はもっともっと薄い。

・・さいごのおわかれのとき、庭にいるかたに頼んで花を摘んでもらった。
その、摘んでもらった薄青い薔薇を子供たちに渡した。
亡き人ははっきりした色調が好きで、だからわたしのこの薔薇を褒めてくれたことはなかったけれど、
白くなっててもまだ、かすかに色づいているのを恥じるかのように咲いている、夏の薔薇たち。
子供たちからささげられたなら、きっと気に入ってくれるだろうと、思った。

・・自宅葬なんて現代人のやることじゃないとかねがね思ってきていたが、
・・いつもの座敷。いつもの風。いつもの庭の花。
そういうお別れっていいもんだなあ、と思った。

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2005年8月 2日 (火)

夏祭り

またひとり顔なき男あらはれて暗き踊りの輪をひろげゆく       岡野弘彦

死者との交流をみているようなこの歌の寂寥感が好きだったが。
踊りの輪をひろげるのはいいけれど・・
一方で誰にも詠われることなくひっそりと、踊りの輪から抜けていくひとの行方について、思った。
DSCF0442

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2005年7月15日 (金)

世紀末のばら?

<愛>といふ嫌ひな文字が多すぎて宝塚歌劇のパンフレット閉づ 大村陽子

(ちょっと暴走気味です^^;)

韓国で宝塚がベルばらを上演するそーな。
2005年だっていうのに、すでに世紀末のよーな気がするのはなぜ?(笑

宝塚歌劇、初の韓国公演──11月、国交正常化40周年で   宝塚歌劇団(兵庫県宝塚市)は14日、初の韓国公演を11月に行うと発表した。日韓国交正常化40周年の記念イベントで、韓国観光公社が主催する。

 公演は11月11―13日の予定で、ソウルの慶熙大学にあるホール「平和の殿堂」で3回公演する。男役トップスター湖月わたるさんら、星組のメンバーが参加。歌劇団の人気作の1つ「ベルサイユのばら」と、ショーの2部構成でステージを披露する。

 宝塚歌劇団の韓国公演は、自民、公明両党の参院議員らが提案。日韓議員連盟が中心になって準備を進め、韓国政府からの招待も取り付けた。歌劇団は「記念すべき年に、文化交流使節としての大役を担うことは誠に光栄なこと」とのコメントを出した。(共同)【2005年7月14日】
ここ

・・国際交流使節はいいけど、ベルばらといえば植田・谷って最凶コンビのすべりまくりのあの脚本・演出ってパターンでしょ?
日本でだったら仕方ない。ヅカファンは寛容だし、ベルばらファンだって「これはもう別物だからいちいち怒っててもしょーがない・・」とあきらめの境地で、ほとんど怖いもの見たさのつもりで覚悟して観にいくんだから。
でも海外は別。国辱モノにならないかどうか、心配。

でもこのはなし、突然でもなんでもなく、先月から報道されてた。

宝塚歌劇の韓国公演、竹島・靖国で暗礁に 準備が進まず

・・日韓の国会議員らが公演を働きかけた。 演目は「ベルサイユのばら」を検討。日韓の歴史に直接関係がないフランス革命が舞台で、池田理代子さんの漫画が韓国でも人気を博したため、受け入れられやすいと判断  朝日新聞 - 2005年6月18日 (元の記事は削除)

なーんて報道に純粋に仰天したものだが。
竹島・靖国、ついでに教科書問題ははさておき、7月14日なんてオスカルの命日をねらったように発表までして、なにがなんでも韓国でベルばらを上演せねばってやむにやまれぬ感じが匂うんですけど日韓議員連盟。
そーいえば参議院の公明党の松あきらって宝塚現役時代フェルゼンやってたね。但馬久美なんかアンドレしてたし。
・・わたしとしては扇千影のマリア・テレジアなんかいいと思うな (なにがいいたいんだ・・
 
それはさておきベルばらが検討された理由ってのが、
「日韓の歴史に直接関係がないフランス革命が舞台で、池田理代子さんの漫画が韓国でも人気を博したため、受け入れられやすいと判断 (6/18)」ってことだけど・・

「日韓の歴史に直接関係がないフランス革命が舞台で」、というあたりにちょっと笑わせられる。
韓国で上演されるんだったら韓国が舞台の演目だってありそうだし、朝鮮半島が舞台の「わが愛は山の彼方に」とかそっちのほうが適切とちゃうん、と思ったりもするけど、それはそれで「違うダロ~」って感じで舞台に抗議されても困るし。
まあ、ベルばらってもともと歴史設定めちゃくちゃだし、荒唐無稽なだけのただの恋愛劇だけど、フランス政府は絶対に抗議なんかしてこないしいいじゃんってことか。

・・それはさておきこの情勢、反日運動の標的にでもなったらどうするんだ、なんて思ってしまうが・・
あ、そーか。オスカル役が子守唄うたってデモ隊を手なずけるんだな。
それともマリー・アントワネット役が「みなさん・・なにも心配はしなくてもいいのです」って大見得を切るか。
(ここんとこ、舞台を観た人でないとわからんはなしでスマソ

・・ちなみに上演されるもうひとつの演目のショーは「ソウル・オブ・シバ」だとか。
「ソウル」がらみか(マジ

「朝鮮日報」 でも「3000人以上の日本人観光客が訪韓すると予想されている」ここ
と報道してるというから、たいした歓迎ぶりということだろうが・・
わたしもさっそくその3000分のイチになることをダンナにおねだりして、即却下されたのでありました(自爆

これまたなんだか素朴に仰天。
べるばらカード
あの名作「ベルサイユのばら」がクレジットカードになります。これからショッピングはいつもオスカルと一緒!

・・ですか。
原作ではたしか、マリー・アントワネットの見境なしの浪費に対して批判的で、自分はというと無駄遣いをしないためお財布に1リーブルも持ち歩かず、アンドレからお金を借りたりしてるほどの倹約家だったオスカルに、カードでなにを買うお供をさせよというのか。
あ、そうか。「カードでお買い物なんか、おやめください」って言いたいのにいえないから、唇に薔薇をくわえてるのか。かわいそうなオスカル/爆

・・すみません。壊れ気味です(平伏

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2005年7月13日 (水)

霊を吐きしか

昨日、
プールで一キロおよいだ~
って青息吐息で下校してきた小学校六年生の三男だったが。

案の定、その夜から発熱。
それで今日、学校を休ませた。
「これって、処理しすぎたあまり心霊写真ですなんていっても通用するかも」
な先日の「雨の中の祭」なんて記事のこの子の写真に
春日井建の「霊を吐きしか」なんて歌を添えてしまったからかしら、なんてちょっと反省 (考えすぎ

◆たらたらと『浜田到歌集』(国文社『現代歌人文庫』)の年譜を読んでいて、

昭和13年(1939年) 20歳 三月 姫路高等学校入学
昭和16年(1941年) 23歳 三月 姫路高等学校卒業

とあって仰天。
姫路に浜田到が住んでいたなんて。
これって姫路では有名なことなんだろうか。
・・そういえばずっと前から知っていたようなことだったような気もするが。
なんかあらためて茫然とする、出口のないような梅雨のひととき。

◆茫然、といえば。
高野公彦編『現代の短歌』の浜田到の項には

目の前のそら明るめるさみしさや一房の藤を母もちたまふ 浜田 到

が収められてなかった。わたし、この歌好きだから、ダメじゃん、なんて思ってしまった。

◆・・姫路時代の浜田到って、どんなんだったんだろう。
ちょっと知りたい気持ちになっている。

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2005年7月11日 (月)

雨の中の祭

雨もよいの昨夕、三男が急に掻き消えるようにどこかに行ってしまったので、家族に聞くと、近所の神社でお祭りがあるとのこと。
だんだん雨の具合も悪くなってきてしまったので迎えにいくことにする。

神社の広場は盆踊りの櫓もできていたのに、雨がふってしまってはどうしようもない。
それでもあかい燈をともす夜店はでており、浴衣姿の小さな子たちの熱気にあふれていた。
夜店の人の顔をみると、自治会がかかわっているからだろう、知ってるご近所さんのかたがたが番をしている。
夜店の人との出会いってのは、その夏限りの一期一会のようなものだと思っていたので、なんだかちょっとだけ驚いてしまった。

DSCF0414
和太鼓の演奏。熱心な演奏に聞き入る子供たち。

三男はっけん。親友のこーちん、と。
・・大きな輪っかも雨のなか。

DSCF0412
祭りがおわったらこの輪はどうなるんだろう。
燃やすのかなあ。

ところでこの輪をみたとたん思い出したのは、当然ながらこの歌で。

火祭りの輪を抜けきたる青年は霊を吐きしか死顔をもてり 春日井建

・・シチュエーションとかまったくぜんぜん違うけど、想像力ってのはこんなときのためにあるってもので (無理すぎ

・・雨の中、神社の前に設営された輪はあくまでも青くみずみずしく、
みんなたのしそうにくぐっていった。

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2005年7月10日 (日)

ドロロン

世にスランプネタほどつまらないものはないとはよく言われることだが・・

短歌のネタというかタネはいつなんどき降ってくるかわからないからいつでも紙とペンを用意しておく、という人は多い。
わたしはそんな殊勝なタイプではないけれど、それでも所属している結社「短歌人」の締め切りも近いことから気にしていたところ、先日、これって・・という一首が「降ってきた」ことがあった。
夏の日盛り、こりゃいけると思い道端でかばんをさぐるも書くものはなく、あるのはインクの出ないボールペンばかり。
でもそれを都合よく持っていた紙切れにおしあて、なにごとかごにょごにょ書いてみる。
もちろんインクは出ないから何も読めるはずもない。でもそれでいいのだ。
帰宅してから麦茶をいっぱい、しかるのち、おもむろに先刻の紙をとりだし鉛筆で軽く表面をこすってみる。
するとドロロン、ペンで書いた部分はパッと白く浮き出てくる、字が読める・・
まるで忍者。

・・ということで浮かび上がった腰折れ一首。
いい歌だと思ったからこそ周囲に不審がられつつも道端に立ち止まって苦労して書きつけ、苦労して再現してみたわけだが。

・・結局、没。
なにやってんだか(泣

十六夜はわづかに闇の初めかな 芭蕉
梟や闇のはじめは白に似て 斎藤 愼爾

・・(下の句として)
それにつけてもスランプの闇 (をぃ

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2005年7月 4日 (月)

不思議ちゃんな歌3 /おたく度チェック

えっと、この前からなぜかしきりに

書(ふみ)の上に寸ばかりなる女(をみな)来てわが読みて行く字の上にゐる 森鴎外

って短歌に心うばわれ、いそいそしてる割にはろくに調べもしないでグータラしてるわけですが・・

なんかこれってもしかして元ネタ?ってのがありました。
17世紀後半に書かれた蒲松齢の中国の短編怪奇小説集『聊斎志異』の【37】愛書狂 です。

玉桂は本が好きで、20才を過ぎても結婚を考えず、本の中から好い人が迎えに来ると考えては暮らしていた。そんなある日、本を開くとそこから美人の描かれたしおりが出てきた。男はそれを眺めているうちに、彼女が話しかけてきた。そして二人は囲碁や将棋をして遊んだが、そのうち両者の間に子供が出来た。うわさを聞いた知事も玉桂の妻を見たいと思ったが、女が恐れて姿を隠したため、知事は怒って男の家の書物を焼き払ってしまった。

「本の中から好い人が迎えに来る」
・・こんなむかしから二次元妄想ヲタクってのはいて、かんがえることっておなじだったのねん。その相手の美人との間に赤ちゃんが、というくだりもなぜかほのぼの (でもどうやって? 

とゆーわけで
●当サイトへのリンクはフリーです。
事前の確認や事後の通知は不要です。
とゆーお言葉に甘えて、「書(ふみ)の上に寸ばかりなる女(をみな)来てわが読みて行く字の上にゐる」な挿絵もお借りします。見えにくかったらポップアップしてください。

ryo37

見えますか? 
ええ、そこ。本の上にゐますよゐます。
わが読みて行く字の上にゐますってば。あはは。
寸ばかりなる、どころか、大きさ的にいえばフィギャーってかんじだけど・・
鴎外んとこにやってくるんだったら、このとおり格調たかげな天女さまスタイルぐらいにしなきゃあ。
いかな妖精さんだってメイド服やら女給服やらおハダカじゃあ、ダメよね (をい
確証はないけど、きっとこんなんが元ネタじゃないかなって思うのよ、うん (ほんまか?

話し戻って・・
ラストの「知事は怒って男の家の書物を焼き払ってしまった。」ですが・・
オタクってのはたいがいものすごい試練に見舞われるものだけど・・
いきなり焚書ですかそーですか。
玉桂くん、泣いただろうなあ。
でもオタクの心情にまるで理解を示さないこの知事の偏狭性も、ある意味、ナイス。
鴎外はというと、玉桂くんみたいにならなくって現実世界でも家庭をもって、出世しまくり文豪の名をほしいままにしまくりで、これまたナイス。

+

あなたのおたく度チェック

質問:自分の趣味、好きなことに一ヶ月の内、どれくらいのお金を費やしますか?

・・短歌の本って高いのよね~。結社やらいろんな会の会費とかもあるし。主婦だし、そこんとここまるのよね。
なんてつぶやきながら、やってみました。

質問【9】 あなたの前をひとりの「おたく」が歩いてきました……
目を合わせないようにする
石を投げる
「同志よ!」と心の中で思う

・・ってゆっかー。
老人大学とかでしてるってひと以外、短歌つくってます♪ってひとじたい、村にはいないしねえ。
あ、それから。ザンネンですけど夏の大会、行けそうにないです。「短歌人」のお友達のみなさん、ごめんね。

自分の好きな話をはじめると止まらない
愛するキャラを自分のデフォルメで書いてばかりいる
脳内が常に愛するキャラに汚染されている

・・?
自分の好きな歌人の話をはじめると止まらない
はともかく・・
愛する歌人の短歌を自分のデフォルメで書いてばかりいる。脳内が常に愛する歌人に汚染されている。
なんか、短歌やってるひとなら当然な気も(^^;)

とゆーことで、わたしの結果。

あなたのおたくタイプは【妄想倒錯型】に分類されました。おたく度数は【120%】ぐらいです。

自分の妄想の世界に没頭する傾向が非常に強いあなたは、まごうことなき「おたく」と言えそうです。
あなたの興味方向はおもに二次元世界に向けられ、特殊な美的センス、特殊な嗜好傾向が既に確立されていることでしょう。
残念ながら重度のおたく症候群を患っているため、現実社会に戻るすべはないのかも知れません。
諦めて、これからも「おたく道」をまっしぐらに歩んでいってください。

あなたにぴったりのおたく称号:おたくの真髄
二次元妄想度  100%
自己顕示創作度  25%
強迫性知識欲望度  59%
客観的冷静度  39%

・・なぜ? 普通に市民生活してるよ、わたし?(笑

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2005年6月29日 (水)

BSアニメ夜話・劇場版「エースをねらえ!」

(記憶だけで書いてますので間違いなどありましたらすみません)
歌人の黒瀬珂瀾さんご出演の昨夜のBSマンガ夜話
今回のテーマは劇場版「エースをねらえ!」
ゲストは小林七郎(美術監督) 大林素子 黒瀬珂瀾 唐沢俊一

あのからん卿こと黒瀬珂瀾さまご臨席、しかも素材がアニメ「ベルサイユのばら」(以下「べ」)の後半を手がけた出崎統つながりとあってはどんなことがあっても見ずにはおれません。というわけで左のお耳にイヤリング♪「ポーの一族」のエドガーみたいなご装束で(違うかも。でもわたし、今のマンガ、知らないのだよ)ご登場の黒瀬さんにきゃーきゃー、テレビの前で叫びまくりつつあやしい夜はふける。
DSCF0392

つづいてエースにちなんだ短歌をご披露・・
・・「和歌っていうか、こんなんアリですか」、というようないきなりあんまり失礼なつっこみがあって、びっくり。
おまえら全員天誅じゃ。
でも黒瀬さんが動じてなくって、よかった。さすがからん卿。

番組は物語よりむしろ出崎統特集というか徹底解剖というかたちになっていた。
独特の、光と影の使い方、止め絵、三回繰り返し、画面分割、背景などのデフォルメ、口元や顔をみせず登場人物がセリフをいう場面、・・などの出崎ファンならまあ基本的常識なおなじみの技法がコアに語られていた。
70年代の高校生の青春、日常、生活、町並みなどへの言及、もっとふれてほしかったなあ。昭和の資料としても一級だとおもうから。
その点「雨の日はゴエモン蹴飛ばす!」、な私的な場面から物語がはじまることを指摘した黒瀬さんに、そうよそうなのよ!と叫ぶ。
原作が連載されてたのは石油ショックのショック抜けやまぬころだったけど・・
お部屋で猫と気楽に遊んでた女の子が成長して、飛行機に乗ってアメリカに行く。そんなお話だったんだなあ、とあらためて、おもった。

音響効果についての言及もあったが、効果音やら音楽、エースもジョーも「べ」もおんなじのを使いまわしてるはなし、出なかったなぁ(笑
ジョーもだけど、やたら「かもめ」が飛んでるなあ、という指摘もあったが、「べ」でもアンドレが鳩に餌をやったり、その他やたらお空に鳩が飛んでることがファンの間の長年の謎だったりもしている。
ジョーも岡ひろみもゲーセンで遊んでるってはなしも言及されてたが・・
さすがに「べ」でゲーセンは無理だな、ってことで(笑

原作と劇場版の違いもしっかりふれてほしかったなあ。
というのもクライマックスの最後の試合の場面だけは許せないとわたしは思っているから。
原作(おおむかし、連載時に読んだっきりだけど)ではたしか、日本の代表選手を一人だけ決める試合に向けた練習中にお蝶夫人こと竜崎麗香は肉離れを起こし、棄権してしまう。
ひろみとお蝶夫人の直接対決なんて、やぼの骨頂。若貴対決や紅天女はまぼろしの演目だから心がひかれるってもんでしょ(謎 
しかもひろみが勝つなんて、サイテー。

ひろみ あなたへ放つサーブにわが愛は宿るか(略)」という黒瀬さんの短歌が冒頭に披露されてたが・・
つまりこれはスポ根のカラをかぶった女と女の成就せざる愛の物語なんだから、ひろみは永遠にお蝶夫人に打ち勝つことができないし、お蝶夫人だって、ひろみを追いかけつづけさせなくっちゃあなんないから、不戦敗は許しても、ぜったい、ひろみに負けちゃダメなの。
宗方による、ひろみは俺の母に似ている発言が問題になってたけど、重大さからみりゃ、それ以上。
でもかんがえてみりゃ、これらの原作無視な操作は、ひろみとお蝶夫人の物語じゃなくって、ひろみと宗方の物語を描きたかったからなんだということになるってことってか。
・・でもまあそんなことを、お蘭の気持ちを知ってながら、その母を苦しめた女の娘である異母妹のお蘭に言うってのも、宗方って冷たい非常識な男。いや、言わせた出崎の男の論理が悪いのか(笑

ミヤザキ(宮崎駿)は思想家。トミノ(富野由悠季)は説教家。でもデザキは表現100パーセント、ということを小林七郎が言ってた。このひと、絵がすばらしいだけではなく鋭いことも言えるひとだったのね。この作品に対して「ストーリーはいらないのかもしれない」という言葉は、表現者から表現者への最大の褒め言葉だったかもしれない。
とはいうものの、出崎の世界はときどき破綻もある、「堕落するところも」という小林の指摘、言葉はきついがまったくそのとおりだと思う。
現在放送中の「雪の女王」でもその危うさがあるが、だいたい出崎作品はあざといというか、滑ってしまう危うさがあるし、「違うだろ~」って、観ててつらくなることもある。
でもそれはさておき、その美学・世界観は独特なものがあり、「散文的ではなく、詩だ」と評されるほどのやりたいほうだいな表現力は貴重だと思う。

しかし出崎の描く竜崎麗香って・・
やたら濃い。顔大きい。太もも胸元はずかしい。髪の毛逆立ったら怖い(金色から真紅にかわる)
叶姉妹先取り(笑
つうか、なんでこんなお嬢様がただの県立高校にいるの?(それを言ったら・・/笑

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2005年6月28日 (火)

Musical Baton

最近ブログ界で流行の「バトン」。
質問に回答しては次にわたしていくという企画なんだけど・・
気がつけば数日前から音楽のバトンや本のバトンが4つは溜まってた。
うわっ、どーしょ。
・・渡して下さった方々、ほんま、すみません。

まず音楽・・

「dairy??wonder!!」かよちゃん
「鎌倉日記」のくろさんこと高澤志帆さまからいただきました。
スペシャルさんくす。

お題1:Total volume of music files on my computer (コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量)
・・そもそもバトン記事がかけなかった理由がコレ。
どこをどうやって調べればいいのか・・わからんとです。
入れてるのはエンヤと井上陽水ともののけ姫。でも、再生の仕方がわからなくって、入れたっきり聞けんとです。嗚呼。

お題2:Song playing right now (今聞いている曲)
ラジオで鳴ってるショパン。

お題3:The last CD I bought (最後に買ったCD)
たしか二年前に買った「ベルサイユのばら」のドラマ版。まあ、最初からわかってたけど死ぬほどつまらんかったので途中で聴くの、やめた。
というかCDは最近、基本的に100均かレンタルオンリー。だって主婦ですもん (ぽっ

お題4:Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me (よく聞く、または特別な思い入れのある5曲)
☆邦楽全般・・邦楽ったって琴三味線尺八なんかのあれ。「六段の調べ」、「乱」などなどの古典系から日本音楽集団など系までなんでもななか、佐藤敏直の「ディベルティメント」など、特に。
☆松村禎三「軽太子のうたえる2つの歌」 (この曲と出合ったのは前世からの宿命でした)
☆ヘンデル「オンブラ・マイ・フ」 (これも宿命)
☆とゆうわけで(どういう訳だ?)「薔薇は美しく散る」ベルサイユのばらのテレビアニメ版サウンドトラック&名場面音楽集のなかの、題名は知らんけどドラマでよくかかってた、チェンバロの曲。
☆とゆうわけで(・・・) Andrea Bocelli「Time To Say Goodbye」 (アンドレ~!?)
☆とゆうわけでラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」 (この曲を聴くためにわたしは生まれてきた)

春雪にこごえし鳥らこゑあはす逝ける皇女のためのパヴァーヌ  塚本邦雄

ばるばろ過去ログ より引用
この曲、ピアノ版やオーケストラ版もあるが、いろいろアレンジされているらしく、むかしラジオでソプラノ二重唱を聞いて驚いたことがある。ひたすら甘い、大甘なメロドラマの主題曲のような感傷的な小曲。
短歌だが、塚本邦雄はこれに限らずいくつかこのパヴァーヌものをつくっているはずだけれど・・
プチ引越しの騒動余波で本をよそに預けてるまんまです。だからくわしく調べられないの。嗚呼。

ちなみにこの曲、調べてみたら1899年作曲されエドモン・ドゥ・ポリニャック夫人へ献呈されたとのこと。ポリニャック夫人つうたら、ベルばらを代表する三大悪女のひとりじゃん。その一族ゆかりの曲だったつうのも、なんか宿命的。


・・あれ。6つも書いてるじゃん。
本当はテレビアニメ版「ぼくパタリロ!」のエンディングの「美しさは罪~♪」なんかも大好きだからあげたかったんだけど、ま、いっか。
ついでに歌詞、あげときます。死ぬぞ。
♪ 美しさは罪 ほほえみさえ罪 黒いバラの花 トゲがあるように やさしく包み込んでゆく 私の瞳の奥をみてごらん きっとあなたは離れられなくなる 私を愛さない人は いない ♪

お題5:Five people to whom I'm passing the baton (バトンを渡す5人)

あー、すみません。ちょっと息切れしてますんで、パスさせてくらさい。ぜーはー。

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2005年6月27日 (月)

夏のゼリー

夫の友人たちが遊びに来るというのでお接待することに。
朝、足りないものを買い物にいったところ、店先で次男がはっけん。
視線があってしまったそーな。
DSCF0389

一瞬会社名が「にらみ」に。
商品名も「ぎらり」に見えたそーな。

ケレンな商品ばかりかと思ったら(失礼。おいしかった、と次男も言ってた)
そうではないみたい。
でもこのシリーズ、こんなおもしろいパッケージになってる。
というわけで「株式会社たらみ」さんから引用。

7125c

7194c

7200c
(まだあるけど省略)

ちなみにこのサイト、ゼリー占いができるコーナーもあります。
今日は『林檎づくし』が吉。
恋愛運は「身近な 人に思いがけず、誘われる予感。あなた次第で急展開の可能性大」。
・・どうしろと。

ほか、わたし的なツボは、夏の遊びにぴったりな塗り絵用素材のコーナー。
よい子はすずしい日陰であそびませう。おかあさんもたいへんなんだよ。

+

追加:ゼリーつながりで、短歌。

水母(ゼリーフィッシュ)と呼ばれてひとり簡潔にただよふのみの来世よきかな 大松達知
こちらから引用しました。

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2005年6月26日 (日)

先日アップした「明治の文豪ちっちゃいものクラブ(はぁと)」
な短歌や俳句三連星?が悪かったんでしょうか・・
なんか疲れて・・憑かれて?・・

金曜、夜店に子供たちを連れてって、そしたら「ひよこすくい」なる非道なる露店があり、
うちの子たち、うずらのヒナのかわいらしさに魂のレベルまで撃ちぬかれてしまったらしく。

・・でも本当にかわいい。
ちっちゃくて茶色でぽわぽわして、
もう、この世のものとは思えないほど。
じっとみているとわれを失ってしまいます♪

というわけで、雛といえば、(たぶん鶉じゃないとおもうけど^^;)この短歌。

春のめだか雛の足あと山椒の実それらのものの一つかわが子 中城ふみ子

・・この歌ってむかしから不思議だったんです。
最初に並べてるでしょ。「春のめだか雛の足あと山椒の実」。
本当にかわいいんだけど・・さいご、なんで小粒でもピリリと辛い山椒で〆てるの?

この山椒にどんな意味があったのかはさておき・・
この歌を読むとなぜかむかしから思い出すのがサイモンとガーファンクルの『スカボロー・フェア』・・

スカボローの市に行くのなら、
「パセリ、セージ、ローズマリー、そしてタイム」
あの町に住んでるあるひとに、よろしく、と言ってくれ。
彼女はかつて俺の真実の恋人だった。サイモンとガーファンクル『スカボロー・フェア』

・・この歌で並べてあるパセリ、セージ、ローズマリー、そしてタイム。
これらのハーブは調味料として使われてますよね。
そう、山椒の実と同じ。
「パセリ、セージ、ローズマリー、そしてタイム」ってのには魔除け効果があったらしい。
その名を唱えることにより、悪さする妖精から歌い手は身を守っているんだとか・・
そういう迷信や古代信仰を反映しているバラードだったのだろうということなんだけど・・
ここなど

・・あ。
おのれ。また来たな、妖精さん。しかも海外版v
というわけでまとまりのないまま可及的すみやかに撤収。
結局飼う事になってしまった鶉の写真はまたあとでアップします♪

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2005年6月24日 (金)

不思議ちゃんな歌 2

なんだか夏至のころだからか、やたらちっちゃな小人さんが気になって・・(笑

昨日書いた鴎外のあの不思議ちゃんな短歌のせいです。
「この女の正体は」
って内容のメールがきた夢をみました。
・・まさか夢にまででてくるとは。
女の正体って・・正体って・・
ああこわい。ちょっと疲れているようです(笑)

書(ふみ)の上に寸ばかりなる女(をみな)来てわが読みて行く字の上にゐる 森鴎外

菫程な小さき人に生まれたし 夏目漱石 (明治三十年)

麦藁の家に小人の夫婦住み 芥川龍之介

ってわけで教科書でおなじみの明治の文豪たちでどんじゃらほい♪
(検索による抜書きです)

DSCF0383
もじずり。

芝の上やお庭のすみっこにつん、って立ってるこの草を見てると、なんだかちっちゃな人が立ってるような気がする。
螺旋階段のようについてるちっちゃなお花を見てると、ぐるぐる。目が回ってくる。

もじずりの「もじ」が「文字(もじ)」という意味なのかどうかは知らないが・・
鴎外の「わが読みて行く字の上に」・・「字」つながりで、例のごとく、無理やりな写真(^^;)

DSCF0382

今朝剪った薔薇。
このごろ手入れをおこたってた。

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2005年6月23日 (木)

不思議ちゃんな歌 1

夏至のころにはちいさいひとたちがどんじゃらほい♪、なんて前の記事で書いてしまったが・・

書(ふみ)の上に寸ばかりなる女(をみな)来てわが読みて行く字の上にゐる 森鴎外

・・。
・・いくら作者が文豪でもいきなり目の前にこんな歌を置かれると、読者はきっとものすごく困ると思うんだけどな。

どいてください。
はいはい、そんな目で(どんな目だ)こっち見ないで。
だめでしょ。ヘンなことしないの。
この前は着物だった。
その前はメイド服だった。
そして今は・・あぁ。
・・なんてね。

この女(をみな)、なにもの?(←ぢぶんで調べろよ、とツッコミ

中央公論「日本の詩歌」29『短歌集』の冒頭近くにいきなりこんな歌があって、わたしの不勉強と読解力の欠如はさておき(^^;)
この歌を読むたびにこの人のこといろいろ想像して、なんかおかしな気持ちになる。
鴎外といえば正倉院御物拝観のおりの作の
勅封(ちょくふう)の笋(かたんな)の皮切りほどく剪刀(かみそり)の音の寒きあかつき
が有名だけど、わたし的にはこっちの不思議ちゃんな歌の方が好き。
この歌がのってるからこの『短歌集』が好き。
この本をひらくたびにこの歌が読める。だから好き。

写真とる。一つ目小僧こはしちふ。鳩(はと)など出だす。いよよこはしちふ。 森鴎外

これも不思議ちゃん。
っとゆっかー、「こはしちふ」って、なになん?(・・

この本の鴎外担当は佐佐木幸綱だけど・・
わたしがバカなのはわかるけど、ほんとわかりにくいと思うからちゃんと解説とか、書いててよ。

+

シェイクスピアつながりといえば、「十二夜」を原作とした「エピファニー」という作品が宝塚で演じられたとき(1999年宝塚歌劇 星組 バウホール公演)、文士毛利林太郎とその令嬢・毛利鞠、なるそのまんまな名まえで
森鴎外・森茉莉の親子が出てたらしい(わたしは観てない)。
妃里梨江演じた森茉莉の役どころは「十二夜」のオリヴィアで、歌舞伎役者の兄の身代わりになってた男装の少女をそれと知らず一目ぼれしてしまう・・なんて感じだったとか。うはは。『ドッキリチャンネル』の作者たる森茉莉が観たらどう書いただろう。
ちなみにパッパ(鴎外)のお茉莉は大正8年に16歳で結婚して24歳で離婚してる。かっこいいぞ。

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2005年6月22日 (水)

真夏の夜の夢

近所を見たが麦はあらかた刈られてしまった。
ばらばらと穂が落ちている。

DSCF0379

今しばし麦うごかしてゐる風を追憶を吹く風とおもひし 佐藤佐太郎

そして麦の穂は落ち、
あのとき吹いていた風はどこへ行ってしまったというのだろう。

+

シェイクスピアの「真夏の夜の夢」ではないが、夏至の頃は一年中でもっとも精霊や妖精のたぐいの活動が活発になり、まさに跳梁跋扈、怪異も横行するのだそうな。
だからいまごろ畑では、拾った麦の穂にまたがって、小さいひとたちがたのしく輪になって踊っているかもしれない、なんて昨夜、思った。
朝になって知ったが、夜のうちに雨が降っていたらしい。
・・いたずらな通り雨に大笑いしながら、そのままみんなどこかへ行ってしまったことだろう。

したたる空の 青の六月 荒草の鋭きひかり風をはしらす 加藤克巳

+

追記
過去の記事ですが・・
看板」って記事で引用してた短歌をさしかえてます。
葛原妙子のです。 まるでこの記事のためにこの歌をつくってくれたみたいにしっくり、なじんでます  (をぃ

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2005年6月21日 (火)

ファンな

「Fanta」という名まえの清涼飲用水があって、うちの子たちも大好きだが・・公式サイト

衝撃の事実。よく見ると「Fanな」と読めることを教えられてはじめて知った。
fanta

・・・。

追記
ちなみに歴代ファンタの写真をずらっと見てみると、2002年ごろからファンタは突然「ファンな」になったみたいです。こちら
・・なにがあったんだ。(追記おわり)

+

ファンな、じゃないけど昔々女王ファナ、というお方がいて、FANATIC[狂信的、熱狂的]の語源になったほどだったそうな。
もちろんおいしい「ファンタ」は、Fantasy(空想)、Fantastic(空想的な、実に素晴らしい)からきています。

バヴァリヤの廃王ルウドウィヒ嵌りたる湖水の緯度にちかづくわれは 葛原 妙子

・・なにか無理やりにでも短歌を引用したいと思ったが思いつかない。
というわけで、ファナじゃないけどあっち寄りの王様代表のルードヴィッヒ。
ごめんねルードヴィッヒ。そっちの白鳥は今も元気かい?

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2005年6月20日 (月)

雨師すなはち・・

不思議なニュースを読んだ。
南アフリカのある部族の女王が若くして逝去したとのこと。
世界中に王室とよばれるものはたくさんあるだろうが、この若くしてなくなった女王マコボ・モジャジは女性王朝の裔で、さらに代々、降雨をつかさどる力があると信じらた、雨の女王だったという。こちら

「伝統にのっとって、彼女は未婚だった。」とのこと。
ちなみに前女王は彼女の祖母だったらしい。
・・ということは、代々の女王は未婚のまま娘を産み、その女王位を次代に譲るということなのだろうか。う~ん。

「マコボ・モジャジは公式な学校教育を受けた史上初の雨の女王でもあった。彼女は高校を卒業している。」
「マコボ・モジャジは2003年に彼女の祖母モコペ・モジャジ5世のあとを継ぎ、軽い小雨のなかで戴冠式が行われた。」
「生前の女王は人気テレビドラマのファンで、携帯電話でおしゃべりをしながら街を歩き回っていた。」
「過去、女王は8人以上の酋長と300人以上の死刑執行人を支配したものだった。」
・・彼女の死を悼み、雨はまた降ったのだろうか。

でもなにより驚いたのが、このくだり。
「雨の女王は19世紀の英国人作家H・ライダー・ハガード卿による冒険小説「ソロモン王の洞窟」「洞窟の女王」によってアフリカの外でも知られるようになった。」
DOUKUT60
・・えええっ!?
・・ホンマかあ~~っ!?

三島由紀夫の「豊饒の海」もびっくり、二千年以上も生きつづけてきた不滅の女王アッシャと、彼女と会うためにのみ繰り返し輪廻転生を続けてきたハンサムな恋人レオはあんな冒険やこんな冒険のあと結ばれて、無事マコボ・モジャジの祖先となりましたとさめでたしめでたし、っておはなし・・じゃないよね。

ええ、わかってます。でも、子供のころ夢中になって読んだ荒唐無稽な冒険物語が、急にリアルに感じられたのは事実。(^^;)

雨師(うし)として祀り棄てなむ葬り日のすめらみことに氷雨降りたり  山中智恵子『夢之記』

・・山中智恵子には昭和天皇の逝去を悼んだ「雨師すなはち帝王にささぐる誄歌」という連作があるが・・

雨師とは、雨乞いの霊力をもつ人である。(略)しかし、雨師が霊力を失ったら殺され、霊力をもつ新しい者に王権は引き継がれるということさえあった。(春日井 建)

・・それはさておき。
今年の梅雨、あまり雨が降りません。
うら若きマコボ・モジャジ亡き今、雨師よいづこに、というところかしら。

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2005年6月17日 (金)

看板

DSCF0359

ま、うちの近所なんですけど、こゆとこにある橋をずんずんわたってたらいきなり突然こゆ看板があったりするわけです。

DSCF0360

・・「発砲注意」って書いてあるのが読めますか?
「近くに住宅学校農耕地ある危険」
・・・。

霧の中紛れゆけるに野草充つ「火薬使用通行禁止」の径 葛原 妙子

・・あんまりはっきり読めませんよね。
だったらなぜこんなとこにこんな物騒な看板、置いてあるんですかね、奥さん (「さすらい刑事旅情編」風に

DSCF0367
ちなみに、こんな場所。
ほれそこのずっと奥の、茶色い橋と白いガードレールの間ぐらいに立ってるの、看板。
こわいよ。

「ワトスン、これは経験にもとづいて確信しているのだが、ロンドンのどんなにいかがわしい薄汚れた裏町よりも、むしろ、のどかで美しい田園のほうが、はるかに恐ろしい罪悪を産み出しているのだよ」(コナン・ドイル『ぶな屋敷』より)

DSCF0362
ただ単に通りすがりのカラス。

たぶんこの「発砲」ってのは猟銃関連だと思う。
以前、荷台が血まみれになってる軽トラが堂々と道をはしってたことがありぎょっとしたもんだが、あれは事件性でもなんでもなく、単に獲物を積んでただけだった。

荷台に乗ってドナドナされてる猟犬たちはみなお行儀がよくって、見ていて実にほれぼれとする眺めだ。季語になってないかしらん。

DSCF0363

写真を撮ってふりかえると、なにげなく水車がまわってる。
永久機関の魔性の誘惑もかくやとおもえるほど。
じっとみてると、時間をわすれる。

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2005年6月16日 (木)

とげとげ

麦の刈り取りがすすんでいる。
田植えが済んで緑一色になってしまった農地のあちこちを、金色の麦畑を求めて車で走る。
DSCF0352

梅雨になり紫陽花やらなにやら、寒色系のお花が咲き始め、その色はけっして嫌いではないのだけれど、どうにもこうにもしんとした湿っぽい眺めばかりで、そんななか麦畑の実りの乾いた金色は、なにやらしんそこ、ほっとする色だとおもう。

麦のとげとげ。足をきってしまった。すこし痛かった。
DSCF0353

薔薇の季節がおわり、思いっきり刈り込んでおいたら、また咲き始めた。

謗(そし)られてをらむわたくしがぬけぬけと薔薇きりてゐる明るき速度 生方たつゑ

ご近所のひとがしているという、わたしに関するささやかなうわさを聞いた。
「プチ引越し」について。まあ、想定範囲内のこと。
薔薇の枝をざくざくと伐った。

これはスウィート・ムーン。
DSCF0354

これはブルー・ムーン。
DSCF0355

ブルー・ムーンは月夜に光る薔薇だ。

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2005年6月15日 (水)

青いサルビア

神話なんかを見ていると、たとえばペルセポネーが冥界で柘榴を食べてしまうという物語が西洋にもあるように、黄泉平坂の麓に桃の木がはえている物語が古事記にもある。柘榴にしても桃にしても、ともに豊饒をシンボルとする果物で、むかしのひとの生死観にたいする考え方がわかるような気がする。

DSCF0349
うちの庭には今、青いサルビアが咲いている。
写真ではさわやかな青色にみえるが(^^;)本当はもっと暗い、群青に近いような深い青色である。
わたしは青色が好きだが、わたしにはこの青色は気持ちを沈静化するというよりむしろ不安で落ち着かせなくさせる。
今の時期から秋の終わりごろまで、このお花がお庭のあちこちで溢れかえるように繁茂する。
怪物が棲むという、深い淵の色。地底の地獄の空の色。神の創った光ではない、亡者の掲げるあかりのいろ。
なんだかそんなまがまがしいことばかり連想させるのはなぜ。

サルヴィヤの白き花群巷より死界へ通ふ陥穽隠す 富小路禎子

この歌、「死界へ通ふ陥穽」などというきつい歌い方をしているが・・
白いサルヴィヤが隠す、と歌っておきながらむしろ花が不吉なものの存在を際立たせているのは当然だろう。
富小路さん。白いサルヴィヤってのもなかなかですけど、青いサルビアだってなかなかすごいもん隠していそうなんですよ、なんてつぶやきながら、
ああ、どんなに苦手な花だって、 刈り取ること、できんのだよな。
このまんま、秋のおわりごろまで元気よく咲き続けるのに耐え続けていかねばならないんだよな。
・・わたしが陥穽、つうか、落とし穴にはまってしまいそーだよ。
・・なんてね。

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2005年6月14日 (火)

あたたかな本

子供の学校の学園祭の手伝いに街にでかけた帰り、もう店をしめようかという風情の古い商店街はどこまでも暗く、その一角、これまたさびれた感じの古本屋さんの店先のあかりだけがあかるくて、ふらふらと入ってしまう。

いい年齢のシロウト(笑)の主婦が燈点し頃、ひとりで古本屋さんの本棚の前でたたずんでいるなんて、どうみても落ち着かない雰囲気だろうなあ、と思いながら、目は書棚を走っている。高野公彦編の「現代の短歌」、「佐藤佐太郎歌集」(どちらも文庫版)があったので買う。
今日のお客はわたしでおしまいだろうかと思いながら清算する。
・・古本屋さんのおやじさんの頭上を煌々とてらすあかりのあたたかさ。
買ってあげられる本があってよかった。
本を持ってまた暗い商店街に戻った。

「現代の短歌」とあるが、佐々木信綱からはじまっているところあたり、なかなかである。
・・古い時代の短歌の、簡素なたたずまい。どうしてだろう。古臭いはずの歌を読み続けているうちに、尖ってささくれていた気持ちが泣きたくなるほどすうっと鎮められていく。
触れれば血が出るような、というような言い方は褒め言葉として使われるものだろうが、あまり鋭すぎる作品に触れるのは、今のわたしには少しつらい。
・・そういえば、手に触れたときあたたかな感覚を本に感じたのはひさしぶりのこと。
前のひとも大切にあつかいながら読んだものらしく、手にとってひらくときの感じが新刊特有のすがすがしい鋭さがないかわりに、ものやわらかく、やさしくあたたかいのがうれしい。
手近なところに置いて、家事の間に開いては拾い読みをしているものだから、しょっちゅうどこかに行ってしまい、そのたびにあちこち探さなくてはならなくなるのだが。
この本、時代くだって、辰己泰子がトリ。ゆっくり読みすすめていこうと思っている。

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2005年6月 9日 (木)

無題

昼すぎから頭が痛くなり始め、すこし眠ったりもしたが治らず。夕食時たまらなくなり、食事もとらないで横になっていたら夫が肌かけをかけてくれて、ついでにとんとん、と手で肩のあたりをたたいてくれたりした。手のひらってあったかいんだなあ、と思ったら気持ちよくなって、そのままふたたび眠ってしまった。

サッカーの対北朝鮮戦でのゴールの大騒ぎで目をさます。ぼー、っとした目でテレビをみていたらまた一点。夢じゃないかしら。

「短歌人」でブックレビューを書かせていただいているがこれも今度の4回目でおしまい。
この四ヶ月、さらに先立つ数ヶ月はわたしの人生においてもっともタイヘンな時期のひとつだった。
お部屋さがし、決定、契約。ごたごた、計画の挫折、ミニ引越し、ごたごたごた・・
もちろんサイアク、とはいわないが自分でも自分の人生と思えないほど、かなりきついところもあった。
正直、短歌からものすごく遠くはなれたところにいて、
ブックレビューで取り上げた本だけがわたしと短歌をつなぐ唯一の絆であったりした。
それは自分でもよくわかっていて、だから心をこめて文を書こうとしたが・・
この時期、本を読むための素直な目や心を失ってしまっていたように思えてならない。
心を鎧する日々だったからとはいいたくないが、文は態をあらわすというものか。変な力が入っていて、それでいて空虚で空回りしているようで(シャレではないが)ほんに本に申し訳なく、つくづく読み返すのがつらい。
どんなにタイヘンな時期でもそれを感じさせない仕事をするひとはたくさんいるだろうし、むしろそういうときにこそ才能を発揮するチャンスとばかり充実した実績をのこすひともいる。それこそ本物だということになるのだろうが・・

もうすぐしめきり。
さいごぐらい自由に、しなやかに、本に添いつつ心を解き放った文が書きたいものだが・・

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2005年6月 6日 (月)

廃品回収/ポプリポット

小学校にとって年二回の再生資源回収は、行政から補助金をいただくための重大な行事。
学校給食も学童保育もない地域ってのは、保護者の負担だけはタイヘンですこと。
おほほほほ。
・・なーんて みんなでぶーたれながら 笑顔(^^;)でご奉仕身体でご奉仕、もとい力仕事にはげむ。
青空の下、ダンボールの山によじのぼってぼんぼん、力まかせの放り投げ作業ってのをする。

午後から楽しみにしていた歌会が神戸であったが、家族の予定がかさなり参加できなかった。
若い頃は身体も心も無理がきいたものだが。
・・時計をうらめしく見上げてはため息をつく。

DSCF0317

うちの薔薇の季節はそろそろおわりになる。
咲いた薔薇は乾燥させてポプリにしている。
李朝の椅子、というふれこみの椅子の座面は今、ポプリつくりの作業場と化している。
写真のガラスのうつわは通いのアンティークショップで買ったもの。
もとは何のためにつかうのか知らないが、かたちの面白さに買ってしまった。
ポプリポットとしてはこの春二代目のこのうつわも、これではあっという間にいっぱいになってしまうだろう。

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2005年6月 3日 (金)

柘榴

(再編集しまくってます^^;)
蹲(つくばい)の水面の水紋をみると雨がふっているかどうか、ほんのかすかな雨でもよくわかるってもんだけれど、
今の時期、カエルがゲコゲコ騒ぎ出したら雨だな、ってわかってしまうのがおかしい。

川の水量があがりはじめたなと思っていたら、うちの田んぼに水がはいりはじめた。
みるみるうちに地表はつめたい水で閉ざされ、
・・ノアの箱舟がさまよっているような、茫々たるながめになっていった。

・・ながい季節がはじまる。

見渡す限り村中水だらけになってしまった田植え期、近所の空き地には土がありそこに柘榴が生えていて、花が咲いている。

DSCF0316

暴君ネロ柘榴を食ひて死にたりと異説のあらば美しきかな 葛原 妙子『朱霊』

どう解釈すれば、とゆーよりどーつっこめばおよろしいんでしょーかとゆーよーな歌にもみえるが(^^;遠巻き)
・・実だけじゃなくって、柘榴は花も赤く美しい。
もちろん少々食べたからって死ぬものでもないと思うし。
ま、「美しきかな」であればすべてよし、と (をぃ

もともと柘榴には冥府の王に魅入られた少女にまつわる神話がある。
冥府のものを食べていなければ地上に返してもらえるはずだった少女は、ふと手渡された柘榴を食べてしまうというのだ。
少女はそれで地下の王、死の王ハデスの妻とならなければならなくなるのだが・・

皇帝ネロには女装の悪癖があったという。
元来哲学者セネカを師匠とあおぐ聡明な美少年で、皇帝になった当初善政をしき将来を嘱望されていたというのに、
いつしか地上における悪逆な死の王さながらになってしまっていたネロ。
だが案外、彼の望みはハデスになることではなく、彼に愛された永遠の少女・ペルセポネになることだったかもなんて、思ってみたり。
違うか。ちがうよなw

こんなときなのに体調をくずし、昼間から眠ってばかりいる。
寝ては覚め、また眠り、夢ばかり見た。
・・夢を見る間に、こんな文を書いてしまっていた。
写真をアップしたついでに読み返し、ぎょっとしたw

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2005年6月 2日 (木)

金魚の墓

次男が飼ってた金魚がまた死んでしまった。
次男、ひとりでお葬式したらしい。
わたしの、おわりかけの薔薇を摘んでそなえたという。
薔薇の花びらは大きく、ちいさい金魚などたったひとひらで覆い隠してしまう。
お墓のうえに撒いたら、たくさんの赤い金魚が群れをなして泳いでるようにみえる。
ありがとう、金魚。だいすきだったよ。

金魚死にたうたうたらりたうたらり夕焼け空にのびてゆく塔 美頬

お部屋の窓の下にいた薔薇。名まえはたぶんピエール・ロンサール。
この薔薇ももう散ってしまったことだろう。
季節がかわってしまうまえに、もういちど会いたかったよ。
DSCF0312

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2005年5月31日 (火)

子供のころに観た映画

小学校の講堂に集められてみる映画というと、たいがい子供心に「つまらん」と思うようなのが多かったと思うが、最近しきりに思い出す映画がある。
まだいたいけな日本人の子供がソ連にいるという両親あいたさに、舞鶴だと思うがお船にのってかの国にいき、シベリア鉄道をのりついだりしながらモスクワにたどり着く、というおはなしだ。
もちろん不法入国というか密航そのものだし、シベリア鉄道だってちゃんと汽車賃はらって乗ってるはずがない。親に会う手がかりは地図ならぬお絵描きノートにクレヨンかなにかでむかし描いた稚拙な港の絵だったり駅の絵だったり、願い事をすればなんでもかなうとかいう謎の人形マトリューシカだったりという設定で、いくら世間をしらない小学校低学年のわたしだって
「無茶すぎる」
と思うような内容だったが、「母を訪ねて三千里」そこのけのひどい旅でありながら、きびしくもうつくしい自然描写、貧しくっても心がきれいで親切なソ連の人々とのふれあいのさまはすばらしいものだった。
さいご、モスクワの街角で途方に暮れていた主人公の耳に「荒城の月」の合唱のメロディーがきこえ、それを追って重厚な石造りの美しい街を駆けていく場面など、泣かせどころだな、とおもいながら、泣きそうになりながら見入ってしまったものだが。
観たのはそれっきりだし、それ以外の記憶などないってもんだが、WEBで調べてみて驚いた。
題名は『小さな逃亡者』。大映。監督は衣笠貞之助・・
1967年 モスクワ映画祭児童映画部門金賞・・

・・名作だったんか?(笑

あらすじ戻って。
主人公の両親はすでに亡く、子供はそのまま迷い込んだ音楽学校(たぶん超一流どころ)にとどまり音楽を学ぶ。やがてバイオリンの名手になり日本に凱旋しNHKの番組でもとりあげられる、というようなおはなしだった。
つまり送還されることなくあちらに残ってしまったんだなあ(ありえんし)、ということで。
まあ「大映」ならぬ「80年代大映ドラマ」だったらこれくらい無茶なおはなし、平気かもしれないが・・(苦笑

圧倒的なまでにすばらしい大自然の景色のなかで主人公が至福の表情をしてこけももをほおばるシーンがあった気がするが、その記憶は本当なのか。今におもえば、「こけもも」という植物のなまえはこの映画で知った気がするのだが、今はもうわからない。
今は観られることもない映画のようだが・・
なぜこんな映画をとることが出来たのか、政治的なことをふくめわたしはなにも知らない。
・・だが心に残るといえば心に残る、観たいといえば死ぬ前にもう一度くらい観てみたいと思う映画なのだ。

+追加+
暗渠の渦に花揉まれおり識らざればつねに冷えびえと鮮しモスクワ  塚本邦雄

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2005年5月29日 (日)

昨夜、祭りで

小学生の三男が「塾で友達になった子の家に泊まりたい」
なんていうもんだから、ダメ・ダメといってたものの、あちらからご丁寧なお誘いのお電話をいただいてしまったので、承諾してしまう。
海に近い町で、花火大会があってバーベキューをよばれて、と、子供たちはもう大喜び。
ポイ、とあずけてそのままというのもなにだから、とわたしも駅までいって御挨拶することにする。

ところがもう、あたりは祭り一色で。

軽トラの荷台に子供は乗ってるは、
若い男の子がいきなり学生服脱ぎ出してうえからしたまでなま着替えはじめるは。
しかも下着まで見せるなこらっ!
駅前でっせ。いくら警察は駅の反対側に集中してるからって、いくらなんでもあんまりな無法地帯化状態w
ところで駅にはたくさんの機動隊が出てた。
「兵警機」
という文字が盾の裏側に書いてて・・
・・兵○県の警察の機動隊、っていみだったんでしょーが。
左からではなく、むかし風に右側から読んでしまい・・
「機警兵って、なに? こわすぎ~~!!」
真剣ガクブルになりますた(謎

(追加)その機警兵の方々(違)の紺色の服のならびは、なるほど青い海の波みたいなもので。

眼下はるか紺青のうみ騒げるはわが胸ならむ 靴紐結ぶ   福島泰樹
『バリケード・1966年2月』(追加おわり)

・・その青い波の盾の列のはずれを開けてもらい(バリケード突破/笑)、子供たちをつれてあちらのおかあさまの待つところに御挨拶に行ったところ。
赤いベンツでさっそーとお出迎え。
はい。それはそれは、とてもお美しい方で・・
・・或意味、その夜いちばんのガクブルだったかも(笑

息子、さっき帰ってきたんですが・・たのしかったらしいです!
友人宅から日曜の塾の授業に行き、また友人宅に戻って遊ばせてもらい・・
塾になにをしにいってるんだ!
なんていいたくもなったけど。
ま、いいか。とゆーことで。

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2005年5月28日 (土)

あぜ道

・・海軍記念日(5月27日)あたりにフィリピンはミンダナオ島発旧日本兵の消息のニュースが舞い込んだというのも不思議なおはなしで。
というか、首相の靖国参拝問題が話題にならない日はない昨今、この絶妙なタイミングってなんだろうと思ってみたりもするのだが。

・・むかしの切手・消印が好きな夫のつきあいで戦時中の兵隊さんの手紙を何十通も読んだことがあるけど・・
遠い異国の戦場から、季節の行事、とくに田植えのことを家族に指示したり案じたりする手紙をよく見たものだった。
・・ジャングルのひとたちに、日本の四季をみせてあげたいなあ。
こんな眺め、どれほど見たかっただろう、なんて、思った。

ということで、田植えの前のうちの田んぼと、あぜ道。
このまま歩いていて、どこかにいけるだろうか。

DSCF0314

あかあかと一本の道とほりたりたまきはる我が命なりけり 斉藤茂吉

・・って引用、ちょっと変すぎ。
緑色だってばw

というわけで、まだコンタクトがとれてない兵隊さんたちがいっしょにいると伝えられたりもした、モロ族の写真 ここ

つうか、モロの君のお写真w ここ 

・・かんがえてみりゃあ、宮崎駿のアニメ『もののけ姫』の「モロの君」ってのも、山岳ゲリラだといえればいえるわけで(しかもかなり兇悪/凶暴w)

・・1900年代にアメリカはフィリピンに出兵。そこでモロ族と戦闘するも、38口径の拳銃が用を成さなかったとか。
(モロ族戦士は射撃されても死ぬどころか十分に戦えたそうな)
この為コルトSAA(45コルト)が採用されたとか。ここ

・・モロの君たちと暮らしていたもののけ姫は、また山に戻ってしまいましたとさ、ってことになったりもしたけど。

このたびのニュース、うまくおさまることを祈らずにおれない。

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2005年5月26日 (木)

麦畑

麦の秋風、という言葉があるらしい。
麦のみのりの頃に吹く風のことをいうんだそうな。

DSCF0311


近所の麦畑。
さわ・さわ・さわ・・
風が心地よかった。

空があかるくって青くって。
写真を撮るためしゃがんでると、かくれんぼしているような気持ちになった。

ひとの一生かくれんぼ
あたしはいつも鬼ばかり 
ここ

かくれんぼの鬼とかれざるまま老いて誰をさがしにくる村祭り  寺山修司

麦の秋風の時期だから・・
秋風だったら秋祭り、って路線もありかなあ、ってw(無理

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2005年5月24日 (火)

テイカカズラ

このごろは月が満月で、ぼんやり空なんぞながめていた昨夜、今年はじめてのホトトギスの声をきいた。

月があかるい夜は鳥がさわぐものだが、とりわけてホトトギスの声は夜の深さをきわだたせるようで、聞いていると不思議な気持ちになる。

ほととぎすそのかみ山の旅枕ほのかたらひし空ぞわすれぬ 式子内親王

式子、といっても、これではない〈笑
くわしくはこちらなど、どぞ。→「プリンセス式子

その式子に若い頃からつかえ、長年心ひそかに愛していたと伝えられるのが、かの歌人・藤原定家。

たとえばこの本あたりから不釣合いとバカにされよーがありえねーよとののしられよーが、嘘でもなんでもやっぱりそうゆー設定ってさ、さーやさまと某クロちゃんじゃないけどみんな大好きなのね、きっと〈笑
たとえば謡曲「定家」にはこのはかなくもはげしい、身分違いの恋が語られている。
定家はその死後、葛となって内親王の墓に絡みつき、がんじがらめのようにしてしまったというのだからすさまじい。

DSCF0303
というわけでこの定家葛こと「テイカカズラ」。 説明はこちら

・・駅に急ぐ道を歩いていて、近所の高校の生垣あたりでものすごい花のにおいに驚いて、なんだろうと思ってさがしてみたところ、むらがって咲いてた。
もちろんやんごとなき姫君が眠る墓がそこらにあるわけではない。
同じように花にからまれていても、いばら姫、といったメルヘン性はなく、ひたすらおどろで暑苦しく、カンベンしてよ、といいたくなるような愛の妄執を描いた物語「定家」だが。
・・フィクションだとわかっててもなにやらゆかしく、花の群れて咲いてるあたりをさぐってみたくなったのも、事実。
まあ、高校の生垣を覗いてたりしてたら、このご時世、あやしまれるのは必定だけどね。

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2005年5月20日 (金)

草の実

うちの子たちも祭りで踊った神社の境内も新緑で染まっている。
蛇イチゴかな。発見。花は黄色い。
DSCF0292

そこらへんに多く咲いてるケシ。ナガミヒナゲシって名まえなのかしら。よくわからない。
DSCF0301

・・こくりこ、という花があった。 
ああ皐月〈さつき〉 仏蘭西〈フランス〉の野は火の色す 君も雛罌粟〈コクリコ〉 われも雛罌粟〈コクリコ〉 
与謝野晶子
 『歌集・夏より秋へ』より
1912年、明治四十五(大正元)年五月五日。晶子は夫鉄幹を追ってパリへ向けて出発した。ここ
 
シベリア鉄道経由で晶子がパリに着いたのは、五月十九日。
って、きのうじゃんか。ほー。
写真をさがしてみた。
もしかしたらこんな眺めだったんだろうか。ここ

DSCF0300

写真をとってたらパチパチと音がする。
カラスノエンドウかカタバミの実がはぜてるのだ。
パチパチパチ・・
光は降り、しずかに草の実がはぜてるひるさがり。

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2005年5月17日 (火)

夏つばめ

ガレージにつばめがやってきて夜をすごすものだから、巣を作るのかと思って楽しみにしていたのだが・・

ここ数日、どこへいったのか、戻ってこない。
ひそかに、
「ひよこ」
という名まえをつけていたのに・・

もちろん朝のフンの始末はたいへんだった。
車の天井やガラスについたのを掃除するのは手間はかかるし、
出て行けなくなるとかわいそうだからシャッターをおろさずにいて、
無用心かなというところもあったから。
夜、ガレージに車をいれて、
ひよこ、どこかな?と、子供たちとさがす。
眼を凝らして、暗い天井に近い梁のようなところで、白い腹やら赤い喉をみせて、ちょん、ととまっているのを子供たちと見るのはたのしかった。
いちにちお空をとびまわって、
たくさんあるおうちのなかからここに戻ってくる。
ガレージのなかは暗いけれど、
つばめはそのちいさなまるく黒い頭〈おつむ〉のなかで、緑の草原や青い水辺、明るい南の国や旅の途中の海原なんかの夢をみていたんだろうと思うのはたのしかった。

戻ってこない、「ひよこ」。
どこかもっと居心地のいいおうちで、
すてきなツバメといっしょになって、巣を作ってるのだろう。
そうにきまってる、と子供も言う。
車はもう汚れなくなってきれいなままだからうれしいんだけど、
なんだかとてもさびしい気がする。

水甕の空ひびきあふ夏つばめものにつかざるこゑごゑやさし 山中 智恵子

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2005年5月16日 (月)

こんな日も

日付はかわってしまったが。
昨日は朝から夫に拉致されるように連れていかれて、赤穂の骨董市へ。
ひとりぶらぶら歩いていて、トールペイントのサイドテーブルを発見。
なんだかガラクタばかりのところにあったんだけど、気になって。
するとお店の人が「よく見たら」といいながら上にごてごて載せてた小物をおろそうとしてくれて・・
「いいです~〈困」
と断ろうとした矢先、
がっちゃ~ん
うえにのせてあった木彫りのアイヌの人形が突然落ちて、かけてしまった。
・・どうぢようどうぢよう。
わたしの責任じゃ、ないよね。
・・でも。
なんだか悪いなあ、と思い、気の毒でかわいそうだから買ってしまった・・テーブル3000円〈涙

夕方。
三男を連れてドライブしてて。
菜の花のきれいなところに車をとめて眺めていたら。
・・すたすたすた。
知らない人が突然あらわれ・・
そのままわたしたちの車にまっすぐ、近寄ろうとしたもんだから。
え? やべー。
あわててふたりして、でも刺激したらいけないとおもい、なにげなく車にもどり、ロック!
その瞬間。
がちゃがちゃがちゃ。
ドアーに手をかけてあけようとするだなんて、おぢさん、なにかんがえてんの~〈涙
・・これまたなにげなく発車。

ごわかったよー〈涙

そのあと。
気分治しにホームセンターで薔薇の餌〈肥料〉をみていたところ。
どおおおおおぉぉぉ~
ものすごい強風一過。
目の前にあった薔薇の鉢がばったーん、とばかり倒れる。
・・わたしぢゃないわたしぢゃない。
わたしのせゐぢゃ、ないっす~ぅぅぅっ!〈涙
「なんだったんでしょう」とお店の人たちと言い合う。

帰宅してへとへと。
このブログを書いてて思い出した。
目の前で倒れた薔薇の鉢だが、品種名は「天津乙女」だった。

天津風 雲の通ひ道 吹き閉ぢよ
乙女の姿 今しとどめむ

その歌にちなんだ名前なのね、「天津乙女」。
ええ、たしかに風はものすごう、ございましたよ・・って。

トンデモないちにちだったよぉ~〈涙
((((*ToT*)†~~~悪霊退散!・・

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2005年5月14日 (土)

アヤメ香水

日付かわって昨日5月13日はメイストームデー(5月の嵐の日)
「バレンタインデー」から88日目、「八十八夜の別れ霜」ということで、別れ話を切り出すのに最適とされる日だったそうな。ここ

それでもって「竹酔日」ともいうらしい。
竹を移植するのは旧暦5月13日に行うと良いと言われている。これは、この日は竹が酔っていて、移植されてもわからないからだとか。

別れ話と酔っ払った竹。
なんだか関係ありそでなさそで。

「四月はもっとも残酷な月だ〈エリオット『荒地』〉」
と聞いたこともあったけれど、五月だって結構タイヘンで。
というわけで5月の恋の歌といえば、これ。
 郭公(ほととぎす)なくや五月(さつき)のあやめ草
          あやめもしらぬ恋もするかな  よみ人しらず

郭公が鳴いて。あやめが咲いてて。
それ以上なんだか事情はよくわからないんだけど、どちらさまもご愁傷な、というか、お気の毒なほど苦しい恋をしてるんだろーなー、って歌で。

あやめ草、あやめもしらぬといえば、
--「アヤメ香水」と云う香水の匂(におい)
という記述が芥川龍之介の「点鬼簿」にのっている。ここ

少年時代、実母の危篤の報に人力車で急いだ夜、襟巻きとして薄い絹の手巾(ハンケチ)を巻いていた、そのハンカチに染ました匂い。
大昔の小説のなかでのみ語られている香水。

現代ではIPSAやらエルメスの「イリス」などが、アヤメをベースとしている香水として知られているようですが・・
ちなみにアヤメの香りは「心のバランスを整える」といわれているとか。ほー。

五月は格別心が乱れやすいということか。
まあ、そんなこと特に関係ないと思うけれど。

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2005年5月12日 (木)

昨日、図書室で

末端同人ながら短歌の結社なんかにはいっていると締め切りというものがあり、それでわたしも一人前に引きこもってなにやえらごそごそ、用意しなければならないこともあるってもので。
予定外もありいの、な連日のPTAの会合攻撃にへとへとになりながら、
「お仕事をもちながらきちんと原稿を用意しておられるかたがたは、いったいどうやって時間とか体力とかを都合しておられるんだろう」
と感心するばかりの無能な専業主婦 なわけで・・

昨日は次男の学校の保護者会。
・・というわけで途中抜け出して図書室に行き、だれもいなかったのを幸いとして忍び込み、そこでごそごそ、内職をする。
囲いのある机はあるし、辞書はそろっているし、充実このうえない、といいたいところだが、
短歌や俳句の資料があるわけではない。
用事がすんだら速攻で帰るつもりだったが、つい居心地がよくって
コガネムシ、って虚子は「金亀子」って書いてるけど、普通の辞書とかにはのってるのかな、
なんて気になったので棚の辞書を端からはしまで、片っ端からしらべてみたりした。
結果は、のってなかった・・〈^^;〉なぜ?

わたしは学生時代、学校図書館では漫画ばかり読んでいた。
セブンティーンとか置いているひらけた学校で、
連載漫画とか、楽しみで読んでいたりした。
そのあとカードに名前を書いて本を借りた。
同じ本を読んだひとというのは、あったことがなくても、なんとなく親しみをもつものだが、
「前のひとが借りてから、この本は誰にも読まれず何年もたってるんだ・・」
その間の図書館の朝や夜、じっと本棚で読んでくれる人を待つ本の気持ち。
そんなことを思いながら名前を書いたりした。
購入されてから何年もたつのに、一度も貸し出しされてない本もあり、
そんな本の貸し出しカードに名まえを書くときはいっそう、しん、とさびしいものが心にきたものだった。

うちの村の図書室もだけど、学校の図書室って、まだ貸し出しカードってのかな、そんなのを使ってるのね。
名前を書いてカウンターの箱にいれて・・
鉛筆で書きなぐってあるようなカードとか、たくさんあって。
五月の学校図書室。窓に新緑が映って・・
・・なんだかなつかしかった。

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2005年5月11日 (水)

PTA

長男の学校の保護者会。
旧年度のお役としてささやかなお世話をさせていただいていたが、こういうことは心底向いてないので苦痛なだけの一年だった。でもようやく今日をもってお役ごめんとなる。
昨年、じゃんけんをしては負け、阿弥陀くじをひいては負けてこの役につくことになり、わたしにはできない、と涙ぐんでしまったほどのトフォフォさん。
でもどうにもならず、帰りの電車はショックで乗り間違え、知らない駅で降りて「ここはどこ」状態になってしまったほどだった。
ながく家庭にいて、でもPTAの役についたとたん生まれ変わったように活躍をはじめる人も多いだろうに、わたしはいつまでたっても前向きになんか考えられず、愚図で要領が悪いままだった。扱いかね、周囲のかたがたも正直困ったもんだと戸惑われたと思う。
とはいえ支えてもらいながら月日はすぎさり、無事引き継ぎ終了。
うれしくてたまらない。ワインでもあけて祝いたいところだが、そうはいかない夜なべ仕事がひとつ、待っている。

PTAの句なんぞないだろうと思って検索してみたら、あった。ここ

初午やPTAの襷掛け 田中啓介
鷭の江をわたりPTAへ行く 木村蕪城

鷭〈ばん〉ってなんだろう、と思ってしらべてみる。鳥だったのでおどろく。 ここ
鷭は肉が美味な猟鳥だそうで、利根川あたりにたくさんいたようである、とのこと。ふーん。ここ
それにしても鷭の江をわたりPTAへ行く、ってどういう意味があるんだろう。
めだかの学校ならぬ鷭のPTAという意味か。たぶん違うと思う。

この下郎、お黙りゃ、などと叫びたいがPTAは歌会よりこはくて--  拙歌

これは過去、いろんなPTAの集まりにいったことがあるが、
わたししぬかとおもたあるね
な雰囲気になったある会合でのこと。
さすがにあんな体験はその年度のみだったが・・
これが保護者としてはじめてのPTA体験だったようなもので、
やべー。こわすぎ。
以降しっかりトラウマ?となってしまったというわけ。
不思議だが、学校により、また学年により、さまざまな雰囲気になるのがPTAというものだろうが。
終わりよければすべてよし、なもんである。

帰りが遅くなったが、三男の塾の世話は長男がしてくれていたらしい。駅まで自転車の後ろにのせて漕いでつれてってくれたという。
昨日もPTAがらみの会があり、今日も明日もPTAがある。こんどは次男。連日の外出はさすがに疲れる。
というわけで今日はカレーを用意してでかけたが、あしたの晩御飯はおでんの予定。
はやく落ち着きたい。

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2005年5月 9日 (月)

参列

カトリックのお葬式に参列したのははじめてのことだった。
わからないながら賛美歌をうたい、頭を垂れて故人をしのんだ。
故人は僧籍にあったかた。
緑陰を踏みつつ、しみじみとした思いとともに帰宅。

鳥雲に神父の国はいづくかも 白朝

手元にあった歳時記から。お葬式の句ではないと思うが、よくわからない。

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2005年5月 8日 (日)

母の日

母の日でした。いつもとかわらない日常ではありますが、どこか晴れがましい、うきうきしたものを感じます・・って自意識過剰?w
ということでここから「母の日」にまつわる俳句など・・

母の日を子にかかはりて暮れにけり 大嶋洋子
母の日のおかあさんてばおかあさん 随笑 四月-六月

母の日なんぞなんぼのもん、って感じでしょうが、でもやっぱりうれしい母の日。母になってことさら思う。

祝はるるのみの母の日とは佗し 本多芙蓉
この母にはまだ母がいて、ありがたし。おかあさん、いつまでも元気でね、って。

母の日や鏡のぞけば母の顔 瀬川秋子
どういう意味かな。母親らしい顔つきになってきた、ということかしら、それとも自分の母に似てきだしたということかしら。
どっちにしても、鏡というのは女にものを思わせるものだなあ、ということで。

母の日や単身赴任の父帰る 花房五城
ひさしぶりの家族再会。母の日の最大の贈り物、ということでしょうか。

母の日や母の知らざる世を生きて 金子邦子
母の日や何もせずとも母とゐて 大橋敦子
むかし父の日は無く母の日無く誕生日の食卓は親子丼 齊藤史 風翩翻

母の日の常のままなる夕餉かな 小沢昭一
齊藤史は親子丼なんぞ詠んでますが。
うちは長男がスパゲティーを茹でてくれました。
外食してもよかったんですが、やっぱり子供の手作りにまさるご馳走はないなあ、と思った母の日の夕。

あ・・プレゼントですが。
欲しいものしかいらないので、毎年三人の子供にはお小遣いをだしあって薔薇の苗を買ってもらってます。
ことしは黄色の花の咲く苗を買ってもらいました。
950円也。うれしいです。

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いちめんのなのはな

五月闇の雨のあと、あかるい朝がきました。
朝の薔薇たち。

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いちめんのなのはな。〈詩はこちら
菜の花畑は家から車で5分ほどのところにある。

菜の花の暗さあかるさ振り返り追憶の中に常見失ふ道  河野 裕子

しんきらりと鬼は見たりし菜の花の間〈あはひ〉に蒼きにんげんの耳  河野 裕子

夕闇はげんげ畑より拡がりて鬼ゐる菜畑なかなか昏れぬ  河野 裕子

鬼なることのひとり鬼待つことのひとりしんしんと菜の花畑なのはなのはな  河野 裕子

歌集『ひるがほ』はこれらの歌群により、わたしにはどうしても「菜の花」のイメージがつよい。

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菜の花畑にはひとをくらくらさせる匂いがある。
鬼ごっこなんかしてると、なんというか、においといっしょにそのまま異界に迷い込んでしまいそうになるというか・・
たとえばあの世・・冥界のことを「黄泉」というが
その黄色って、菜の花の黄色だったんじゃないかなあ。
というようなたぐいの種類の、きけんな匂い。

匂いがあるぶん、桜なんかよりもずっと罪業が深い気がする、春の黄色。

PS:
「菜の花の香りには2-フェニルエタノールやフェニルアセトニトリルなど5種類の
モンシロチョウが好む匂いの含まれている」 ここ
・・とか。
「♪ちょうちょ~」の歌の蝶は、モンシロチョウだったのかなあ。

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2005年5月 4日 (水)

花占いのようなもの

藤を見に出かけた。
兵庫県の山崎というところにある「千年藤」。
これは去年も出かけて見に行った。
わたしは藤が大好きなのだ。

DSCF0266

学生時代、習っていた筝曲の発表会の出番待ちのわずかな時間。
グループの中の唯一の男の子でリーダーだった友人が、なんのついでか知らないが、その場にいあわせた女の子たちを片っ端から花にたとえていったことがあった。
あんたはしっかりして凛としたかんじだから、梅。
あんたは明るくって前向きだから、ひまわり。
まるで大昔の吉屋信子描く少女小説みたようなはなしだが。
・・出番待ちの緊張をほぐすには格好の、そんな他愛ないひととき。
ねえねえ、わたしは?
みんなできゃあきゃあその子を囲み、占いの結果でも聞くように聞き入ったりしたものだった。

そこでわたしがいわれたのが、なぜか「藤」、だった。

DSCF0268

でも当時のわたしはなにしろ生意気ざかりで。
ありがと。うれしい、なんていうものかは。
ふ~ん。
藤ってなんだか自分ひとりで生えてなくって、ほかの木に巻きついたりからまったりしてて、つまり自立ってもんができなくってそれで花もぶら~ん、って垂れてるし。
害虫ってもんがあるけれど、木にまきついたら木が枯れるし山も荒れるし、そういう意味で困った植物だし。
わたしってそんな女なんだ。
・・なんて言い返してしまった。

返らぬ少女の日に ゆめに咲きし花の かずかずを いとしき君達へ おくる
(吉屋信子「花物語」第1巻のはじめより)

ああ、なんて嫌な女。
今のわたしなら、たとえブタクサにたとえられても花は花、って感激してしまうだろうに・・
少女ってもんは、本当に傲慢でどうしようもなく罰当たりな存在なもんである。

自立してなくても、ぶらぶらたよりない花しか咲かせられなくっても。
山のなかなどでは、見つけられたらかたっぱしから鉈で伐られる困った植物でしかなくっても。
・・本当はそれ以来、藤が好きになってしまっているわたし@夢みる永遠の少女 (ホラー である。

蜂などのゐる寂(しづ)けさやまのあたり藤は垂直に光を吊す ☆上田三四二
ちる花は數かぎりなしことごとく光をひきて谷にゆくかも☆上田三四二

後者の歌は桜を歌ったものだが・・
今の季節の花というのはまったく、どんな花でも光の化身のようなものだ。

sakura

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2005年4月30日 (土)

4/29・30

4月29日、ひさしぶりに電車に乗って神戸へ。「短歌人」の山科真白さんの、兵庫県歌人クラブ新人賞の授賞式。
出かけしなにごたごたして半時間に一本の電車に乗り遅れ、遅刻。兵庫県民会館に到着したときには授賞式は終わってしまっており、天を仰ぐ。
東京から編集委員の橘さんがいらしており、荒木さんや山科さんともひさしぶりでお会いする。つつじのきれいな相楽園のお庭を「短歌人」のかたがたとあるく。
講演は「熊楠の森から」という題で「玲瓏」の小黒世茂さん。第一歌集『隠国』の歌を中心として、民俗学者・南方熊楠が活躍した地域の土地や風俗・人々の暮らしぶりのおはなしを聞く。

川霧は母のごとくに目にみえる子も見えぬ子もふところに抱く 小黒世茂
うねりだす樹木の鼓動 地衣類が光はじめて見たるおののき 小黒世茂

熊野はむかし照葉樹林の森が鬱蒼とひろがる、神秘の森だったという。
照葉樹林だったら月夜は照り映え、さぞあかるかったろう、などと思う。
カエルの皮で鹿笛をつくり、それをつかって風を読み、地形を読みつつ、知力をつくしたたかった狼と猟師の物語。
光の神と闇の神、木霊と狼と巨大なイノシシと、それらを追う猟師が跳梁跋扈する、太古そのままに息づく深い森を擁するふしぎの国。
小黒さんとは何度かお会いしたことがあるが、楚々とした印象の小黒さんのイメージにあわないような?、猟師さんらとのやりとりなど、とっておきのお話・裏話もあり、あらためて飾らない小黒さんの語り口と探究心に魅せられた。

小黒世茂の熊野よもやま話 ここ

わたしが兵庫県歌人クラブにはいったときは若い人もすくなく「短歌人」のメンバーもなかなかいなくてさびしいものだったが、このたび吉岡生夫さんがクラブ副代表になられたとのよし、心強いことこの上ない。


+

帰り、福知山線の事故の影響か、ダイヤが遅れがちになっているようだった。
だが、たかだか3分かそこらの遅れだ・・安全第一とおもえばなんと言うこともない。
喪に服しているような殊勝な気持ちで、JRの職員の方々も大変だろうと思う。

+

今日は昼からあたらしいお部屋のお掃除に行く。
ペットボトルに水をいれ、古布をいっぱい用意してお掃除に行く。
お引越しがいつなのかもまだ決まってないし、まだ電気も水道も通ってもいないけど、窓はあかるいし、畳の部屋をわたる風は涼しいし、気持ちよく働く。

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2005年4月28日 (木)

メールを読む女

未曾有の、とされるこのたびの電車事故。
携帯に何度も電話したのに連絡がない。という、憔悴しきった被害者のご家族の方の証言もあれば、
事故現場にはいってみたところ、何人分もの携帯の呼び出し音が鳴り響いていて・・という救急隊員の証言もあり。

「これがあの子が生前のこした最後のメールになってしまった」
そんな言葉とともに画面にうつされた文字列を覗き込んでいる自分がいる。

一瞬のうちに断ち切られるいのちだったとは知らず、どれもさりげない、けれど生き生きとしたひととなりをあらわす文ばかり。
文字ばかりじゃない。
おはよう。ごちそうさま。ありがとう。いってきます。
そんな言葉をのこして逝ってしまったひとたち。
風に輝く若葉の頃の、朝の別れ。
いたましくて仕方がない。

+

「窓辺で手紙を読む若い女」にあなたからの手紙をメールで募集します。
という企画を新聞で見た。

Vermeer

◆賞  品  応募いただいた作品の中から、神戸新聞社で選考の上、優秀作1編に賞金5万円、佳作5編に賞金1万円を贈呈します。
◆締め切り  2005年5月10日(火)
詳しい応募要領は→神戸新聞ここ

いわずとしれたフェルメールの名画に描かれた手紙の内容を推測するというもの。

恋文か。請求書か。子供の成績表か、ダイレクトメール、健康診断の数値、はたまた短歌の添削か(笑
窓辺の女は語らず、数百年の年月をただ、一心不乱に読み続けている。

おまけ。

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「メールを読む女」ホルべイン社ここ
『芸術新潮』1月号 2004年1月1日発行/新潮社に掲載された広告より


名画のパロディといえば、むかし教科書にのってた黒田清輝の「湖畔」に描かれた女の人が持つ団扇に落書きしたこと、あったっけ。それからうしろの湖にネッシー描いたり、泳いでる人を描いてみたり。
あと夢二の「黒船屋」の黒猫を、抱いてる女の人より大きく塗りつぶして描いてみたりとか(ブラック

kohan20

+

書かれた言葉は残る。思いもまた、残る。
思いを伝えることの大切さ。
受け止めることの大切さ。
あらためてそんなことを思ったりした。

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2005年4月27日 (水)

金亀子(コガネムシ)

薔薇の花にもぐりこんでいるコガネムシを発見。
むんずとつかみ、遠くに投げた。

金亀子擲つ闇の深さかな   高浜虚子

金亀子って書いてコガネムシってよむのね。
真昼だろうがいつだろうが、ある瞬間に光がうせ周囲は闇にとざされる、なんてコトもあるって、思った。

koganemusi

この薔薇の花の奥に、いた。
引き剥がそうとしたが、においと花粉にまみれ気を失っているようだった。

金亀子死はかがやきて居りしかな 河原枇杷男

+

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庭に咲いてる菊桃。


DSCF0258

三男とその友人たち。

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2005年4月26日 (火)

電車事故とか

JRでおそろしい電車事故が発生したことを知ったのは市役所のロビーでした。
マンションに巻きついている電車・・
なにこれ。地獄の眺めのよう、と画面に向かってつぶやきました。
ときどき使う路線なので余計恐怖はつのります。

事故の件、はじめは
「兵庫県尼崎市のJR福知山線の第一新横枕踏切で列車と車が衝突しました。」
というような報道がされていました。
発生してすぐにテレビ中継ははじまり、ヘリコプターがとび、その画面をみながら
「自動車と衝突? 踏み切り? どこにそんなん、あるん?」
と周囲の方たちと言い合いました。

大きなニュースが発生したときの第一報というのは、誤報とまではいかなくても、あとから思えば何だったんだろう、ということがあるようです。
現在は、「原因は自動車と衝突したから」、という報道は取り下げられ、WEBからも削除されているようです。
かわりに置石説が浮上してきていますが・・
これもどうなるでしょうか。

日付がかわって翌日零時15分すぎぐらいのニュースで、死亡なさった方々のお名前が読み上げられました・・
現場では小雨が降りはじめたとのこと・・
傷ついた方は多く、まだ救助すらされてない方々もおられるとのこと。気の毒でたまりません。

今日の事故では何度もニュースの訂正とかがあったようです。
・・行方不明の家族を探して病院をいくつもまわっているかたがたの映像も報道されていたけど・・
いつも思うが、こういうときの情報の処理って、なんとかならないもんだろうか。
見ていて気の毒でたまらない。

+

そう、市役所でなにをしていたかというと、実は今日は今度のお部屋の住民票をいただいたり、印鑑登録とかをしたりしてきたんです。

お引越しがしたくてしたくて、泣くようにしながら冬の街をひとりでアパートをさがしてまわって。
でも一ヶ月前はまだなんの目当てもついていませんでした。
それなのに・・こんなこともあるんですね。夢のようです。
何度もくじけそうになり、へこたれそうにもなりました。
そんななかでやっとここまで来れたという感じです。
・・ささえて下さっているみなさんのおかげ。
ありがとう。心から、そう思います。

でもまだタイヘンなのはこれからです。

末っ子は6年生なんですが、6年生の最大のイベントって、修学旅行ですよね。
新しい学校ではそれが5月の末にあるらしいんです。
これって、こまります。
だって、転校するなら修学旅行までに余裕をもって、ということになるでしょうに、お引越しのめど、まだ立てられないのですから・・

わたしとしては一刻もはやく、といいたいところなのですが、夫が言うには、今はまだ、動けないとのこと。
・・つらいです。ニュースさながら、わたしも暴走して激突・撃破してしまいそうです。
・・でも今までがんばってきたのだから、今はここ一番の踏ん張りどころなんでしょう。
あきらめずまどわされず努力しなければ、と思います。
人間には、その身の丈にあった人生しかあたえられない、とはよくいわれることですが・・
善良な人たちが闇雲な目にあわされることも現実としてあるわけで・・
こうやってわたしもどんどん、わたしじゃない何かに変貌していくようで、
このままいったいどうなってしまうんだろうか、と思いながらつらい事故ニュースを見ています。

追加(4/26)
二日酔いの無念極まるぼくのため もっと電車よまじめに走れ福島泰樹『バリケード・一九六六年二月』).

・・電車といえばこの歌、ということで。
かつて世界一安全で信頼できるといわれた日本の電車の復興を心から望みたいと思う。

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2005年4月25日 (月)

誕生日/ケータイ短歌

お引越しするかもしれなくって、だからもしかしたらお別れ会になってしまうかもしれないお誕生会だったってことだったのですが・・

23日(土)は三男のお誕生日で・・
遊びにきた子は6人。
クラッカーを持ってきてくれた子がいたので、みんなでばんばん鳴らして・・
古い花火があったので火をつけて遊んだり・・
ドッチボールもやっていました。古いボールを使ったので、あまり跳ねず勝手に飛んでいくこともなくって、よかったようです。

さいごに写真をとりました。
壁にずらっとならんで、いい顔してくれました。

そういえば毎年イチゴが苦手だからといってケーキを食べない子が二人ほどいて、毎年それをわすれてイチゴケーキを用意し、困ってしまっていたんですけど、今年はそのふたり、
「イチゴ、だれか食べてくれ~」
といってイチゴをだれぞに食べてもらうと、きちんと残ったケーキ、食べてくれました。
今年はケーキ、たべれたね、といいながら、なんだかうれしくって涙ぐんでしまいそうになりました。

きてくれたお礼に定規セットと箸箱をあげました。
学校給食のない地域ですので、お弁当グッズは必要不可欠なのです。定規セットも、男の子はよく失くすってもんだから助かるだろうということで、みんな喜んでくれたみたいでした・・

家に帰る時刻、見送りに自転車を置いてるところまでいくと、ケースいっぱいにカードを持ってきた子もいて・・
いっしょに遊ぼうと思ってもってきてくれたんだなあ、と・・
野球のミットを持ってきた子がいて、キャッチボールをしよう、なんて思ってくれてたんだな、って思うと、胸がキュン、ってなってしまいました。

プレゼントにいただいたのも、シャーペンとか下敷きとか消しゴムとか修正テープとか・・
実用的な学用品ばかりで、男の子ってもののシンプルさを知ったってわけですが。
これらを使うたび、友人たちのことおもいだすだろうな、とも思った次第。

みんなみんな、ありがとう。
ずっとずっと、忘れないよ。

+

月夜の夜道を歩いて駅までいって。
途中のお稲荷さんで肝試しとかして。
一番上の兄ちゃんたら参道をひとりで行って鈴をならしてきたりして。

・・電車にのって駅でパパと合流。
お誕生日のお祝いに中華料理をいただいた。
帰りの車の中でNHKラジオ第一をさがし、「ケータイ短歌」を聞いた。
ケータイも不通の人里はなれた山の中の道を、アンテナ立てて聞き耳たてて苦労して拝聴。
「短歌人」の斉藤斎藤さんて、とてもやさしい、よく通った落ち着いた声とはなしをするんだなあ、とうっとり聞き入ってしまう。
ふかわりょうの「抱かれてもいい」発言に、笑う。
斎藤さんの朗読を聞きながら中学三年の次男が「滅入りそうな短歌ばっかりだ」という。
・・それはほっといて(^^;)
「加護亜依と愛し合ってもかまわない私にはその価値があるから」が聞けて最高! おもわず唱和してしまう。

関係ないかもしれないけど、今はロレアルのCMは「あなたにその価値があるから」になっているようです。
(「あなたにその価値があるから」って、川原亜矢子が言ってるCM→ここ)

これも「短歌人」の渡英子さんご出演の「短歌スペシャル」は観れなかったが・・斎藤さんの声が聞けてよかった。
でもやっぱり渡さんのご活躍、どうしても観たかった。ザンネン。

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2005年4月20日 (水)

朝のリレー/祝福

三男が国語の自由研究とやらの課題で、なにか詩を調べなきゃなんないというので、谷川俊太郎の「朝のリレー」をWEBでさがす。

わたしはこの詩をネスカフェのCMで知った。→ここ
「ローマの少年は柱頭を染める朝陽にウインクする」というような詩をノートに書き写しながら柱頭ってなに?と子供は尋ね、それから宿題の「日記」を書いて、寝た。
桜が散り、雪柳が重たげに花の枝を垂らしている春の夜、わたしはなんども繰り返してそのうつくしい画像に見入り、朗読を聴いた。
PCのなかで鳥は何度羽ばたいただろう。画面の春の空は青く澄み、風車の動きで風がふいていることを知った。
・・それはあとから思えば、はるかローマであたらしい法王が誕生したころだった。

朝焼けと夕焼けの違いはなにだろう。
・・夜明け前は空気が澄んでいる。
灯火の数も、夜明け前のほうが少ない。

そうだ、物音だ。
夕暮の鳥の声より、夜明けの鳥の声のほうがよく響く。

夕暮をただに曙(あけぼの)へつなぐべくチャンバロの薄倖の旋律 岡井隆

長い夜の間、夜明けを迎えるためにどこかでチェンバロが鳴っている。
もちろんこのCMで鳴っているのはピアノなのだが・・
そのとおり、夜の時代は終わり、ローマではあたらしい時代の始まりを祝って鐘が鳴り響いていた。

たとえいつもの、かわりばえのしない朝にすぎなくても。
夜明けが待ち遠しいと思うことがある。
「この地球ではいつもどこかで朝がはじまっている」
あたりまえだが、そんなことがとてもうれしい。

ベネディクト
■ラテン語 benedictus 「祝福された」に由来。
▼ドイツ語短縮形の Benno (♂) はもともと前半要素に bear 「熊」の意を含む人名の短縮形だったが,中世から Benedict (♂) の短縮形とも考えられはじめた。 
ここ

だからといって新法王さまを「熊さん」なんて呼んじゃ、バチ、あたりますよ。

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2005年4月15日 (金)

ここではない、どこかへ

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昨日、岡本かの子を引用したが・・
こんな文もある。

「誰だか言ったよ。日本橋の真ん中で、裸で大の字になる覚悟がなけりゃ小説は書けないと。おまえ、それでもいいか」
岡本かの子「雛妓

小説を書く覚悟って、なんなん。
ってことだろうが・・
そもそも日本橋ってどんなところ? わたし、泉鏡花の小説の「日本橋」しかしらないし。
かの子さんはきっと身体に自信あったろうけど(?!)、わたしはぜったい裸になるのはいや。

・・こんなわたしでもブログは書いてて、WEBのはしっこでなんだかぼそぼそつぶやいてて、ハダカさらしてるとまでいわなくってもけっこう「素」をさらしてて、でもそんな言葉たちをうけとめてくれるかたがたがいる。
はげましてくれたり勇気づけてくれたり、いっしょにあそんだりしかってくれたり。
みんなみんなありがとう、って、思うひととき。

「ママ。どっか、行こう。どっか、行きたい~」
「どっか行こうよ。ねーねーねー」
世間では海外だの旅行だの、にぎやかでいいわね、なゴールデンウィークでもどこにもいけなくってふさぎこんでいたむかし。
わがままいわないの!
なんて言葉にも飽きてしまって・・
「今に巴里(パリ)へ行って、マロニエの花を見ましょうねえ。シャンゼリゼーで馬車に乗りましょうねえ」
とまだちいさかった子供に言って、思いっきり引かれたことがある(笑
いや、このせりふも「雛妓」の一節。せりふの相手はいとけない頃の岡本太郎。
よほど切実に願っていたんだろう、おなじセリフは「母子叙情」にも出てくる。

その頃、美男で酒徒の夫は留守勝ちであった。彼は青年期の有り余る覇気をもちあぐみ、元来の弱気を無理な非人情で押して、自暴自棄のニヒリストになり果てていた。かの女もむす子も貧しくて、食べるものにも事欠いたその時分、かの女は声を泣き嗄(か)らしたむす子を慰め兼ねて、まるで譫言(うわごと)のようにいって聞かした。 「あーあ、今に二人で巴里に行きましょうね、シャンゼリゼーで馬車に乗りましょうねえ」 その時口癖のようにいった巴里(パリ)という言葉は、必ずしも巴里を意味してはいなかった。極楽というほどの意味だった。
「母子叙情」より

・・みのもんたにお昼、電話で相談したほうがいいんじゃない?ってシチュエーションなんだろうけど (ここ
もちろんこんな事情じゃなかったし、わたしはかの子じゃないし息子たちも太郎でないけれど(あたりまえ)、以来、なんかつらくって、どこかに行ってしまいたくなったりするようなとき、よくつぶやく。
もちろん今のシャンゼリゼに馬車が走ってるわけ、ない (たぶん
ここではなくって、どこにもないどこかにいきたい。行ってしまいたい・・
そんな気分になったとき、かの子親子の夢見た、大昔のパリのマロニエの花ってどんなんだったんだろうって、思う。

年々にわが悲しみは深くなりいよよ華やぐ命なりけり 岡本かの子「老妓抄」

どんなにとっちらかった変な文でもさいごにいい短歌が引用されてりゃ、なんとなくかたちが締まる、ってもんだけど。
まあ、かの子さんだって赤い花くわえて腰ふってジョルジュサンドだったり、パリまで馬車でいってしまひませう、だったり(違)、あげくはだかでミラボー橋じゃなくって日本橋だったり・・とかなりとっちらかった文を書くひとだけど (をい

・・かの子さんってつくづく、強烈なんだから。

桜の木の下には 2 に、追加あり(シリーズ化してる(笑)
個人的には「桜の木の下にはあたま山」が好き。

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2005年4月14日 (木)

こんな花見

タバコは(たぶん)ここ3年ほどすってなかった。
ところが荷物をまとめていて、引き出しの奥に残っていたひと箱を見つけてしまった。
それでも一ヶ月はさわらなかった。
わたしはもう吸わないんだから。
自分のことぐらいコントロールできなくてどうする、と。

とはいうもののこのごろは、桜が咲いてる水辺に行って、
いい年して体育すわりなんかして。
マッチ擦るつかのま手のひらあたたかく。
水面をサカナがやたらはねてるのを見たり。
そのまま道端の端からずっと街灯のあかりが点いていくありさま、見たり。
むかし父がタバコをすうとき、ぽかりと真ん丸い輪っかを作ってみせてくれてうれしかったことなんか思い出したり。
たったひとりでそんなふうにたそがれてみたりする。

DSCF0242


女が夕暮れ、こんなところでたったひとり、桜を見てたりするってのは不穏そのものの光景だと思うけど(しかもタバコ、持ってるし/笑




桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命(いのち)をかけてわが眺(なが)めたり (岡本かの子 「」)


かの子さんには悪いけど、桜ってたぶん、「いのち一ぱいに咲く」からわたしは苦手なんだ。

もちろん花は、どんな花だっていのちいっぱい咲くモンだよ。
でもね桜ってのは、なんていうのかなぁ・・、ごにょごにょごにょ・・

「丹花(たんくわ)を口に銜みて巷を行けば、畢竟、惧れはあらじ」(「花は勁し」)って小説で
かの子さん、こんなこと、書いてる。
そりゃあ、怖いもんナシだわ。
どんな花がワーって咲いてても、「生命をかけてわが眺めたり」なんてことだって、できる。
ついてけないよー。

(※「丹花(たんくわ)を口に銜みて巷を行けば、畢竟、惧れはあらじ」
 これは女学校友達の女流文学者K――女史が、桂子の講習所を開くとき掛額に書いて呉れた詞句だ。講習所の娘たちの間に、これを読んで、「丹花の呪禁(まじなひ)」だといつて、活け剰りの花を口に銜へ、腰に手を当てゝ、映画に出て来るジヨルヂユ・サンドのやうな気取つた恰好で濶歩するのが一時流行つて、やがて廃れたが――。
岡本かの子「花は勁し」)

+

でもスポーツでもなんでも、がんばる人を見てるとつい感動して応援してみたくなるように。
桜が咲いてるところに寄ってはみんなで花を見て、がんばるエネルギーをもらいたくなるのかもね。
わかる、わかる。これはわかるよ。

・・だからわたしはちょっとはなれて桜を見る。
それぐらいがわたしにはちょうどいいんだ。

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2005年4月 5日 (火)

きもの

春休みも今日でおわり・・
子供たちにはどこにも旅行とかお出かけとか連れて行ってあげられなくて、かわいそうだった。

山科真白さんが本年度兵庫県歌人クラブ新人賞を獲得なさったとか。
「短歌人」のメンバーでもある山科さんは素材屋さんもしていて、このブログの写真なんかもいただいたりした。
受賞のこと、うれしくてたまらない。

あれはいつのことだったっけ。わたしがその賞をいただいたとき。
授賞式に何を着ていこうかと悩み、スーツをつくるのもナニだと思い、着物を着ていくことにした。
ところで、わたしの着物がはいっている和ダンスはお姑さんのお部屋にあって、お姑さんも使っている。
だから自分の着物を出し入れするのもお姑さんの許可がいて、わたしは自分の着物を触ることすらできない。
最初、これはいったいどういうことかとわたしは仰天した。
だが、田舎はこういうことをするらしい。つまり、お嫁さんが逃げたりしないように、和ダンスをお姑さんが所有するというものだ。ほー。(←やたら感心している)
・・ということで、わたしはお姑さんに手をついて「着物を着たいので、出してください」と、頼んだり、した。
畳紙からだされた着物は若い嫁入り支度のときそのままでとてもきれいで、
でももう柄も色合いもむかしならともかく、わたしにはもうふさわしくなくなりはじめてきて、
こんなはれがましい格好ができるのも、これ限りかも。
なんて思うと、ちょっとさびしい春だったり、した。

(・・これでおわりではごじゃらぬぞ。続きが読みたい方はコメント欄へ、おじゃ。
少々こわいがのう・・。ほっほっほ・・)

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2005年4月 2日 (土)

こんなウワサを聞いた

エイプリルフールの昨日、なんだかふしぎなおはなしを知りました。
声に出して読んではいけない詩「トミノの地獄」というおはなしです。ここ

西条八十(さいじょうやそ 1892~1970)による詩なんですが、黙って心の中で読むのなら良いのですが、朗読してしまうととんでもない凶事が起こるというのだとか。
なんでもかの寺山修司もこの詩を声に出して読んでしまったためにしばらくして亡くなってしまったんだとか((((゚д゚;))))ガクブル
・・などと四方田犬彦が著書に書いてたというが・・ホンマか?

西条八十で「トミ」ときたら
♪死んだはずだよお富さん~
ですが・・(をい

としたら「トミノの地獄」は「お富さん」の裏版か・・
そもそも「お富さん」は「与話情浮名横櫛(よはなさけうきなのよこぐし)」裏版みたいなもんだから・・
んん・・? ええい、ややこしいっ!

いや、このかたを忘れてた。
作品中で必ずと言っていいほど主要人物が死亡する事で有名で、「皆殺しのトミノ」「キャラクター全殺しのトミノ」等と呼ばれるという・・ トミノフスキーこと富野由悠季w

「トミノの地獄」(西条八十)
「ドウィノの悲歌」(リルケ)
ドミノのお告げ」(久坂葉子)

というわけで、少々無理やりだけど、なんだか不吉な三連星w

「幻詩狩り」(川又 千秋) 中公文庫 1984(日本SF大賞受賞作)のテーマでもあった、
読めば破滅にいたらずにおれなくなる詩
というのではなく、「黙って心の中で読むのなら良い」とのことですが・・
うう~ん。
『砂金』所収だっていうことですから、すでに公刊されてるってことですよね。
久世光彦が『怖い絵』で触れている詩だということですが、ここへの全文掲載はやめときます。
ご興味のあるかたはどうぞご自分の責任で、ここらを参考に、お調べくださいw

魂をうばわれるほどすばらしい詩や短歌に出会い、魂を奪われるという地獄のような極楽。
いや極楽のような地獄、か。
あはは。どっちでもいいやw


追加 4/2

コメント欄で佐山さまに愛あるつっこみをいただいております。
ご興味のあるかたは、どぞw

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2005年3月29日 (火)

夜桜お七

昨日書いた急転直下の事態はかわらないものの、足がかりをたどって、なんとか這い上がらなければならない。

+

今日3月29日は「八百屋お七の日」ですと。

八百屋お七といったら「夜桜お七」。 

♪赤い鼻緒がぷつりと切れた
  すげてくれる手ありゃしない
    置いてけ堀をけとばして駆けだす指に血がにじむ

♪さくら さくら いつまで待っても来ぬひとと
  死んだひととは  おなじこと
   さくら さくら はな吹雪
  燃えて燃やした肌より白い花
   浴びてわたしは  夜桜お七  (作詞:林あまり)

今から10年以上前。
林あまり「MARS☆ANGEL」を村の本屋で注文したとき、
狭く詮索好きな人が多い村で、こんな歌集を読むと誰かに知られたら、また悪口いわれるかも・・
なんて思ったことを思い出す。
当時わたしはまだ若く、
「村中総出で田植えをしているときに、嫁のくせにひとり、スカートをはいて道路を歩いていた」
とウワサされたということだけで悩んだりするような、うぶな子だった。

唇を幹にはわせて息ひそめ
    かんざし打ちこむ夜桜お七  林あまり

血の痛み脈打てば枝にかけのぼり
    熱き桜に抱かれるお七  林あまり

 
江戸時代、当時は放火の罪は極刑がきまりだったが、17歳以下ならば極刑は免れることになっていたとか。そこで当時のお奉行さまもさすがにあわれと思ったのだろう、お七の刑を軽くする為に「おぬしは17だろう」と問うが、お七は18歳だと答えたのだとか。
うそがつけなかったのか、それとも、恋する女の自負ゆえか。
とまれ、3日間の市中引回しの上、火あぶりの極刑に処せられることとなったお七。その姿はさまざまな物語で語り継がれることとなるのだが。

スポットは火の見やぐらの女だけに
 なんだっけ、名前--お七の男の  林 あまり

そのお七の懸想の相手だが。名は一応つたわっていて寺小姓・生田庄之介という、とか。
泉鏡花「海神別荘」では、
「男は死ななかつた。存命(ながら)へて坊主に成つて老い朽ちた。娘のために、姉上(注:海神の姉)は其さへお引取りに成つた。けれども、其の魂は、途中で牡(をす)の海月(くらげ)に成つた。」
というあんまりな書き方をされている。

+

あしたは長男の誕生日で。
・・春で、桜が咲いていて。
夜桜のきれいな道を、
生まれる、生まれる、急げや急げ
と病院に走ったことを思い出す。

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日本のダビンチ・コード?

お部屋情報・・
不動産屋さんに提示した金額、オーナーさんに蹴られたそーです。
「そこまで安くしたくない」
・・ごもっとも。

困りました。
もうすぐ新学期ですから。うちの末っ子、小学校6年生になりますから。

・・と言っているうちに、追い討ちをかけるような事態発生。
近々お姑さんが入院するとか。
「家がそんな状態なのに」
ということになりそうで事態は急転直下、泣きっ面に蜂、万事休す、です。

+

ダビンチ・コード」がなにかと話題になっているが・・
日本にも似たような伝説があると子供のころに聞いたことがある。
青森。
なんとキリストの墓があるという。
それでもってちょっとした観光名所にもなってる。「キリストの里・伝承館」って白いチャペル風の建物もあるってさ。
こちらは特に秘密結社の本拠地とかじゃなくって、お出入り自由。
おみやげとかも売っていそう・・(^^)

ここ(asahi.com:マイタウン)によると・・

キリストは21歳のとき日本に渡り、33歳のとき、ユダヤに帰って伝道を行いましたが、ユダヤ人達はキリストを磔刑(たっけい)に処さんと致しました。しかしイエスの弟イスキリが身代わりとなって十字架の露と果てたのであります。キリストは再び日本の土を踏み、106歳でこの地に没しました

ということです。

♪虎の尾を踏み、毒蛇の口を逃れたる心地して、陸奥の国へぞ下りける~ 勧進帳
ってのは弁慶&義経だけでなくって、キリストもだった、ってこと。
それから義経は大陸にわたってジンギスカンになって世界征服をたくらみましたとさ、ってお話ですが、同じく陸奥の方面に逃げたイエスさまはどーなったんかなぁ・・(笑

というわけでいろんなサイトさんを見てまとめてみますた・・

ユダヤに生まれたイエス=キリストは・・
・21歳の時に日本に来て、12年間にわたって今の富山県で言葉や文字、神学を習い、さまざまな修行を重ねた!(聖書では21歳から12年間のイエスの記述はまったくないので、このあたりは符合するらしい)

33歳の時にユダヤの地に帰ったイエスは、結局磔刑にあうが・・
・磔に処せられたのはイエスではなく、実はイスキリという名前の弟の方だった!

その後・・
・イエスは中央アジアからシベリア、さらにはアラスカを経由し、4年後、船で八戸に上陸、戸来村にやってきた!

・「戸来(へらい)」という地名は、「ヘブライ」に由来する!
・イエスは「十来(とうらい)太郎大天空」と名を改め、同村沢口の丘の上に居を定めた!
・そして、ミユ子という女性を娶り、三女をもうけ、長寿をまっとうした!
・周辺一帯には十字架やダビデの星やその他、キリスト教にまつわる風習やらなにやらが残っているらしい!

おまけ:キリストの墓のまわりで盆踊り

さらに新郷村にはエジプトのピラミッドよりもなお古いという大石神ピラミッドがあるという・・
青森には三内丸山遺跡はあるし恐山もあるし・・
わお!夢のパラダイスだ~(パラダイスよりむしろ「はらいそ」かw)

+

「異端にされてしまった伝説は、信仰に関する本質的な問題と結びついています。」
「『生き延びたキリスト』というのは、世界的に伝播してるように思えます。」
「イスラム教自体が、そのバリエーションのひとつ、という衝撃の解釈がw」
overQさんここ

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「下北半島は、斧のかたちをしている。斧は、津軽一帯に向けてふりあげられている」(寺山修司『わが故郷』)

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2005年3月28日 (月)

流れに沿って

「短歌人」の掲示板の藤村美子さんの書き込みで
たんぽぽを投げて流れに沿ひ歩く」  沢井山帰来(さわい さんきらい)
という句を教えてもらう。

笹舟なんかを流れに落とし、どこまでも追いかけていったおさない日のことを思い出す。
流れが橋の下に隠れたときは、先回りしてじっと待っている。橋の下はほの暗く湿っぽく、ごみとかも溜まっていることもあるが小さな川魚が集まっていることもあり、そんなふうに暗くあわ立っているところから出てくる流れに、無事、笹舟が出てくるのを見つけたときはとてもうれしい。
子供がちいさかったころ、夕方などよく、いっしょに近所の川のながれを追いかけてあそんだことがある。
ある日、次男が履いていたつっかけを落としてしまい、すわ大変とばかりに親子で必死になっておいかけた。
田んぼに水を入れるときなど水量はとても多いものだから、流れもはやく大人はおろか、大人よりずっとすばしっこい子がおいかけても結局間に合わず、つっかけはあきらめて次男は片足けんけんで帰ることになったものだった・・

流したのがタンポポだったりしたら、花の黄色は目だっているから、見失いにくいことだろう。
花の首を摘んで水に投げ入れるというのは、花にとってはやはり災難、子供ならではの無意味な残酷な所業だろうが、こんなふうにきれいな流れに身をまかせ流れていくというのはきっと気持ちのいいことだろう、などと思いながら、岸辺はるか、花を追いかけ走ったこともあったような気がする。

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2005年3月26日 (土)

四月なかなか

木に花咲き君わが妻とならん日の四月なかなか遠くもあるかな前田夕暮
4月8日に予定されているカミラ・パーカー=ボウルズさんとの結婚式を思って英国のチャールズ皇太子の詠める歌、なわけないんですけどw
「木に花咲き」どころじゃなくって、昨日は本当に寒かった。
雪の華が咲きそうだった。

「四月なかなか遠くもあるかな」
・・四月にはなにもかもうまくおさまればいいね、と年末、お引越しを決心してうちあけたときから実家の母といってはいたが、
もう春なのに現実はなかなか、である。
不動産屋さんにはお部屋について、もうご返事しなければならないんだけれど・・

「短歌人」の藤原龍一郎さんがようやく退院。
今日はそれだけでうれしい。

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2005年3月24日 (木)

翻訳のむづかしさ

翻訳サイトというのを利用することがあるのですが、たいがい、本気か、と疑うような珍訳になって驚くことがあります。
こちらでたとえば「吾輩は猫である。名前はまだ無い」というような文を訳しつづけていくと結局どうなるか・・というおもしろい遊びをやっていました。
(結局「私は猫です。 しかしながら、名前が全くありません。」という文になったようです・・。「しかしながら」「全く」と語調が強まっていることに猫の強い不満が感じられるということか)

漫画の名セリフをエキサイト翻訳 ここという遊びもあるんですね。教養も身について一挙両得?!
例:(原文)「我が生涯に一片の悔い無し!
        ↓
(英訳)There is no regret of a piece my life.
        ↓
(翻訳後:以下同様)「1片の未練が全くありません。私の人生。」
さすがのラオウもつまりは未練たらたらなわけで・・(笑)

というわけで、わたしもいろいろエキサイト翻訳で翻訳してみましたw

◆「今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる」(三島由紀夫) ここ

(英訳)We show the whereabouts of value more than the life esteem to your eyes only now.

私たちは現在だけ、人生尊重より価値の居場所をあなたの目に示します。

・・三島も哭くぞ。

◆「どんな鳥も想像力より高く飛ぶことはできない」(寺山修司)

(英訳)Any bird cannot fly higher than imagination.

どんな鳥も想像より高く飛ぶことができません。

すごいぞ、やっぱりヘンだけど、意味があんまりかわっていない!
さすが寺山!!(やたら感動している)

◆梅一輪いちりんほどのあたたかさ

(英訳)Warmth of about one wheel a plum tree wheel
・・ほう、なかなか期待させてくれます。

1個のホイールに関する梅のホイールの温暖

なんども翻訳しなおしているうちにこの「温暖」が「温厚」になり、さらには「柔和」にかわったりもしましたが・・

梅のホイール・・鯛と梅のホイル焼き、とかだったら・・お茶漬けとかにおいしそうですw

だったらお茶漬けは?

◆「お茶漬けだよ、お茶漬けの味なんだ。夫婦はこのお茶漬けの味なんだ。」(小津安二郎)ここ

(英訳)It is a tea pickle, and a taste of the tea pickle. The married couple is a
taste of this tea pickle.

それは、紅茶ピクルスと、紅茶ピクルスの味です。 結婚カップルはこの紅茶ピクルス
の味です。

・・紅茶ピクルス?
小津ワールドを海外にもってったらこうなるってことなのでしょうか。
なんだか「夫婦」ってもんがますますよくわからなくなってしまいました・・

◆「これにて一件落着」(遠山の金さん)

(英訳)It is this and a disposition of the case.

それは、これと一件落着です。

・・どの件ですか?、ってすっとぼける妻、困る夫・・というより木暮実千代と佐分利信w

◆「ベルサイユのばら」(笑)

(英訳)Rose in Versailles
まあ、まともかしら、ということですが・・

ベルサイユでは、上昇しました。

は? な・・なにが上昇したんですか?(わくわく)

もいっかい!

それはベルサイユで上昇しました。

結局意味不明(笑)

ついでにライブドア翻訳でもトライw

「ベルサイユのばら」

The rose of Versailles

ベルサイユのバラ

すごいぞライブドア!
さすがというかなんというか、感動しましたw

ちなみに嵐雪の梅一輪、ライブドアでもやってみました・・
One-flower plum [ about one flower ] warmth
1輪の花プラム[約1輪の花]暖かさ
・・正しさを超越したような、なんともほんのり梅の色したあたたかな翻訳ではありませんかw

小津安二郎もやってみました。
it is boiled rice in tea -- it is the taste of boiled rice in tea. Husband and wife are the taste of this boiled rice in tea.
(それは茶の中の煮た米です--それは茶の煮た米の趣味です。夫と妻は茶のこの煮た米の趣味です。)
「茶の中の煮た米」・・ねえ(笑

だれです。だからホリエモンのライブドアでは小津安二郎は無理なんだって言いたい人は?
紅茶ピクルスよりましでしょーがっ!?w

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2005年3月10日 (木)

わたしが短歌をはじめたころ

むかしの歌集に今になってあんなすばらしい評を書いてもらったことにちなんで・・

短歌をお勉強しはじめた頃に買った本を読み返してみた(別冊文芸読本「女流短歌」S63発行)。
古今の有名女流歌人のアンソロジーがのっているのが魅力の本で、しるしなんかがしてあるのを見ると、恋愛歌やうつくしい山河なんかを詠んだものはほとんどスルー、子供を詠んだものに注目しているのがよくわかっておかしかった。
わたしが本格的に短歌をつくりはじめたのは年齢的にいえば結構おそく子供が生まれてから、25歳ごろだろうか(S63年当時ではない。もっとずっとあと)。それでも世間的にいえばまだ若いのであるからもっと別のことに興味をもってもいいはずだと思うが、ほかのことが入りえないほど私の心はちいさく、世界は狭かった。

子は抱かれみな子は抱かれ子は抱かれ人の子は抱かれて生くるもの  河野 愛子
子がわれかわれが子なのかわからぬまで子を抱き湯に入り子を抱き眠る 河野 裕子

気力体力をぎりぎりまで使い果たし、報いられるものは子供の笑顔だけ、という毎日の繰り返しのなか、子供のお昼寝の間、おしめなんかをたたみながらわたしはこういう歌が載っている本をよんでいた。
泣く子供を背に負い、ゆすりながら読んでいたこともある。
そういうことは子供の手がはなれてからにしろとよく叱られもした。
まだだれもおきていないある静かな早朝、本を読んでいるのを見つかって働き者のお舅さんにひどく叱られたことがある。
あんなに叱られなければならなかったほどわたしは悪い母親だったのだろうか。
だが・・

奔馬ひとつ冬のかすみの奥に消ゆわれのみが累々と子をもてりけり 葛原 妙子

同感できなかったのか単に「幻視の女王」の華麗なる世界が読み解くことができなかっただけなのか、たぶん理由は後者だろうがこの歌にしるしをつけなかった当時のわたしに、ほほえましいものを感じる今のわたしではある。

君を打ち子を打ち灼けるごとき掌よざんざんばらんと髪とき眠る 河野 裕子
突風の檣(ほばしら)のごときわが日々を共に揺れゐる二人子あはれ 河野 裕子

つたないながら子育ては楽しかったし、ささやかながら子供に対する愛情もあった。
それゆえ困ったり追い詰められたりすることもあったが、こういう歌に自分を見出し作者に同感することで、苦しむ日々をも肯定することができるようになっていった。そうやって、嵐のさなかであっても昇る朝日もまた最初に見ることの出来る船の檣(ほばしら)を、当時のわたしは自分のなかに見出していこうとしていったような気がする。

大変な日々に読んだ本はまさに戦友といえるだろうが。
こういう戦友たちにどれほど支えられてきた自分かと思う。

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2005年3月 9日 (水)

人魚の薬

このところ胃の調子が悪く気分がすぐれない。例のごとく散薬なんぞを飲んでいるが、薬なんか新しいのほどいいものにきまっているとわかっているのに、どうも飲みなれた古い漢方系のものばかり選んでしまうのは歳のせいだろうか。

ところでむかしの小説なんぞを読んでいると「清心丹」なんぞという名前が出てくることがある。
清心丹はむかしはよく飲まれた薬らしく、森茉莉のエッセーによると、母(つまり鴎外の妻)も愛用していたらしく、

「抽出しを開けると小さく軋む音がして樟脳の匂いがし、琴の爪、清心丹、巻紙、新しい筆、茶色の薄絹で出来た薔薇の花の簪、リボンなぞが、入っていた。」 「母は、冷たい掌を私の額に当ててから、自分の額に当てたりした。緑を含んだ灰色に細かい絣の、すべすべした普段着の胸のあたりに、ふと、清心丹の匂いがした」(『父の帽子』より「幼い日々」)

などの記述が見られる・・
この清心丹、どんな薬だったんだろう。いいにおいがしたんだろうか。

私は松の根方に一人の女の俯伏して居るのを見て喫驚した(略)「胸が少しいけませんでしたが、もう落付きました」(略)私は茶店の婆さんから清心丹を貰つて女へやつた。暫くたつ内に女の顔色も恢復して来た。『隣室の客』長塚節

・・効果バツグンなよーである。

ちょっと清心丹(せいしんたん)でも噛砕(かみくだ)いて疵口(きずぐち)へつけたらどうだと (泉鏡花『高野聖』九)

『高野聖』は冒頭近くで主人公、いきなり蛭の大群に襲われる場面があるが・・(最初読んだときは、何事が起こったのかにわかに理解できひんかった/笑
ともあれ、清心丹さえ携えておれば蛭に襲われてもだいじょーぶ、らしい・・(をい

こんな不思議な魔法の妙薬・清心丹、どうやらもう製造されなくなったらしいが、人魚がトレードマークだったらしい・・
人魚は不老不死だの不老不死だのといわれるのでお薬なんかの宣伝に使われたんだろうということだが・・
人魚のようにいつもむきだしだったら、冷えますから、おなか。

+

仁丹の髭のモデルになりし祖父の名は円覚寺の奥にある  高瀬一誌

古い薬といえば仁丹なんか代表のひとつだろうが、故・高瀬一誌さんのおじいさんはあの「仁丹」の軍人さんの(じゃなくって、じつは外交官らしい・・知らなかった!)御ひげのモデルらしいということだが・・こんな方だったの? ここ 、ここ
ともあれ・・やさしい姿の人魚のお薬は製造されなくなり、御ひげの仁丹は今も人気、ということか・・

仁丹の看板のこる野の錦 寒暑 十月-十二月
仁丹の看板健在植田中 燕音 五月
獄しずか仁丹の赤き小粒に吹く秋風 橋本夢道 無礼なる妻
仁丹の銀こぼれつぐ涼しさよ 山口青邨
ここで検索しても、清心丹、ではヒットしませんでしたなぁ (しみじみ


追加仁丹のあのモデルを私は軍人さんだと信じてましたが、実は外交官さんらしいっておはなしは佐山さまにお教えいただきました。
佐山さま、ありがとございます~☆

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2005年3月 8日 (火)

お礼

東郷雄二さんが、わたくしの歌集「漂砂鉱床」についてすばらしい評論を書いてくださいました。ここ

出版したのは1999年7月。そう、例のノストラダムスの大予言による運命の月・・
というのは今は冗談になってしまっているけれど・・
そう、あれからずいぶんとわたしもかわってしまったわ・・(なぜか遠い眼

「フッと異界にさまよい出るような感覚」、「異類への共感」、「「世界の異化」に基づいた短歌表現」、
「西橋が短歌を作っている地点が近代のリアリズム短歌からいかに遠い場所か」
というような評をとてもうれしく読ませていただきました。

「このような歌を単に奇想と呼ぶのは当を得たこととは言えない」
というくだりにも静かな喜びをおぼえました。

HPにも公開している「漂砂鉱床」ですが・・
もちろん完本ではなく、アップしなかった歌も多く、むしろアップしていない歌群にこそ、この歌集のテーマがあったりしたものですが・・

そういうところも鋭く読み解いてくださって、うれしく思いました・・

歌の落とし方が関西人、
作者は月世界に恋着がある、
というのも、鋭いご指摘。

「O嬢の物語」についてていねいに言及されてしまったのはいやはやまったくもって、やぶへびでした・・(笑

東郷雄二さま。ありがとうございます。
歌集をだしたのは20世紀のころですが、今に至ってなお読んでくださる方がいて、すばらしい評者に、こんなすばらしい評を書いていただけるなんて、歌をつくる者にとってこんな幸せなことはありません。
心から感謝します。

プロフィール:東郷 雄二 (ここ より)
京都大学人間・環境学研究科教授
研究分野 フランス語学・言語学、特に機能的統語論、意味論、談話理論
キーワード 名詞句の指示、照応、冠詞、談話モデル、語順現象、時制論
著書多数

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2005年3月 6日 (日)

子供に抱かれて

万能川柳年間大賞「赤ちゃんに抱かれているのかもしれず」(浜田総子)

一読、いい句だなあ、と思った。

うちの子はそろそろみんな大きくなってしまっているけど、今だってしょっちゅう抱っこしてやっている。
疲れているときなど、子供を呼んでひざに乗せ、抱っこしたりしていると気持ちが落ち着いてくることがある。
うちの子ももうさすがに赤ちゃんではないから、母親のひざなど居心地が悪くて当然、じきどっかに行ってしまうのだが。
それでもほんのちょっと、子供をぎゅっ!と抱きしめているとそれだけで生気が戻るというか、人心地がつくというか。
わが子をぬいぐるみかセラピー犬のかわりに抱っこして癒されていれば世話はないが、効果があるのは間違いない。
そしてそんなとき、ああ、自分は子供に守られていると思う。

「赤ちゃんに抱かれているのかもしれず」

疑いもなく伸ばしてくる指や、重ねてくる身体の重み、絡ませてくる脚や。
そんなとき、むかしむかし、自分だってこんなふうに抱かれたことがあるんだろうな、なんて思ってみたり。
あわさった肌のところから溶け合って、ふわふわ夢心地になって。
苦労もあるけれど、親になったものだけに許される役得というか余禄というか、そんなしあわせな、ひととき。

追加 3/7
こころ弱くなりゐる夕べいきいきと脈打ち返す子の身を抱く 河野裕子
ひとつ血に繫りてゐし日は甦(かへ)る双腕に抱きて湯に沈む時 河野裕子
子がわれかわれが子なのかわからぬまで子を抱き湯に入り子を抱き眠る 河野裕子

子育てがたいへんだったころ、河野裕子の歌と出合った。情報と知識と知性と理性が求められる現代、むきだしの母性本能を認め、それへの賛歌というか帰依というか、当時わたしはそのように読んでいた。
・・本能だけで切り抜いていかなければならなかったことも多かった子育て時代、なによりの勇気になった。 

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2005年3月 3日 (木)

眠狂四郎とお雛様

雛祭りである。

わたしが学生時代にはまった時代小説といったら、「眠狂四郎」シリーズであった。
そう、柴田錬三郎の代表作のひとつ。

狂四郎、といってもこれこれ ではない
でも現代でも人気あるんね。漫画化もされてるみたい・・でもこれって・・
あんまりイメージじゃないなあ。やっぱ、雷蔵でなきゃあ(苦笑

封建の世に、転びバテレンと武士の娘との間に生まれた、虚無と孤独の影をひいて生きる謎の剣士・眠狂四郎。
現代だったらぜったい許されないようなヒドイ場面続出、つうかそればっかしのような気もする、悪の魅力あふれる時代劇。

でも案外律儀なところもあり、妻もいる。
その名が美保代。そう、わたしとなにげに似ているなまえ。(えっへん

ひどい結ばれ方をした宿命の夫・狂四郎に、美保代はつくしてつくして、つくしまくる。
けれども狂四郎は元祖エロスとバイオレンスで元祖孤独な悪のヒーローな奴だから、絶世の美女に純愛をささげられても当然ながらほっちっち。
それどころかあっちこっちで悪名をながしまくり、やりたい放題し放題。

もちろん美保代もあっぱれ狂四郎の妻と名乗るほどだから。
周囲もそう遇するだけの器量の持ち主だから、当然ながらいろんなことに巻き込まれるのだが。
けれどもあわや、の場面では狂四郎、なぜか奇跡のようにあらわれ、彼ながらのまごころを見せ美保代を喜ばせるもつかのま、また行方を告げぬ旅に出る。

その美保代が夫、狂四郎との愛のしるしとして大切に守るのが、ふたりを結ばせるもとになった「お直衣雛」なのだ。
(いきさつは映画版ながらここここを参考に )
とまれ、来る春も来る春も、帰らぬ夫、狂四郎の帰りを待ちながら、ままごとのようなひな祭りをひとり、静かにたのしむ美保代・・

狂四郎の羽織は美保代が仕立てる。その紋はクルス・・バテレンのしるしだ。
つうことはお雛様だって手を加えていた可能性もあり

十字紋なり天草の雛道具 品川鈴子

というかんじだったかも・・と妄想。

ところでお直衣雛、ってどんなんだろ、と思ってたらこんなのだった。なぜかがっくり  これ

(おまけ)