日頃はなにとも
子供たちの学校、休校が続いていて正直困っていたが、私自身もこのところずっと、体力的に弱っていた。
平家物語に
「日頃はなにともおぼえぬ鎧が、けふはおもうな(ッ)たるぞや」と木曽義仲が自身の衰えを呟く場面があるが、
日頃はなにともおぼえぬ鞄が、けふはおもうな(ッ)たるぞや
日頃はなにともおぼえぬスーツが、けふはおもうな(ッ)たるぞや
って感じになっていたんです。
そーいえば前の職場でもタイヘンだったころ、何の気なしに同じセリフを のりのり@仮名 に漏らしたところ、のりのり@仮名 ってば
「御身も未だ疲れさせ給はず(あなたさまのお体は、まだまだお疲れではございませぬ)」
って原文で返してくれて、よくゆーよ、ってふたりして暗い笑ひを漏らしたもんでしたが。
のりのり@仮名、どうしてるかな・・(遠い目
「御身も未だ疲れさせ給はず、御馬も弱り候はず。なにによ(ッ)てか一両の御着背長(おんきせなが)を重うは思し召し候べき。それは御方(みかた)に御勢が候はねば、臆病でこそさは思し召し候へ。兼平一人候とも、余の武者千騎と思し召せ。(あなたさまのお体は、まだまだお疲れではございませぬ。御馬も、弱ってはおりませぬ。それなのに、どうして一両ほどの御着背長を重いなどとおっしゃるのでしょうか。もしやあなた様が、臆病になっているからではございませんか。味方の御勢はなくとも、兼平がいるではありませんか。私一人であっても、武者千騎ありと思し召せ)」 『平家物語』
体調のよき日の朝はハンガーに服かけるさへ心たのしく 伊藤俊郎『夢中遊行』
はやくこういう日に戻りたい・・
+
雹二、三たばしり落ちつ ソフホーズの遠(をち)の山並まだ明るくて 伊藤俊郎『夢中遊行』
このごろ鞄にこの歌集を入れてはあちこちで読み歩いている。著者は敗戦後シベリアに三年間抑留された経験を持つという。この一首は「抑留の日々に」と題された一連のその時代のもので、24、5歳ごろの作品というが明るい歌が多い。「雹二、三たばしり落ちつ」は「もののふの矢並みつくろふ籠手(こて)の上に霰(あられ)たばしる那須の篠原 源実朝」を連想させるが、霰ではなく「雹」なのがこの歌のつよさであり、そして著者の強さでもあろう。
霧深き作業帰りの道の闇誰か煙草の赤き火を投げぬ 伊藤俊郎『夢中遊行』
誰かが投げた煙草の火の赤さ。この「赤」に限らず抑留中の一連は色彩が豊かだが、それは色彩に対する飢餓というような簡単な言葉でくくられるような生半可なものではない。
+
そういえば新型ウイルスは、Aソ連型と同じH1N1らしいが・・)ここ
太陽(ひ)はつひに中天に達せずシベリアの雪の地平を低く流らふ 伊藤俊郎『夢中遊行』
・・こんなところから、はるばるやってきたんだろうな(違うかも
風邪に臥し三日見ぬ間にわが庭の花ほととぎす咲きそろひけり 伊藤俊郎 『夢中遊行』
花ほととぎす咲くころには、この流行も終わっていればいいのに。
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