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2007年5月 4日 (金)

ある晴れた日に

晴れて気持ちがいいのでお弁当をつくって自転車漕いで近くの公園にいき、家族でバドミントンしたりキャッチボールしたり。という地味な連休生活を繰り返しとります。
今日はちと遠くの公園に行って、なにをするかといえばやっぱりキャッチボールとかキャッチボールとかキャッチボールとか。それだけではおもしろくないのでバットを持ち出して、外野+バッター+ピッチャーっていうさんにん野球がはじまる。見るにみかねてわたしもキャッチャーとして参加。自慢じゃないが子供時代いらい始めて。ついでにバットも持たしてもらい感動のヒット。外野でも走る走る。薔薇の世話以外なにもせずグータラしているわたしの姿しか知らない子供たち、白球を追うわたしに純粋に感動してたみたい。

公園にはまだ山桜が残っていて、枝が不自然にゆれては花を降らしている木があったので子どもでも登っているのかと見ていたら、アメフトのボールがひっかかっていたのだった。よく晴れた連休の午後、ボールを追ったり蹴ったり、いろんなひとたちが思いおもいに楽しんでいた。

公園で遊んでて旦那、とつぜん「せんねんあとにはここ、みんな遺跡になっちゃうのかなあ」、などと。
どしたん。なにゆえ突然諸行無常なんぞにめざめて、と聞くと。
千年まえの歴史ひとつ不明瞭なことがあるのに、千年後はどうだろ。今の歴史なんかちゃんと残ってるかな、などと。
さー。みんな電子機器にバックアップしてたりしてることだしさー。
千年後のソフトが使えんかったらもーダメじゃん。
案外そういう意味で人間の文化活動のしるしなんか、これっぽちも残ってなかったりしてね。
などと暮れがたい春の夕空を仰ぎつつ思ったりした次第。

・・帰りに「五百羅漢」があるというお寺があると知り、訪れてみる。時間がおそく閉門していたので塀から覗く。うっそうと暗い境内にてんでに並んでいる五百もの羅漢さんたちにまずはびつくり。これなに? と三男、心底おびえたように言うので「モアイ像」と言ってやる。
いつごろから。だいたいなんのために並んでるの。 と重ねて聞くので、
「さあ。モアイのことはモアイに聞けよ」とw

ともあれ何百年も未来。
コンピューターの文化は滅んでも、うっそうとした森のなかのこの羅漢さんたちは相変わらず謎のような表情をたたえたまま、ぼんやりとここに立っているんだろうな、と思ったりした次第。そんな春の夕暮れだった。。

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コメント

貝塚みたいに空き缶塚とかが残るかも知れませんね。

投稿: だいくま | 2007年5月 5日 (土) 22時42分

貝塚みたいに空き缶塚とかが残るかも知れませんね。

投稿: だいくま | 2007年5月 5日 (土) 22時42分

貝塚みたいに空き缶塚とかが残るかも知れませんね。

投稿: だいくま | 2007年5月 5日 (土) 22時42分

あれ?すみません。三重投稿に。

投稿: だいくま | 2007年5月 5日 (土) 22時43分

☆だいくまさま♪

すみません。時間によってはすごく重くて投稿できにくくなるんです。

>空き缶塚

あはは。笑い袋ってのがむかし、ありましたね。
無事作動できていたとして、あけた瞬間の未来人のショック、感慨ふかいものがあると思いませんか?
それにしても、未来に残る文字は石に刻まれたお墓だけなのかしら、と思ったらなんか変な気持ちです。

投稿: 美頬 | 2007年5月 5日 (土) 23時03分

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