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2007年3月13日 (火)

時実新子

川柳作家の時実新子が亡くなった。
「有夫恋(ゆうふれん)」  ・・おっとあるおんなのこい、が評判になり、広告などに大きく引用されている句の数々を目にしたとき、わたしはまだ若く、それでいてもうちいさな子供たちの母であったろうか。
エッセー集「花の結び目」を古本屋で買い、むさぼり読んだ。うらみをひめた深い情念に、活字自体が妖しい光をはなって燃えるような奔放な句にくらべ、エッセーにえがかれた作者の若いころの素直で素朴で、働き者で一生懸命なお母さん、といった感じだったのに共感をもった。もちろんそれは一時的なもので、あっという間に華麗というよりむしろついていけない・・^^;波乱万丈/壮絶一代記という感じにかわっていくわけだが、家庭内の葛藤から川柳の世界の内幕のような話にいたるまで、すべてが激しく、刺激的で、読んでいて目がくらむような思いがしたものだった。
当時わたしは姫路市に住んでおり、それは新子が若かりしころに住んだ街だったというのも、夢中になったひとつだった。
わたしは図書館で新子の古い、姫路時代の本をあさり、奥付に書かれた住所をさがしだした。姫路の町を彼女が書いた街角に立ち、彼女の乗ったバス、今宿循環線に乗った。・・彼女がいたという鍵町XX、という地番までたずねたが、もちろんそのころですらすでにその住居は整理されて、もう存在しないことをわたしは知っていた・・

わたしは川柳ではなく短歌をはじめ、
最初のころに入った地元の短歌の結社の偉いさんにふと
「時実新子の川柳が好きです」
ともらしたところ、すごい顔をされて、
わたし、あのひと、嫌いです。
と瞬殺の勢いできびしい声で言い返されて驚いた。
作者と作品は別。やれやれ・・とは思ったが、まだ若く新参者のわたしにそんなことが言えるはずもなく、
というより姫路における新子の立場、人となりというものが、スキャンダルとして悪意をもって噂されたと新子自身が書いていることの裏づけというか、そういうものを実感としてはっきり、感じた。
それでも自分の作品を信じ、自分の生き方を貫いた新子の強さを見習おう・・いつかささえになることが私にも見舞うことがあるかもしれない、とそのとき思ったり、した。

新子ははじめ短歌から文学にはいり、師匠にあたる先生に破門されたことを理由に川柳をはじめたといういきさつがあったらしいが・・
田舎の師匠の破門ごときにくじけず、自分を信じて短歌をつづけていれば。
どうなっていただろう、と思う。


 

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コメント

同じ地域の方でもあり、名前だけは存じ上げていたんですが、単発の句は知っていますが、作品集をしっかり読んだことがありません。

まあ、そういう意味(同じ地域の人)では、玉岡かおるの本だって読んだことはありません。

私は読書量は相当に多い方ですが、世の中書籍は多数あるわけですので、何を読むか、というのは意図してのものもあり、そうでないものもあり。なんらかの縁で一期一会なのでしょう。まあ、典型的な日本人の人生観に簡単に落ち着くところが、私の簡単なとこです。(^_^)v

投稿: いわ | 2007年3月20日 (火) 14時39分

☆いわさま♪

まあ読書ってのは縁みたいなものですからね・・そのとき感動してもあとから恥ずかしくなったり(笑

>玉岡かおる

いやーーそういえばいわさまとはたぶん、すっきりおなじ地域ですね。実は親知らずを抜いてくれた先生もこの玉岡かおるのダンナさんと知り合いで、うちの長男もこのひとの甥っこさんってひととおなじ学校にいってて(狭っ!

時実新子・・あこがれの、一度会ってみたい人でした。ただしもっと若い、激しかった頃に(笑
姫路時代でのことの悪口を言うひとは今もいるようですが、言われてこそ華。なにやらそれも証言として貴重というか、ファンとしてはたまりません。
神戸に行って落ち着いてからの新子に興味はあまりありませんw

投稿: 美頬 | 2007年3月20日 (火) 15時33分

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