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2006年7月31日 (月)

こころをなにに

「それが私の心だ」なるメモが発表されて、水色のきれいなインクで書かれた昭和天皇の「心」について思いをはせるこのごろ・・

発表された「メモ」のページに、歌人佐伯裕子の祖父、土肥原賢二の名前をつい探してしまった。(載っていないみたいでホッとした・・)

悲痛そのものの『家族の時間』(北冬舎)に描かれた、A級戦犯の家族たちの夏はまだおわらない・・ 詳しくはここなど

そんなおり、このごろよく聞こえてくる「♪心を何に例えよう」って歌が気になっていたら、
萩原朔太郎の『純情小曲集』の「こころ」が 出典らしい・・

こころ  萩原朔太郎

こころをばなににたとへん
こころはあぢさゐの花
ももいろに咲く日はあれど
うすむらさきの思ひ出ばかりはせんなくて。

こころはまた夕闇の園生のふきあげ
音なき音のあゆむひびきに
こころはひとつによりて悲しめども
かなしめどもあるかひなしや
ああこのこころをばなににたとへん。

こころは二人の旅びと
されど道づれのたえて物言ふことなければ
わがこころはいつもかくさびしきなり。

わたしの好きな、「こころ」の歌。

こころなき泉の精となり果ててきよきをのこも影とのみ見む 水原紫苑

さて、話題の映画「ゲド戦記」だが、主人公ゲドが菅原文太で「外道戦記」だったら、親分を刺してしまった若頭が日本刀持ったまま逃亡して、流浪して、大親分(菅原分太)に拾われて、「竜」の代紋の組との死闘だのなんだのがあって、緋牡丹お竜顔に傷あるおなご衆と愛し合って・・ってお話になるんかいな。

そのおなご衆が鬼竜院花子だったら、

「命を大切にしやーせん奴なんか、大嫌いだ」  (高知弁) って見栄をきるんだね。

広島抗争篇やったら、「命を大切にせん奴なんか、大嫌いだ 」 (広島弁)だし。

祇園あたりの可憐な芸者だったりしたら「命を大事にしへん奴なっと、大嫌いや  (京都弁)」

方言置換道場 ここ より

・・ゲド戦記は一応全巻読んでるけど、ブームになるずっとずっとむかしのことで、・・どんな話だったか(笑 

とにかく光=善、影=悪、という画一的な欧米的な世界観を逸脱というより統一したような、ひとすじいかない複雑な物語世界が面白いといえば面白く、なにせ日本は「日本」といいつつ一方では「陰影礼賛」の国だからね。ファンタジーといっても間違ってもディズニーランドあたりでアトラクション化されたりしない種類のタイプなのは確か。

最終巻までやってほしいなあ。魔法をつかえなくなった老ゲドの悲痛、素手で戦う男の強さセクシーさなど菅原分太のはまり役だろうし。

『テルーの唄』  作詞:宮崎 吾郎  作曲:谷山 浩子  歌:手嶌 葵

夕闇迫る 雲の上 
いつも一羽で 飛んでいる
鷹はきっと 悲しかろ

音も途絶えた 風の中
空を掴んだ その翼
休めることは 出来なくて

心を何に例えよう
鷹のような この心

心を何に例えよう
空を舞うような 悲しさを


人影絶えた 野の道を
私と共に 歩んでる
あなたもきっと 寂しかろ

虫も囁く 草原を
共に道行く 人だけど
耐えて物言う こともなく

心を何に 例えよう
一人道行く この心

心を何に たとえよう
一人ぼっちの 寂しさを

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