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2005年11月 9日 (水)

あかつきの森

あかつきの森坐すごとしメトロポリタンゆ還り来たりし梅若六郎 水原紫苑『客人』
能楽堂の見えぬ青空へ少年のこゑ弾みゆく「ろくろうせんせい」 水原紫苑『客人』

梅若六郎:公開予定の新作能(漫画『ガラスの仮面』劇中劇)『紅天女』のシテ
・・その記者発表の様子・・?(中国語版ですみません) こちら

『風姿花伝』の冒頭の「年来稽古条々」というのを昔読んだとき。
ズバリ
「三十四、五才。この年代になっても評判にもならず、声価も思うほどでない人は、たとえどんなに技術的に優れていても、まだ本当の「花-魅力」という事のわかっていない人だ。
この年代までに「花」を含む本当の「能」がわかっていない人は、四十を過ぎると能が下手になる。これが本当の能がわかっていたかどうか、後でわかる証拠だ。」  参照こちら

というようなことを書いてあったのを見て、
これは「能」にかぎらず人生一般のことだろうか(わたしもがんばらなくっちゃ♪
と思ったりしたものだったが。

気がつけば・・
今までせいいっぱい子供さんにん育てて舅・姑に仕えて不便な田舎で生きてきたつもりだけれど・・
結局わたしなんかそれだけの人間なんだけど・・
風姿花伝読んでて、なんか、むちゃくちゃ泣きそうになってきた。

ごめんなさい。ちょっとだけ泣いてても、いいですか (殴


(原文)
ー 三十四、五より(『風姿花伝』より)
 此比の能、盛りの極めなり。
 ここにて、この条々を極め悟りて、堪能になれば、
 定て、天下に許され、名望を得べし。
 若、此時分に、天下の許されも不足に、名望も思ふ程なくば、
 いかなる上手なりとも、未だまことの花を極めぬ為手と知るべし。
 もし極めずは、四十より能は下るべし。それ、後の証拠なるべし。
 さる程に、上るは三十四、五までの比、下るは四十以来なり。
 返々(かへすがへす)、此比天下の許されを得ずは、
 能を極めたるとは思ふべからず。ここにて猶慎しむべし。

ところで『紅天女』だが・・
かの植田紳爾脚本ということだったら、
あの『ベルばら』の(アンドレとオスカル篇)でファンを仰天させたあのはずかしすぎるあのラスト、
ガラスの馬車に乗って盛装したアンドレが両手をひろげてオスカルを迎えにくる~
の場面さながら、
(梅の精を迎えに空飛ぶ牛車がやってくる)
になるであろうことに20トリビア (誤

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コメント

ぴこりんさんにとって、この秋は、人生における豊穣のときを迎えているのではないでしょうか。お姑さんをお見送りし、おこさまたちの成長とともにご自身も成長され、女性の叡智にかがやく活動のお姿。自衛隊論、非戦論、人類すべての平和と繁栄への王道を、たしかな歩みですすんでおられる。与謝野晶子さんよりもはげしく、あつく、ことばをつむいでおられるようです。筆者の身体のなかからふきこばれることばとリズム感に、ブログの前のみなさんがこころをふるわせていますよ。

投稿: ぐみ坂のかぜ | 2005年11月 9日 (水) 11時08分

美内先生とは一緒に檜垣廻船に乗ったことがあります。

投稿: いわ | 2005年11月 9日 (水) 11時46分

☆ぐみ坂のかぜさま~

おひさしぶりです。
こんなわたしを励ましてくださってありがとうございます。
ええ、秋ですもの。ちょっとだけ泣けちゃったりする季節です。
とはいえ、こんなブログを書いてるヒマがあったら、きちんとしたお勉強しなくちゃダメだろうなあ、って思いはじめてる今日このごろなんですの。


☆いわさま~

>美内先生とは一緒に檜垣廻船に乗ったことがあります。

また強烈な!
檜垣廻船とは・・まさか前世、江戸時代でのおはなしでしょうか?(マジ

投稿: 美頬 | 2005年11月 9日 (水) 22時42分

桧垣ではなくて菱垣廻船です、変換ミス。
いくら先生がそっち方面の活動熱心だからといって前世のことではありません。大阪の埋立地に「浪速の海の時空館」(だったかな)という博物館がありますが、そこのメインの展示物が浪華丸という復元菱垣廻船。当初走らせる予定はなかったんですが、学術的興味からどれくらいの性能だったのか走らせてみようということになりました。で、走らせたわけですが、菱垣廻船の船乗りって、存在しませんから、大阪市の練習帆船のクルーやらヨット乗りやらボランティアでかき集めました。そのボランティア船子の一人が私。先生はゲスト。別に菱垣廻船物を描くための取材というわけでないとおっしゃってました。ところで菱垣廻船はなかなか良く走りましたです。操船要領は、わりとすぐに確立できましたね。私は、帆の操作用ロープの風上側を一人で担当してました。

投稿: いわ | 2005年11月11日 (金) 15時37分

>復元菱垣廻船
>取材というわけでないと

・・おおお。
そうなんですか。
ガラかめメンバー江戸時代篇たらいう作品でも予定なさってて・・
マヤったら女海賊ならぬ女船長とか平気でしそうだし・・w

>ボランティア船子の一人が私

すごーい!!
それで風上担当ですか! つうか、ほんまに前世、そんな仕事してたのかも・・?w
美内先生といえばアマテラスでもありますが・・(脱力
いわさまってばいつかはてしなく美化されてて、嵐と戦う船子A、とかいう役で作品化されてたり・・
それでもってマヤとフォール・イン・ラブな役だったりw

投稿: 美頬 | 2005年11月11日 (金) 23時44分

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