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2005年9月 5日 (月)

まぼろしの椅子

ながいあいだ椅子をさがしていた。いつでもどっしりと抱きとめてくれやさしく抱きかかえてくれる、そんな椅子。

椅子はたぶん、人間が使う家具のなかでもいちばん人間的な存在だろうということだ。
アーム(腕)、脚、背。そんな部品の名前からして、ただの道具ではない、心さわがせるものがある。
田舎に住んでいるから家具屋さんなんかに行く機会はない。行ってもたぶんわたしが欲しい椅子はないだろう。
そう思っているうちに、だんだんと、
わたしがほしいのは椅子ではなく、自分の居場所であり、抱きかかえてくれる腕(アーム)であり、ささえてくれるおおきな背であり、しっかりふんばって立ってくれる脚ではないか。
そう思い始めてきた。

かたはらにおく幻の椅子一つあくがれて待つ夜もなし今は 大西民子「まぼろしの椅子」

・・あるオークションで一脚の椅子を見つけた。
クラシカルな風情、やわらかな曲線、花の彫刻・・
困った。わたしの欲しいタイプではない。
しかもぜんぜん実用的ではない。
「神戸までとりに来ていただける人を優先します」
とのこと。

なんだか気になってしまったので入札した。

落札はできなかった。締め切りの日が丁度旅行中だったから。
そういうことはよくある。
楽しみにしていたのに、PTAの会合があって競ることができなかったとき。
あのときのキャビネットは残念だった。思い出すたびに今もくやしい。

ある日、メールが届いた。
落札者の方が取りにこれないのを理由に辞退されました。よろしければどうぞ。
とのこと。
大雨の中、取りに行った。

思っていた以上にすてきな椅子だった。
神戸のお医者さんの持ち物の、4脚あったなかの2脚。お礼をいって持って帰った。
クラシカルな風情、やわらかな曲線、花の彫刻・・
いつでもどっしりと抱きとめてくれやさしく抱きかかえてくれる、あこがれの、まぼろしの椅子ではないけれど。
この世におなじ椅子がまだふたつあることを思いながら
「かたはらにおく幻の椅子一つあくがれて待つ夜・・」
なんて歌を思い出したりしていた。

すると今度はまた、残った2脚をどうか、というメールをいただいてしまった。

空椅子は夕風のなか旅立ちか遁走か羽化したるか不明 齊藤史 「風翩翻」

・・うちに来た2脚と残った2脚と。
椅子たちは呼び合って、そろってうちに来ることに決めたのだろうか。
医院に置かれていたものなので、椅子は消毒薬の匂いだろう、刺激臭が匂ったりする。
夜など特に・・これはこの椅子のものか、
それとも神戸に残った椅子の幻が実はひそかにここにやってきていて、その残り香かと危ぶんだりしていたが。
ああどうぞ。こうなったら仕方がない。みんなまとめてうちにおいで、と決めた。
「旅立ちか遁走か羽化したるか不明」
・・台風が通り過ぎたらみんな引き取りに行く。

冬の浪牙の如くに光りたる海が見えゐつ吾の椅子より 岡部文夫

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神戸の海は遠いけど。
座面は冬の海の青。
そんなお椅子の物語。

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コメント

かたはらにおく幻の椅子一つあくがれて待つ夜もなし今は
 これは「ゴッホの椅子」ではないでしょうか。大西の秀歌は西洋絵画がモチーフの歌が多いのですが。
 盛岡市  いしかわ ろう。

投稿: いしかわ ろう | 2014年1月15日 (水) 21時54分

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