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2005年6月20日 (月)

雨師すなはち・・

不思議なニュースを読んだ。
南アフリカのある部族の女王が若くして逝去したとのこと。
世界中に王室とよばれるものはたくさんあるだろうが、この若くしてなくなった女王マコボ・モジャジは女性王朝の裔で、さらに代々、降雨をつかさどる力があると信じらた、雨の女王だったという。こちら

「伝統にのっとって、彼女は未婚だった。」とのこと。
ちなみに前女王は彼女の祖母だったらしい。
・・ということは、代々の女王は未婚のまま娘を産み、その女王位を次代に譲るということなのだろうか。う~ん。

「マコボ・モジャジは公式な学校教育を受けた史上初の雨の女王でもあった。彼女は高校を卒業している。」
「マコボ・モジャジは2003年に彼女の祖母モコペ・モジャジ5世のあとを継ぎ、軽い小雨のなかで戴冠式が行われた。」
「生前の女王は人気テレビドラマのファンで、携帯電話でおしゃべりをしながら街を歩き回っていた。」
「過去、女王は8人以上の酋長と300人以上の死刑執行人を支配したものだった。」
・・彼女の死を悼み、雨はまた降ったのだろうか。

でもなにより驚いたのが、このくだり。
「雨の女王は19世紀の英国人作家H・ライダー・ハガード卿による冒険小説「ソロモン王の洞窟」「洞窟の女王」によってアフリカの外でも知られるようになった。」
DOUKUT60
・・えええっ!?
・・ホンマかあ~~っ!?

三島由紀夫の「豊饒の海」もびっくり、二千年以上も生きつづけてきた不滅の女王アッシャと、彼女と会うためにのみ繰り返し輪廻転生を続けてきたハンサムな恋人レオはあんな冒険やこんな冒険のあと結ばれて、無事マコボ・モジャジの祖先となりましたとさめでたしめでたし、っておはなし・・じゃないよね。

ええ、わかってます。でも、子供のころ夢中になって読んだ荒唐無稽な冒険物語が、急にリアルに感じられたのは事実。(^^;)

雨師(うし)として祀り棄てなむ葬り日のすめらみことに氷雨降りたり  山中智恵子『夢之記』

・・山中智恵子には昭和天皇の逝去を悼んだ「雨師すなはち帝王にささぐる誄歌」という連作があるが・・

雨師とは、雨乞いの霊力をもつ人である。(略)しかし、雨師が霊力を失ったら殺され、霊力をもつ新しい者に王権は引き継がれるということさえあった。(春日井 建)

・・それはさておき。
今年の梅雨、あまり雨が降りません。
うら若きマコボ・モジャジ亡き今、雨師よいづこに、というところかしら。

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コメント

久しぶりに本を開いてみた。
『洞窟の女王』創元推理文庫版の解説を書いてるのは生田耕作だった。

「『洞窟の女王』と『ナジア』という一見異質な二つの作品をつなぐ通底性に着目し、画期的なハガード像を打ち出したのはヘンリー・ミラーの卓見であるが・・」

・・知らなんだ。

投稿: 美頬 | 2005年6月21日 (火) 09時08分

気になる記事なんで引用しとく。

南アの「雨の女王」享年27歳 [ 2005年06月14日 22時30分 ]
[ヨハネスブルグ 13日 ロイター] 雨を降らせる力があると信じられている南アフリカの女王、モジャジ6世が、病院で息をひきとったことが月曜日に発表された。享年27歳。戴冠からわずか2年だった。
 雨の女王の家系は少なくとも200年は遡ることができる。リンポポ州のバロベデュ族を統治する南アフリカ唯一の女性王朝で、最年少で女王の座についたのが故マコボ・モジャジだった。
 モジャジ王室理事会の代表者ケリー・モジャジが、女王は週末に病院で死去したと発表したが、死因などは明かされていない。地元通信社SAPAが報じた。
 バロベデュ族の人々は、彼らの女性統治者たちが神々と交信し、雨を降らせる力を女王から次代の女王へと伝承していると信じている。
 「女王は神の代理人であり、神々は私達の至上の統治者であり、彼女の雨を降らせる力は神々の意思があってこそ働くもので、その意思を彼女が覆すことはできないのです」王室理事会のマソレ・モトシェガは2003年にロイターに語っている。
 生前の女王は人気テレビドラマのファンで、携帯電話でおしゃべりをしながら街を歩き回っていた。評論家たちは彼女が伝統と現代性との架け橋となっていると評していた。
 マコボ・モジャジは公式な学校教育を受けた史上初の雨の女王でもあった。彼女は高校を卒業している。
 マコボ・モジャジは2003年に彼女の祖母モコペ・モジャジ5世のあとを継ぎ、軽い小雨のなかで戴冠式が行われた。年配の臣民たちの一部は、雨が降ったのは彼女が力を持っていることの証明だとみなしていた。バロベデュ族の伝統にのっとって、彼女は未婚だった。
 南アフリカではこのような伝統的習慣が生きているが、しかし今日では部族支配者たちの影響力は制限されている。過去、女王は8人以上の酋長と300人以上の死刑執行人を支配したものだった。
 雨の女王は19世紀の英国人作家H・ライダー・ハガード卿による冒険小説「ソロモン王の洞窟」「洞窟の女王」によってアフリカの外でも知られるようになった。
[日本語訳:野中モモ]

投稿: 美頬 | 2007年12月 2日 (日) 10時58分

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