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2005年4月15日 (金)

ここではない、どこかへ

049-k-okamoto
昨日、岡本かの子を引用したが・・
こんな文もある。

「誰だか言ったよ。日本橋の真ん中で、裸で大の字になる覚悟がなけりゃ小説は書けないと。おまえ、それでもいいか」
岡本かの子「雛妓

小説を書く覚悟って、なんなん。
ってことだろうが・・
そもそも日本橋ってどんなところ? わたし、泉鏡花の小説の「日本橋」しかしらないし。
かの子さんはきっと身体に自信あったろうけど(?!)、わたしはぜったい裸になるのはいや。

・・こんなわたしでもブログは書いてて、WEBのはしっこでなんだかぼそぼそつぶやいてて、ハダカさらしてるとまでいわなくってもけっこう「素」をさらしてて、でもそんな言葉たちをうけとめてくれるかたがたがいる。
はげましてくれたり勇気づけてくれたり、いっしょにあそんだりしかってくれたり。
みんなみんなありがとう、って、思うひととき。

「ママ。どっか、行こう。どっか、行きたい~」
「どっか行こうよ。ねーねーねー」
世間では海外だの旅行だの、にぎやかでいいわね、なゴールデンウィークでもどこにもいけなくってふさぎこんでいたむかし。
わがままいわないの!
なんて言葉にも飽きてしまって・・
「今に巴里(パリ)へ行って、マロニエの花を見ましょうねえ。シャンゼリゼーで馬車に乗りましょうねえ」
とまだちいさかった子供に言って、思いっきり引かれたことがある(笑
いや、このせりふも「雛妓」の一節。せりふの相手はいとけない頃の岡本太郎。
よほど切実に願っていたんだろう、おなじセリフは「母子叙情」にも出てくる。

その頃、美男で酒徒の夫は留守勝ちであった。彼は青年期の有り余る覇気をもちあぐみ、元来の弱気を無理な非人情で押して、自暴自棄のニヒリストになり果てていた。かの女もむす子も貧しくて、食べるものにも事欠いたその時分、かの女は声を泣き嗄(か)らしたむす子を慰め兼ねて、まるで譫言(うわごと)のようにいって聞かした。 「あーあ、今に二人で巴里に行きましょうね、シャンゼリゼーで馬車に乗りましょうねえ」 その時口癖のようにいった巴里(パリ)という言葉は、必ずしも巴里を意味してはいなかった。極楽というほどの意味だった。
「母子叙情」より

・・みのもんたにお昼、電話で相談したほうがいいんじゃない?ってシチュエーションなんだろうけど (ここ
もちろんこんな事情じゃなかったし、わたしはかの子じゃないし息子たちも太郎でないけれど(あたりまえ)、以来、なんかつらくって、どこかに行ってしまいたくなったりするようなとき、よくつぶやく。
もちろん今のシャンゼリゼに馬車が走ってるわけ、ない (たぶん
ここではなくって、どこにもないどこかにいきたい。行ってしまいたい・・
そんな気分になったとき、かの子親子の夢見た、大昔のパリのマロニエの花ってどんなんだったんだろうって、思う。

年々にわが悲しみは深くなりいよよ華やぐ命なりけり 岡本かの子「老妓抄」

どんなにとっちらかった変な文でもさいごにいい短歌が引用されてりゃ、なんとなくかたちが締まる、ってもんだけど。
まあ、かの子さんだって赤い花くわえて腰ふってジョルジュサンドだったり、パリまで馬車でいってしまひませう、だったり(違)、あげくはだかでミラボー橋じゃなくって日本橋だったり・・とかなりとっちらかった文を書くひとだけど (をい

・・かの子さんってつくづく、強烈なんだから。

桜の木の下には 2 に、追加あり(シリーズ化してる(笑)
個人的には「桜の木の下にはあたま山」が好き。

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