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2005年1月19日 (水)

泉鏡花と津波

白雪(夜叉ヶ池のぬし) 「姥(うば)、嬉しいな」

眷属一同 「お姫様」

白雪 「人間は?」 

御付の姥 「皆、魚(うお)に。早や泳いでおります。田螺(たにし)、鰌(どじょう)も見えまする」 

眷属一同 「ははははははは」(哄(どっ)と笑う)

戯曲夜叉ヶ池(アレンジしてます)
泉鏡花(1913 大正2年)

鐘楼守萩原晃は、毎日三度鐘をついて夜叉ケ池の龍神を鎮める。人間が鐘を撞くことをわすれないかぎり水害はおこらないという、魔界と人間のとりきめがあったからだ。ところがその村を大干ばつが襲う。雨乞いのため、村人たちが萩原の妻百合を裸体にして黒牛に載せようとし、百合はこれを拒否して自害する。村人の身勝手に怒った萩原は鐘をつくのをやめる。たちまち夜叉ケ池から津波が起こり、魔物どもがあらわれ人間どもを「一人も余さず尽(ことごと)く屠(ほふ)り殺す」。そして村は水没する。

映画化もされ舞台化もされているこの戯曲。
池から津波だなんて・・なんだか浮世離れしたような設定の物語ではあるが「姫様(ひいさま)が座をお移し遊ばすと、それ、たちどころに可恐(おそろ)しい大津波が起って」というせりふがあるから、やっぱりあるんだろう、「池から津波」(怖
・・現実そのものがファンタスティックになってしまっている現代。
この物語のように、ちょっとわかりにくい取り決めが自然界にはあって、人間がそれを破ってしまったから天災がつづいているのでは、とすらおもってしまう今日この頃なのだ。
(たとえば和田アキ子も歌ってたでしょ?  「♪あの鐘を鳴らすのはあなた」・・って/笑)

さらに鏡花同年発表した、同じく戯曲「海神別荘」にこんな場面も書いている。
あの明治29年の三陸地震津波をすこしはモデルにしているのだろうか・・

赤潮の剣(つるぎ)は、炎の稲妻、黒潮の黒い旗は、黒雲の峰を築(つ)いて、沖から(どう)と浴びせたほどに、一浦(ひとうら)の津波となって、田畑も家も山へ流いた。片隅の美女の家へ、門背戸(かどせど)かけて、畳天井、一斉(いちどき)に、屋根の上の丘の腹まで運込みました儀でござったよ。

海神別荘(1913 大正2年)

海を治める貴公子のもとに、人間界の美女が輿入れする場面。
忠烈無比な部下がいさんで津波をおくり、美女をさらってゆくのだ。
あらかじめ結納として遣わされた金銀財宝に目がくらんでしまい、親は異類のもとに娘を嫁がせることをまるでいとわない。
そんな人間のエゴイズムが、村を津波に襲わせる。

もっとも、海の住人はというと、

「いや、いや、黒潮と赤潮が、密(そ)と爪弾(つまはじ)きしましたばかり。人命を断つほどではございませなんだ。
(略) 人間界の迷惑など、お心に掛けさせますには毛頭当りませぬ儀でございます。」 

「親仁(おやじ)の命などは御免だな。そんな魂を引取ると、海月(くらげ)が殖(ふ)えて、迷惑をするよ。」


などと涼しいものであるのだが(笑)

+++

追加
数年前、「海神別荘」はサクラ大戦歌謡ショウ「海神別荘」 などの企画により謎のブレイクをしたらしい。

今年のお正月に「海神別荘をやります」、と言ったら皆さんが読んでくれて、都内で売り切れて増刷が掛かったらしいですよ、岩波の「海神別荘」が。(広井王子) ここ
・・なんか、すごい。
でも「サクラ大戦だから~」なんて気軽に購読して、その言葉の難解さとともに意味不明な世界観に悶絶しただろーな、読者。
だって、たぶん他の劇団による(原作に忠実な)上演を見た感想だろうが・・
僕、「海神別荘」見たんですけどね、寝ちゃうんですよ、ちゃんとやると(笑)
・・なんて広井王子自身がいってるぐらいだもんね。あははのは。

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