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2004年11月17日 (水)

うちに泥棒がはいったときのこと

むかし、実家に泥棒がはいった事がある。
冬のころ、歳末にちかい頃だった。
おかしい、と最初に気づいたのはわたしだった。
そのころわたしは筝曲をならっていた。
1Fの和室で前の晩、お師匠さんのお宅で新年のご挨拶で弾く曲をおさらいをしていて、そのまま片付けないで寝てしまっていた。
その琴の位置がすこしずれていた。
琴を弾くには三枚の爪を指につけるが、その爪をいれる箱も壊れていた。
窓を見ると庭に面したガラスが壊されている。
・・あわてて警察を呼んだ。

泥棒がつかまったのは何ヶ月もたってからだった。
別件でつかまり、取調べたら余罪がぞろぞろ、うちに入ったことも自供したらしい。
弟が食卓の上に置いていたお小遣いと、ジャンバー。
ほかの家はともかく、それがこの泥棒がうちから盗んだもののすべてだった・・

+++

・・泥棒はたぶん窓をこわして部屋に入ったあと、わたしの琴につまずき、傍らにおいてあった爪をいれる箱をふんづけてしまったのだ。
『古事記』にいわく、大国主のみことがスサノオのみことの御殿からその娘を盗みだそうとしたとき、いっしょに持ち出した琴がどこかに触れ、音をだしてしまい、その音に気づいたスサノオが大騒ぎをした・・
うちに入った泥棒も琴につまづき物音をたてて大変だったろう。
それですぐに逃げ出そうと思ったことだろう。
・・壊れた爪入れは惜しかったが。
寒い冬じゅう、その泥棒はジャンバーですこしはあたたまったかしら。
・・『古今著聞集』十三「横川の恵心僧都の妹、安養の尼のもとに強盗入りにけり、 物ども皆取りて出でにければ、尼上は紙ぶすまといふものばかりを引き着て居られけるに……」のくだりで、強盗どもが一度盗ってそのまま忘れていった「小袖」を、
「わすれましたよ
とばかり届けさせたという尼ぎみの物語になじんでいた、まだおさなかったわたしは、
「安養の尼ぎみのようにわざわざ追いかけて届けるのは面倒だから、手間がはぶけて、よかった」
そんなことを思ったり、した。

+++

盗人に逢うた夜もあり年の暮れ. 芭蕉

元禄6年、ときに芭蕉50歳。
どのように解釈したり鑑賞したりすればいい句なのか、そのズレ具合がちょっと今のわたしにはわかりにくいのだが・・(^^;
まあ、戸締り用心火の用心、ということで・・(^^

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コメント

琴を習っておられたんですか。
我が家の始まりは、邦楽で、琴と琵琶の名手
が居たということで、室町末期に家紋を拝領していて琴という字をデザイン化したものです。
でも、その後邦楽の家で続いたのではなく、江戸期は百姓の家です。
オリジナルな家紋はちょっとかっこいいのですが、紋付でも風呂敷でもなんでも、あつらえなければならないという経済的負担というマイナスがあります。うちには、家紋入りの風呂敷がなくて、何かというと父に借りなければなりません。

投稿: いわ | 2004年11月18日 (木) 09時49分

東京で一人暮らしをしていた頃、マンションの屋上に浮浪者が住み着いていて、ある日、管理人室から前部屋のマスターキーを入手し、住人が仕事で出かけている間に、部屋に潜入し、冷蔵庫の物を少し食べたり、お風呂を勝手に使ったりしていたのが見つかって、警察に引き渡された事がありました。
勿論、我が家にも潜入し、ラーメンやらお菓子やらを勝手に食べたり、シャワーを使ったりしていたと自供されました。
ただし、犯人曰く、お金を盗むとばれると思ったとの事で、金目の物は盗まなかったようです。それで何ヶ月もばれずに居たらしいですよ。

ちなみに我が家は毛布が1枚盗まれていて、彼の夜の布団になっていたのですが、私、引っ越すまで気がつかずでした(涙)

投稿: seurat | 2004年11月18日 (木) 13時37分

今回のお話、なんだか、
今までの中でも一番好き!
なんて優雅な泥棒のお話。

琴を習っていたというのも、美頬さんにぴったり。

寒い冬じゅう、その泥棒はジャンバーですこしはあたたまったかしら。
↑なんて優しい。

私、引っ越すまで気がつかずでした(涙)
↑なんてsueratさんらしい。(笑)

投稿: どんママ | 2004年11月18日 (木) 20時39分

ええ、そうそう。
うちも実は、そのお、警察には来てもらいはしたのですけど、そのときはまだ、何が盗まれていたのかわからなくって・・(^^;
犯人の自供ではじめてすべてを知ったという・・
・・seuratさま☆とまるっきし同じパターン(^^;

いわさま~☆
え? 
>我が家の始まりは、邦楽で、琴と琵琶の名手
>が居たということで、室町末期に家紋を拝領していて

すっげ~。
うちの先祖はおサルさんだから・・(T_T;
もしかしたら家につたわる「秘曲」とか、あるんですか?
すごいなあ~。感動!


seuratさま~☆

>犯人曰く、お金を盗むとばれる

なるほど。それは真実だと思いますよ。
でも何ヶ月も住んでいたってのも・・すごい話だなあ。
屋上に住んでたってのも・・なんだかおかしい。「美味しんぼ」の山岡さんだったっけ。ビルの屋上に家を建てて住んでたってはなしを聞いたような・・(違うかも


どんママさま~☆

・・というわけで、わたしんところも何が盗まれていたのかわからなかったという・・(^^;

お琴はね~、わたしはヘタレで結局モノにはなりませんでしたね~
今はもうぜんぜん弾けません(T_T

泥棒さん、今は元気で、真っ正直に生きていてほしいなあ、と思いますよ。

投稿: 美頬 | 2004年11月18日 (木) 20時55分

その名手は、女性でしてね。
我が家は女性に傑物が出るようでして、その後も、私が聞いている偉い女性の名前は二人あります。
お鈴さん、お竹さん、というのですが、
お鈴さんは、近郊にとどろいた、秀才で美人だったそうです。お竹さんは苦労人。
お鈴さんの夫は、遊蕩で家を傾けたのですが、周りは、なんであんな美人で賢い奥さんがいるのにと不思議がったようですが、私に言わせれば、「だからじゃない」って事ですね。

なお、始まりに名手が出ただけで、後は続かず、百姓の家で続いてますね。伝承もなし。戦後の農地改革で没落というよくあるパターンです。

投稿: いわ | 2004年11月20日 (土) 09時44分

いわさま~☆

>なんであんな美人で賢い奥さんがいるのに>と不思議がったようですが、私に言わせれ>ば、「だからじゃない」って事

うふふ。そうなんですか~。
女の人が立派なんですね~
だから家がつづいていったんでしょうね!

>戦後の農地改革で没落

そうですね~
でもうちの母の家も百姓ですが、
「すべてを失ったのはご先祖さんに申し訳ないが、でもそのおかげで、先祖の負ってきたいろんな業から解放された」
っていってますよ~

でもすてきな言い伝えが残っているんですね~
なによりの財産だと思いますよ!

投稿: 美頬 | 2004年11月20日 (土) 10時08分

業ですね。
解放されたとは言い切れないですね。
呪い神さん と呼ばれる古い祠が敷地内にあります。絶対に移動させたり、壊したりしてはいけないことになってます。親戚の家の裏には、大きな槐の木があって、それも呪い封じと伝わってます。こっちは封じきれないとも伝わっており、村役人の家5軒にかわりばんこに不幸が起こることになってますが、いまのところその通りということですね。(怖)
三木と、その少し北のエリアに親戚は展開しているのですが、やっぱ大きな戦いのあった古戦場だけにいろいろあるようです。
伝承というと、伝応挙という掛け軸があるのですが、本物かどうか?ですね。

投稿: いわ | 2004年11月22日 (月) 10時46分

また、ADSLの不調で、書き込みが二重になりました。お手数ですが削除をよろしくお願いします。このところ、回線が瞬断することがよくあるんです。古い住宅街というのは、ノイズが多いのかもしれないです。光化を検討してますが、まだまだ高いですし、工事も必要ですしもうちょっと検討しようと思ってます。

投稿: いわ | 2004年11月22日 (月) 10時50分

いわさま~☆

は~い、おっしゃるとおり、削除させていただきました~
うん。わたしもしょっちゅう、やってます。
時間的なこともあるかもしれませんね・・
ごめんなさいね。

>呪い神さん と呼ばれる古い祠が

え~ん、こわいよ~(TT;
二重投稿も、もしかすると・・??(^^
でも、呪いが続くために、その家は守られてる、ということもあると聞いてます・・
不幸はいやですけどね・・

三木ですか~
別所氏ですね~
なるほど、古い物語です。
『信長の野望』の世界ですね~

>伝応挙という掛け軸

おおお。お宝鑑定団ですね~
テレビ出演なさるときはご一報を・・(^^

投稿: 美頬 | 2004年11月22日 (月) 15時44分

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