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2004年10月 8日 (金)

LA BATTEE~終焉からの問い

藤原龍一郎さんのサイトの「 電脳日記 」10/05.06で小笠原賢二氏の訃報を知り、うちひしがれる。

川などで砂金をふるいや木皿ですくって採取するような場所というか、そういうところを「漂砂鉱床」と呼び、わたしはそれを「短歌人」の故・高瀬一誌さんと選んで自分の歌集の名前としたものだが、中井英夫も『LA BATTEE』(ラ・バテエ:砂金を洗う木皿)立風書房1981 という書物を出していたことをわざわざはがきで教えてくれたのが、小笠原氏だった。
小笠原賢二氏の評論集『終焉からの問い』のP333に、その『LA BATTEE』のことが書いてあり、なるほど、とわたしは深く感心したものだった。

なにも知らないくせに何故そんななまえを歌集に選んだのか、そのときは自分でもわからなかったが・・
小学生の頃、中井英夫の秘書になるという突拍子もない夢をわたしはもっていた。その記憶の奥深くに、たぶんそのふるいは沈んでいたのが、あるとき迷い出るようにして浮上してきたのだろう。
そんなことなどとっくのむかしに忘れていたし、そもそも氏がご存知であるはずなどないものを、遠くから見抜かれたようでおそろしく思った。
・・玉石混交というが、小笠原氏のLA BATTEEは、わたしのような石っころすら、捨てずにひろいあげてくれたのだった。

一方、わたしのLA BATTEEは、自分のささやかな短歌を拾い上げるにしても・・沈んだままで、今もとても使いえるしろものでは、ない。

ところがどこまでもわたしは勝手なもので、こんなふうに教えたもらったからには、つぎの歌集の名前は「ラ・バテエ」にしたい・・などと思ったこともあった。
そのときには小笠原氏にもそう報告しよう、などと勝手なことを考えていた。
・・その夢はもう、実現しない。

小笠原氏のご冥福を遠くから、心からお祈りさせていただく。

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